機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第75話「届いた声と届かない想い」

 

地球を離れたベルーガは、月へ向けて航行を続けていた。

 

 艦内では各部署が通常の航行業務に当たっていたが、会議室だけは朝から慌ただしい空気に包まれていた。

 

 中央の大型モニターには、次々と数字が表示されている。

 

「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。」

 

 ケンは画面に並ぶ数字を指で追いながら、一つずつ桁を数えていた。

 

「……え? ちょっと待って。これ、数え間違いじゃない?」

 

「間違いじゃありやせんぜ、坊主。」

 

 端末を操作していたグレアーが、いつもの調子で答える。

 

「赤ずきんちゃんネルに届いたメッセージの総数です。初動だけで一千万件を超えていやす。」

 

「いっせんまん!?」

 

 ケンの声が会議室に響いた。

 

「いやいやいや! ちょっと待ってよ! 一千万って! 俺の昔の動画なんて、再生数三桁だったんだよ!?」

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。」

 

 隣に座っていたノンが呆れたように言う。

 

「いや、そうだけどさ! だって一千万だよ!? そんな数、見たことないって!」

 

 ケンはもう一度モニターを見上げた。

 

 そこには地球や各コロニーから寄せられたメッセージが、今も絶え間なく追加され続けていた。

 

 戦争を止めてほしい。

 

 家族を戦場へ行かせたくない。

 

 もう誰にも死んでほしくない。

 

 平和に暮らしたい。

 

 そんな言葉が、画面いっぱいに並んでいる。

 

 届いていたのは、文字によるメッセージだけではなかった。

 

 写真や動画も、数え切れないほど送られてきていた。

 

「……あ、これ見てよ、ノン。」

 

 ケンが一枚の写真を画面に映し出した。

 

 そこには、数人の少年達が笑顔で並び、手作りの段ボールを掲げている姿が写っていた。

 

 段ボールには、大きな文字でこう書かれている。

 

『NO WAR!』

 

「……子供達まで。」

 

 ノンが小さく呟いた。

 

 次に表示されたのは、地球の企業とコロニーの企業で働く社員達の写真だった。

 

 それぞれが自分達の会社名が書かれた看板を抱え、中央では代表と思われる二人が固く握手を交わしている。

 

 地球とコロニー。

 

 所属する国家は違っても、互いに協力して仕事をしてきた人々がいる。

 

 その写真は、そんな当たり前の繋がりを伝えているようだった。

 

 さらに画面を切り替えると、大勢の人々が集まった写真が映し出された。

 

 人々の前には、大きな横断幕が掲げられている。

 

『戦争反対!』

 

 その後ろには、数え切れないほどの人々が並んでいた。

 

「……すごい人数だね。」

 

 ケンが感心したように言った。

 

 だが、次に再生された動画を見た瞬間、その表情が変わった。

 

『パパ……戦争に行かないで……。』

 

 画面には、泣きじゃくる幼い子供が映っていた。

 

『お願い……パパ、行かないでよぉ……。』

 

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、何度も同じ言葉を繰り返している。

 

 ケンは何も言えなくなった。

 

 ノンも唇を結び、じっと画面を見つめていた。

 

 次に流れたのは、一組の老夫婦が並んで座っている動画だった。

 

 白髪の老人が、ゆっくりと口を開く。

 

『ワシらはな……戦争で息子を失ったんじゃ。』

 

 隣に座る妻は、俯いたまま小さく頷いていた。

 

『あの子が帰ってくるのを、ずっと待っとった。じゃが……帰ってこんかった。』

 

 老人は一度言葉を詰まらせた。

 

『こんなことをな……他の人にも経験してほしくないんじゃ。もう、誰の子供も死なせんでほしい。』

 

 その言葉を聞きながら、ケンは静かに拳を握り締めた。

 

 画面には、その後も様々な写真や動画が映し出されていく。

 

 手書きの反戦メッセージを掲げる人々。

 

 家族と一緒に平和を願う子供達。

 

 戦争を経験した人々の証言。

 

