機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
最後のコラボ動画が公開されてから、二日が経っていた。
研究施設の一室では、ケンが端末を片手に笑いを堪えていた。画面に表示されているのは、赤ずきんちゃんネルと@kiショーちゃんネルで公開された最後のコラボ動画。そのコメント欄には、公開直後から数え切れないほどの反応が寄せられていた。
ダウトとTKGの模擬戦は、視聴者の間でもかなりの話題になっていた。新しくなったダウトの性能やケンの操縦技術、そして@kiが披露した新型MSの完成度。戦闘の内容について真剣に考察するコメントも多い。
だが、それ以上に盛り上がっている話題があった。
《TKGって結局卵かけご飯じゃねーか》
《ガンダムキラーガンダムならGKGでは?》
《卵かけガンダム爆誕》
《赤ずきんのツッコミが的確すぎる》
《性能は凄いのに名前で全部台無しw》
《ガンダムを超えるためにガンダムになった女》
《卵かけガンダム、普通に強くて草》
「あははは! やっぱりTKGいじられてるよ!」
とうとう我慢出来なくなったケンが声を上げて笑う。
その笑い声に、近くで別の端末を操作していた@kiが顔を上げた。
「なんやねん! さっきから笑いすぎやろ!」
「だって見てよこれ! 『機体は格好いいのに名前だけ朝ご飯』だって!」
「うっさいわ! 名前だけで判断すんなや!」
「こっちは『GKGに改名した方がいい』だって!」
「せぇへん! TKGはTKGや!」
「卵かけガンダム?」
「それ言うなぁ!」
@kiが勢いよく立ち上がり、ケンから端末を奪おうとする。ケンは椅子ごと身体を引いてかわしたが、その拍子にまた別のコメントが目に入ってしまった。
《TKGに醤油かけたらもっと強くなる?》
「ぶっ! あはははは!」
「ケンケン! もう許さへんで!」
@kiが飛びかかろうとした、その時だった。
「……随分と楽しそうだな、坊主。」
背後から聞こえた低い声に、ケンの笑いがぴたりと止まった。
振り返ると、そこには油で汚れた作業着姿のおやっさんが立っていた。片手には工具、もう片方には作業用の端末を持っている。どうやら格納庫から直接やって来たらしい。
「こっちはお前さんのおかげで大忙しだってのに、随分と暇そうじゃねぇか。」
「……あ。」
「ダウトの修理が終わったとでも思ってんのか?」
「い、いや……その……。」
ケンが言葉に詰まると、おやっさんは今度は@kiへ視線を向けた。
「お前さんもだ。TKGの修理はどうした?」
「ウチはちゃんとやっとるで! 今はちょっと休憩を……。」
「だったら休憩は終わりだ。二人とも手ぇ貸せ。」
「「……はい。」」
さっきまで騒いでいた二人は揃って肩を落とし、おやっさんの後について部屋を出た。
*
研究施設の格納庫では、ダウトとTKGが並んで整備を受けていた。
完成したばかりの二機だったが、最後のコラボで繰り広げた模擬戦は想定以上に激しいものになってしまった。ダウトは装甲の一部が破損し、アンカーのワイヤーや射出機構にも調整が必要となっている。TKGもバインダーや各部の推進器に損傷があり、@kiが自慢していた完成度の高い機体は、早くも修理用の足場に囲まれていた。
「……改めて見ると、結構やっちゃったな。」
ケンがダウトを見上げながら呟くと、隣の@kiが腕を組んだ。
「ウチのTKGもボロボロや。ケンケンがあんな無茶するからやで。」
「@kiだって途中から本気だったじゃん!」
「そら勝負やからな!」
「模擬戦だろ!」
「二人とも口を動かす前に手を動かせ!」
おやっさんの怒鳴り声が格納庫に響き、二人は慌てて作業へ戻った。
それからの数日間、研究施設は出発準備に追われることになった。
おやっさんを中心にダウトの修理と最終調整が進められ、ケンも出来る範囲で作業を手伝った。@kiは自分のTKGを直しながら、時折ダウトの調整にも顔を出しては、おやっさんと意見をぶつけ合っている。
ベルーガの方でも物資の積み込みや各部の点検が進み、地球を離れるための準備が整えられていった。
その間もグレアーは月周辺の情報を確認し続けていた。
地球連邦軍とコロニー国家連合軍の艦隊は、依然として月周辺に集結している。互いを牽制するような動きが続き、双方から抗議や警告が出されているものの、停戦と協力の枠組みはまだ維持されていた。
戦争は始まっていない。
だが、いつ何が起きてもおかしくない状況が続いている。
ベルーガが地球を離れる判断は、変わらなかった。
