機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
スコルがブルーガで研究施設を離れてから、数日が経っていた。
無事に地球連邦軍へ戻れたのか。ケンには、それを確かめることが出来ない。
グレアーからは、こちらから通信を送るのは避けるよう言われている。スコルの立場を悪くするだけでなく、通信経路を辿られれば@kiの研究施設まで危険に晒しかねないからだ。
気にならないと言えば嘘になる。
だが、自分から戻ると決めたスコルを信じるしかなかった。
そしてケン達もまた、次へ進む時を迎えようとしていた。
ベルーガの会議室に集まったケン達の前には、月周辺の宙域図が大きく映し出されている。
地球連邦軍。
コロニー国家連合軍。
双方を示す光点は以前より明らかに増え、互いを牽制するように月周辺へ展開していた。
「……また増えてる。」
思わず漏れたケンの声に、隣のノンが小さく頷く。
「ええ。前に見た時より、ずっと多いわ。」
「まだ戦闘が始まったわけじゃありやせん。停戦と協力の枠組みも生きてやす。」
グレアーはそう前置きしながらも、表情を緩めなかった。端末を操作すると、両軍の展開位置が拡大される。
「ただ、片方が戦力を増やせば、もう片方も黙っちゃいねぇ。牽制のために前へ出りゃ、向こうも前へ出る。今はそんなことを繰り返してる状態でさぁ。」
「これだけ近ければ……何かあった時、一気に戦闘になるわね。」
ノンの言葉に、グレアーが頷いた。
ケンは何も言わず、モニターを見つめた。
地球へ来てから、たくさんの声を聞いた。
戦争なんてしたくない。
平和に暮らしたい。
家族を守りたい。
そんな言葉を聞く一方で、コロニーは信用出来ないと話す人もいた。
戦争はしたくないと言いながら、命令されれば戦うと答えた連邦兵もいた。
同じ「戦争をしたくない」という言葉の中に、それぞれ違う思いや事情がある。
それを知ったからこそ、ケンには目の前の光景が以前より怖く見えた。
この一つ一つの光点の中にも、きっと同じような人達がいる。
「……まだ、始まってないんだよね。」
モニターを見たまま尋ねると、グレアーは短く答えた。
「ええ。」
「だったら、行こう。」
ノンがケンへ顔を向ける。
「宇宙に戻ろうよ。俺達に何が出来るのかは、まだ分かんない。でも……始まってからじゃ遅い。」
以前なら、もっと迷っていたかもしれない。
自分の動画に何が出来るのか。
ダウト一機で何が出来るのか。
そんなことばかり考えて、動けなくなっていたかもしれない。
けれど地球で、自分達の動画を見て動き出した人達を見た。
全部を自分でやらなくてもいい。
出来ることをやれば、それを見た誰かがまた動くかもしれない。
「……そうね。」
ノンの表情が僅かに和らいだ。
「私も戻るべきだと思う。」
「決まりでやすね。」
グレアーが端末を閉じると、それまで黙っていたおやっさんが壁から背を離した。
「ベルーガの方はどうなんだ?」
「艦体と機関の最終確認を残すだけでさぁ。ハイパーブースターも問題ありやせん。」
「こっちもだ。ダウトはこの間の動作確認で問題なし。細かい調整さえ終わりゃ、いつでも出せる。」
「じゃあ……いつ頃?」
ケンが尋ねると、おやっさんは少し考えてから答えた。
「何もなけりゃ明後日だな。」
「明後日か……。」
地球へ来てから色々あっただけに、決まってしまえば随分早く感じる。
そんなことを考えていた、その時だった。
会議室の扉が勢いよく開いた。
「ちょおおおおっと待ったぁぁぁぁ!!」
「うわっ!?」
静かだった室内へ突然響いた大声に、ケンの肩が跳ねた。
扉の前には@kiが立っている。
そのままずかずかと入ってくると、ケンの前へ身を乗り出した。
「聞いたでケンケン! 宇宙戻るんやって!?」