 地球からも、コロニーからも、年齢や立場を問わず、多くの人々が自分達の思いを届けていた。

 

「……みんな、本気なんだね。」

 

 ケンがぽつりと言った。

 

「ええ。」

 

 ノンは画面を見つめたまま頷いた。

 

「これだけ沢山の人が、戦争を止めたいって願ってるのよ。」

 

 その声には、静かな力がこもっていた。

 

『息子が連邦軍にいます。どうか戦争にならないでください。』

 

『自分は連合軍の兵士です。命令には従います。でも、本当は誰とも戦いたくありません。』

 

『私達のコロニーは前の戦争で多くの人を失いました。もう二度とあんな思いはしたくありません。』

 

『赤ずきんさん、ケンケンさん、応援しています。どうか私達の声を届けてください。』

 

 ケンは一つ一つの言葉を目で追っていた。

 

 ほんの少し前まで、自分達の声がどれほどの人に届いているのかも分からなかった。

 

 戦争を止めたい。

 

 ただその思いだけで始めた赤ずきんちゃんネル。

 

 それが今、これほど多くの人々の声を集めている。

 

「……すごいな。」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

「こんなに沢山の人が、戦争を止めたいって思ってるんだ。」

 

「ええ。」

 

 ノンも画面を見つめながら頷いた。

 

「私達だけじゃない。こんなにも沢山の人が、同じことを願ってる。」

 

 その表情には、わずかな安堵が浮かんでいた。

 

 だが、グレアーは端末を操作する手を止めると、二人へ視線を向けた。

 

「問題は、ここからでやす。」

 

「問題?」

 

「これだけの数のメッセージを、どうやって月にいる両軍へ届けるかってことでさぁ。」

 

 その言葉に、ケンとノンは顔を見合わせた。

 

 確かに、集めることばかり考えていた。

 

 だが、一千万件以上ものメッセージを、そのまま両軍へ送るわけにはいかない。

 

 まして相手は、互いに睨み合っている地球連邦軍とコロニー国家連合軍だ。

 

 こちらの通信を受け取ってくれる保証すらなかった。

 

「とりあえず、全部送っちゃうとか?」

 

「坊主、それじゃ相手の通信設備を埋め尽くすだけでやすよ。」

 

「……ですよねぇ。」

 

 ケンは肩を落とした。

 

「なら、編集するしかないわね。」

 

 ノンが口を開いた。

 

「全部を届けることはできなくても、できるだけ多くの人の声をまとめるの。地球の人も、コロニーの人も、連邦軍の人も、連合軍の人も。どちらか一方の意見じゃないって分かるように。」

 

「なるほど。それならベルーガの広域通信で送れやす。」

 

 グレアーが頷く。

 

「月周辺まで接近すれば、両軍の艦隊へ同時に呼びかけることもできるでしょう。ただし、向こうが通信を受け入れるかどうかは別問題でやすが。」

 

「……無視されたら?」

 

 ケンが尋ねる。

 

 グレアーは少し考え込んでから答えた。

 

「その場合は、別の手を使うしかありやせん。」

 

「別の手って?」

 

「ダウトでさぁ。」

 

 その一言に、ケンの表情が変わった。

 

「ダウト?」

 

「坊主のダウトには、接触した機体のシステムへ侵入する能力がありやす。それを利用するんでさぁ。」

 

 グレアーはモニターにMSの通信系統を表示した。

 

「まずダウトで両軍のどちらかのMS一機を捕まえる。そこからハッキングして、部隊内のリンク通信へ割り込むんでやす。」

 

「……つまり?」

 

「その部隊の連中に、こちらのメッセージを直接聞かせるってことでさぁ。」

 

「なるほど!」

 

 ケンは思わず手を打った。

 

「一機に繋げば、他の機体にも声を届けられるってことか!」

 

「そういうことでやす。ただし、部隊ごとに通信系統が違う可能性もありやすし、簡単にいくとは限りやせん。」

 

「それに、相手のMSを捕まえるってことは……。」

 

 ノンが言葉を続ける。

 

「向こうからすれば、攻撃されたと思われるかもしれないわね。」

 

