機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
黒いブルーガは、荒れた大地の上を低空で進んでいた。
研究施設を出てから、すでにかなりの距離を移動している。
背後を振り返っても、あの場所へ繋がるものは何も見えない。途中で何度か進路を変え、グレアーから指定された経路を辿ってきた。
スコルは操縦席のモニターに表示された座標を確認すると、小さく息を吐いた。
「……ここから先は俺一人、か。」
別れ際の光景が頭をよぎる。
新しくなったダウト。
ノン。
グレアー。
ジーナ。
おやっさん。
@ki。
そして、最後までいつもの調子で自分を見送ったケン。
『じゃあ……またねスコル!』
「……ったく。」
思い出すだけで口元が緩む。
「だから、さんを付けろってんだよ。」
誰も聞いていないコックピットで呟き、スコルは前を向いた。
レーダーにはまだ何も映っていない。
だが、指定された座標はもう近い。
ここから先は地球連邦軍の監視圏内だった。
グレアーから渡された情報では、この周辺に地球連邦軍の基地が存在する。
そこへ自分から接触しろ。
それが帰還するために指定された手順だった。
「さて……。」
スコルは通信装置へ手を伸ばした。
ここから先、一つ間違えれば味方から撃たれる可能性すらある。
何しろ今の自分は、軍の記録上ではMIA。
しかも乗っているのは正規の識別情報を持たない黒いブルーガだ。
どう見ても怪しい。
「帰ってきた味方を撃つなよ……。」
ぼやきながら、連邦軍の共通周波数へ通信を開く。
「こちら地球連邦軍所属、スコル=レオハルド少尉。周辺の地球連邦軍施設へ。応答願う。」
返事はない。
スコルは眉を寄せた。
「こちら地球連邦軍所属、スコル=レオハルド少尉。現在、所属不明扱いのブルーガ一機で接近中。俺はMIA認定されてるはずだ。保護と帰還を要請する。繰り返す……」
数秒。
通信に雑音が走った。
『所属不明機、そこで停止しろ。』
「お。」
『繰り返す。その場で停止しろ。こちらの指示なく移動した場合、敵対行動と判断する。』
「了解。」
スコルは素直にブルーガを停止させた。
直後、レーダーに複数の反応が現れる。
「早ぇな……。」
前方。
左右。
さらに後方。
数機のブルーガがこちらを囲むように接近してくる。
全機が地球連邦軍所属。
間違いなく味方のはずなのだが、その銃口はこちらへ向けられていた。
『所属不明機。全武装を解除しろ。』
「はいはいっと。」
『返答は一度でいい。』
「……了解。」
スコルは小さく舌打ちしながらも指示に従った。
黒いブルーガが手にしていたライフルを地面へ置く。
携行していた武装も指定された場所へ降ろしていく。
全ての武装を手放したところで、両腕を僅かに開いて敵意がないことを示した。
『そのまま待機しろ。』
「了解。」
周囲のブルーガは警戒を解かない。
その光景を見ながら、スコルは操縦席の背もたれへ身体を預けた。
「帰ってきて早々これかよ……。」
仕方がないことくらい分かっている。
自分が逆の立場でも同じことをする。
正体不明の黒いブルーガが突然現れて、自分は行方不明になった連邦兵だと言い出したのだ。
信用しろという方が無理な話だった。
やがて基地からの誘導指示が入り、スコルは周囲を囲まれたまま黒いブルーガを動かした。
*
基地へ到着しても、すぐに解放されることはなかった。
指定された格納区画へ黒いブルーガを停止させると、機体の周囲を武装した兵士達が取り囲む。
スコルは両手を見える位置に出したままコックピットを降りた。
「地球連邦軍第六宇宙艦隊所属第一小隊、スコル=レオハルド少尉だ。」
「IDの提示をを。」
「ほらよ。」
差し出したIDが端末へ通される。
確認している兵士の顔が僅かに変わった。
それだけでは終わらない。
本人確認。
生体情報との照合。
所属記録。
MIA認定された時期。
最後に確認された任務。
一つずつ確認が進んでいく。
その間、スコルは何度も同じ質問に答えさせられた。
「だから本人だって言ってんだろ……。」
「手順ですので。」
「分かってるよ。」
身体検査も行われた。
武器や通信機器を所持していないか。
外部から何かを持ち込んでいないか。
軍服の上着まで確認される。
スコルは平静を装っていたが、その時だけ僅かに意識が胸元へ向いた。
そこには一通の手紙が隠されている。
普通の内ポケットではない。
そのさらに内側。
布地の裏へ縫い込むように作られた、もう一つの小さなポケット。