「う、うん。今その話が決まったところだけど。」
「しかも明後日やて!? 早いやろ!」
「いや、俺達もいつまでも地球にいられないし。」
「そんなもん分かっとるわ!」
勢いよく言い返した@kiだったが、そこで急に表情を変えた。
口元がにやりと吊り上がる。
その顔を見た瞬間、ケンは嫌な予感がした。
「……何?」
「ほんなら最後にコラボしよや!」
「また?」
「また言うな! 最後や最後!」
@kiはケンを指差し、そのまま今度は自分の胸を叩いた。
「ウチは地球に残る。ケンケンらは宇宙へ戻る。せっかく一緒におったんや。このまま『ほなさいなら』で終わるんは勿体ないやろ!」
「だからって、なんでコラボになるのよ。」
ノンが呆れたように尋ねる。
「決まっとるやん。ウチら配信者やで?」
「それだけじゃないでしょ、その顔。」
「さすが赤ずきん。鋭いな。」
@kiはまったく悪びれず、さらに笑みを深くした。
「実はな……最後に見せたいもんがあるんや。」
「見せたいもの?」
「GKCは重すぎた。GKSは速すぎた。」
「やっぱり失敗だったんじゃん。」
「失敗ちゃう! あれは成功へ至るための尊い犠牲や!」
「GKSまだ直すって言ってたじゃん……。」
「それはそれ! これはこれや!」
まるで話にならない。
だが、@kiがここまで得意げになっている以上、何かを作ったのは間違いなさそうだった。
「今度こそ完璧や。」
@kiが自信満々に胸を張る。
「火力も、速さも、それ以外も全部や。ウチの最高傑作が完成した!」
「……またMS?」
「おう!」
「やっぱり。」
「その反応なんやねん!」
ケンが笑うと、@kiは鼻息を荒くした。
「明日、撮影や! 最後のコラボ、派手にいくで!」
*
翌日。
研究施設から離れた荒野には、撮影用の機材が並べられていた。
その先には、大きなシートですっぽりと覆われた一機のMS。
ケンはオレンジ色のツナギに着替え、髪を上げてゴーグルを着けている。隣には赤ずきん姿のノン。@kiはシートの前を行ったり来たりしながら、撮影が始まるのを今か今かと待っていた。
「まだか? もうええやろ?」
「ちょっと待って。今確認してるから。」
「さっきから三回目やで。」
「あなたが途中で勝手に触ったから確認し直してるの。」
「……あれ関係ある?」
「あるわよ。」
「ほな待ちます。」
珍しく素直になった@kiに、ケンが吹き出しそうになる。
やがてノンが機材から離れ、二人のところへ戻ってきた。
「大丈夫。始めましょう。」
「待ってました!」
@kiが飛び跳ねる。
撮影が始まると、ノンはすぐに表情を切り替えてカメラへ向き直った。
「皆さんこんにちは。赤ずきんです。」
「どうも〜ケンケンです!」
「そしてぇ!」
二人の間へ@kiが勢いよく割り込んだ。
「@kiショーちゃんネルの@kiやぁ!」
「近いって!」
画面をほとんど独占した@kiをケンが横から押し戻す。
ノンは慣れた様子で進行を続けた。
「今回は@kiさんとのコラボ企画になります。」
「しかも普通のコラボちゃうで!」
待ってましたとばかりに@kiが再び前へ出る。
「ケンケン達がもうすぐ宇宙へ帰るっちゅうことで――」
「それ普通に言うんだ。」
「地球におること自体はもう隠してへんやろ! 場所言わんかったらええねん!」
「まあ、そうだけど。」
「とにかくや! 今日はウチらの最後のコラボや!」
@kiは勢いよく振り返り、背後の巨大なシートへ腕を伸ばした。
「そして最後を飾るんは――こいつやぁ!」
シートが一気に外れる。
その下から姿を現した機体を見て、ケンは思わず声を上げた。
「おお……!」
赤と緑を左右に配した装甲。その二色の間を白が繋ぎ、隙間から覗くフレームは暗い灰色。背部には大きな主推進器と可変式のバインダーが収まり、全体のシルエットはこれまで@kiが作った二機よりもずっとまとまっている。