「……うん。」

 

 ケンは小さく頷いた。

 

 ダウトの力を使えば、相手のMSを停止させることはできる。

 

 だが、こちらが戦うつもりでなくても、相手がそう受け取ってくれるとは限らない。

 

 まして今は、いつ戦争が始まってもおかしくない状況なのだ。

 

「まずはベルーガから広域通信。それで駄目なら、ダウトで部隊内リンク通信へ割り込む。」

 

 ノンが確認するように言った。

 

「ええ。それが現状で考えられる方法でやす。」

 

 グレアーが答える。

 

 ケンは椅子の背もたれに身体を預け、大きくため息を吐いた。

 

「はぁ……できれば最初のベルーガの通信で止まって欲しいけどね。」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 一千万件を超える反戦の声。

 

 それほど多くの人が望んでいても、戦争が止まるとは限らない。

 

 その現実を、ここにいる全員が理解していた。

 

「やるしかないのよ……戦争は起こしちゃいけないわ。」

 

 ノンが静かに言った。

 

 その表情には、迷いのない決意が浮かんでいた。

 

 ケンはそんなノンを見つめ、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん。そうだね。」

 

 自分達にできることは、決して多くない。

 

 それでも、何もしなければ何も変わらない。

 

 ならば、できることをやるしかなかった。

 

     *

 

 会議が一段落してからも、ケンとノンは届いたメッセージの確認を続けていた。

 

 すべてを読むことなど到底できない。

 

 それでも、少しでも多くの声に目を通したかった。

 

「これ、どうかな?」

 

 ケンが端末をノンへ向ける。

 

「連邦軍の人からだって。自分達も戦争を望んでないって。」

 

「ええ。候補に入れておきましょう。」

 

「こっちは連合のコロニーに住んでる家族から。子供がまだ小さいから、戦争になったらどうしようって。」

 

「それもお願い。」

 

 二人は次々とメッセージを確認していく。

 

 その中には、ケン達への感謝や応援も数多く含まれていた。

 

『こんな活動をしてくれてありがとう。』

 

『自分達にも何かできることがあれば協力したいです。』

 

『戦争を止められると信じています。』

 

 そんな言葉を読むたびに、ケンの胸には温かいものが広がっていった。

 

「……なんかさ。」

 

「何?」

 

「こういうの読むと、頑張らなきゃって思うよね。」

 

「ええ。」

 

 ノンは小さく微笑んだ。

 

「私達のことを信じてくれてる人が、こんなにいるんだもの。」

 

 その時だった。

 

「あれ?」

 

 ケンが一つのメッセージに目を止めた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、これ……。」

 

 画面には、こんな文章が表示されていた。

 

『俺も戦争反対でーす! コラボしませんか? フラチェコロニーにいます!』

 

「……コラボ?」

 

 ノンが首を傾げる。

 

「うん。ハロクルの人みたい。」

 

 ハロクル。

 

 86ちゃんTVで活動する配信者達のことだ。

 

 ケンも以前は、そんな配信者の一人として、再生数を増やすことばかり考えていた。

 

「まあ、応援してくれてるみたいだし……。」

 

 そう言いかけたケンの手が止まった。

 

「あれ? こっちにもある。」

 

『月へ行く前にウチのコロニーにも寄ってもらって、コラボしませんか?』

 

 さらに別のメッセージ。

 

『赤ずきんちゃんネルさん! ぜひ一緒に動画撮りましょう!』

 

『戦争反対企画でコラボしませんか? うちのチャンネルでも宣伝します!』

 

 似たような内容が、いくつも届いていた。

 

「……結構来てるね。」

 

 ケンは困ったように笑った。

 

 だが、隣から返事はなかった。

 

「……ノン?」

 

 振り向くと、ノンは画面をじっと見つめていた。

 

 先ほどまで浮かんでいた微笑みは、すっかり消えている。

 

「……この人達、状況わかってるの?」

 

「え?」

 

「今、何が起ころうとしてるのか、分かってるのかって聞いてるの。」

 

 その声は、いつもより低かった。

 

