機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第72話「最後のコラボ」

 

 

 スコルがブルーガで研究施設を離れてから、数日が経っていた。

 

 無事に地球連邦軍へ戻れたのか。ケンには、それを確かめることが出来ない。

 

 グレアーからは、こちらから通信を送るのは避けるよう言われている。スコルの立場を悪くするだけでなく、通信経路を辿られれば@kiの研究施設まで危険に晒しかねないからだ。

 

 気にならないと言えば嘘になる。

 

 だが、自分から戻ると決めたスコルを信じるしかなかった。

 

 そしてケン達もまた、次へ進む時を迎えようとしていた。

 

 ベルーガの会議室に集まったケン達の前には、月周辺の宙域図が大きく映し出されている。

 

 地球連邦軍。

 

 コロニー国家連合軍。

 

 双方を示す光点は以前より明らかに増え、互いを牽制するように月周辺へ展開していた。

 

「……また増えてる。」

 

 思わず漏れたケンの声に、隣のノンが小さく頷く。

 

「ええ。前に見た時より、ずっと多いわ。」

 

「まだ戦闘が始まったわけじゃありやせん。停戦と協力の枠組みも生きてやす。」

 

 グレアーはそう前置きしながらも、表情を緩めなかった。端末を操作すると、両軍の展開位置が拡大される。

 

「ただ、片方が戦力を増やせば、もう片方も黙っちゃいねぇ。牽制のために前へ出りゃ、向こうも前へ出る。今はそんなことを繰り返してる状態でさぁ。」

 

「これだけ近ければ……何かあった時、一気に戦闘になるわね。」

 

 ノンの言葉に、グレアーが頷いた。

 

 ケンは何も言わず、モニターを見つめた。

 

 地球へ来てから、たくさんの声を聞いた。

 

 戦争なんてしたくない。

 

 平和に暮らしたい。

 

 家族を守りたい。

 

 そんな言葉を聞く一方で、コロニーは信用出来ないと話す人もいた。

 

 戦争はしたくないと言いながら、命令されれば戦うと答えた連邦兵もいた。

 

 同じ「戦争をしたくない」という言葉の中に、それぞれ違う思いや事情がある。

 

 それを知ったからこそ、ケンには目の前の光景が以前より怖く見えた。

 

 この一つ一つの光点の中にも、きっと同じような人達がいる。

 

「……まだ、始まってないんだよね。」

 

 モニターを見たまま尋ねると、グレアーは短く答えた。

 

「ええ。」

 

「だったら、行こう。」

 

 ノンがケンへ顔を向ける。

 

「宇宙に戻ろうよ。俺達に何が出来るのかは、まだ分かんない。でも……始まってからじゃ遅い。」

 

 以前なら、もっと迷っていたかもしれない。

 

 自分の動画に何が出来るのか。

 

 ダウト一機で何が出来るのか。

 

 そんなことばかり考えて、動けなくなっていたかもしれない。

 

 けれど地球で、自分達の動画を見て動き出した人達を見た。

 

 全部を自分でやらなくてもいい。

 

 出来ることをやれば、それを見た誰かがまた動くかもしれない。

 

「……そうね。」

 

 ノンの表情が僅かに和らいだ。

 

「私も戻るべきだと思う。」

 

「決まりでやすね。」

 

 グレアーが端末を閉じると、それまで黙っていたおやっさんが壁から背を離した。

 

「ベルーガの方はどうなんだ?」

 

「艦体と機関の最終確認を残すだけでさぁ。ハイパーブースターも問題ありやせん。」

 

「こっちもだ。ダウトはこの間の動作確認で問題なし。細かい調整さえ終わりゃ、いつでも出せる。」

 

「じゃあ……いつ頃?」

 

 ケンが尋ねると、おやっさんは少し考えてから答えた。

 

「何もなけりゃ明後日だな。」

 

「明後日か……。」

 

 地球へ来てから色々あっただけに、決まってしまえば随分早く感じる。

 

 そんなことを考えていた、その時だった。

 

 会議室の扉が勢いよく開いた。

 

「ちょおおおおっと待ったぁぁぁぁ!!」

 

「うわっ!?」

 

 静かだった室内へ突然響いた大声に、ケンの肩が跳ねた。

 

 扉の前には@kiが立っている。

 

 そのままずかずかと入ってくると、ケンの前へ身を乗り出した。

 

「聞いたでケンケン! 宇宙戻るんやって!?」

 

「う、うん。今その話が決まったところだけど。」

 

「しかも明後日やて!? 早いやろ!」

 

「いや、俺達もいつまでも地球にいられないし。」

 

