機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第70話「新たなる道」

 

 

 研究施設の格納庫から外へ出たダウトは、ゆっくりと歩みを進めていた。

 

 長い間放棄されていた施設の周囲には、かつて試験に使われていた広大な敷地が残されている。ところどころひび割れた舗装路。その向こうには草木に覆われ始めた建造物や、錆びた観測設備が点在していた。

 

 人の姿はない。

 

 新しくなったダウトを試すには都合のいい場所だった。

 

『坊主、聞こえるか?』

 

「聞こえてるよ。」

 

『最初から飛ばすんじゃねぇぞ。まず歩け。関節と駆動系の確認からだ。』

 

「分かってるって。」

 

『お前の「分かってる」は信用ならねぇんだよ。』

 

「それ昨日も言ってたじゃん!」

 

 通信越しにおやっさんの鼻を鳴らす音が聞こえる。

 

 ケンは苦笑しながら操縦桿を握った。

 

 右脚を踏み出す。

 

 続いて左脚。

 

 ただ歩いているだけなのに、以前とは感覚が違った。

 

「……あれ?」

 

『どうした?』

 

「いや……。」

 

 ケンは少し速度を上げた。

 

 歩行から駆け足へ。

 

 地面を蹴るたびに巨体が前へ進み、コックピットへ振動が伝わってくる。だが、身体を前へ出した後の揺り戻しが少ない。次の一歩へ移るまでの感覚も僅かに短くなっている。

 

「なんか……軽い?」

 

『重量が急に減ったわけじゃねぇよ。』

 

「じゃあ何?」

 

『お前がそう感じるように調整したんだ。姿勢制御と各部の反応を今のお前に合わせてある。』

 

「へぇ……。」

 

『感心してねぇで前見ろ!』

 

「見てるよ!」

 

 ケンはペダルを踏み込んだ。

 

 背部の推進器が吹き上がり、ダウトの身体が一気に加速する。

 

「うわっ!」

 

 思っていたよりも早い。

 

 だが、暴れるような加速ではなかった。

 

 反射的に操縦桿を動かすと機体が素直に応じ、速度を保ったまま進行方向が変わる。以前なら大きく膨らんでいたような旋回でも、姿勢を崩さず次の動きへ繋げられた。

 

「すご……。」

 

 思わず声が漏れた。

 

 性能が上がった。

 

 それだけではない。

 

 自分の手足に近づいたような感覚がある。

 

 もちろん、本当に身体の一部になったわけではない。少し油断すれば機体の反応に置いていかれそうになるし、慣れていない部分も多い。

 

 それでも以前より、自分がどう動きたいのかをダウトが理解してくれているように感じた。

 

『坊主。次、ソードライフルだ。』

 

「了解!」

 

 ダウトが腰を落とす。

 

 右手に握られた新しい兵装を構え、離れた場所に設置された無人標的へ照準を合わせた。

 

 引き金を引く。

 

 一発。

 

 二発。

 

 光弾が標的の近くを掠める。

 

「あれ?」

 

『外してんじゃねぇか。』

 

「まだ慣れてないんだって!」

 

『武器のせいにすんな。』

 

「してないよ!」

 

 照準を合わせ直す。

 

 今度は急がない。

 

 標的を中央へ捉え、引き金を絞る。

 

 放たれた一撃が標的の中心を捉えた。

 

「よし!」

 

『喜ぶのはまだ早ぇ。次は切り替えろ。』

 

 ケンが操作すると、ソードライフルの機構が作動する。

 

 銃身部から長いビーム刃が形成された。

 

「おお……。」

 

 格納庫で構造図を見た時とは違う。

 

 実際にダウトが握っていると、その長さがよく分かる。

 

『振り回すなよ。』

 

「まだ何もしてないじゃん!」

 

『お前ならやりそうだから先に言ったんだ。』

 

「俺の信用なさすぎない?」

 

 文句を言いながらも、ケンは慎重にダウトの腕を動かした。

 

 横薙ぎ。

 

 そこから一度引き、踏み込みながら斜めに振り下ろす。

 

 ライフルから剣へ持ち替える必要がないため、射撃から近接攻撃へ移るまでが早い。

 

「これ、結構いいかも。」

 

『だろ?』

 

 通信越しでも、おやっさんが得意そうにしているのが分かった。

 

「おやっさん、ちょっと嬉しそうじゃない?」

 

『うるせぇ。次やるぞ。』

 

