機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
第二回コラボを終えた一行が研究施設へ戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
ダウトとブルーガが格納庫へ入り、その後から運び込まれてきたのは、出発した時とは見る影もなくなった真紅のMSだった。
正面装甲は大きく潰れ、右腕は力なく垂れ下がっている。脚部にも損傷が残り、あれだけ大量に取り付けられていた推進器も、いくつかが綺麗になくなっていた。
GKS――ガンダムキラースピード。
通常のMSの三倍の速度で動く真紅の流星を自称し、華々しくデビューした@kiの新型機は、復旧作業開始直後に大型残骸へ激突。そのまま一度も仕事をすることなく帰還することになった。
格納庫へ運び込まれたGKSを前に、おやっさんは腰へ手を当てたまま、しばらく何も言わなかった。
その隣では、@kiが落ち着かない様子で自分の機体を見上げている。
「……。」
「……。」
「……なんか言ってや。」
「何を言えってんだ。」
ようやく返ってきたのは、呆れ果てた声だった。
おやっさんはGKSへ近づくと、潰れた正面装甲から右腕、脚部、背部へと順番に状態を確認していく。衝突の跡を指先でなぞり、最後に大きく息を吐いた。
「派手にやったな。フレームまでいってる。右腕も脚も、このままじゃ使いもんにならねぇ。」
「……直る?」
「手伝えってんなら手伝うがよ……。」
おやっさんはGKSから目を離し、@kiを見る。
「こんな欠陥機、直しても使えねぇだろ?」
「アカン!」
突然響いた大声に、少し離れた場所にいたケンが目を丸くした。
ノンも@kiを見る。
さっきまで気まずそうにしていた@kiが、おやっさんを睨むように見上げていた。
「絶対直すんや!」
「@ki?」
「廃棄なんてさせん!」
いつものふざけた調子が消えていた。
ケンもノンも思わず黙り、ブルーガから降りてきたスコルも何か言いかけたまま口を閉じる。
おやっさんだけが、少し意外そうに@kiを見ていた。
だが、理由を尋ねることはなかった。
数秒ほど@kiを見つめた後、もう一度GKSへ視線を戻す。
「……だったら、もっと使えるように作って大事にしてやれ。」
「……。」
「MSってのは使ってなんぼだ。飾っておくためのもんじゃねぇ。」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、@kiの肩が少し下がった。
「あい……。」
「まずは真っ直ぐ走った後に止まれるようにしろ。」
「あい……。」
「曲がれるようにもな。」
「あい……。」
そのやり取りを聞いていたスコルが鼻で笑った。
「全部じゃねぇか。」
「うっさいわ!」
即座に@kiが振り返る。
「今回はちょーっと調整が足らんかっただけや! 次は見とれ! ビュンビュン走ってグリングリン曲がって、ピタッと止まったるわ!」
「擬音で設計すんな。」
「イメージは大事やろ!」
「そのイメージで残骸に突っ込んだんじゃねぇか。」
「ぐぬぬ……。」
いつもの調子に戻った@kiを見て、ケンは苦笑した。
ノンも小さく息を吐く。
ただ一瞬だけ見せた、あの強い反応。
どうして「廃棄」という言葉に、あれほど強く反応したのか。
気にはなったものの、今の@kiはもうGKSの周囲を歩き回り、破損した場所を確認し始めていた。
「右腕は交換やろ……推進器も三つ逝っとるし……あー、ここも歪んどる。」
「だから増やす前に制御を考えろ。」
「分かっとるって!」
「昨日も聞いたぞ、それ。」
「昨日のウチと今日のウチはちゃうねん!」
「昨日どころか、まだ数時間しか経ってねぇぞ。」
「細かいこと気にすんなや!」
格納庫にいつもの騒がしさが戻る。
そんな中、おやっさんは一人、少し離れた場所に立つもう一機のMSへ目を向けた。
ガンダムダウト。
大気圏突入で受けた損傷は、おやっさんの応急修理によって戦闘や作業が出来る程度には回復している。
だが、それはあくまで動ける状態へ戻しただけだ。
地球へ降りてからも戦闘を重ね、人命救助や復旧作業にも使われてきた。その度に細かな調整は続けているものの、いつまでも応急処置を重ねていくわけにはいかない。