そして数日後。
「……よし。これで終わりだ。」
ダウトの最終点検を終えたおやっさんが、作業用端末を閉じた。
破損していた装甲は修復され、四本のアンカーも正常に作動する。新たに装備されたソードライフルを含め、各武装の確認も完了していた。
「今度こそ大事に使えよ、坊主。」
「分かってるって。」
「本当か?」
「……うん。」
「なんで今ちょっと間があった?」
「いや、何でもない!」
おやっさんは呆れたように溜息をついたが、もうそれ以上は言わなかった。
これでダウトもベルーガも準備は整った。
いよいよ地球を離れる時が来た。
*
出発当日。
ベルーガの周囲では最後の確認作業が行われていた。
研究施設の外へ出たケンは、目の前にそびえる巨大な艦を見上げた。地球へ落ちてきた時には、またこの艦に乗って宇宙へ戻れる日が来るのか、不安になることもあった。
だが今は違う。
地球で出会った人達の顔が、次々と思い浮かんでくる。
自分達に話を聞かせてくれた人達。
戦争に対する不安や怒りを口にした人達。
軍人としての立場がありながら、それでも戦争はしたくないと話してくれた兵士達。
そんな人達の声を聞いてきたからこそ、ケンには宇宙へ戻ってやりたいことがあった。
「ケンケン!」
呼ばれて振り返ると、@kiがこちらへ歩いてきていた。
「ほんまに今日行くんやな。」
「うん。準備も全部終わったから。」
「そっかぁ。」
@kiはベルーガを見上げ、しばらく黙っていた。
いつもなら何かしら騒がしいことを言い出すはずなのに、今日は妙に静かだった。
「@kiは、やっぱり地球に残るんだよね。」
「当たり前やん。ウチにはウチのやることがあるしな。」
「そっか。」
「なんや? 寂しいんか?」
@kiがにやりと笑う。
「……まあ、ちょっとは。」
「おおっ! ケンケンが素直や!」
「何だよそれ!」
ケンが苦笑すると、@kiは満足そうに頷いた。
「まあ安心せぇ。ウチはこれからも面白い動画を作り続けるからな。宇宙でもちゃんと見とくんやで!」
「もちろん。」
「それに、次会う時までにTKGをもっと強うしといたる!」
「……まだTKGでいくの?」
「当たり前や!」
「名前変えればいいのに。」
「嫌や! 今さら変えたら負けた気ぃするやろ!」
「もう卵かけガンダムで定着してるじゃん。」
「言うなぁ!」
いつものやり取りに、近くで聞いていたノンが小さく笑った。
「でも、あの機体は本当に凄かったわ。名前はともかく。」
「赤ずきん! 最後の一言いらんやろ!」
「褒めてるのよ。」
「絶対褒めとらん!」
そこへジーナやグレアー、おやっさんもやって来た。
ジーナはノンの隣に立ち、@kiへ丁寧に頭を下げる。
「これまで大変お世話になりました。」
「いやいや! こっちこそおもろかったで! また遊びに来てな!」
「機会がありましたら。」
ジーナが微笑むと、@kiは嬉しそうに頷いた。
グレアーも軽く手を上げる。
「色々と世話になりやした。施設のことも含めて、助かりやしたよ。」
「ええってええって! その代わり、宇宙の面白い話があったら教えてな!」
「ははっ。そいつは保証出来やせんがね。」
最後におやっさんが@kiの前へ立った。
「……無茶な機体ばっかり作ってねぇで、少しは整備する側のことも考えろよ。」
「なんやねん、最後まで説教かいな!」
「お前さんの腕は確かなんだ。だったら、作ったもんをもっと大事にしろ。」
@kiは一瞬だけ口を閉じた。
それから、少し照れたように笑う。
「……分かっとるわ。」
「ならいい。」
おやっさんは短く答え、ベルーガへ向かった。
他の者達も乗艦を始め、最後に残ったのはケンと@kiだった。
「じゃあ……またね、@ki。」
「おう!」
@kiはいつものように元気よく返事をした。
ケンがベルーガへ向かって歩き出そうとした時、不意に声を掛けられる。
「……ケンケン。」
「ん?」
振り返ると、@kiは真っ直ぐこちらを見ていた。
「……負けんなよ。」
その声は、いつもの騒がしさとは少し違っていた。
ケンは一瞬だけ驚いたが、すぐに笑顔で頷く。
「……うん。」
すると@kiは、ぱっと表情を変えた。
「次ウチと戦う時は、絶対ウチが勝つからな!」
「そっちかよ!」
「当たり前やろ! ウチが一回負けたくらいで諦めると思うなよ!」
「分かったよ! じゃあ俺ももっと上手くなっとくから!」
「言うたな! 覚えとけよ!」
二人は笑い合った。
「じゃあね!」
「おう! 行ってこい、ケンケン!」
ケンは大きく手を振り、ベルーガへ駆けていった。
