機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
画面いっぱいに広がった古い記録を前に、誰もすぐには口を開かなかった。
映像の一部は欠け、文字のところどころが潰れている。それでも中央に表示された機体名だけは、はっきりと読み取ることが出来た。
GDM-02。
ガンダム・ガルディアン。
前の戦争を終わらせたとされるガンダム。
ケンもその名前は昔から知っている。
コロニーで育ったケンにとって、地球連邦のガンダムは英雄ではなかった。前の戦争でコロニー国家連合と戦った敵側のMSだ。それでも、その圧倒的な強さや数々の戦果には、子供ながらに惹かれるものがあった。
中でもガルディアンは特別だった。
戦場を支配し、最後には戦争そのものを終わらせたガンダム。
だが、そのガルディアンがダウトと同じようなハッキング能力を持っていたことも、それを実際に使ったことも、ケンは少し前まで知らなかった。
そして今、おやっさんはようやく、その先を話そうとしている。
「前の戦争が終わる少し前……連邦は、もう限界だった。」
おやっさんの声に、ケンは画面から視線を外した。
「限界?」
「ああ。艦もMSもまだ残ってた。戦える奴だっていた。だが、戦争を続ける余裕がなくなってたんだ。」
画面が切り替わる。
古い戦時記録。
損傷した艦艇。
何度も補修されたMS。
補給を待つ部隊。
戦線そのものは維持されている。だが、そこに余裕がないことはケンにも分かった。
「元々、資源じゃコロニー側が上だった。戦争が長引けば、それだけ差が出る。連邦は使えるもんを使い潰しながら、どうにか戦線を維持してた。」
「じゃあ、このまま戦争が続いていたら……。」
ノンが呟く。
「連邦が負けてた?」
「可能性は高かっただろうな。」
おやっさんは否定しなかった。
「もちろんコロニー国家連合だって無傷じゃねぇ。何年も戦ってりゃ、どっちもボロボロになる。だが、それでも向こうにはまだ戦争を続けられるだけの力が残ってた。」
ケンは黙って聞いていた。
連合が地球連邦を追い詰めた。
そこまでは、自分が子供の頃に聞いてきた話と変わらない。
だが、その後が違う。
子供の頃に聞いた話はもっと単純だった。
ガンダムが戦った。
圧倒的な力で敵を退けた。
そして戦争を終わらせた。
「そして、最後の大きな戦いが始まった。」
おやっさんが一つの記録を開く。
「ガルディアンはそこで、コロニー国家連合軍に包囲された。」
画面に表示された星図。
中心に一つ。
その周囲を、無数の光点が取り囲んでいる。
「一機で?」
「ああ。」
「味方は?」
「来ねぇ。」
「じゃあ……。」
「普通に考えりゃ、そこで終わりだ。」
おやっさんの指が動く。
古い映像が再生された。
*
宇宙に無数の閃光が走っていた。
暗闇を切り裂いた砲撃が白い機体のすぐ横を通過し、その後方へ消えていく。ガルディアンは姿勢を崩すことなく機体を翻すと、次の瞬間には大きく上昇した。
直前までいた空間を、別方向から放たれた銃弾が貫いていく。
周囲を取り囲んでいるのは、コロニー国家連合軍のグラディウス。
正面、左右、上下。
さらにその後方には艦艇。
ガルディアン一機を逃がさないため、幾重にも包囲網が形成されていた。
『正面部隊、距離を維持しろ!』
『側面から回り込め!』
『深追いするな! 奴を包囲網から出すな!』
連合兵達の通信が飛び交う。
ガルディアンがどれほど高性能でも、一機であることに変わりはない。
弾薬には限りがある。
推進剤にも限界がある。
パイロットだって人間だ。
包囲を維持し、消耗させればいい。
連合軍はそう考えていた。
『三番機、前へ出過ぎだ!』
『了解、下が――』
通信が途切れた。
グラディウスの背後へ、一機の小型ドローンが取り付いていた。
『何だ!?』
パイロットが操縦桿を倒す。
反応しない。
もう一度、今度は力任せに動かす。
それでも機体は応えなかった。
『おい……動け!』
警告表示がモニターを埋め尽くしていく。
『制御系に異常!』
『三番機、どうした!』
『俺じゃない!』
グラディウスの右腕が持ち上がる。