研究施設を出る前、ジーナが用意したものだった。
『念のためです。』
そう言って手際よく軍服を縫っていた姿を思い出す。
『いや、普通に内ポケットじゃ駄目なのか?』
『念のためです。』
『……さっきも聞いたぞ、それ。』
『念のためです。』
結局、それ以上は何も聞けなかった。
検査を担当する兵士の手が軍服から離れる。
「問題ありません。」
「そりゃどうも。」
スコルは内心で息を吐いた。
グレアーからは、基地へ入ったらすぐ渡せとは言われていない。
ただ一つ。
オルフェウス=フーガ准将本人へ渡してほしい。
それだけだった。
なぜ自分が准将に直接会える前提なのか。
そもそも、なぜグレアーがこの基地を指定したのか。
少し疑問には思ったが、スコルは深く考えなかった。
本人確認が完了すると、今度はMPが待っていた。
*
「スコル=レオハルド少尉。」
「ああ。」
「返答は明確に。」
「……はい。」
小さな机を挟み、スコルの正面には一人のMPが座っていた。
端末にはスコルの軍歴とMIAになるまでの記録が表示されている。
「貴官は任務中に消息を絶ち、以降MIAとして記録されている。」
「知ってる。」
「貴官はMIAになってから、どこに?」
スコルは椅子へ深く座り直した。
「はぁ? 動画見てねぇのか?」
MPの表情は変わらない。
「質問に答えてくれ。」
「ガンダムに助けられて大気圏突入を生き延びてからは、奴らの船にいたぜ。」
スコルは少し得意げに顎を上げた。
「そっからは生きるために必死だった。動画には出ちまったが、連邦軍人として間違ったことはしてねぇはずだが?」
「……。」
MPは何も言わず端末へ入力する。
「なんだよ。」
「続ける。」
完全に悪態を無視された。
スコルの眉が僅かに動く。
「貴官が同行していたのは、国際指名手配中のケン=大神で間違いないか?」
「ああ、そうだ。」
「何故、拘束してこなかった?」
「はぁ!?」
スコルが机へ身を乗り出した。
「一人じゃ無理に決まってんだろ!?」
MPは動かない。
「ガンダムだぞ!? こっちは大気圏で機体ぶっ壊して、助けてもらった側だぞ! それを一人で捕まえろってのかよ!」
「質問に答えてくれ。」
「答えてるだろ!」
スコルは苛立ったように髪を掻いた。
「ったく……帰ってきて早々尋問しやがって。まずは『よく無事に帰還した』じゃねぇのかよ!」
そこでMPが動いた。
端末から顔を上げる。
そのまま、ぐっとスコルへ顔を寄せた。
「……。」
「な、なんだよ?」
先ほどまで散々悪態をついていたスコルが僅かに身を引く。
MPはしばらくスコルの顔を見ていた。
そして、小さく息を吐いた。
「……こっちも仕事なんだ。」
「は?」
「本当に無事でよかったとは思ってる。」
先ほどまでの無機質な口調とはまるで違った。
「MIAになった味方が生きて帰ってきたんだ。喜んでないわけじゃない。」
「……。」
「だが、こっちも調書を取らないといけないんだ。所属不明機で突然現れて、国際指名手配犯と行動していた兵士を、本人確認だけして『おかえり』で済ませられると思うか?」
「いや……。」
「事情は汲む。」
MPは椅子へ座り直した。
「だから頼む。こっちも仕事をさせてくれ。」
スコルは目を丸くした。
先ほどまであれだけ無表情だった男から出てくるとは思わなかった言葉だった。
しばらく鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった後、スコルは我に返る。
「……悪かった。」
今度は自分から椅子へ座り直した。
「続けてくれ。」
「ああ。」
そこからの事情聴取は、先ほどよりずっと静かに進んだ。
大気圏突入時の状況。
地上へ降りてからの行動。
ケン以外の名は伏せたがケン達と同行した経緯。
動画へ出演した理由。
連邦軍のブルーガと交戦している映像についても確認された。
スコルは答えられることには答えた。
ただし、全てではない。
「ケン=大神達は現在どこに?」
「知らねぇ。別れた。」
「最後に滞在していた場所は?」
「地上のどっかだよ。移動続きだったから正確な場所までは分からねぇ。」
「使用していた大型艦は?」
「ベルーガだ。そこは動画でも分かってんだろ?」
「現在地は?」
「知らねぇって。」
MPは何度か角度を変えて同じことを聞いた。
それでもスコルは、研究施設へ繋がる情報だけは出さなかった。
@kiの名前が出ても、動画で公開されている範囲を越える話はしない。
グレアーについて聞かれても、同行していたこと以上のことは答えなかった。