GKCのような重々しさはない。
GKSのような危うい細さもない。
見るからに、今までとは違った。
「……なんかガンダムっぽい。」
素直な感想を漏らした途端、@kiが振り返った。
「まだ名前も言うとらんのに先に感想言うな!」
「見れば分かるだろ!」
「ええから黙って聞け!」
@kiは機体の前へ移動すると、両腕を大きく広げた。
「GKCでウチは学んだ! 火力と装甲を積めるだけ積んだら、重くて間に合わん!」
「やっと認めた。」
「GKSでさらに学んだ! 速けりゃええっちゅうもんでもない!」
「曲がれなかったものね。」
「止まれへんかったしな!」
「自分で言っちゃったよ。」
「過去のことはええねん!」
@kiは咳払いを一つすると、何事もなかったかのようにTKGへ向き直る。
「つまり! 火力だけでもアカン! 速さだけでもアカン! 必要なんは全部を高い次元でまとめることや!」
今度の説明には、ケンも素直に頷いた。
ふざけたことばかり言っているが、目の前の機体を見れば@kiが本気で作ったことは分かる。
そんなケンの反応に満足したのか、@kiはますます得意げになった。
「これこそウチ史上最高傑作! ガンダムを倒す! ガンダムを越える! せやから――」
両腕を広げる。
「TKGや!!」
「…………。」
「…………。」
ケンとノンの間に、何とも言えない沈黙が落ちた。
@kiの笑顔が少しずつ引きつっていく。
「……なんや。」
最初に口を開いたのはノンだった。
「結局、卵かけご飯じゃない。」
「ちゃうねん!」
即座に@kiが食いついた。
「倒す! 越える! ガンダム! その頭文字でTKGや!」
「でも、それだとガンダムみたいね。」
「なんでや!?」
「最後がガンダムだもの。それに見た目もかなりガンダムっぽいし。」
「いやいやガンダムちゃうわ! ガンダムを超える最強のMSや!」
「でも名前の最後にガンダムを付けたら、○○ガンダムっていうガンダムの名前に聞こえるわよ。」
「ぐぬぬ……。」
@kiが本気で悩み始める。
そこでケンにも別の疑問が浮かんだ。
「というかさ。」
「……なんや。」
「ガンダムキラーガンダムなら、GKGの方がよくない?」
「…………。」
@kiが固まった。
ノンも一度TKGを見上げ、それから静かに頷く。
「確かに。」
「だよね?」
その瞬間、ケンは耐え切れなくなった。
「これじゃ卵かけガンダムじゃん!」
「誰が卵かけガンダムやぁ!!」
@kiの絶叫が荒野に響き、ケンは腹を抱えて笑う。
「自分でTKGって付けたんじゃん!」
「うっさい! ウチが一生懸命作った最高傑作やぞ!」
「……これ、全部撮れてるわよ。」
ノンがカメラを指す。
@kiの動きが止まった。
ゆっくりとカメラへ顔を向ける。
「……カットや。」
「使うわ。」
「なんでや!」
「面白いから。」
「赤ずきんまでそっち側に行くなぁ!」
*
ひとしきり騒いだ後、撮影はそのまま続けられた。
「名前の話はもう終いや!」
頬を膨らませた@kiがTKGを指差す。
「大事なんは中身や! こいつがウチの最高傑作なんは間違いない!」
「それで、これを紹介するだけなの?」
「まさか。」
待ってましたと言わんばかりに、@kiの口元が上がる。
「最後のコラボやで? お披露目だけで終わるわけないやろ。」
嫌な予感が戻ってきた。
「……何する気?」
「決まっとる。」
@kiはTKGを親指で示し、次に少し離れた場所で待機しているダウトを指した。
「こいつと新しくなったダウトで――模擬戦や!」
「やっぱり!」
「餞別代わりや。せっかく強なったんやから、ウチの最高傑作とどっちが強いか試してみようや!」
ケンは反射的にダウトへ目を向けた。