その銃口が向いたのは、ガルディアンではなかった。
隣にいる味方機。
『待て! 何してる!』
『違う! 俺は動かしてない!』
銃声が響く。
慌てて回避したグラディウスの肩を弾丸が掠めた。
『機体が勝手に動いてる!』
混乱した一瞬。
ガルディアンが動く。
制御を奪われたグラディウスの背後へ回り込むと、その機体を押し出すようにして自らの正面へ置いた。
『撃つな! 俺が乗ってる!』
ガルディアンへ照準を合わせていた別のグラディウスが、引き金を引けずに止まる。
その隙を突いてガルディアンが距離を詰める。
同時に、制御を奪われたグラディウスがライフルを振り上げ、別の味方機へ銃口を向けた。
『やめろ!』
『だから俺じゃねぇ!』
陣形が崩れる。
ガルディアンは、その混乱を利用して包囲の内側を駆け抜けていった。
『遠隔機だ!』
ようやく一人が叫ぶ。
『ガンダム本体じゃない! あの小型機が接触した後に制御を奪われてる!』
『全機、遠隔機を近づけるな!』
指示が飛ぶ。
グラディウス達の警戒が、ガルディアンだけでなく、その周囲を飛ぶ小型ドローンへ向けられる。
だが。
『……待て。』
別の兵士が声を上げた。
『どうした?』
『一機しかいない。』
『何がだ?』
『遠隔機だ。今、ガンダムの近くにいるのは一機だけだ。』
一瞬、通信が静かになる。
ガルディアンの背部。
本来なら複数の遠隔ドローンが収められていた戦域管制ユニットには、いくつもの空きが出来ている。
『最初はもっといたよな?』
『撃墜したんじゃないのか?』
『確認する!』
戦闘開始から現在までの記録が照合される。
遠隔ドローンへ向けて放たれた攻撃はある。
だが。
『……撃墜確認なし。』
『は?』
『一機も破壊してない。』
『じゃあ……。』
誰かが呟いた。
『どこへ行った?』
*
戦場から遠く離れた宇宙。
一機の遠隔ドローンが暗闇の中を進んでいた。
そのさらに先にも、もう一機。
さらに遠くに、もう一機。
ガルディアンから離れていったドローン達は、無秩序に散っているわけではなかった。
一機から次の一機へ。
さらにその先へ。
互いに通信を中継出来る距離を保ちながら、戦場から一本の長い経路を作るように配置されている。
ガルディアン。
最初のドローン。
次のドローン。
さらに、その先。
そして最後の一機が向かっている場所。
そこには、一基の巨大なスペースコロニーが浮かんでいた。
コロニー国家連合に属する居住コロニー。
内部では何百万人もの人間が、今も日常を送っている。
*
『管制システムに異常!』
コロニーの中央管制室に警報が響いた。
『外部から不正アクセス!』
『遮断しろ!』
『やっています!』
技術者達が一斉に端末を操作する。
外部回線を遮断し、予備系統へ移行する。
侵入経路を特定しようとするが、一つを塞いだ直後には別の場所で異常が発生した。
『駄目です! 制御系へ侵入されています!』
『どこからだ!』
『分かりません! 複数の通信を中継して――』
言葉が止まる。
新たな警報。
『移動用スラスターに起動命令!?』
『誰が出した!』
『こちらからではありません!』
『停止させろ!』
『制御を受け付けません!』
長い間、本格的には使用されていなかった巨大な推進器へエネルギーが送られていく。
そして。
コロニーの一端に、巨大な噴射光が生まれた。
*
『コロニーが……動いてる?』
戦場にいる連合兵の一人が呟いた。
肉眼で確認出来るような距離ではない。
だが艦隊から送られてきた情報が、各機のモニターに表示されている。
『近隣コロニーの管制システムが乗っ取られた!』
『何だと!?』
『移動用スラスターが強制起動! 本来の軌道を外れ始めている!』
『誰がやった!』
誰もすぐには答えられなかった。
だが、先ほど遠隔機の数に気付いた兵士がガルディアンを見る。
『……遠隔機。』
『何?』
『消えた遠隔機だ。』
ガルディアンの周囲には、一機しか残っていない。
『あいつら……戦場から逃がしてたんじゃない。』
声が震える。
『通信を繋いでたんだ。』
その直後。
艦隊から新たな情報が届く。
『コロニーの進路を算出!』