@kiも腕を振り返す。
やがてケンの姿が艦内へ消え、巨大なハッチがゆっくりと閉じられた。
@kiはその場に残り、ベルーガを見上げていた。
*
ベルーガ艦内では、出発に向けた最終確認が進められていた。
だが、発進までにはまだ少し時間がある。
ケンとノンはその時間を使い、最後に一つだけやっておきたいことがあった。
赤ずきんちゃんネルのLive配信。
撮影機材の前には、いつもの赤ずきん姿のノンと、オレンジ色のツナギにゴーグルを着けたケンが並んでいた。
配信画面を確認したノンが、隣のケンを見る。
「準備はいい?」
「うん。」
ケンは一度深く息を吸った。
今から話すことは、二人で相談して決めたことだった。
だが、実際にカメラを前にすると少し緊張する。
自分達の言葉がどこまで届くのか。
どれだけの人が協力してくれるのか。
何も分からない。
それでも、伝えなければ始まらない。
ノンが配信を開始した。
「皆さんこんにちは。赤ずきんです。」
「どうも〜ケンケンです!」
いつもの挨拶に、視聴者から次々とコメントが流れ始める。
《赤ずきん!》
《ケンケンきた!》
《今日は何するの?》
《また@kiとコラボ?》
だが、今日はいつものような企画ではなかった。
ノンはカメラを真っ直ぐ見つめ、静かに口を開いた。
「今日は皆さんに、お伝えしたいことがあります。」
その声に、ケンも自然と姿勢を正す。
「私達はこれから地球を離れ、宇宙へ上がります。」
コメント欄の流れが一気に速くなった。
《宇宙に戻るの?》
《もう地球編終わり?》
《月の方に行くのか?》
《気を付けて!》
ケンは画面に目を向けたあと、カメラへ向き直った。
「まず……地球の皆さん。」
少しだけ言葉を探す。
「色々な声を聞かせてくれて、本当にありがとうございました。」
ノンも隣で頷いた。
二人は顔を見合わせると、揃って深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
しばらくその姿勢を保ち、ゆっくりと顔を上げる。
ケンは少し緊張した表情のまま、再び話し始めた。
「俺達は今まで、本当に色んな人の話を聞いてきました。」
最初に思い浮かんだのは、暗礁宙域で出会った人達だった。
「暗礁宙域では、海賊の人達から。」
あの場所で出会った人達にも、戦争を望まない理由があった。
「リボーンコロニーでは、そこで暮らしている人達から話を聞きました。それから、コロニー国家連合軍の兵士の人達からも。」
ケンは一度息を吸い、続ける。
「そして地球では、街で普通に暮らしている人達や、地球連邦軍の兵士の人達からも話を聞きました。」
住んでいる場所も、所属する国も、立場も違う。
戦争についての考え方だって、必ずしも同じではなかった。
「みんな、立場はバラバラでした。」
ケンはカメラを真っ直ぐ見つめた。
「でも……みんな、戦争はしたくないって言っていました。」
その言葉に、ノンが静かに頷く。
だがケンは、そこで話を終わらせなかった。
「もちろん……全員じゃありません。」
少しだけ表情を曇らせる。
「傭兵とか、荒くれの人達の中には、戦争になれば稼ぎ時だって言ってる人達もいました。」
実際にそういう声も聞いてきた。
戦争が始まれば仕事が増える。
金が稼げる。
それを楽しみにしているような者達もいた。
「でも……そんな人達が稼げる時代になったら、ダメだと思います!」
思わず声が大きくなる。
「戦争が始まって、人が傷ついて、住んでる場所が壊れて……それで誰かが儲かる。」
ケンは少し言葉を止めた。
「そんな時代を、みなさんは望みますか?」
カメラの向こうへ問いかける。
「俺は嫌です。」
隣に立つノンが、その言葉を引き継いだ。
「今、月の周辺では地球連邦軍とコロニー国家連合軍、双方の艦隊が集結しています。」
ノンの表情も真剣だった。
「まだ戦争は始まっていません。ですが……今、月では戦争が始まろうとしています。」
画面には、月周辺の情勢を心配するコメントが流れていた。
ケンはそれを見ながら、ゆっくりと頷く。
「俺達に何が出来るかは、まだ分かりません!」
自分達が月へ向かったところで、戦争を止められる保証なんてない。
それでも。
「でも、みなさんが言ってくれた『戦争はしたくない』って声を、少しでも届けたいです!」
ノンが続ける。
「だから私達は、月に集結している艦隊へ向かいます。」
そして二人は、改めてカメラへ向き直った。
「戦争をしたくない気持ちに、地球もコロニーも関係ありません!」
ケンは少し身を乗り出す。