改修を終えたばかりの機体。
スコルとの模擬戦では、新しい装備も一通り試した。
だが、目の前のTKGがどれほどのものなのかは分からない。
その分、興味もあった。
「……本当に模擬戦だよね?」
「当たり前やろ!」
「GKSの時も色々酷かったからなぁ……。」
「あれは事故や!」
「自分から突っ込んだんじゃん。」
「細かいこと気にすんな!」
「細かくないだろ!」
言い合いながらも、ケンは笑っていた。
そしてTKGを見上げ、少しだけ表情を引き締める。
「……分かった。やろう。」
「そう来んとな!」
@kiが拳を差し出す。
ケンも拳を合わせた。
*
荒野の中央で、二機のMSが向かい合った。
ガンダムダウト。
TKG。
十分に距離を取った撮影機材が、その姿を捉えている。
ダウトのコックピットに座ったケンは、正面モニターに映るTKGを見ながら操縦桿を握り直した。
ソードライフル。
両腕のアンカー。
背部バインダーの二本。
スコルとの模擬戦で一通り使ったとはいえ、まだ完全に自分の手足になったとは言えない。
だからこそ、試してみたかった。
『準備ええか、ケンケン?』
「いつでもいいよ。」
『ほな――』
TKGが腰を落とす。
『行くで!』
次の瞬間、ケンは反射的にダウトを跳ばしていた。
「速っ!?」
直前までTKGがいた場所から土煙が吹き上がり、その機体はすでに大きく横へ回り込んでいる。
GKSのように、ただ真っ直ぐ突っ込んでくる速さではなかった。
背部バインダーと全身の推進器を細かく使い、加速しながら軌道を変えている。それでいて機体は振り回されることなく、次の動作へ滑らかに繋がっていた。
TKGのライフルが上がる。
ダウトがさらに踏み込んだ直後、それまで立っていた場所をビームが抜けた。
「いきなり撃ってくるの!?」
『そら撃つやろ! 何のための模擬戦や!』
「もうちょっと様子見るとかあるだろ!」
『そんなん動画映えせぇへん!』
「結局それかよ!」
言い返しながらソードライフルを構え、TKGへ向けて三度引き金を引く。
一発目に合わせてTKGが身体を傾け、二発目には急減速。ケンがその先を狙った三発目を撃った時には、今度は逆に加速して射線を抜けていた。
「……なんだよ、それ。」
速いだけなら追える。
だが、速度の変化が読めない。
ケンが照準を合わせ直した時には、TKGはすでにダウトの側面へ回っていた。
『遅いで!』
「くっ!」
咄嗟にシールドを上げる。
直後にビームが命中し、衝撃でダウトの機体が大きく横へ流された。
だが、ケンもそのままでは終わらない。
流された勢いを利用して機体を旋回させ、右腕を突き出した。
アンカーが射出される。
『それは知っとる!』
TKGは大きく跳ぶことさえしなかった。
ほんの僅かに機体を横へずらし、アンカーを脇へ通す。着地を狙って放った左腕のアンカーにも、すぐさまバインダーを噴かして対応した。
「なら……!」
ケンは背部バインダーのアンカー制御をアイへ回す。
ダウトの背後から二本のワイヤーが飛び出し、左右からTKGを挟み込むように迫った。
今度こそ。
そう思った瞬間、TKGの速度が急に落ちた。
「え?」
二本のアンカーが交差する、その僅か手前。
TKGは機体を捻りながら空いた隙間へ滑り込み、二本のワイヤーをまとめてかわしてみせた。
『甘い甘い! それ作っとるとこ、ウチも見とったんやで!』
「あっ、そうだった!」
『忘れんなや!』
笑い声と同時にTKGのライフルが火を噴く。
ケンは慌ててダウトを旋回させたが、完全には逃げ切れない。ビームが肩装甲を掠め、モニターの端に警告が灯った。
「ちょっと! 本当に当てた!」
『当てるために撃っとるんや!』
「これ模擬戦だよね!?」
『せやで!』
楽しそうな声が返ってくる。