「はいはい。」

 

 ビーム刃を収め、ケンが次の試験項目を確認しようとした、その時だった。

 

 レーダーに新しい反応が現れた。

 

「ん?」

 

 一機。

 

 施設方面からこちらへ接近している。

 

 敵ではない。

 

 識別表示を見たケンは、すぐにその正体に気付いた。

 

「ブルーガ?」

 

 遠くの空から、一機の黒いMSがこちらへ向かってくる。

 

 見慣れた機体だった。

 

 地球へ降りてから、何度も隣に並んだ機体。

 

 黒いブルーガがダウトから少し離れた場所へ降り立ち、砂埃が足元から広がった。

 

『よう、ケン。』

 

「スコル?」

 

『随分楽しそうにやってんじゃねぇか。』

 

「テスト中なんだけど。何しに来たの?」

 

『見りゃ分かるだろ。』

 

「分かんないよ。」

 

『鈍い奴だな。』

 

 ブルーガが背負っていたライフルを手に取る。

 

 その動きを見て、ケンもようやく察した。

 

「……まさか。」

 

『的相手に撃ったり走ったりしてるだけじゃ、実際にどこまで動けるか分かんねぇだろ。』

 

「スコル……。」

 

『どうせなら実戦形式でやろうぜ。』

 

「えぇ!?」

 

 通信へおやっさんの声が割り込んだ。

 

『おい! 新しくしたばっかりなんだから壊すんじゃねぇぞ!』

 

『模擬戦だって言ってんだろ。』

 

『お前に言ってんじゃねぇ! 坊主に言ってんだ!』

 

「なんで俺!?」

 

『当たり前だろうが!』

 

『ハハッ! 信用ねぇな、ケン。』

 

「スコルまで笑うなよ!」

 

 文句を言いながらも、ケンの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 相手が動くなら、ただの標的よりずっといい。

 

 それにスコルとは、地球へ降りてから何度も一緒に戦ってきた。

 

 ケンにとっては、自分の戦い方を教えてくれた相手でもある。

 

「……分かった。」

 

 ソードライフルを構える。

 

「やろう。」

 

『そうこなくちゃな。』

 

 黒いブルーガもライフルを構えた。

 

     *

 

 先に動いたのはスコルだった。

 

 ブルーガが地面を蹴ると同時に推進器を吹かし、横方向へ大きく移動する。

 

 速い。

 

 ケンが照準を向けるより早く、ブルーガのライフルが火を噴いた。

 

「うわっ!」

 

 ダウトを横へ滑らせる。

 

 模擬戦用に出力を抑えられた弾がすぐ脇を通過し、後方の地面へ着弾した。

 

『おいおい! 新しくなったんじゃなかったのか!?』

 

「いきなり撃つ!?」

 

『実戦で「今から撃ちます」って教えてくれる奴がいるか!』

 

「それ前にも聞いた気がする!」

 

 言い返しながら、ケンも射撃を返した。

 

 スコルは正面から受けようとはしない。

 

 機体を左右へ振りながら距離を変え、ケンに狙いを絞らせない。こちらが銃口を向ければすぐ射線から外れ、ケンが追えば今度は逆方向から撃ち返してくる。

 

 やはり上手い。

 

 単純な機体性能だけなら、今のダウトの方が上かもしれない。

 

 それでも操縦経験ではスコルが遥かに上だった。

 

「だったら……!」

 

 ケンは正面から追うのをやめた。

 

 ソードライフルを撃ちながら進路をずらし、ブルーガの移動出来る範囲を狭めていく。

 

 直撃させる必要はない。

 

 相手が避ける方向を作ればいい。

 

 右。

 

 左。

 

 もう一度右。

 

 射撃を嫌ったブルーガが大きく跳んだ。

 

「そこ!」

 

 ダウトの右腕からアンカーが射出される。

 

『甘ぇ!』

 

 スコルは機体を捻り、迫るアンカーをかわした。

 

 ワイヤーが空を切る。

 

 その隙にブルーガが一気に距離を詰めてきた。

 

「近っ!」

 

 ケンがソードライフルを切り替える。

 

 ビーム刃が伸びた直後、ブルーガが振り下ろした模擬戦用の近接武器を受け止めた。

 

 衝撃がコックピットを揺らす。

 

『武器が変形するからって、切り替える瞬間に隙作ってどうすんだ!』

 

「今初めて使ってんの!」

 

『敵が待ってくれるかよ!』

 