『どうなっている!』
『このまま加速した場合……別の居住コロニーの軌道と交差します!』
通信が静まり返った。
『……もう一度言え。』
『進路上に別のコロニーがあります。このままでは――衝突します。』
『ふざけるな……。』
誰かが漏らした。
一基ではない。
二基。
巨大な居住施設同士が衝突する。
そこに暮らしているのは兵士ではない。
何百万人もの民間人。
『止めろ!』
『管制側で制御を取り戻せません!』
『なら中継してる遠隔機を探せ!』
『位置を特定出来ません!』
『ガンダムを落とせ!』
『待て!』
別の声が割り込む。
『今ガンダムを破壊して、コロニーが止まる保証があるのか!?』
誰も答えられない。
既に入力された命令が残るのか。
ガルディアンを破壊すればハッキングが解除されるのか。
中継しているドローンを全て破壊しなければならないのか。
何も分からない。
その間にも、コロニーは少しずつ本来の軌道から外れていく。
*
「……ここまでが、作戦だった。」
おやっさんの声と共に、映像が一度止まった。
「作戦?」
ケンが振り返る。
「ああ。」
おやっさんの表情は険しい。
「ガルディアンのパイロットが、追い詰められて思いついたことじゃねぇ。」
ケンの目が僅かに見開かれた。
「じゃあ……。」
「連邦が命令した。」
「連邦が?」
「戦局は芳しくねぇ。このまま続けば負ける可能性が高い。だったら、負ける前に戦争そのものを止める。」
おやっさんが別の記録を開いた。
音声だけが残された古い通信記録。
激しいノイズの向こうから、男達の声が聞こえてくる。
『……命令を再確認します。』
若い男の声だった。
『近隣コロニーの管制システムを掌握。移動用推進器を起動し、指定された軌道へ変更する。』
『そうだ。』
『進路上には、別の居住コロニーがあります。』
『承知している。』
短い沈黙。
『……民間人がいる。』
『だから意味がある。』
ケンの表情が固まった。
通信の向こうでは、誰も声を荒らげていない。
ただ淡々と命令が交わされている。
『連合は戦争を続けられる。こちらには、その余力がない。』
『……。』
『だが、自国民を数百万犠牲にしてまで勝利を選べるかは別だ。』
『もし拒否されたら?』
再び沈黙。
『命令を遂行しろ。』
そこで記録は途切れた。
ケンは何も言えなかった。
「……それで。」
ノンが小さな声で尋ねる。
「ガルディアンのパイロットは……やったの?」
「ああ。」
おやっさんが答える。
「命令を受けた。そして遂行した。」
*
戦場では、まだガルディアンが戦っていた。
残された一機のドローンが、グラディウスの背部へ飛び込む。
接触。
制御を奪う。
パイロットの意思とは関係なく、グラディウスの腕が持ち上がる。
『まただ!』
『俺の機体が――!』
ライフルが味方へ向けられる。
ガルディアンはそのグラディウスを自らの正面へ回り込ませ、迫る砲撃への盾として利用した。
『撃つな! 中に味方がいる!』
『だったらどうしろってんだ!』
『遠隔機を狙え!』
『速すぎる! 味方機に張り付いてる!』
ハッキングされたグラディウスのコックピットでは、パイロットが必死に操縦桿を動かしていた。
『動け……! 頼むから動いてくれ!』
だが機体は応えない。
自分の機体が、自分の手を離れて味方へ銃を向ける。
味方は撃てない。
撃てば中にいる仲間まで巻き込む。
その躊躇を利用し、ガルディアンは戦場を駆け続ける。
一機を手放せば、残されたドローンが次のグラディウスへ接触する。
また一機。
制御を奪う。
同士討ちをさせる。
盾にする。
そしてガルディアン自身も戦う。
孤立している。
援軍も来ない。
機体には少しずつ傷が増え、装甲が砕け、推進器にも損傷が蓄積していく。
それでも止まらない。
敵を全滅させるためではなかった。
勝つためですらない。
遠く離れたドローン達がコロニーの制御を奪い、作戦を完遂するまで。
ガルディアンはただ一機で、戦場そのものを繋ぎ止め続けていた。
そして、その時間は既に稼ぎ終えていた。
『全軍へ通達!』
連合軍の通信に、司令部からの声が響いた。