嘘を並べれば、どこかで綻ぶ。
だから、言えることだけを言う。
言えないところは知らないで通す。
それを繰り返しているうちに、MPの端末にはかなりの量の記録が積み上がっていた。
「……以上だ。」
「終わりか?」
「ああ。少なくとも私が確認する項目はな。」
「長ぇよ……。」
「誰のせいだと思ってる。」
「俺じゃねぇだろ。」
「半分くらいは貴官のせいだ。」
「なんでだよ。」
先ほどまでとは違い、MPの口元にも僅かな笑みがあった。
スコルがようやく肩の力を抜いた、その時だった。
コンコン。
扉がノックされる。
「どうぞ。」
MPが答える。
扉が開いた。
「ご苦労。そのままでいい。」
落ち着いた男の声が室内へ響く。
MPの表情が固まった。
スコルも何気なく入口を見る。
軍服を纏った男が立っていた。
肩に示された階級。
そして、その顔。
「……え?」
スコルが固まる。
オルフェウス=フーガ准将。
ノンの父親。
ノクトの父親。
そして現在、この基地の司令を務める人物だった。
「私も彼から直接話を聞きたくてな。」
オルフェウスは室内へ入ると、スコルへ視線を向けた。
「彼――スコル=レオハルド少尉を借りてもいいか?」
MPが勢いよく立ち上がった。
「はっ!」
敬礼。
それを見て、スコルも一拍遅れて立ち上がる。
「あっ……はっ!」
慌てて敬礼する。
「調書は完了しております! オルフェウス司令!」
先ほどスコルに「楽にしろ」とでも言いそうな態度を見せていたMPが、今では完全に直立不動だった。
スコルが横目で見る。
顔まで緊張している。
さっきまでの余裕はどこへ行った。
「そうか。すまないな。」
オルフェウスは気にした様子もなく頷いた。
「では彼を借りていくぞ。」
「はっ!」
「レオハルド少尉。」
「はい!」
「私の部屋で話を聞こう。」
「はっ!」
オルフェウスが部屋を出ていく。
スコルもその後を追った。
扉を出る直前、ちらりと後ろを見る。
MPはまだ直立不動だった。
「……大変だな。」
「聞こえてるぞ。」
「おっと。」
スコルは慌てて扉を閉めた。
*
司令官室へ向かう廊下を、オルフェウスはゆっくりと歩いていた。
その数歩後ろを、スコルがついていく。
さっきまでMP相手に悪態をついていた男とは思えないほど姿勢がいい。
歩幅まで妙に整っている。
「レオハルド少尉。」
「はっ!」
「そんなに緊張しなくてもいい。」
「はっ!」
「……そんなに固くならなくてもいいさ、貴官はノクトの部下だったんだろ?。」
「はっ!」
オルフェウスが僅かに振り返った。
口元に笑みが浮かんでいる。
スコルはそれを見て、どう反応していいか分からなかった。
やがて司令官室へ到着する。
オルフェウスが扉を開け、先にスコルを入れた。
「掛けたまえ。」
「はっ!」
スコルは椅子へ腰を下ろした。
背筋は伸びたまま。
膝に置いた両手も微動だにしない。
向かいへ座ったオルフェウスが、その姿をしばらく見ていた。
「君も楽にしていいぞ。ここには君と私の二人しかいない。」
「はっ!」
「……。」
「……。」
スコルは直立したような姿勢のまま座っている。
オルフェウスが苦笑した。
「それでは先ほどの事情聴取と変わらんな。」
「……出来るかよ。」
「ん?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうか。」
明らかに聞こえていたはずだが、オルフェウスは追及しなかった。
「事情については、後で調書を読ませてもらう。私が聞きたいのは別のことだ。」
その言葉に、スコルの表情も少し変わった。
「カノンは元気にしていたか?」
階級でも軍務でもない。
父親の声だった。
スコルは少しだけ肩の力を抜いた。
「ええ。」
ノンから最後に言われた言葉を思い出す。
「元気でしたよ。」
「そうか。」
オルフェウスはそれ以上すぐには聞かなかった。
ただ一度、小さく頷いた。
「……兄さんに会ったら元気だって伝えてくれって言われてたんですが。」
「ノクトに?」
「ええ。」
「そうか。それなら息子には私から伝えておこう。」
「お願いします。」
オルフェウスの表情が少しだけ柔らかくなる。
「グレアーも一緒にいたのだな?」
「ええ。」
「元気にしていたか?」
「元気ですよ。相変わらず妙な喋り方してます。」
「ふっ。」
オルフェウスが小さく笑った。
「そうか。」
その反応を見て、スコルは少し意外そうな顔をした。
准将と聞いて身構えていたが、想像していた人物とは随分違う。