「だからスコルは敵じゃないだろ!」

 

『今は敵だ!』

 

「そうだった!」

 

 押し返す。

 

 ブルーガが後退するより早く、ケンは踏み込んだ。

 

 ソードライフルを横へ振る。

 

 かわされる。

 

 ならば追わない。

 

 ビーム刃を収め、ライフルへ戻す。

 

 近距離から一発。

 

『うおっ!?』

 

 ブルーガが辛うじて身を沈めた。

 

 その頭上を光弾が抜けていく。

 

『危ねぇな!』

 

「実戦で敵が待ってくれるんだっけ?」

 

『言うようになったじゃねぇか!』

 

 ブルーガが再び距離を取る。

 

 ケンも追った。

 

 だが今度は、ただ追いかけるだけではない。

 

 スコルがどこを見るのか。

 

 どちらへ動こうとしているのか。

 

 武器を構えた時、機体の重心がどう変わるのか。

 

 以前教えられたことを思い出しながら、その動きを見る。

 

 スコルは強い。

 

 だからこそ、正面から操縦技術だけで勝とうとしても難しい。

 

 だったら、自分に出来ることを使う。

 

 ケンは操縦桿を倒した。

 

 ダウトが低く加速する。

 

 右腕のアンカーを再び射出。

 

 ブルーガが左へ回避した。

 

 今度は左腕。

 

『二本目か!』

 

 ブルーガがさらに進路を変える。

 

 二本のワイヤーが空中を横切り、スコルの動ける方向を狭めていく。

 

 それでも捕まらない。

 

 スコルはワイヤーの位置を見ながら機体を滑らせ、二本の間を抜けた。

 

『まだまだだな!』

 

「まだ終わってない!」

 

 ケンはモニターへ視線を走らせた。

 

 ブルーガを対象として指定。

 

 バインダー側アンカーの制御を切り替える。

 

 左右のバインダーが動いた。

 

 二本のアンカーがそれぞれ別の軌道を描いて射出される。

 

『なっ!?』

 

 一本が右。

 

 もう一本が左。

 

 先ほどまでケンが使っていた腕部アンカーとは違う角度から迫ってくる。

 

 スコルは即座に上へ逃げた。

 

 その判断も早い。

 

 だが、バインダーから伸びたワイヤーはブルーガの移動に合わせて軌道を変えた。

 

『追ってくるのかよ!』

 

 スコルが一方をかわす。

 

 もう一方も寸前で抜ける。

 

 さすがに簡単には捕まらない。

 

 だがケンは、バインダー側ばかりを見てはいなかった。

 

 スコルが二本を避けるために選んだ進路。

 

 そこへ、先ほど外した右腕側のアンカーを巻き戻していた。

 

「そこだ!」

 

『しまっ――』

 

 再射出。

 

 ブルーガの腕へアンカーが絡み付いた。

 

 ケンはすぐにワイヤーを引く。

 

 体勢を崩したブルーガが地面へ片膝をついた。

 

 スコルが立て直そうとする。

 

 その時には、ダウトがもう目の前まで来ていた。

 

 ソードライフルの機構が切り替わる。

 

 形成されたビーム刃が、ブルーガのコックピットから外れた位置で止まった。

 

 静寂が訪れる。

 

 ケンは荒くなっていた息を整えながら、目の前のブルーガを見た。

 

「……俺の勝ち?」

 

 数秒、返事がなかった。

 

 やがて通信から、小さな笑い声が聞こえてきた。

 

『……ああ。』

 

 スコルが息を吐く。

 

『お前の勝ちだ、ケン。』

 

「……やった!」

 

『喜び過ぎだ! 一回勝っただけだろ!』

 

「でも勝ったじゃん!」

 

『調子乗んな! 次やったら俺が勝つ!』

 

「負け惜しみじゃん!」

 

『うるせぇ!』

 

 ケンは笑いながらアンカーを解除した。

 

 ブルーガがゆっくりと立ち上がる。

 

 その姿を見ながら、スコルはしばらく何も言わなかった。

 

 やがて、いつもの軽い調子とは少し違う声で呟いた。

 

『……もう大丈夫そうだな。』

 

「え?」

 

『いや。何でもねぇ。』

 

「何それ?」

 

『帰るぞ。お前んとこの整備長が、これ以上やったら殺すって顔してんぞ。』

 

 通信の向こうから、すぐにおやっさんの怒鳴り声が飛んできた。

 

