機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「そういう事が出来るのも――ガンダムってヤツだ。」
おやっさんの言葉を聞きながら、ケンは研究室の窓の向こうに立つダウトを見つめていた。
ガルディアンが戦争を終わらせた本当の方法。
敵の機体を乗っ取り、その機体を使って別の敵と戦う。
複数の遠隔ドローンを中継してコロニーのシステムへ侵入し、そこに暮らす人々を人質にして停戦を迫る。
そんなことまで出来るのが、ガンダム。
だが、そこまで考えたところで、ケンの表情が変わった。
「……待って。」
「あ?」
「俺……やってる。」
おやっさんは何も答えなかった。
ケンの脳裏に、忘れたことのない光景が蘇る。
まだダウトに乗り始めたばかりの頃。何が起きているのかも分からないままアシストモードが発動し、接触したソリダスの制御を奪った。
そして、その機体を使って別のソリダスを攻撃した。
「ソリダスをハッキングして……別の機体を攻撃させた。」
ケンの声が次第に小さくなる。
「それに、自壊も……。」
言葉にした途端、喉の奥が詰まった。
忘れたことなどない。
あの時、自分は人を死なせた。
アシストモードがやったことだと言ってしまえば、少しは楽なのかもしれない。自分は何も知らなかった。命令したわけでもない。操縦桿を動かして、ソリダスを自壊させたわけでもない。
それでも、その言い訳だけはしたくなかった。
ダウトに乗っていたのは自分だった。
あの力で助かったのも自分だった。
自分が生き残った戦いの中で、相手は死んだ。
「……俺、止められなかった。」
ケンの手が、知らず知らずのうちに握られていた。
「何が起きてるのか分からなかった。でも……俺がダウトに乗ってなかったら、あの人達は死ななかったかもしれない。」
「ケン……。」
ノンが心配そうに名前を呼ぶ。
ケンはすぐには顔を上げなかった。
「今でもたまに考えるんだ。あの時、俺がもっとちゃんとダウトのことを知ってたらって。俺が操縦出来てたらって。」
もう結果は変わらない。
だからこそ、その「もしも」だけが残り続けている。
「……アシストが勝手にやったから、俺は悪くないって思った方が楽なんだろうけど。」
そこでようやく顔を上げた。
「俺、それは言えないよ。」
おやっさんは、すぐには答えなかった。
慰めることも、否定することもしない。
しばらくケンを見てから、静かに口を開いた。
「……だったら、忘れんな。」
「え?」
「自分が何をしたかも、その時どう思ったかもだ。」
ケンは黙っておやっさんを見る。
「その上で、坊主。お前、アシストモードって何だと思ってる?」
「何って……。」
突然の問いに戸惑いながら、ケンは答える。
「俺が危なくなった時に、ダウトが勝手に動いて助けてくれるやつ……じゃないの?」
「それも一つの使い方だ。」
おやっさんが端末を操作すると、ガルディアンの記録が消え、代わってダウトの機体データが表示された。
「MSってのは元々、何から何まで人間が直接操作してるわけじゃねぇ。姿勢制御も推進器の調整も、細けぇところは機体側が処理してる。ガンダムのAIは、そこからもっと深くパイロットを助けられる。」
「じゃあ、ガルディアンも……。」
「あれだけのドローンを動かしながら戦って、奪った機体まで使ってたんだ。人間一人で全部直接操作出来るわけねぇだろ。処理しきれねぇ部分をAIに任せてた。」
ケンはもう一度ダウトを見る。
「……ダウトも同じなんだ。」
「ああ。」
「だから、あの時も……。」
アシストモードが発動したダウトは、当時のケンには到底出来なかったことをやってのけた。
敵の機体へ接触し、制御を奪い、その機体すら戦闘に利用する。
先ほど見たガルディアンの記録と、自分が経験したことは確かに繋がっていた。
「でもな。」
おやっさんが続ける。
「お前は、その後も同じ使い方をしたか?」
「え?」
「ベルーガに来てから、ダウトには殺さねぇよう設定を入れた。ハッキングを使う時も、相手を殺すためじゃなく機体を止めるために使ってきた。」
「……うん。」
「最初に人を死なせたことは消えねぇ。」
ケンの表情が僅かに強張る。
「だが、それをなかったことにしないで、次は殺さねぇと決めたのもお前だ。」
おやっさんは画面に映るダウトを指した。
「AIを使って殺さないことを選んで、それを実際にやってきたのは坊主だ。」
ケンは何も答えなかった。
「ガルディアンのAIが、コロニーを人質に取ろうと決めたわけじゃねぇ。あれをやれと命令したのは人間だ。機械に何が出来るかと、それを何に使うかは別の話だ。」
「……何に使うか。」
「ああ。ダウトをどう扱うかを決めるのは坊主だ。」
そこでおやっさんは一度言葉を切った。
「だから、この話もした。」