おやっさんはしばらくダウトを見上げ、頭のタオルを直した。
「……こっちも、いつまでもこのままってわけにはいかねぇな。」
*
翌日。
「坊主。」
格納庫でダウトを見上げていたケンへ、おやっさんが声を掛けた。
「ちょっと付き合え。」
「え?」
「いいから来い。」
それだけ言って歩き出す。
ケンは隣にいたノンと顔を見合わせた。
「何だろ。」
「行ってみれば分かるんじゃない?」
「ノンも来る?」
「もちろん。」
二人がおやっさんについていくと、連れてこられたのは研究施設の一室だった。
そこには既に@kiがいる。
昨日大破させたGKSを直しているのかと思えば、そうではない。大量の端末に囲まれ、複数の画面を同時に操作していた。
表示されているのは、機体構造らしき図面や膨大な数字。
その中央には、ダウトの立体モデルが映し出されている。
「お、来た来た。」
「何してるの?」
「発掘作業や。」
「発掘?」
「ここのデータや。昔の研究記録、まだ山ほど残っとるからな。使えそうなん片っ端から拾っとる。」
@kiが操作すると、いくつものデータが画面を流れていく。
長い年月の間に破損したもの。
一部分しか残っていないもの。
何の研究だったのかすら、すぐには判別出来ないもの。
その量は、ケンが想像していた以上だった。
「こんなに残ってたんだ。」
「残っとるっちゅうても、まともに読める方が少ないけどな。」
「これまではダウトを動かせるようにする方が先だったからな。」
おやっさんが椅子へ腰を下ろす。
「必要なもんだけ探して使ってた。だが、いつまでも応急処置で動かし続けるわけにもいかねぇ。」
画面が切り替わった。
ダウトの各部に、いくつもの数値や記録が表示される。
「それ、ダウトの?」
「ああ。今の形になってから取れた実戦データだ。」
「実戦データ……。」
「機体だけじゃねぇ。お前がどう動かしてきたかも入ってる。」
「俺の?」
ケンが画面へ近づく。
推進器の使用。
姿勢制御。
武装の選択。
回避。
射撃。
近接戦闘。
アンカーの射出。
戦闘ごとに記録された数字や軌跡が並んでいる。
細かな意味までは分からない。
だが、今の形になったばかりの頃と最近の記録では、画面に描かれる動きそのものが変わっていることくらいは分かった。
「坊主。今の形になった頃のお前と、今のお前じゃ乗り方が違う。」
「そうなの?」
「自覚ねぇのか。」
「前よりは動かせるようになったと思うけど……。」
「そういう話だけじゃねぇ。」
おやっさんが腕を組む。
「今の形になったばかりの頃は、まだ機体を動かすだけで精一杯だった。避ける。撃つ。近づく。それだけで頭ん中いっぱいだったろ。」
「……まあ。」
否定出来ない。
戦闘が始まれば、敵の動きを追うだけでも必死だった。
何をどうすればいいのか分からず、結果的にダウトの性能やアシストモードに助けられたことも何度もある。
「今は違う。」
おやっさんが最近の記録を表示する。
「相手を見て、どこを狙うか考えてる。脚を止めるのか、武器を潰すのか、腕を落とすのか。それでも駄目ならアンカーを使う。下手くそなりに、自分で選んで動かすようになった。」
「下手くそは余計じゃない?」
「調子に乗るな。」
「はい。」
即座に引き下がるケンを見て、ノンが小さく笑った。
「でも確かに、以前とは違うと思う。」
「ノンまで?」
「悪い意味じゃないわよ。」
ノンは画面の中のダウトを見る。
「前は戦闘になると、ケン自身が何をしたらいいのか分からなくなることが多かった。でも今は怖がりながらでも、自分でどう止めるか考えてる。」
「……そっか。」
自分では必死だった。
それでも少しずつ変わっているらしい。
「特にこいつだ。」
おやっさんが画面を操作する。
ダウトの右腕が大きく表示された。
ワイヤーアンカー。
「最初は機体を引っ掛けたり、引っ張ったりする程度だった。だが今のお前は、こいつをハッキングの接点として使ってる。」
先日の連邦軍との戦闘記録が映る。
射出されたアンカーがブルーガへ接触し、そのワイヤーを通じてダウトが制御コンピューターへ干渉した時のデータだった。