「そんなもん分かっとるわ!」

 

 勢いよく言い返した@kiだったが、そこで急に表情を変えた。

 

 口元がにやりと吊り上がる。

 

 その顔を見た瞬間、ケンは嫌な予感がした。

 

「……何?」

 

「ほんなら最後にコラボしよや!」

 

「また?」

 

「また言うな! 最後や最後!」

 

 @kiはケンを指差し、そのまま今度は自分の胸を叩いた。

 

「ウチは地球に残る。ケンケンらは宇宙へ戻る。せっかく一緒におったんや。このまま『ほなさいなら』で終わるんは勿体ないやろ!」

 

「だからって、なんでコラボになるのよ。」

 

 ノンが呆れたように尋ねる。

 

「決まっとるやん。ウチら配信者やで?」

 

「それだけじゃないでしょ、その顔。」

 

「さすが赤ずきん。鋭いな。」

 

 @kiはまったく悪びれず、さらに笑みを深くした。

 

「実はな……最後に見せたいもんがあるんや。」

 

「見せたいもの?」

 

「GKCは重すぎた。GKSは速すぎた。」

 

「やっぱり失敗だったんじゃん。」

 

「失敗ちゃう! あれは成功へ至るための尊い犠牲や!」

 

「GKSまだ直すって言ってたじゃん……。」

 

「それはそれ! これはこれや!」

 

 まるで話にならない。

 

 だが、@kiがここまで得意げになっている以上、何かを作ったのは間違いなさそうだった。

 

「今度こそ完璧や。」

 

 @kiが自信満々に胸を張る。

 

「火力も、速さも、それ以外も全部や。ウチの最高傑作が完成した!」

 

「……またMS?」

 

「おう!」

 

「やっぱり。」

 

「その反応なんやねん!」

 

 ケンが笑うと、@kiは鼻息を荒くした。

 

「明日、撮影や! 最後のコラボ、派手にいくで!」

 

     *

 

 翌日。

 

 研究施設から離れた荒野には、撮影用の機材が並べられていた。

 

 その先には、大きなシートですっぽりと覆われた一機のMS。

 

 ケンはオレンジ色のツナギに着替え、髪を上げてゴーグルを着けている。隣には赤ずきん姿のノン。@kiはシートの前を行ったり来たりしながら、撮影が始まるのを今か今かと待っていた。

 

「まだか? もうええやろ?」

 

「ちょっと待って。今確認してるから。」

 

「さっきから三回目やで。」

 

「あなたが途中で勝手に触ったから確認し直してるの。」

 

「……あれ関係ある?」

 

「あるわよ。」

 

「ほな待ちます。」

 

 珍しく素直になった@kiに、ケンが吹き出しそうになる。

 

 やがてノンが機材から離れ、二人のところへ戻ってきた。

 

「大丈夫。始めましょう。」

 

「待ってました!」

 

 @kiが飛び跳ねる。

 

 撮影が始まると、ノンはすぐに表情を切り替えてカメラへ向き直った。

 

「皆さんこんにちは。赤ずきんです。」

 

「どうも〜ケンケンです!」

 

「そしてぇ!」

 

 二人の間へ@kiが勢いよく割り込んだ。

 

「@kiショーちゃんネルの@kiやぁ!」

 

「近いって!」

 

 画面をほとんど独占した@kiをケンが横から押し戻す。

 

 ノンは慣れた様子で進行を続けた。

 

「今回は@kiさんとのコラボ企画になります。」

 

「しかも普通のコラボちゃうで!」

 

 待ってましたとばかりに@kiが再び前へ出る。

 

「ケンケン達がもうすぐ宇宙へ帰るっちゅうことで――」

 

「それ普通に言うんだ。」

 

「地球におること自体はもう隠してへんやろ! 場所言わんかったらええねん!」

 

「まあ、そうだけど。」

 

「とにかくや! 今日はウチらの最後のコラボや!」

 

 @kiは勢いよく振り返り、背後の巨大なシートへ腕を伸ばした。

 

「そして最後を飾るんは――こいつやぁ!」

 

 シートが一気に外れる。

 

 その下から姿を現した機体を見て、ケンは思わず声を上げた。

 

「おお……!」

 

 赤と緑を左右に配した装甲。その二色の間を白が繋ぎ、隙間から覗くフレームは暗い灰色。背部には大きな主推進器と可変式のバインダーが収まり、全体のシルエットはこれまで@kiが作った二機よりもずっとまとまっている。

 

 GKCのような重々しさはない。

 

 GKSのような危うい細さもない。

 

 見るからに、今までとは違った。

 

「……なんかガンダムっぽい。」

 