ケンが顔を上げる。
「これからダウトを今より先へ進めるなら、お前が何に乗ってるのか、何が出来るのかを知らねぇままにはしておけねぇ。」
ケンは窓の向こうのダウトを見た。
怖くなくなったわけではない。
むしろガルディアンの真実を知った今、その力がどこまで行けるのかを以前よりはっきり理解してしまった。
それでも、知らないまま乗るよりはいい。
「……分かった。」
しばらくして、ケンは画面へ目を戻した。
「じゃあさ。さっき言ってた四本のアンカーも、AIを使うってこと?」
「そういうこった。」
おやっさんが機体図を回転させる。
現在の右腕に一本。新たに左腕へ一本。そして左右のバックパック・バインダーから一本ずつ。合計四本のアンカーが画面上で展開された。
「いや、でも無理だって。戦いながら四本なんて動かせないよ。」
「だから全部お前がやる必要はねぇ。」
「え?」
「お前さんの動画で動き出した奴らと一緒だ。」
思いがけない話が出てきて、ケンが目を瞬かせた。
「俺の動画?」
「ああ。お前が全部の場所に行かなくても、動画を見た奴らが自然と動いて、誰かを助けてくれただろ?」
「……うん。」
「一人で全部やろうとすんな。お前がやることを決めて、手を借りられるところは借りりゃいい。」
おやっさんは左右のバインダーを指した。
「ダウトだって同じだ。」
「……AIに手伝ってもらう?」
「そうだ。」
左右のバインダーからアンカーが伸びる想定軌道が表示される。
「こっちの二本はAIに任せる。射出角度、ワイヤーの張り、相手が動いた時の追従。そういう細けぇ制御は機体にやらせろ。お前はダウト本体と、必要なら腕側のアンカーに集中する。」
ノンも機体図を覗き込む。
「それなら四本全部をケンが同時に操作する必要はないのね。」
「ああ。ただし――」
おやっさんがケンを見る。
「どいつを狙うか。ハッキングを使うか。何のために使うか。そこまでAIに任せるな。」
今度は、ケンもすぐに答えられた。
「最後に決めるのは俺。」
「そういうこった。」
「でも、そんな使い方が出来るなら、もっと早く教えてくれてもよかったじゃん。」
「今までのお前に出来ると思うか?」
「え?」
「ダウト動かすだけでいっぱいいっぱいだった坊主に、AIと仕事分けて戦えなんて言ってどうすんだ。」
「……それを言われると何も言えない。」
「今だって出来るとは言ってねぇぞ。」
「そこは出来るって言ってよ!」
ノンが思わず吹き出した。
「練習すればいいじゃない。」
「そうだけどさぁ。」
「少なくとも前よりはマシになった。だから試す価値が出てきたってことだ。」
「マシって……。」
不満そうにしながらも、ケンは画面に表示された四本のアンカーを眺める。
「……なんか、本当に一緒に戦う感じになるな。」
「今までも一緒に戦ってただろ。」
「そうなんだけど……今までは助けてもらってばっかりだったっていうか。」
そこでケンが何かに気付いた。
「あれ?」
「今度は何だ。」
「このAIって名前ないの?」
「名前?」
「うん。」
「型番なら――」
「そういうのじゃなくて。普通の名前。」
おやっさんが怪訝そうな顔をする。
「機械に名前付けてどうすんだ。」
「だって今までも何回も助けてもらってるし、これからはもっと頼るんでしょ? だったら名前くらいあってもいいじゃん。」
ノンがくすりと笑う。
「ケンらしいわね。」
「でしょ?」
「褒めてはいないけど。」
「えぇ?」
ケンは少し考える。そして、すぐに顔を上げた。
「……アイ。」
「は?」
「アイでいいじゃん。」
「どうして?」
「AIだから。」
ノンが数秒黙った。
「……そのままじゃない。」
「分かりやすくていいでしょ!」
「もう少し考えたら?」
「変に難しい名前よりいいって。」
「安直過ぎるだろ、坊主。」
「いいの! 呼びやすいし。」
「三秒くらいしか考えてなかったわよ。」
「時間かければいい名前になるってわけでもないじゃん。」
「そういう問題か?」
二人の反応など気にせず、ケンは画面に表示されたダウトへ目を向ける。
「よし。決まり!」
*
その後、ケンは一人でダウトのコックピットへ上がった。
シートへ腰を下ろして電源を入れると、低い起動音と共に正面のモニターが明るくなる。
ケンは操縦桿へ手を置いた。
この場所で助けられたことを覚えている。
同じように、この場所で人を死なせたことも忘れない。
どちらもダウトと自分が歩いてきたものだった。
だから、これからどう使うのかは自分で決める。
その上で、一人では出来ないことを手伝ってもらえばいい。
ケンは正面のモニターを見上げた。
「これからもよろしくな、アイ!」
ケンが呼びかけるが、当然返事はない。
ダウトのコックピット内では、いつもと変わらずモニターが光っているだけだった。