「直接掴まなくても、アンカーが触れりゃハッキング出来る。お前の戦い方にも合ってる。」
「便利なのは便利なんだけどね。」
ケンは右腕の表示を見る。
「一本しかないから、何機も来られると結構大変なんだよ。外したら回収しなきゃいけないし、その間にも別の機体は動いてるし。」
「だろうな。」
おやっさんはそれを待っていたように、別の画面を開いた。
表示されたのは現在のダウトではない。
XF-Gフレームに関する古い研究データ。
ところどころ欠損し、そのまま設計図として使えるような状態ではない。だがフレーム構造、推進系、制御系など、様々な研究案が残されていた。
「この施設に残ってるデータを調べてたら、使えそうなもんがいくつか出てきた。」
「ダウト用?」
「ダウトだけのために残されたもんじゃねぇ。XF-Gフレームをどこまで発展させられるか。その過程で考えられてたもんも混じってる。」
おやっさんは画面と、その向こうの格納庫に立つダウトを交互に見る。
「今のダウトを元通りに直すだけなら、ここまでやる必要はねぇ。」
「……じゃあ?」
「今のお前に合わせる。」
「俺に?」
「ああ。」
おやっさんが椅子から立ち上がった。
「今の形にした頃のお前と、今のお前じゃ出来ることが違う。だったら、ダウトの方もいつまでも同じところに置いとく必要はねぇだろ。」
ケンもダウトを見る。
レッドスワンの拠点で改修され、今の姿になったダウト。
あの頃の自分は、戦うことそのものに答えを出せずにいた。
闇試合を経験し、何度もアシストモードに助けられた。
人を殺してしまうことへの恐怖も消えていない。
それでもスコルから狙う場所を教えられ、自分で相手を止める戦い方を少しずつ覚えてきた。
今では、ただ生き残るためだけに操縦桿を握っているわけではない。
「お前が変わったんなら、ダウトも今のお前に合わせて変えりゃいい。」
「ダウトを……。」
ケンは少し考えてから、おやっさんを見る。
「進化させるってこと?」
「大袈裟に言やぁ、そういうことだ。」
おやっさんの口元が僅かに上がった。
*
そこから話は、少しずつ具体的になっていった。
ダウトに蓄積されてきた実戦データ。
大気圏突入で損傷した箇所。
研究施設に残されていたXF-Gフレーム関連の記録。
そして、現在のケンがダウトをどう使っているのか。
それらを照らし合わせながら、おやっさんと@kiが使えるものを拾い出していく。
「脚の推進系、まだ余裕ありそうやな。」
「だからって増やしゃいいってもんじゃねぇぞ。」
「分かっとるわ!」
「昨日、推進器増やしすぎて止まれなくなった奴が何言ってやがる。」
「ぐっ……。」
@kiの手が止まる。
ケンが笑いを堪えていると、@kiが恨めしそうに睨んできた。
「ケンケン。笑ったらGKSの次の試運転付き合ってもらうで。」
「笑ってません。」
「目ぇ笑っとるやん!」
そんなやり取りを挟みながらも、作業は進んでいく。
肩周り。
胸部。
腰部。
脚部。
推進器の配置。
バックパック。
今のダウトを捨てて、全く別の機体を作ろうとしているわけではない。
これまで積み重ねてきたものを残しながら、その先へ進ませる。
画面の中で何度も構造が組み替えられ、使えない案が消され、別の案へ置き換わっていった。
「それで、アンカーは?」
ケンが尋ねる。
おやっさんの手が止まった。
「そこだな。」
画面に右腕のアンカーが表示される。
「坊主。さっき一本じゃ足りねぇって言ったな。」
「言ったけど。」
「だったら増やす。」
「……増やす?」
「まず左腕。」
右腕と同じように、左腕にもアンカー機構を組み込む案が表示される。
「これで二本。」
「まだだ。」
「え?」
今度は背部が拡大された。
左右へ伸びるバインダー。
おやっさんは、その二つを指した。
「こいつにも一基ずつ仕込む。」
左右のバインダーに、それぞれ一基。
ケンは頭の中で数える。
「右腕と左腕で二本。バインダーから二本……。」
「ああ。」
「四本!?」
思わず声が大きくなった。
「四本って……そんなに増やすの!?」
「必要なけりゃ全部使うことはねぇ。」
ノンも画面を覗き込む。
「一機なら一本、二機なら二本。必要に応じて使う本数を変えればいいんじゃない?」