 素直な感想を漏らした途端、@kiが振り返った。

 

「まだ名前も言うとらんのに先に感想言うな!」

 

「見れば分かるだろ!」

 

「ええから黙って聞け!」

 

 @kiは機体の前へ移動すると、両腕を大きく広げた。

 

「GKCでウチは学んだ! 火力と装甲を積めるだけ積んだら、重くて間に合わん!」

 

「やっと認めた。」

 

「GKSでさらに学んだ! 速けりゃええっちゅうもんでもない!」

 

「曲がれなかったものね。」

 

「止まれへんかったしな!」

 

「自分で言っちゃったよ。」

 

「過去のことはええねん!」

 

 @kiは咳払いを一つすると、何事もなかったかのようにTKGへ向き直る。

 

「つまり! 火力だけでもアカン! 速さだけでもアカン! 必要なんは全部を高い次元でまとめることや!」

 

 今度の説明には、ケンも素直に頷いた。

 

 ふざけたことばかり言っているが、目の前の機体を見れば@kiが本気で作ったことは分かる。

 

 そんなケンの反応に満足したのか、@kiはますます得意げになった。

 

「これこそウチ史上最高傑作! ガンダムを倒す! ガンダムを越える! せやから――」

 

 両腕を広げる。

 

「TKGや!!」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 ケンとノンの間に、何とも言えない沈黙が落ちた。

 

 @kiの笑顔が少しずつ引きつっていく。

 

「……なんや。」

 

 最初に口を開いたのはノンだった。

 

「結局、卵かけご飯じゃない。」

 

「ちゃうねん!」

 

 即座に@kiが食いついた。

 

「倒す! 越える! ガンダム! その頭文字でTKGや!」

 

「でも、それだとガンダムみたいね。」

 

「なんでや!?」

 

「最後がガンダムだもの。それに見た目もかなりガンダムっぽいし。」

 

「いやいやガンダムちゃうわ! ガンダムを超える最強のMSや!」

 

「でも名前の最後にガンダムを付けたら、○○ガンダムっていうガンダムの名前に聞こえるわよ。」

 

「ぐぬぬ……。」

 

 @kiが本気で悩み始める。

 

 そこでケンにも別の疑問が浮かんだ。

 

「というかさ。」

 

「……なんや。」

 

「ガンダムキラーガンダムなら、GKGの方がよくない?」

 

「…………。」

 

 @kiが固まった。

 

 ノンも一度TKGを見上げ、それから静かに頷く。

 

「確かに。」

 

「だよね?」

 

 その瞬間、ケンは耐え切れなくなった。

 

「これじゃ卵かけガンダムじゃん!」

 

「誰が卵かけガンダムやぁ!!」

 

 @kiの絶叫が荒野に響き、ケンは腹を抱えて笑う。

 

「自分でTKGって付けたんじゃん!」

 

「うっさい! ウチが一生懸命作った最高傑作やぞ!」

 

「……これ、全部撮れてるわよ。」

 

 ノンがカメラを指す。

 

 @kiの動きが止まった。

 

 ゆっくりとカメラへ顔を向ける。

 

「……カットや。」

 

「使うわ。」

 

「なんでや!」

 

「面白いから。」

 

「赤ずきんまでそっち側に行くなぁ!」

 

     *

 

 ひとしきり騒いだ後、撮影はそのまま続けられた。

 

「名前の話はもう終いや!」

 

 頬を膨らませた@kiがTKGを指差す。

 

「大事なんは中身や! こいつがウチの最高傑作なんは間違いない!」

 

「それで、これを紹介するだけなの?」

 

「まさか。」

 

 待ってましたと言わんばかりに、@kiの口元が上がる。

 

「最後のコラボやで? お披露目だけで終わるわけないやろ。」

 

 嫌な予感が戻ってきた。

 

「……何する気?」

 

「決まっとる。」

 

 @kiはTKGを親指で示し、次に少し離れた場所で待機しているダウトを指した。

 

「こいつと新しくなったダウトで――模擬戦や!」

 

「やっぱり!」

 

「餞別代わりや。せっかく強なったんやから、ウチの最高傑作とどっちが強いか試してみようや!」

 

 ケンは反射的にダウトへ目を向けた。

 

 改修を終えたばかりの機体。

 

 スコルとの模擬戦では、新しい装備も一通り試した。

 

 だが、目の前のTKGがどれほどのものなのかは分からない。

 

 その分、興味もあった。

 

「……本当に模擬戦だよね?」

 

「当たり前やろ!」

 

「GKSの時も色々酷かったからなぁ……。」

 

「あれは事故や!」

 