『聞こえてんぞ!』

 

「ほら。」

 

『ハハハッ!』

 

「笑ってる場合じゃないって!」

 

 二機は並んで研究施設へ向かっていった。

 

 ケンは気付かなかった。

 

 隣を歩く黒いブルーガのコックピットで、スコルがもう一度ダウトを見ていたことに。

 

     *

 

 研究施設へ戻った後、ケン達は格納庫脇の部屋に集まっていた。

 

 模擬戦のデータ確認をするはずだったのだが、おやっさんは開口一番ケンを怒鳴りつけた。

 

「いきなり四本使う奴があるか!」

 

「使えるか試すテストだったんでしょ!?」

 

「段階ってもんがあるだろうが!」

 

「ちゃんと使えたじゃん!」

 

「結果論だ!」

 

 おやっさんの説教を受けながら、ケンはノンへ助けを求めるように視線を送った。

 

 しかしノンは首を横へ振る。

 

「今回はおやっさんが正しいと思う。」

 

「ノンまで!?」

 

「最初から全部使う必要はなかったでしょ?」

 

「でもスコルが強いから……。」

 

「俺のせいにすんなよ。」

 

 壁際に立っていたスコルが笑う。

 

「だって普通に避けるじゃん!」

 

「避けるに決まってんだろ。」

 

「二本とも避けた時ちょっと腹立ったもん。」

 

「お前、模擬戦向いてねぇんじゃねぇか?」

 

「なんで!?」

 

 部屋に笑いが起こった。

 

 そんな中、スコルだけが途中から少し静かになっていた。

 

 ケンはようやくそれに気付いた。

 

「……スコル?」

 

「あ?」

 

「どうしたの?」

 

「別に。」

 

 そう答えたものの、スコルは壁から背中を離した。

 

 しばらく迷うように視線を落としてから、ケンを見る。

 

「ケン。」

 

「何?」

 

「俺、軍に戻るわ。」

 

 部屋の空気が止まった。

 

「……え?」

 

 最初に声を出したのはケンだった。

 

 ノンもスコルを見ている。

 

 ジーナも、おやっさんも、@kiも。

 

 スコルは頭を掻いた。

 

「だから、連邦軍に戻る。」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。」

 

 ケンが立ち上がる。

 

「なんで急に?」

 

「急じゃねぇよ。前から考えてた。」

 

「でも――」

 

「元々俺は連邦軍人だ。」

 

「それは分かってるけど!」

 

 ケンは思わず声を大きくした。

 

「今戻ったらどうなるか分かんないじゃん! スコル、行方不明になってるんでしょ? それに俺達と一緒にいるところ、動画にも映ってるし!」

 

「ああ。」

 

「だったら――」

 

「ケン。」

 

 スコルの声は穏やかだった。

 

 それが余計に、ケンを言葉に詰まらせる。

 

「お前、もう俺が横にいなくても戦えるだろ。」

 

「……さっきの模擬戦のこと?」

 

「それだけじゃねぇよ。」

 

 地球へ落ちた直後。

 

 敵のどこを狙えばいいのか分からず、引き金を引くことすら怖がっていたケン。

 

 それでも少しずつ、自分で狙う場所を選ぶようになった。

 

 脚。

 

 関節。

 

 武器。

 

 相手を殺すためではなく、止めるために撃つ。

 

 今日の模擬戦でも、最後にソードライフルを止めた位置はコックピットではなかった。

 

「まだ危なっかしいけどな。」

 

「一言余計だよ。」

 

「でも、最初に比べりゃマシだ。」

 

「おやっさんと同じこと言ってる……。」

 

「そりゃ事実だからな。」

 

 スコルは笑った。

 

 だがケンは笑えなかった。

 

「だからって軍に戻らなくてもいいじゃん。ここにいれば――」

 

 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「みんな、ニュース見てくだせぇ!」

 

 入ってきたのはグレアーだった。

 

 普段の飄々とした様子とは違う。

 

 手にした端末を操作しながら、足早にモニターへ向かう。

 

「グレアー?」

 

「月方面がまずいことになってやす。」

 

 室内の空気が変わった。

 

 グレアーが大型モニターを起動する。

 

 映し出されたのは宇宙だった。

 

 月。

 

 そして、その周辺に展開する無数の艦艇。

 

 映像が切り替わる。

 

 コロニー国家連合軍の艦隊。

 

 さらに別の宙域では、地球連邦軍の艦艇とMS部隊が展開している。

 