ケンも最初こそ文句を言っていたが、次第に喋る余裕がなくなっていった。
TKGが強い。
いや――。
それだけじゃない。
動かしている@kiが、明らかにおかしい。
ケンがライフルを向ける。
まだ引き金には触れていない。
なのにTKGが動く。
そのまま撃てば、ビームは僅かに外れた場所を抜けていく。
照準を変える。
また先に動かれる。
「なんで……。」
ケンは歯を食いしばりながら、再び照準を重ねた。
TKGが動いた。
「まだ撃ってないのに!」
『そら当たりそうなとこに撃っとるからや!』
「意味分かんないよ!」
返事と同時に、TKGが視界いっぱいに迫った。
ビームサーベルが抜かれる。
ケンもソードライフルを変形させ、展開したビーム刃を叩きつけた。
二つの光が激突する。
コックピットまで震えるほどの衝撃。
「ぐっ……!」
『ほらほら! 押されとるでケンケン!』
「このっ!」
ダウトの出力を上げ、強引に押し返そうとする。
その瞬間だった。
さっきまで拮抗していたはずの力が、突然消えた。
「え?」
前へ出たダウトの姿勢が崩れる。
@kiは正面から受け止め続けるのではなく、自分から力を抜いて横へ滑り込んでいた。
そのままダウトの脇を抜け、サーベルの柄を脇腹へ叩き込む。
「うわっ!」
ダウトが大きくよろめいた。
『力入れりゃええってもんちゃうで!』
追撃は来なかった。
ケンは数歩分の距離を取りながら、機体を立て直す。
正面にはTKG。
こちらの様子を窺うように立っている。
『なんや? もう終わりか?』
「……違う。」
ケンは荒くなった呼吸を整えながら、さっきまでの動きを思い返した。
自分が撃つ。
@kiがかわす。
アンカーを撃つ。
@kiがかわす。
斬りかかれば、その力まで利用される。
何をしても後手に回る。
いや。
「……違う。」
『何がや?』
ケンはソードライフルをTKGへ向けた。
照準を合わせる。
まだ撃たない。
それでもTKGの足が僅かに動いた。
撃つ前に。
ケンの視線が鋭くなる。
「@ki……俺が撃ってから避けてない。」
通信の向こうが静かになった。
「俺が撃とうとした時には、もう動いてる。」
数秒。
返ってきたのは、笑い混じりの短い声だった。
『……へぇ。』
否定しない。
それだけで十分だった。
ケンは操縦桿を握り直す。
@kiは自分が動いてから反応しているんじゃない。
もっと前。
機体の向き。
武器の位置。
重心。
次に自分が何をしようとしているのか、それを先に読んでいる。
だったら。
「……読ませればいい。」
『ん?』
ダウトの右腕が上がる。
アンカー射出。
『またそれか!』
当然のようにTKGが横へかわした。
だがケンはワイヤーを戻さない。
TKGを外れたアンカーが、そのまま背後の岩へ食い込んだ。
『……?』
「巻き取る!」
ワイヤーが一気に縮む。
同時にスラスターを噴かした瞬間、ダウトの機体が横方向へ強烈に引っ張られた。
「うわっ!?」
やった本人が一番驚いた。
通常の推進だけでは出来ない角度でダウトが軌道を変え、TKGの側面へ飛び込む。
『おお!?』
ソードライフルを振り抜く。
@kiはすぐさまサーベルで受け止めたが、先ほどまでのような余裕はない。
光刃が弾き合った瞬間、ケンは左腕アンカーを撃つ。
TKGではなく、離れた地面へ。
アンカーが突き刺さる。
巻き取り。
ダウトが低い姿勢のまま横へ滑った。
「そうか……。」
今までアンカーは敵へ当てるものだと思っていた。
当てて、動きを止める。
接触すればハッキングにも使える。
だから、避けられれば失敗だった。
でも。
「敵に当てなくても使えるんだ!」
『今頃気付いたんかい!』
「今までそんな使い方してなかったんだよ!」
『頭固いなぁ!』
「@kiに言われたくない!」
再び二機がぶつかった。