「いや……一応、戦争反対って書いてあるし……。」

 

「そういうことじゃないでしょ!」

 

 突然の大声に、ケンは思わず身体を震わせた。

 

「い、いや、ノン?」

 

「今、月で戦争が始まろうとしてるのよ! 連邦軍と連合軍が睨み合って、いつ撃ち合いになってもおかしくないの!」

 

 ノンは端末の画面を指差した。

 

「なのに、ウチのコロニーに寄ってコラボ!? 動画を撮りましょう!? ふざけないでよ!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて……。」

 

「落ち着いてなんかいられないわよ!」

 

 ノンの声が会議室に響く。

 

「さっきまで見てたでしょ!? 家族を戦争に行かせたくない人も、誰にも死んでほしくない人も、こんなに沢山いるのよ!」

 

 その声は、次第に震え始めていた。

 

「みんな必死なのよ……。戦争が始まったら、どれだけの人が死ぬか分からないのに……。」

 

 ノンは唇を噛み締めた。

 

「それなのに……コラボって……。」

 

 怒りを通り越したのか、その目には涙が溜まっていた。

 

 ケンは何も言えなかった。

 

 ノンがここまで感情をあらわにする姿を、ほとんど見たことがなかったからだ。

 

 普段のノンは、どんな時でも冷静に物事を考えようとする。

 

 赤ずきんちゃんネルでも、進行役としてケンの暴走を止めるのは彼女の役目だった。

 

 そのノンが、今は怒りを隠そうともしていない。

 

「……ケン!」

 

「は、はい!」

 

「動画撮るわよ! LIVE配信するから急いで!」

 

「え!? 今から!?」

 

「今しか出来ないでしょ!」

 

「わ、わかった!」

 

 ケンは椅子から飛び上がった。

 

「すぐ準備する!」

 

 そう言って、慌てて会議室を飛び出していく。

 

 ノンはその背中を見送ると、もう一度モニターへ目を向けた。

 

 画面には、今も新しいメッセージが届き続けていた。

 

 戦争を止めてほしい。

 

 誰にも死んでほしくない。

 

 平和でいてほしい。

 

 その一つ一つを見つめながら、ノンは目元を拭った。

 

「……絶対に、止めなきゃ。」

 

     *

 

 しばらくして、ベルーガ艦内に設けられた配信用の撮影場所では、慌ただしく準備が進められていた。

 

「よし……ゴーグル、よし! ツナギ、よし!」

 

 ケンはオレンジ色のツナギに着替え、髪を上げて細身の非透過ゴーグルを装着していた。

 

 いつものケンケンとしての姿だ。

 

 だが、本人の表情はどこか落ち着かない。

 

「……本当に今からやるんだよね?」

 

「そうよ。」

 

 赤い頭巾を被ったノンが、撮影機材を確認しながら答える。

 

「準備できた?」

 

「で、できたよ……。」

 

「じゃあ始めるわよ。」

 

「う、うん。」

 

 ケンはノンの隣に立った。

 

 いつもなら、配信前には軽口を叩いたり、冗談を言ったりしている。

 

 だが、今日はそんな雰囲気ではなかった。

 

 ノンの表情は真剣そのものだ。

 

 ケンは余計なことを言わない方がいいと判断し、黙って姿勢を正した。

 

「……始めるわ。」

 

 ノンが配信開始の操作を行う。

 

 画面にLIVEの表示が灯った。

 

 赤ずきんちゃんネル。

 

 突然の生配信が始まった。

 

「皆さん、こんにちは。赤ずきんちゃんネルの赤ずきんです。」

 

「ど、どうもー! ケンケンでーす!」

 

 いつもの挨拶。

 

 しかし、ケンの声は普段より少しぎこちなかった。

 

 ノンはカメラをまっすぐ見つめる。

 

「突然のLIVE配信で驚かれている方もいらっしゃると思いますが、今、緊急で動画を回しています。」

 

 その声は、いつもの落ち着いた調子だった。

 

「まずは皆さん、本当にありがとうございます。」

 