 ニュースキャスターの声が室内へ流れた。

 

『コロニー国家連合軍は本日、月軌道周辺へ新たな艦隊を展開しました。これに対し地球連邦軍も月方面の防衛戦力を増強。双方の艦隊が接近する宙域も確認されています。』

 

 ケンの表情から、先ほどまでの笑いが消えた。

 

『両政府は現在も停戦協定を遵守する姿勢を示しており、現時点で交戦の事実は確認されていません。しかし、軍事的緊張はこれまでになく高まっており――』

 

 画面には、月を挟むように展開する両軍の位置が表示される。

 

 互いに攻撃はしていない。

 

 だが、その距離は以前より明らかに近い。

 

「……こんなに。」

 

 ノンが呟く。

 

 ケンは画面を見つめたまま動かなかった。

 

 地球で何人もの人に聞いた。

 

 戦争をしたいか。

 

 答えは様々だった。

 

 コロニー国家連合を嫌っている人もいた。

 

 戦うしかないと言う人もいた。

 

 それでも、多くの人が戦争そのものを望んでいるわけではなかった。

 

 連邦兵だってそうだった。

 

 戦いたいから軍人をしているわけではないと言っていた。

 

「……まだ、戦争始まってないんだよね?」

 

「ああ。」

 

 グレアーが答える。

 

「停戦協定もまだ生きてやす。ただ……。」

 

 モニターへ視線を戻す。

 

「どっちかが一発撃てば、どうなるか分かりやせん。」

 

 ケンの背筋が冷えた。

 

 ほんの一発。

 

 誰かが間違えるだけでもいい。

 

 どちらかが先に攻撃されたと思うだけでもいい。

 

 あれだけの戦力が向かい合っている場所で何かが起きれば、止められるのか。

 

「……なんでだよ。」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

「みんな、戦争したくないって言ってたのに。」

 

 誰も答えられなかった。

 

 静まり返った部屋の中で、ニュースだけが流れ続ける。

 

 その画面を見ていたスコルが、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……やっぱり、戻る。」

 

 ケンが振り返る。

 

「スコル。」

 

「ここに残って、お前らと一緒に活動してりゃ、戦力にはなるかもしれねぇ。」

 

 スコルは黒いブルーガが置かれている格納庫の方向へ一度視線を向けた。

 

「でもよ。それだけじゃ、大したことは出来ねぇと思う。」

 

「そんなこと――」

 

「あるんだよ。」

 

 スコルはケンの言葉を遮った。

 

「お前らと一緒にいて、色々見た。戦争なんかしたくねぇって言ってる奴も見た。動画を見て自分から動き出した奴もいた。」

 

 そして、モニターに映る月軌道へ視線を戻す。

 

「なのに軍は止まらねぇ。」

 

 スコル自身も、その軍の一人だった。

 

 命令されれば出撃する。

 

 敵だと言われれば銃を向ける。

 

 それが軍人だと思っていたし、今でも軍人であることを捨てたつもりはない。

 

 だからこそ、外から眺めているだけではなく、自分がいた場所へ戻ろうと思った。

 

「だったら軍に戻って、中から少しでも変えていけねぇかって思う。」

 

 ケンは何も言えなかった。

 

「俺一人戻ったところで、何が出来るかなんて分かんねぇ。上の連中に意見したって聞いてもらえねぇかもしれねぇし、戻った瞬間に拘束されるかもしれねぇ。」

 

「だったら余計に……。」

 

「それでもだ。」

 

 スコルは真っ直ぐケンを見る。

 

「ここでお前らについていくより、俺にはそっちの方が出来ることがある気がする。」

 

 少しだけ照れ臭そうに鼻を擦る。

 

「……それが俺の戦いだ。」

 

 ケンはスコルを見たまま、しばらく黙っていた。

 

 止めたい。

 

 戻ったら何をされるか分からない。

 

 このまま一緒にいればいい。

 

 そう言いたかった。

 

 けれど、それを言ってしまったら、自分が今までやってきたことまで否定するような気がした。

 

 自分達だけでは全部の場所へ行けない。

 

 全部の人を助けることも出来ない。

 

 だから動画を見た人達が、それぞれの場所で出来ることを始めてくれた。

 

 スコルも同じなのだ。

 

 ケン達についてくるのではなく、自分がいるべきだと思った場所で、自分に出来ることをする。

 

「……そっか。」

 