今度はケンも、ただ正面から追わなかった。
右腕アンカーを地面へ食い込ませ、牽引を利用して急旋回。TKGが射線を合わせれば左腕アンカーを別方向へ伸ばし、スラスターと組み合わせて軌道を変える。
それでも@kiは追ってくる。
初めて見るはずの動きにも、僅かな間で対応していく。
ビームがダウトの脚部装甲を掠め、サーベルが肩を削った。ケンもソードライフルを振り抜き、TKGのシールドを大きく弾き飛ばす。
互いの装甲に傷が増えていく。
最初のように一方的ではない。
だが、それでもまだ@kiの方が上だった。
「だったら……。」
ケンは考える。
@kiは動きを読む。
だから、追いかけるだけでは追いつけない。
なら。
右腕アンカーを撃つ。
TKGは僅かに左へ。
そこへソードライフルの射撃を重ねる。
今度は後退。
背部から二本のアンカーが飛び出した。
アイに任せた二本が、左右から逃げ道を塞いでいく。
『そんなもん全部――』
TKGのバインダーが大きく開いた。
一気に上空へ。
『避けたるわ!』
「そこ!」
『――!』
ケンは最初から、その場所へ照準を置いていた。
ソードライフルが火を噴く。
@kiは空中で機体を捻り、直撃を避ける。
それでも間に合わない。
ビームがTKGの肩装甲を掠めた。
『おおっ!』
「当たった!」
ケンが思わず声を上げる。
『一発やろ!』
「一発は一発だよ!」
『ほんなら――』
着地したTKGが、ゆっくりと身体を起こした。
『こっから本番や!』
「え?」
次の瞬間。
TKGが消えた。
ケンには本当にそう見えた。
警告が鳴る。
背後。
振り返る。
いない。
「どこ――」
上。
気付いた時には、TKGがサーベルを振り下ろしていた。
「うわっ!」
ソードライフルを掲げて受け止める。
衝撃と共にダウトの足元が砕けた。
「まだ速くなるの!?」
『ウチを誰やと思っとる!』
「変なMS作る配信者!」
『誰がや!』
光刃を弾いた直後、TKGの蹴りがダウトの腰へ突き刺さった。
機体が地面を滑り、そのまま大きく転がる。
立ち上がるより早く、ビームが降ってくる。
ケンはダウトを横へ転がしながら回避し、片膝をついた姿勢でソードライフルを撃ち返す。
TKGはそれさえ読んでいたように射線を外れた。
今度は小型ミサイル。
「それもあるの!?」
広がった弾頭へケンが射撃を浴びせる。
次々と爆発し、荒野に煙が膨れ上がった。
だが。
『よそ見しとる暇ないで!』
「嘘だろ!」
煙の中からTKGが飛び出す。
二本のビームサーベル。
一本をソードライフルで受け、もう一本をシールドで防ぐ。
激しい衝撃。
ダウトのシールド表面が削れ、警告が一気に増えた。
ケンは歯を食いしばる。
速い。
何より、巧い。
こちらが何かを思いついても、@kiはすぐに追いついてくる。
それでも――。
ケンはモニター越しにTKGを見た。
その肩にも傷がある。
シールドにもソードライフルの跡が残っている。
最初とは違う。
届いている。
「……もう一回。」
ケンは四本のアンカーの状態を確認した。
両腕は自分。
背部二本はアイ。
全部を当てる必要はない。
全部を攻撃に使う必要もない。
相手がどう動くかを待つ必要もない。
自分の攻撃で、相手を動かす。
「行くよ。」
『来いや!』
ダウトとTKGが同時に踏み込んだ。
真正面から距離が縮まる。
右腕アンカー。
@kiは僅かに軌道を変えてかわす。
すぐにソードライフルを撃つ。
射線を嫌ったTKGが機体を沈めたところへ、アイが制御する背部アンカーが左右から迫った。
『読めとるで!』
二本の間を抜ける。
さらに左腕アンカー。
『遅い!』
TKGが跳んだ。
四本全てをかわす。
目の前には、無防備に見えるダウト。
『もろた!』
@kiが一気に踏み込む。