「自分から突っ込んだんじゃん。」

 

「細かいこと気にすんな!」

 

「細かくないだろ!」

 

 言い合いながらも、ケンは笑っていた。

 

 そしてTKGを見上げ、少しだけ表情を引き締める。

 

「……分かった。やろう。」

 

「そう来んとな!」

 

 @kiが拳を差し出す。

 

 ケンも拳を合わせた。

 

     *

 

 荒野の中央で、二機のMSが向かい合った。

 

 ガンダムダウト。

 

 TKG。

 

 十分に距離を取った撮影機材が、その姿を捉えている。

 

 ダウトのコックピットに座ったケンは、正面モニターに映るTKGを見ながら操縦桿を握り直した。

 

 ソードライフル。

 

 両腕のアンカー。

 

 背部バインダーの二本。

 

 スコルとの模擬戦で一通り使ったとはいえ、まだ完全に自分の手足になったとは言えない。

 

 だからこそ、試してみたかった。

 

『準備ええか、ケンケン?』

 

「いつでもいいよ。」

 

『ほな――』

 

 TKGが腰を落とす。

 

『行くで!』

 

 次の瞬間、ケンは反射的にダウトを跳ばしていた。

 

「速っ!?」

 

 直前までTKGがいた場所から土煙が吹き上がり、その機体はすでに大きく横へ回り込んでいる。

 

 GKSのように、ただ真っ直ぐ突っ込んでくる速さではなかった。

 

 背部バインダーと全身の推進器を細かく使い、加速しながら軌道を変えている。それでいて機体は振り回されることなく、次の動作へ滑らかに繋がっていた。

 

 TKGのライフルが上がる。

 

 ダウトがさらに踏み込んだ直後、それまで立っていた場所をビームが抜けた。

 

「いきなり撃ってくるの!?」

 

『そら撃つやろ! 何のための模擬戦や!』

 

「もうちょっと様子見るとかあるだろ!」

 

『そんなん動画映えせぇへん!』

 

「結局それかよ!」

 

 言い返しながらソードライフルを構え、TKGへ向けて三度引き金を引く。

 

 一発目に合わせてTKGが身体を傾け、二発目には急減速。ケンがその先を狙った三発目を撃った時には、今度は逆に加速して射線を抜けていた。

 

「……なんだよ、それ。」

 

 速いだけなら追える。

 

 だが、速度の変化が読めない。

 

 ケンが照準を合わせ直した時には、TKGはすでにダウトの側面へ回っていた。

 

『遅いで!』

 

「くっ!」

 

 咄嗟にシールドを上げる。

 

 直後にビームが命中し、衝撃でダウトの機体が大きく横へ流された。

 

 だが、ケンもそのままでは終わらない。

 

 流された勢いを利用して機体を旋回させ、右腕を突き出した。

 

 アンカーが射出される。

 

『それは知っとる!』

 

 TKGは大きく跳ぶことさえしなかった。

 

 ほんの僅かに機体を横へずらし、アンカーを脇へ通す。着地を狙って放った左腕のアンカーにも、すぐさまバインダーを噴かして対応した。

 

「なら……!」

 

 ケンは背部バインダーのアンカー制御をアイへ回す。

 

 ダウトの背後から二本のワイヤーが飛び出し、左右からTKGを挟み込むように迫った。

 

 今度こそ。

 

 そう思った瞬間、TKGの速度が急に落ちた。

 

「え?」

 

 二本のアンカーが交差する、その僅か手前。

 

 TKGは機体を捻りながら空いた隙間へ滑り込み、二本のワイヤーをまとめてかわしてみせた。

 

『甘い甘い! それ作っとるとこ、ウチも見とったんやで!』

 

「あっ、そうだった!」

 

『忘れんなや!』

 

 笑い声と同時にTKGのライフルが火を噴く。

 

 ケンは慌ててダウトを旋回させたが、完全には逃げ切れない。ビームが肩装甲を掠め、モニターの端に警告が灯った。

 

「ちょっと! 本当に当てた!」

 

『当てるために撃っとるんや!』

 

「これ模擬戦だよね!?」

 

『せやで!』

 

 楽しそうな声が返ってくる。

 

 ケンも最初こそ文句を言っていたが、次第に喋る余裕がなくなっていった。

 

 TKGが強い。

 

 いや――。

 

 それだけじゃない。

 

 動かしている@kiが、明らかにおかしい。

 

 ケンがライフルを向ける。

 

 まだ引き金には触れていない。

 

 なのにTKGが動く。

 

 そのまま撃てば、ビームは僅かに外れた場所を抜けていく。

 