「だから、みなさんの力を貸してください!」
「戦争反対のメッセージを、このチャンネルへ送ってください。」
ノンが落ち着いた声で呼びかける。
「メールでも、コメントでも、動画でも構いません。どんな形でも結構です。」
「みなさんの声を、俺達が持っていきます!」
ケンは拳を握り締めた。
「月に集まってる人達に――『これだけの人達が戦争に反対してるのに、それでもあなた達は戦争をするんですか?』って、ぶつけてきます!」
自分達だけで出来ることは限られている。
それでも、これまで出会った人達の声を聞いてきたからこそ、ケンには伝えたいことがあった。
ノンが静かに続ける。
「一人一人の力は、小さいかもしれません。」
「でも、みんなでなら何か出来るかもしれない!」
ケンが力強く頷く。
「みんなで戦争を止めましょう!」
「ご協力、よろしくお願いします。」
二人は再び揃って頭を下げた。
深く、長く。
画面の向こうでは、コメントが次々と流れていた。
《戦争反対!》
《俺もメッセージ送る》
《コロニーから応援してる》
《地球からも送るぞ!》
《戦争なんかしたくない》
《頼むぞケンケン!》
だが、二人はまだその全てを読むことは出来なかった。
しばらくして顔を上げると、ノンが配信の終了を告げる。
「それでは、今日はここまでです。」
ケンもカメラへ向かって笑顔を見せた。
「行ってきます!」
そして、Live配信は終了した。
配信画面が暗くなると、ケンは大きく息を吐いた。
「……緊張したぁ。」
「ふふっ。いつもより真面目だったものね。」
「いや、いつも真面目だよ?」
「そうかしら?」
「そこ疑う!?」
いつもの調子で言い返したケンだったが、すぐに配信機材へ目を向けた。
「……集まるかな。」
ノンも同じように画面を見る。
「分からないわ。」
「……そっか。」
「でも、私達の言葉は届けたわ。」
ノンはケンへ微笑んだ。
「あとは、皆さんを信じましょう。」
ケンは少し考え、それから頷いた。
「……うん!」
*
ベルーガのブリッジでは、すでに発進準備が整っていた。
各区画の確認が終わり、格納庫ではダウトを含む全機体が固定されている。艦内に離脱準備を知らせる放送が流れ、乗員達はそれぞれの持ち場へ戻っていった。
グレアーが端末を確認し、発進の準備が完了したことを告げる。
「全区画、異常ありやせん。いつでも行けやす。」
ベルーガの機関が唸りを上げた。
地上では、研究施設から少し離れた場所に立つ@kiが、その巨大な艦を見上げていた。
「……行くんやな。」
ベルーガがゆっくりと浮上する。
巨大な艦体が地面から離れるにつれ、周囲の土や砂が巻き上げられ、激しい風が吹き抜けていった。
@kiは片腕で顔を庇いながら、上昇していくベルーガを見つめる。
やがて艦は高度を上げ、地上の施設から十分な距離を取った。
そして。
ハイパーブースターが起動した。
次の瞬間、ベルーガは凄まじい加速と共に空へ飛び出した。
巨大な艦体が一直線に上昇し、瞬く間に高度を上げていく。通常の大型艦では考えられない速度で空を突き抜け、さらに加速を続けた。
音すら追いつけない。
ベルーガが遥か上空へ駆け上がったあと、遅れて凄まじい轟音が地上へ届いた。
大気を震わせる衝撃が研究施設の周囲を駆け抜ける。
@kiが見上げる空には、もうベルーガの姿はほとんど見えなくなっていた。
「……速いなぁ。」
ぽつりと呟く。
それでも、しばらく空を見上げ続けていた。
一方、ベルーガは上昇を続けていた。
青く広がっていた空は次第に深い色へ変わり、やがて黒へと移り変わっていく。
雲の層を抜け、大気の薄い領域を突き進む。
そして――。
ベルーガは大気圏を突破した。
眼下には、青く輝く地球が広がっていた。
艦内の窓からその光景を眺めていたケンは、思わず声を漏らした。
「……帰ってきたんだ。」
隣に立つノンも、静かに地球を見つめていた。
宇宙から見る地球は、やはり美しかった。
あの星の上には、自分達が話を聞いた人達が暮らしている。
戦争をしたくないと願う人達がいる。
そして、これから向かう宇宙にも、同じように戦争を望まない人達がいる。
「……ノン。」
「なに?」
「ちゃんと届けたいね。」
ケンは地球を見つめたまま言った。
「うん。」
ノンも頷く。
「届けましょう。皆さんの声を。」
ベルーガは地球を背に、進路を月へ向けた。
まだ戦争は始まっていない。
だからこそ、今から向かう。
これまで聞いてきた声と、これから届く声を持って。
巨大な艦は再び宇宙を進み始めた。