少なくとも、部下を階級だけで押さえつけるような男には見えなかった。
そこでスコルは思い出した。
「あ。」
「どうした?」
「そうだ。准将に渡すものがありました。」
「私に?」
「はい。」
スコルは軍服の上着へ手を入れた。
普通の内ポケットを越え、そのさらに内側。
指先で縫い目を探る。
ジーナが作った二重ポケットから、折り畳まれた一通の封書を取り出した。
「これです。」
オルフェウスが封書を見る。
「誰からだ?」
「これはグレアーの旦那から――」
言った。
言ってしまった。
スコルの動きが止まる。
オルフェウスも一瞬だけ目を瞬かせた。
「…………。」
「…………。」
先に反応したのはオルフェウスだった。
「ふっ。」
笑った。
「グレアーの旦那か。」
「し、失礼しました!」
スコルが勢いよく立ち上がる。
「グレアー中佐からの物になります!」
「そう固くならなくていいと言ったばかりだが。」
「いや、でも今のは……!」
「構わん。」
オルフェウスは笑みを残したまま手紙を受け取った。
「随分と面白い呼ばれ方をするようになったものだな。」
「……あいつらといると、どうにも軍の調子が抜けちまいまして。」
そこまで言ってから、スコルはまた止まる。
「……あ。」
「そのままでいい。」
「いや……准将相手にそのままは無理ですよ。」
「先ほどより話しやすくなった。」
「俺が話しにくいんですけど……。」
オルフェウスがまた小さく笑う。
それから、手元の封書へ視線を落とした。
封を開く。
折り畳まれた紙を取り出す。
スコルも黙った。
オルフェウスの目が、一行ずつ文章を追っていく。
先ほどまで浮かんでいた笑みは消えていた。
だからといって、驚いた様子もない。
眉を顰めることもなければ、声を漏らすこともない。
ただ静かに読む。
一枚目。
そして、その先。
最後まで目を通したオルフェウスは、しばらく紙を見つめていた。
やがて一度だけ、小さく頷く。
「……なるほど。」
スコルは少し身を乗り出した。
「何て書いてあったんです?」
オルフェウスは手紙を丁寧に折り直した。
「君のことだ。」
「俺?」
「ああ。」
手紙を手元に置き、スコルを見る。
「グレアーは、君をよろしく頼むと書いている。」
「俺を……?」
「そうだ。」
スコルは首を傾げた。
「なんで俺のことを准将に……。」
「さてな。」
オルフェウスは少し考えるようにスコルを見る。
「だが、私の副官から直々に頼まれたのだ。無下には出来ん。」
「副官……。」
スコルがその言葉を小さく繰り返した。
オルフェウスにとって、グレアーは今も副官なのだ。
行方をくらませた軍人でも、裏切った部下でもない。
その言葉だけで、スコルにもそれが伝わった。
オルフェウスは椅子から立ち上がる。
「息子から部下を奪うのは忍びないが……。」
「え?」
オルフェウスは少し楽しそうに続けた。
「どうせ君はMIAになった身であろう?」
「いや、どうせって……。」
「復帰と転属の手続きはこちらで済ませてやる。」
「は?」
スコルの目が丸くなった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺、さっき帰ってきたばっかですよ?」
「だから今日は休めと言っている。」
「そういう話じゃなくてですね……。」
「長期間のMIAから生還し、所属不明機で帰還したばかりだ。事情聴取も受けた。疲れているだろう。」
「いや、まあ……そりゃ疲れてますけど。」
「ならば休め。」
「話聞いてます?」
「聞いているとも。」
「絶対流してるだろ……。」
「何か言ったか?」
「何も言ってません!」
スコルの返事を聞き、オルフェウスは満足そうに頷いた。
そのままスコルの横を通り過ぎる。
扉へ向かう途中、一度だけ足を止めた。
大きな手がスコルの肩へ置かれる。
「それと――」
スコルが顔を上げる。
「よく無事に戻ったな、スコル少尉。」
「……。」
さっきMPへ自分から要求した言葉だった。
まずは無事に帰ったと言え。
そう悪態をついた。
だが、いざ真正面から言われると、何と返せばいいのか分からなかった。
スコルは一瞬だけ俯き、それから軍人らしく姿勢を正した。
「……はっ。」
オルフェウスは肩から手を離す。
「今日はゆっくり休め。今後については明日以降に話そう。」
「了解しました。」
オルフェウスは司令官室を出た。
静かな廊下を歩きながら、手にしていたグレアーの手紙をもう一度折り畳む。
そして、その手紙を軍服の胸元へそっと忍ばせた。