 照準を変える。

 

 また先に動かれる。

 

「なんで……。」

 

 ケンは歯を食いしばりながら、再び照準を重ねた。

 

 TKGが動いた。

 

「まだ撃ってないのに!」

 

『そら当たりそうなとこに撃っとるからや!』

 

「意味分かんないよ!」

 

 返事と同時に、TKGが視界いっぱいに迫った。

 

 ビームサーベルが抜かれる。

 

 ケンもソードライフルを変形させ、展開したビーム刃を叩きつけた。

 

 二つの光が激突する。

 

 コックピットまで震えるほどの衝撃。

 

「ぐっ……!」

 

『ほらほら! 押されとるでケンケン!』

 

「このっ!」

 

 ダウトの出力を上げ、強引に押し返そうとする。

 

 その瞬間だった。

 

 さっきまで拮抗していたはずの力が、突然消えた。

 

「え?」

 

 前へ出たダウトの姿勢が崩れる。

 

 @kiは正面から受け止め続けるのではなく、自分から力を抜いて横へ滑り込んでいた。

 

 そのままダウトの脇を抜け、サーベルの柄を脇腹へ叩き込む。

 

「うわっ!」

 

 ダウトが大きくよろめいた。

 

『力入れりゃええってもんちゃうで!』

 

 追撃は来なかった。

 

 ケンは数歩分の距離を取りながら、機体を立て直す。

 

 正面にはTKG。

 

 こちらの様子を窺うように立っている。

 

『なんや? もう終わりか?』

 

「……違う。」

 

 ケンは荒くなった呼吸を整えながら、さっきまでの動きを思い返した。

 

 自分が撃つ。

 

 @kiがかわす。

 

 アンカーを撃つ。

 

 @kiがかわす。

 

 斬りかかれば、その力まで利用される。

 

 何をしても後手に回る。

 

 いや。

 

「……違う。」

 

『何がや?』

 

 ケンはソードライフルをTKGへ向けた。

 

 照準を合わせる。

 

 まだ撃たない。

 

 それでもTKGの足が僅かに動いた。

 

 撃つ前に。

 

 ケンの視線が鋭くなる。

 

「@ki……俺が撃ってから避けてない。」

 

 通信の向こうが静かになった。

 

「俺が撃とうとした時には、もう動いてる。」

 

 数秒。

 

 返ってきたのは、笑い混じりの短い声だった。

 

『……へぇ。』

 

 否定しない。

 

 それだけで十分だった。

 

 ケンは操縦桿を握り直す。

 

 @kiは自分が動いてから反応しているんじゃない。

 

 もっと前。

 

 機体の向き。

 

 武器の位置。

 

 重心。

 

 次に自分が何をしようとしているのか、それを先に読んでいる。

 

 だったら。

 

「……読ませればいい。」

 

『ん?』

 

 ダウトの右腕が上がる。

 

 アンカー射出。

 

『またそれか!』

 

 当然のようにTKGが横へかわした。

 

 だがケンはワイヤーを戻さない。

 

 TKGを外れたアンカーが、そのまま背後の岩へ食い込んだ。

 

『……?』

 

「巻き取る!」

 

 ワイヤーが一気に縮む。

 

 同時にスラスターを噴かした瞬間、ダウトの機体が横方向へ強烈に引っ張られた。

 

「うわっ!?」

 

 やった本人が一番驚いた。

 

 通常の推進だけでは出来ない角度でダウトが軌道を変え、TKGの側面へ飛び込む。

 

『おお!?』

 

 ソードライフルを振り抜く。

 

 @kiはすぐさまサーベルで受け止めたが、先ほどまでのような余裕はない。

 

 光刃が弾き合った瞬間、ケンは左腕アンカーを撃つ。

 

 TKGではなく、離れた地面へ。

 

 アンカーが突き刺さる。

 

 巻き取り。

 

 ダウトが低い姿勢のまま横へ滑った。

 

「そうか……。」

 

 今までアンカーは敵へ当てるものだと思っていた。

 

 当てて、動きを止める。

 

 接触すればハッキングにも使える。

 

 だから、避けられれば失敗だった。

 

 でも。

 

「敵に当てなくても使えるんだ!」

 

『今頃気付いたんかい!』

 

「今までそんな使い方してなかったんだよ!」

 

『頭固いなぁ!』

 

「@kiに言われたくない!」

 

 再び二機がぶつかった。

 

 今度はケンも、ただ正面から追わなかった。

 

 右腕アンカーを地面へ食い込ませ、牽引を利用して急旋回。TKGが射線を合わせれば左腕アンカーを別方向へ伸ばし、スラスターと組み合わせて軌道を変える。

 