ビームサーベルが振り上げられた。
「まだだ!」
『――!?』
ケンが右腕アンカーを巻き取った。
最初にかわされたアンカーは、すでにTKGの背後にある地面へ食い込んでいる。
張り詰めたワイヤーがダウトを真横へ引いた。
TKGのサーベルが空を切る。
同時にスラスターを噴かし、ダウトが一気に側面へ回り込んだ。
だが@kiも止まらない。
即座に機体を切り返そうとする。
その先へ。
アイが動かしていた背部アンカーが滑り込んだ。
狙いはTKGではない。
その進路。
『……!』
@kiが反対側へ切り返す。
避けた。
だが。
「そこに行くと思った!」
今度はケンが先に待っていた。
ソードライフルをソード形態へ。
ダウトが踏み込む。
『……おもろいやん!』
@kiもサーベルを振り抜いた。
二機が交差する。
光刃が互いの装甲すれすれで止まった。
ダウトのソードライフルは、TKGの胸部装甲の手前。
TKGのサーベルもまた、ダウトの脇腹へ迫っている。
ほとんど同時。
それでも、ほんの僅かに。
ケンの刃の方が先に届いていた。
荒野に残ったのは、二機の駆動音だけだった。
「…………。」
『…………。』
ケンは息を止めたまま、モニターを見つめる。
やがて通信の向こうから、小さく息を吐く音がした。
『……ウチの負けや。』
「……勝った?」
『勝った勝った。ケンケンの勝ちや。』
その言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。
ケンは操縦席へ深く身体を預ける。
「……やったぁ。」
嬉しい。
だが、それ以上に疲れた。
「もう無理……。」
『なんや情けないなぁ。』
「誰のせいだよ……。」
@kiの笑い声が返ってくる。
少しして、その声が僅かに落ち着いた。
『でも、やるやんケンケン。』
「……@kiが教えてくれたんだよ。」
『ウチが?』
「うん。」
ケンは右腕から伸びたワイヤーを見る。
「最初、全然当たらなかったじゃん。」
『せやな。』
「だから当てることばっかり考えてた。でも、@kiは俺が撃つ前から避けてた。」
そこで初めて気付いた。
相手が動いてから追うだけでは、ずっと後手になる。
「避けられたら終わりじゃないんだ。避けさせれば、その次を作れる。」
『……。』
「アンカーだって、敵に当てるだけじゃなくていい。俺が動くためにも使えるし……アイに任せたアンカーで、相手の行く場所を変えることも出来る。」
今まで別々に考えていたものが、戦いの中で少しだけ繋がった気がした。
「なんか……もうちょっとダウトを動かせそうな気がする。」
通信の向こうで、@kiはしばらく答えなかった。
やがて。
『……そうか。』
短い声が返ってくる。
それ以上は何も言わず、すぐにいつもの調子へ戻った。
『ほんなら餞別はちゃんと渡せたっちゅうことやな!』
「餞別?」
『せや! 最後のコラボ、大成功や!』
「……これ成功なの?」
『ケンケン勝ったやろ!』
「いや、そうじゃなくて。」
ケンは改めてダウトの状態表示を見る。
肩部装甲損傷。
脚部装甲損傷。
腰部にも異常。
シールド損耗。
アンカーワイヤーの一部にも交換警告。
「……ダウト、結構ボロボロなんだけど。」
『安心せぇ!』
「何が?」
『TKGもボロボロや!』
「全然安心出来ないよ!」
*
研究施設へ戻った二機が格納庫へ入った時、ケンはようやく自分達が何をやったのか理解した。
戦っている最中は夢中だった。
コックピットの警告も、まだ動けるなら大丈夫くらいにしか考えていなかった。
だが格納庫の照明の下で改めて見ると、ダウトの惨状はなかなか酷い。
肩にはビームが掠めた跡が残り、腰や脚の装甲にも傷が走っている。シールドの表面は削れ、アンカーのワイヤーも何箇所か傷んでいた。
その隣のTKGも似たようなものだ。