『攻撃を中止せよ!』
一瞬、誰も動かなかった。
『繰り返す! 全機、攻撃中止! ガンダムへの攻撃を停止せよ!』
『しかし――』
『命令だ!』
一機。
また一機。
グラディウスがライフルを下ろしていく。
ガルディアンを包囲していた銃口が、次々と下を向いた。
最後まで残っていた砲火が止む。
宇宙が静かになった。
*
「連合は停戦交渉を受け入れた。」
映像が止まった。
おやっさんが静かに続ける。
「その場で全部が決まったわけじゃねぇ。だが、大規模な戦闘は止まった。連邦とコロニー国家連合は交渉の席に着いた。」
戦争を続ければ、コロニー国家連合が勝利する可能性は十分にあった。
だが、そのためには何百万人もの自国民を危険に晒すことになる。
一方の地球連邦も、戦争を続けられるだけの余力を失いつつあった。
どちらも決定的な勝利を得ないまま、武器を置いた。
そして結ばれたのが、現在まで続いている停戦と協力のための取り決めだった。
ガルディアンは連合軍を全滅させなかった。
二つのコロニーも、実際には衝突しなかった。
何百万人もの人間も死ななかった。
ただ。
その命を奪うことが出来ると示した。
それだけで、戦争は止まった。
*
研究室に静寂が戻った。
ケンは何も言えず、画面を見つめていた。
ノンも黙っている。
@kiからも、いつもの軽口は出てこなかった。
「……これが、ガルディアンが戦争を終わらせた本当の理由だ。」
おやっさんの声だけが、静かな室内に響いた。
「じゃあ……。」
ケンはようやく声を出す。
「コロニーの人達を……人質にしたってこと?」
「ああ。」
「何百万人も?」
「ああ。」
おやっさんは言い訳をしなかった。
「もし……連合が停戦しなかったら?」
「分からねぇ。」
「分からない?」
「本当に衝突させたのか。寸前で止めたのか。それは俺にも分からねぇ。」
おやっさんは古い記録を見る。
「だが、連合側は試せねぇだろ。『どうせやらない』なんて賭けて、外れりゃ何百万人が死ぬ。」
勝てるかもしれない戦争。
だが、その勝利のために自国の民間人を何百万人も犠牲にするのか。
そして、もう一つのコロニーに暮らす人々まで巻き込むのか。
「……そんなの。」
ケンが呟く。
「守ったって言えるのかな。」
おやっさんは答えなかった。
しばらくして、以前と同じ言葉を口にする。
「確かにガルディアンは戦争を終わらせた機体だ。」
画面には、ガンダム・ガルディアンの名が表示されている。
「ある意味、その名通りの働きをした。」
ガルディアン。
守護者。
何百万人もの命を脅した。
その行為によって、さらに続いたかもしれない戦争を止めた。
あの時戦争が続いていれば、どれだけの人間が死んでいたのか。
誰にも分からない。
だからこそ、ケンには答えが出せなかった。
「連邦は……これを隠したの?」
ノンが尋ねる。
「ああ。」
「コロニー国家連合も?」
「どっちにも公表する理由がねぇ。」
おやっさんは腕を組む。
「連邦からすりゃ、戦争を終わらせた英雄。それで十分だ。わざわざ自分達が民間人を人質にするよう命令したなんて、世界中に知らせる必要はねぇ。」
今度は画面に残る連合側の記録へ目を向ける。
「コロニー国家連合だって、勝てる可能性があった戦争で、自分達のコロニーを人質に取られて停戦したなんて大っぴらにはしたくねぇ。」
両方が口を閉ざした。
その結果、世界に残ったのはもっと単純な話だけだった。
ガンダム・ガルディアンが戦争を終わらせた。
それだけ。
ケンはしばらく画面に残るガルディアンの姿を眺めていた。
ふと、一つの疑問が浮かぶ。
「……そういえばさ。」
「ん?」
「ガルディアンって、今はどうなってるの?」
おやっさんの表情が僅かに曇った。
「ねぇんだよ。」
「え?」
「もう、この世には残ってねぇ。」
おやっさんが別の記録を呼び出す。
そこに映ったガルディアンは、先ほどの戦闘を終えた後の姿だった。
白かった装甲の各所が焼け焦げ、何枚もの装甲が失われている。背部の戦域管制ユニットも傷つき、脚部や腕にも損傷が残っていた。
単独で多数のグラディウスを相手に戦い続けた代償は、映像越しでも分かるほど大きかった。