 それでも@kiは追ってくる。

 

 初めて見るはずの動きにも、僅かな間で対応していく。

 

 ビームがダウトの脚部装甲を掠め、サーベルが肩を削った。ケンもソードライフルを振り抜き、TKGのシールドを大きく弾き飛ばす。

 

 互いの装甲に傷が増えていく。

 

 最初のように一方的ではない。

 

 だが、それでもまだ@kiの方が上だった。

 

「だったら……。」

 

 ケンは考える。

 

 @kiは動きを読む。

 

 だから、追いかけるだけでは追いつけない。

 

 なら。

 

 右腕アンカーを撃つ。

 

 TKGは僅かに左へ。

 

 そこへソードライフルの射撃を重ねる。

 

 今度は後退。

 

 背部から二本のアンカーが飛び出した。

 

 アイに任せた二本が、左右から逃げ道を塞いでいく。

 

『そんなもん全部――』

 

 TKGのバインダーが大きく開いた。

 

 一気に上空へ。

 

『避けたるわ!』

 

「そこ!」

 

『――!』

 

 ケンは最初から、その場所へ照準を置いていた。

 

 ソードライフルが火を噴く。

 

 @kiは空中で機体を捻り、直撃を避ける。

 

 それでも間に合わない。

 

 ビームがTKGの肩装甲を掠めた。

 

『おおっ!』

 

「当たった!」

 

 ケンが思わず声を上げる。

 

『一発やろ!』

 

「一発は一発だよ!」

 

『ほんなら――』

 

 着地したTKGが、ゆっくりと身体を起こした。

 

『こっから本番や!』

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

 TKGが消えた。

 

 ケンには本当にそう見えた。

 

 警告が鳴る。

 

 背後。

 

 振り返る。

 

 いない。

 

「どこ――」

 

 上。

 

 気付いた時には、TKGがサーベルを振り下ろしていた。

 

「うわっ!」

 

 ソードライフルを掲げて受け止める。

 

 衝撃と共にダウトの足元が砕けた。

 

「まだ速くなるの!?」

 

『ウチを誰やと思っとる!』

 

「変なMS作る配信者!」

 

『誰がや!』

 

 光刃を弾いた直後、TKGの蹴りがダウトの腰へ突き刺さった。

 

 機体が地面を滑り、そのまま大きく転がる。

 

 立ち上がるより早く、ビームが降ってくる。

 

 ケンはダウトを横へ転がしながら回避し、片膝をついた姿勢でソードライフルを撃ち返す。

 

 TKGはそれさえ読んでいたように射線を外れた。

 

 今度は小型ミサイル。

 

「それもあるの!?」

 

 広がった弾頭へケンが射撃を浴びせる。

 

 次々と爆発し、荒野に煙が膨れ上がった。

 

 だが。

 

『よそ見しとる暇ないで!』

 

「嘘だろ!」

 

 煙の中からTKGが飛び出す。

 

 二本のビームサーベル。

 

 一本をソードライフルで受け、もう一本をシールドで防ぐ。

 

 激しい衝撃。

 

 ダウトのシールド表面が削れ、警告が一気に増えた。

 

 ケンは歯を食いしばる。

 

 速い。

 

 何より、巧い。

 

 こちらが何かを思いついても、@kiはすぐに追いついてくる。

 

 それでも――。

 

 ケンはモニター越しにTKGを見た。

 

 その肩にも傷がある。

 

 シールドにもソードライフルの跡が残っている。

 

 最初とは違う。

 

 届いている。

 

「……もう一回。」

 

 ケンは四本のアンカーの状態を確認した。

 

 両腕は自分。

 

 背部二本はアイ。

 

 全部を当てる必要はない。

 

 全部を攻撃に使う必要もない。

 

 相手がどう動くかを待つ必要もない。

 

 自分の攻撃で、相手を動かす。

 

「行くよ。」

 

『来いや!』

 

 ダウトとTKGが同時に踏み込んだ。

 

 真正面から距離が縮まる。

 

 右腕アンカー。

 

 @kiは僅かに軌道を変えてかわす。

 

 すぐにソードライフルを撃つ。

 

 射線を嫌ったTKGが機体を沈めたところへ、アイが制御する背部アンカーが左右から迫った。

 

『読めとるで!』

 

 二本の間を抜ける。

 

 さらに左腕アンカー。

 

『遅い!』

 

 TKGが跳んだ。

 

 四本全てをかわす。

 

 目の前には、無防備に見えるダウト。

 

『もろた!』

 

 @kiが一気に踏み込む。

 