「……。」
ダウトから降りたケンは、その光景を見上げたまま動けなくなった。
「……やってもうたな。」
隣へ来た@kiが呟く。
「……うん。」
二人がゆっくり視線を下ろす。
そこには、おやっさんとグレアーがいた。
「…………。」
「…………。」
何も言わない。
それが逆に怖い。
「……なあ@ki。」
「なんや。」
「逃げる?」
「逃げたら余計怒られるやつやろ、これ。」
「だよね……。」
諦めて二人で歩いていく。
少し離れたところにはノンとジーナもいる。ノンは腕を組み、完全に呆れた顔をしていた。
おやっさんはケン達が目の前まで来ても何も言わず、まずダウトを見上げた。
肩。
腰。
脚。
シールド。
そしてアンカー。
一通り確認したところで、ようやくケンへ顔を向ける。
「……坊主。」
「はい。」
「明後日、出発するって話だったよな。」
「……はい。」
「昨日、俺は何て言った?」
「細かい調整が終われば……ダウトはいつでも持っていけるって……。」
「そうだな。」
「はい。」
おやっさんがもう一度ダウトを見上げる。
「で。」
太い指が、傷だらけになった機体へ向けられた。
「これはなんだ?」
ケンもつられて振り返った。
「……ダウトです。」
「見りゃ分かるわ!!」
「ごめんなさい!」
怒鳴り声に押されるように、ケンが頭を下げる。
「昨日仕上げたばっかりだぞ! なんで出発直前にボロボロにして帰ってくるんだ坊主!」
「いや、最初は本当に普通の模擬戦だったんだよ!」
「普通の模擬戦でこんなになるか!」
「途中からちょっと熱くなって……。」
「ちょっと!?」
「……かなり。」
「正直に言えばいいってもんじゃねぇ!」
横ではグレアーが、今度はTKGを見上げていた。
「@kiさん。」
「あい。」
「アッシは模擬戦だと聞いてたんですがねぇ。」
「模擬戦やで?」
グレアーがゆっくり振り返る。
「どこがでさぁ。」
「いや、ちゃんと模擬戦やったんや。最初は。」
「最初は?」
「ケンケンが思ったよりやりよるから……ワテもちょっと楽しくなってもうて。」
「ちょっとでここまで壊すんですかい?」
「いやぁ……。」
@kiが頭を掻く。
「つい。」
「ついじゃありやせん!」
「ちょっと@ki! 俺のせいみたいに言うなよ!」
「なんや! ケンケンかて途中からめっちゃやる気やったやろ!」
「最初に本気出してきたの@kiじゃん!」
「そっちが一発当てたからやろ!」
「当てたら本気出すってなんだよ!」
「負けたないやろ普通!」
「模擬戦だって言ったの@kiだろ!」
「二人とも黙れぇ!!」
「「はい!」」
おやっさんの一喝に、二人揃って背筋を伸ばした。
しばらく格納庫に静寂が戻る。
おやっさんは額を押さえ、深く息を吐いた。
「ったく……新しくしたばっかりの機体を、どう使ったら一日でこうなるんだよ……。」
「ベルーガの方は予定通り準備が終わりやす。」
グレアーも疲れた顔で続ける。
「ですが、ダウトをこのまま積んで出るわけにもいきやせん。」
その言葉に、ケンの顔から少しずつ血の気が引いた。
「……え?」
「坊主。」
おやっさんが睨む。
「修理だ。」
「……どれくらい?」
「最低でも数日。」
「…………。」
明後日。
そのはずだった出発予定が、頭の中で崩れていく。
ケンは恐る恐るグレアーを見る。
「じゃあ……ベルーガは?」
「当然、出発延期でやす。」
「…………。」
隣を見る。
@kiも黙っていた。
目が合う。
二人とも何も言えない。
少し離れたところから見ていたノンが、そんな二人へ冷たい視線を向けた。
「本当に何してるのよ……。」
返す言葉もなかった。
ケンと@kiは揃って肩を落とすと、おやっさんとグレアーへ深く頭を下げた。
「……ごめんなさい。」
「……すんませんでした。」