 ケンは小さく息を吐いた。

 

「じゃあ……止められないな。」

 

「さっきまで必死に止めてたけどな。」

 

「だって心配なんだから仕方ないじゃん!」

 

「俺を誰だと思ってんだ。」

 

「スコル。」

 

「スコルさんだ!」

 

「こんな時までそれ言う!?」

 

 部屋に小さな笑いが戻った。

 

 ノンも微笑んでいたが、その目には少し寂しさが浮かんでいる。

 

「本当に戻るのね。」

 

「ああ。」

 

「兄さんに会ったら……。」

 

 そこまで言って、ノンは言葉を止めた。

 

 スコルは急かさず待つ。

 

「……元気だって伝えて。」

 

「ああ。会えたらな。」

 

「それだけでいいわ。」

 

「分かった。」

 

 ジーナはノンの横に立ったまま、静かにスコルへ頭を下げた。

 

「これまでお嬢様をお守りいただき、ありがとうございました。」

 

「いや、俺よりそこのケンの方が一緒にいた時間長ぇだろ。」

 

「それとこれとは別です。」

 

「そ、そうか。」

 

 ジーナに真正面から礼を言われたスコルが、珍しく困った顔をする。

 

 おやっさんは腕を組んだまま鼻を鳴らした。

 

「軍に戻るのは勝手だが、せっかく直したブルーガを無駄に壊すんじゃねぇぞ。」

 

「そっちの心配かよ。」

 

「当たり前だ。」

 

「ケンと同じこと言ってんな。」

 

「誰がおやっさんと同じだよ!」

 

「そこ否定すんじゃねぇ!」

 

 再び騒がしくなる。

 

 その様子を見ながら、@kiが笑った。

 

「まあ、ええんちゃうか。」

 

 スコルが振り返る。

 

「自分で行く場所決めたんやろ?」

 

「ああ。」

 

「ほんなら行ってこい。ウチらはウチらで好き勝手やっとるからな。」

 

「それが一番心配なんだよ。」

 

「なんやと!」

 

 グレアーだけは少し離れた場所からスコルを見ていた。

 

「戻り方はこちらで考えやしょう。」

 

「頼めるか?」

 

「ここから直接軍施設へ向かうのは論外でやすからね。場所を知られるわけにはいきやせん。」

 

「分かってる。」

 

「途中までこちらで経路を用意しやす。その先は……スコルさん自身で何とかしてもらうことになりやす。」

 

「十分だ。」

 

 話は決まった。

 

 もうケンも止めなかった。

 

     *

 

 出発の時は、思っていたより早く来た。

 

 必要な準備を済ませ、研究施設の格納庫に黒いブルーガが立っている。

 

 スコルが地球へ落ちた時、彼の乗っていたブルーガは大破し、ベルーガにあった予備機のブルーガを借りる形で乗っていた機体。

 

 これまで何度もケンの隣で戦ってきたブルーガは、そのままスコルへ渡されることになった。

 

「餞別だ。」

 

 おやっさんがそう言った時、スコルは少し驚いていた。

 

「いいのか?」

 

「お前の機体みてぇなもんだろ。今更置いていかれても邪魔だ。」

 

「最後まで言い方が悪ぃな。」

 

「持ってけ。軍に戻るなら丸腰ってわけにもいかねぇだろ。」

 

「……ありがとな。」

 

 スコルは短く答えた。

 

 やがてブルーガのコックピットへ乗り込み、機体を起動させる。

 

 格納庫の扉がゆっくりと開いた。

 

 外から差し込む陽光が、黒い装甲を照らしていく。

 

 ケン達は少し離れた場所から、その姿を見送っていた。

 

 ブルーガが一歩踏み出す。

 

 もう一歩。

 

 格納庫を出たところで、一度だけ足を止めた。

 

 ケンはその背中を見つめていた。

 

 一緒に地球へ落ちた。

 

 一緒に生き残った。

 

 戦い方を教えてもらった。

 

 何度も助けてもらった。

 

 そして今日、初めて勝った。

 

 言いたいことはいくらでもあった。

 

 けれど、最後まで湿っぽくするのはスコルも嫌がるだろう。

 

 ケンは大きく息を吸った。

 

「じゃあ……またねスコル!」

 

 ブルーガがゆっくりと歩き出す。

 

 通信機から、聞き慣れた声が返ってきた。

 

『さんを付けろ馬鹿野郎……世話になったな。あばよ!』

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