 ビームサーベルが振り上げられた。

 

「まだだ!」

 

『――!?』

 

 ケンが右腕アンカーを巻き取った。

 

 最初にかわされたアンカーは、すでにTKGの背後にある地面へ食い込んでいる。

 

 張り詰めたワイヤーがダウトを真横へ引いた。

 

 TKGのサーベルが空を切る。

 

 同時にスラスターを噴かし、ダウトが一気に側面へ回り込んだ。

 

 だが@kiも止まらない。

 

 即座に機体を切り返そうとする。

 

 その先へ。

 

 アイが動かしていた背部アンカーが滑り込んだ。

 

 狙いはTKGではない。

 

 その進路。

 

『……!』

 

 @kiが反対側へ切り返す。

 

 避けた。

 

 だが。

 

「そこに行くと思った!」

 

 今度はケンが先に待っていた。

 

 ソードライフルをソード形態へ。

 

 ダウトが踏み込む。

 

『……おもろいやん!』

 

 @kiもサーベルを振り抜いた。

 

 二機が交差する。

 

 光刃が互いの装甲すれすれで止まった。

 

 ダウトのソードライフルは、TKGの胸部装甲の手前。

 

 TKGのサーベルもまた、ダウトの脇腹へ迫っている。

 

 ほとんど同時。

 

 それでも、ほんの僅かに。

 

 ケンの刃の方が先に届いていた。

 

 荒野に残ったのは、二機の駆動音だけだった。

 

「…………。」

 

『…………。』

 

 ケンは息を止めたまま、モニターを見つめる。

 

 やがて通信の向こうから、小さく息を吐く音がした。

 

『……ウチの負けや。』

 

「……勝った?」

 

『勝った勝った。ケンケンの勝ちや。』

 

 その言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。

 

 ケンは操縦席へ深く身体を預ける。

 

「……やったぁ。」

 

 嬉しい。

 

 だが、それ以上に疲れた。

 

「もう無理……。」

 

『なんや情けないなぁ。』

 

「誰のせいだよ……。」

 

 @kiの笑い声が返ってくる。

 

 少しして、その声が僅かに落ち着いた。

 

『でも、やるやんケンケン。』

 

「……@kiが教えてくれたんだよ。」

 

『ウチが?』

 

「うん。」

 

 ケンは右腕から伸びたワイヤーを見る。

 

「最初、全然当たらなかったじゃん。」

 

『せやな。』

 

「だから当てることばっかり考えてた。でも、@kiは俺が撃つ前から避けてた。」

 

 そこで初めて気付いた。

 

 相手が動いてから追うだけでは、ずっと後手になる。

 

「避けられたら終わりじゃないんだ。避けさせれば、その次を作れる。」

 

『……。』

 

「アンカーだって、敵に当てるだけじゃなくていい。俺が動くためにも使えるし……アイに任せたアンカーで、相手の行く場所を変えることも出来る。」

 

 今まで別々に考えていたものが、戦いの中で少しだけ繋がった気がした。

 

「なんか……もうちょっとダウトを動かせそうな気がする。」

 

 通信の向こうで、@kiはしばらく答えなかった。

 

 やがて。

 

『……そうか。』

 

 短い声が返ってくる。

 

 それ以上は何も言わず、すぐにいつもの調子へ戻った。

 

『ほんなら餞別はちゃんと渡せたっちゅうことやな!』

 

「餞別?」

 

『せや! 最後のコラボ、大成功や!』

 

「……これ成功なの?」

 

『ケンケン勝ったやろ!』

 

「いや、そうじゃなくて。」

 

 ケンは改めてダウトの状態表示を見る。

 

 肩部装甲損傷。

 

 脚部装甲損傷。

 

 腰部にも異常。

 

 シールド損耗。

 

 アンカーワイヤーの一部にも交換警告。

 

「……ダウト、結構ボロボロなんだけど。」

 

『安心せぇ!』

 

「何が?」

 

『TKGもボロボロや!』

 

「全然安心出来ないよ!」

 

     *

 

 研究施設へ戻った二機が格納庫へ入った時、ケンはようやく自分達が何をやったのか理解した。

 

 戦っている最中は夢中だった。

 

 コックピットの警告も、まだ動けるなら大丈夫くらいにしか考えていなかった。

 

 だが格納庫の照明の下で改めて見ると、ダウトの惨状はなかなか酷い。

 

 肩にはビームが掠めた跡が残り、腰や脚の装甲にも傷が走っている。シールドの表面は削れ、アンカーのワイヤーも何箇所か傷んでいた。

 

 その隣のTKGも似たようなものだ。

 

「……。」

 