「それはそうだけど……。」
ケンは画面上に表示された四本のアンカーを見る。
両腕から二本。
左右のバインダーから二本。
最大四本。
それぞれが敵機へ接触すれば、そのワイヤーを通じてダウトのハッキング能力を送り込める。
複数の敵を一度に止められる可能性がある。
敵を殺さず戦闘そのものを止めるための力としては、確かに大きい。
だが、それを扱うのは自分だ。
「無理だって。」
ケンが即答した。
「一本でも、相手に当てて、ワイヤー気にして、その間にダウトも動かしてるんだよ? 四本なんて出したら、どれがどこに行ってるのか分かんなくなるって。」
「せやな。」
@kiが楽しそうに頷く。
「四本同時に飛ばして、別々の相手に当てて、張り具合も見て、ダウト本体も動かして……。」
「ほら!」
「今のケンケンじゃ頭パンクするな。」
「だから言ってるじゃん!」
「だろうな。」
おやっさんまであっさり認めた。
ケンは呆れて振り返る。
「じゃあなんで付けるの!?」
「使う方法があるからだ。」
その言葉に、ケンの動きが止まった。
「……方法?」
「人間一人で全部処理出来ねぇなら、全部一人でやる必要はねぇ。」
「どういう意味?」
おやっさんはすぐには答えなかった。
端末へ向き直り、施設内に残された古いデータを次々と開いていく。
制御系の研究記録。
戦闘データ。
機体制御に関する古い資料。
何かを探すように画面を送っていく。
ケンはその横顔を見ながら待った。
やがて、おやっさんの指が止まる。
「……あった。」
一つの古い記録が画面中央へ表示された。
データの一部は欠損し、映像にもノイズが走っている。
それでも、表示された機体名だけははっきりと読み取れた。
ケンの表情が変わった。
「……ガルディアン。」
GDM-02。
かつて地球連邦が投入し、前の戦争を終わらせたとされるガンダム。
ケンがその名前を知らないはずはない。
コロニーで育ったケンにとって、地球連邦のガンダムは英雄ではなかった。前の戦争でコロニー国家連合と戦った敵側のMSだ。
それでも子供の頃から、その名は何度も耳にしてきた。
圧倒的な力を持つガンダム。
そして、戦争を終わらせた機体。
そんな伝説のような話と共に。
以前、おやっさんから聞いた言葉が頭を過ぎる。
ガルディアンにも、ダウトと同じようなハッキング能力があった。
そして実際に、その力を使った。
だが何に使ったのかと聞いた時、おやっさんはそれ以上を話そうとしなかった。
――確かにガルディアンは戦争を終わらせた機体だ。
――ある意味、その名の通りの働きをした。
あの時の声を、ケンはまだ覚えていた。
「おやっさん。」
「……何だ。」
「前に聞いた時、そこから先は聞くなって言ったよね。」
「ああ。」
「ガルディアンが、ハッキングを何に使ったのか。」
おやっさんは答えない。
端末の駆動音だけが、静かになった室内に響いていた。
ケンは画面に表示された名前を見る。
自分はダウトのハッキングを、人を殺さず相手を止めるために使っている。
だが同じような力を持っていたガルディアンは、その力で戦争そのものを終わらせたという。
どうやって。
何をしたのか。
そして、それを知らないまま、自分も同じ系譜の力を使い続けていいのか。
「今なら……話してくれる?」
おやっさんはすぐには答えなかった。
椅子の背もたれへ身体を預け、しばらく古い記録を見つめている。
ノンも何も言わず、隣で答えを待っていた。
いつの間にか@kiも口を閉じている。
やがて、おやっさんは大きく息を吐いた。
「……そうだな。」
低い声だった。
「ダウトをこの先へ進ませるなら、お前も知らねぇままじゃいられねぇか。」
ケンは黙って頷いた。
おやっさんは画面へ手を伸ばし、ガルディアンの古い記録を開いていく。
「坊主。」
「うん。」
「世間じゃ、ガルディアンが戦争を終わらせたって言われてる。」
「……うん。」
「それは間違っちゃいねぇ。」
そこで一度、言葉が途切れた。
おやっさんは画面に残る古い記録を見つめ、それからゆっくりとケンへ視線を戻す。
「だが――どうやって終わらせたのかまでは、ほとんど誰も知らねぇ。」
その言葉と共に、長い間眠っていた記録が画面いっぱいに広がった。