「さっき見ただろ。あの戦闘じゃ、ほとんど一機で戦い続けてた。敵の機体を奪って盾にしようが、同士討ちさせようが、ガルディアン自身が無傷だったわけじゃねぇ。」
「じゃあ……あの戦いで壊れたの?」
「いや。」
おやっさんは首を横に振った。
「戦闘そのものは生き残った。」
「じゃあ、どこかに戻ったんじゃ……。」
「戻れなかった。」
ケンの表情が変わる。
「その戦闘で単独で戦い続けた無理が祟ったのか……帰還する途中、ガルディアンは機動中に突然爆散した。」
「……爆散?」
「ああ。」
「原因は?」
「分からねぇ。」
「パイロットは?」
おやっさんは黙ったまま、首を横に振った。
それだけで十分だった。
ケンも、それ以上は聞かなかった。
「機体もまともに残らなかった。何が起きたのか、何が原因だったのか。確かめようにも肝心のガルディアンそのものがねぇ。」
画面に残っているのは、生前の機体記録だけ。
戦争を終わらせたガンダムは、その真実と共に宇宙から姿を消した。
「……これで全ては闇の中だ。」
おやっさんは低く呟いた。
しばらくして、その視線が研究室の窓の向こうへ向かう。
「ガルディアンが消えて、俺達も終わったと思ってた。」
「終わった?」
「ハッキングなんて真似が出来るMSは、もうこの世から失われたってことだ。」
敵のMSへ侵入し、パイロットの意思とは関係なく動かす。
味方同士を戦わせる。
遠隔ドローンを何機も中継し、遠く離れたコロニーの管制システムへ侵入する。
そんな力を持ったMSは、ガルディアンと共に消えた。
少なくとも、そう思われていた。
「それを……。」
おやっさんの眉間に皺が寄る。
「トミーの馬鹿が、何を考えてたんだか知らねぇが……もう一機作っちまった。」
ケンは何も言わなかった。
言われなくても分かってしまった。
自然と視線が研究室の窓の向こうへ向かう。
格納庫に立つ一機のガンダム。
「……ダウト。」
「ああ。」
おやっさんも同じ機体を見ていた。
「それが、ダウトだ。」
ケンは無意識に自分の右手を見る。
頭の中には、先ほどの記録が残っていた。
制御を奪われたグラディウス。
パイロットが必死に操縦桿を動かしているのに、機体は味方へ銃を向ける。
盾として使われる。
自分の乗っているMSなのに、自分では何も出来ない。
ダウトにも同じ力がある。
ケンはこれまで、その力を人を殺さず相手を止めるために使ってきた。
制御コンピューターへ侵入し、一時的に機体を停止させる。
戦えなくする。
パイロットを生かしたまま、その場の戦闘を終わらせる。
その使い方を間違っているとは思わない。
これからも、そう使いたい。
けれど、ガルディアンの記録を見た後では、同じ力を以前と全く同じようには見られなかった。
「……怖いな。」
無意識に言葉が漏れた。
おやっさんがケンを見る。
「ダウトがか?」
「……違う。」
ケンは少し考えてから首を横に振った。
「使い方が。」
おやっさんの目が僅かに細くなる。
「俺、ハッキング出来れば、人を殺さずに止められるって思ってた。今もそう思ってる。」
ケンは窓の向こうのダウトを見た。
「でも……同じ力でも、使う人が違ったら全然違うものになるんだね。」
「そうだ。」
「MSを止めることも出来る。」
「ああ。」
「無理やり動かすことも出来る。」
「ああ。」
「それどころか……やり方次第じゃ、コロニーまで。」
単純に遠くから何でも奪える力ではない。
何機もの遠隔ドローンを中継し、通信経路を作り、ようやく届いた場所で管制システムへ侵入した。
それでも。
使い方次第では、そんなことまで可能にしてしまう力だった。
「……ガンダムって、そんなことまで出来るの?」
おやっさんはすぐには答えなかった。
椅子から立ち上がり、研究室の窓越しに格納庫を見た。
その先にはダウトが立っている。
戦うために使われ。
人を助けるためにも使われ。
そして今、さらにその先へ進もうとしているガンダム。
「出来る。」
おやっさんは静かに答えた。
「そういう事が出来るのも――ガンダムってヤツだ。」
ケンは何も言わず、ダウトを見つめていた。