 ダウトから降りたケンは、その光景を見上げたまま動けなくなった。

 

「……やってもうたな。」

 

 隣へ来た@kiが呟く。

 

「……うん。」

 

 二人がゆっくり視線を下ろす。

 

 そこには、おやっさんとグレアーがいた。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 何も言わない。

 

 それが逆に怖い。

 

「……なあ@ki。」

 

「なんや。」

 

「逃げる?」

 

「逃げたら余計怒られるやつやろ、これ。」

 

「だよね……。」

 

 諦めて二人で歩いていく。

 

 少し離れたところにはノンとジーナもいる。ノンは腕を組み、完全に呆れた顔をしていた。

 

 おやっさんはケン達が目の前まで来ても何も言わず、まずダウトを見上げた。

 

 肩。

 

 腰。

 

 脚。

 

 シールド。

 

 そしてアンカー。

 

 一通り確認したところで、ようやくケンへ顔を向ける。

 

「……坊主。」

 

「はい。」

 

「明後日、出発するって話だったよな。」

 

「……はい。」

 

「昨日、俺は何て言った?」

 

「細かい調整が終われば……ダウトはいつでも持っていけるって……。」

 

「そうだな。」

 

「はい。」

 

 おやっさんがもう一度ダウトを見上げる。

 

「で。」

 

 太い指が、傷だらけになった機体へ向けられた。

 

「これはなんだ?」

 

 ケンもつられて振り返った。

 

「……ダウトです。」

 

「見りゃ分かるわ!!」

 

「ごめんなさい!」

 

 怒鳴り声に押されるように、ケンが頭を下げる。

 

「昨日仕上げたばっかりだぞ! なんで出発直前にボロボロにして帰ってくるんだ坊主!」

 

「いや、最初は本当に普通の模擬戦だったんだよ!」

 

「普通の模擬戦でこんなになるか!」

 

「途中からちょっと熱くなって……。」

 

「ちょっと!?」

 

「……かなり。」

 

「正直に言えばいいってもんじゃねぇ!」

 

 横ではグレアーが、今度はTKGを見上げていた。

 

「@kiさん。」

 

「あい。」

 

「アッシは模擬戦だと聞いてたんですがねぇ。」

 

「模擬戦やで?」

 

 グレアーがゆっくり振り返る。

 

「どこがでさぁ。」

 

「いや、ちゃんと模擬戦やったんや。最初は。」

 

「最初は?」

 

「ケンケンが思ったよりやりよるから……ワテもちょっと楽しくなってもうて。」

 

「ちょっとでここまで壊すんですかい?」

 

「いやぁ……。」

 

 @kiが頭を掻く。

 

「つい。」

 

「ついじゃありやせん!」

 

「ちょっと@ki! 俺のせいみたいに言うなよ!」

 

「なんや! ケンケンかて途中からめっちゃやる気やったやろ!」

 

「最初に本気出してきたの@kiじゃん!」

 

「そっちが一発当てたからやろ!」

 

「当てたら本気出すってなんだよ!」

 

「負けたないやろ普通!」

 

「模擬戦だって言ったの@kiだろ!」

 

「二人とも黙れぇ!!」

 

「「はい!」」

 

 おやっさんの一喝に、二人揃って背筋を伸ばした。

 

 しばらく格納庫に静寂が戻る。

 

 おやっさんは額を押さえ、深く息を吐いた。

 

「ったく……新しくしたばっかりの機体を、どう使ったら一日でこうなるんだよ……。」

 

「ベルーガの方は予定通り準備が終わりやす。」

 

 グレアーも疲れた顔で続ける。

 

「ですが、ダウトをこのまま積んで出るわけにもいきやせん。」

 

 その言葉に、ケンの顔から少しずつ血の気が引いた。

 

「……え?」

 

「坊主。」

 

 おやっさんが睨む。

 

「修理だ。」

 

「……どれくらい?」

 

「最低でも数日。」

 

「…………。」

 

 明後日。

 

 そのはずだった出発予定が、頭の中で崩れていく。

 

 ケンは恐る恐るグレアーを見る。

 

「じゃあ……ベルーガは?」

 

「当然、出発延期でやす。」

 

「…………。」

 

 隣を見る。

 

 @kiも黙っていた。

 

 目が合う。

 

 二人とも何も言えない。

 

 少し離れたところから見ていたノンが、そんな二人へ冷たい視線を向けた。

 

「本当に何してるのよ……。」

 

 返す言葉もなかった。

 

 ケンと@kiは揃って肩を落とすと、おやっさんとグレアーへ深く頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。」

 

「……すんませんでした。」

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