 ノンは深く頭を下げた。

 

「私達の呼びかけに、本当に沢山の方々からメッセージをいただきました。応援の言葉も、戦争を止めてほしいという声も、初動だけで一千万件以上届いています。」

 

 隣でケンも頭を下げる。

 

「本当に、ありがとうございます!」

 

「地球に住む方々、コロニーに住む方々、そして連邦軍や連合軍に所属する方々からも、戦争を望まないという声が届いています。」

 

 ノンは一度言葉を区切った。

 

「私達は、この声を持って、戦争を止めに月まで行ってきます。」

 

 ケンは隣で力強く頷いた。

 

「皆さんからいただいた応援に、背中を押された気持ちです。私達だけでは、ここまで来ることはできませんでした。」

 

 そこまでは、いつもの赤ずきんだった。

 

 だが、次の瞬間、その声色が変わった。

 

「……しかし、残念なこともありました。」

 

 ケンの肩がわずかに跳ねた。

 

 来た。

 

 そう思った。

 

「今、まさに月で戦争が始まろうとしています。」

 

 ノンはカメラを見つめたまま続ける。

 

「地球連邦軍とコロニー国家連合軍が対峙し、いつ戦闘が始まってもおかしくない状況です。私達は、それを止めるために月へ向かっています。」

 

 その声に、次第に力がこもっていく。

 

「そんな時に……コラボ依頼です。」

 

 ケンは背筋を伸ばした。

 

「私達の活動に興味を持っていただけることは、ありがたいと思っています。でも、今、私達が何をしようとしているのか、本当に理解しているんですか!?」

 

 ノンの声が大きくなる。

 

「月へ行く前に自分達のコロニーへ寄ってほしい? 一緒に動画を撮りたい?」

 

 ノンは拳を握り締めた。

 

「私達は悠長に寄り道している時間はありません!」

 

 ケンは直立したまま動かなかった。

 

 何か言おうとして口を開きかけたが、すぐに閉じる。

 

「そのメッセージをくれたハロクルの方々! 分かっていますか!?」

 

 ノンはまっすぐカメラを見据えた。

 

「貴方達の住む場所が、戦場になるのかもしれないんですよ! 自覚はありますか!?」

 

 その声は震えていた。

 

「今まで通り、動画を撮って、楽しく暮らして、それが明日も続くと思っているのかもしれません。でも、戦争が始まったら、それが全部なくなってしまうかもしれないんです!」

 

 ノンは一度息を吸った。

 

「私達に届いたメッセージの中には、家族を失いたくないという人が沢山いました。戦争に行きたくないという兵士の方もいました。もう二度と戦争を経験したくないという人もいました。」

 

 その目には、再び涙が滲んでいた。

 

「そんな人達が、必死に声を上げているんです!」

 

 ケンは隣で、じっとノンの言葉を聞いていた。

 

 自分も動画配信をしてきた人間だ。

 

 再生数が欲しかった。

 

 人気者になりたかった。

 

 有名な配信者とコラボできたら、きっと嬉しかっただろう。

 

 だから、コラボを申し込んできたハロクル達の気持ちが、全く分からないわけではない。

 

 けれど、今は違う。

 

 自分達が月へ向かっているのは、再生数を増やすためではない。

 

 戦争を止めるためだ。

 

 ノンはカメラへ向けて、さらに言葉を続けた。

 

「コラボ?」

 

 少しだけ間を置く。

 

「したければ、どうぞご協力ください!」

 

 ノンははっきりと言い切った。

 

「私達は月にいます!」

 

 ケンが思わずノンの方を見る。

 

「本当に戦争を止めたいと思っているなら、どうか皆さんも声を上げてください! 皆さんのチャンネルでも、この現状を伝えてください!」

 

 ノンは胸の前で拳を握った。

 

「一人でも多くの協力があれば助かります! 私達だけでは、戦争を止められるか分からないんです!」

 

 その言葉は、怒りだけではなかった。

 

 必死の訴えだった。

 

「どうか、お願いします。」

 

 ノンは深く頭を下げた。

 

 しばらくそのまま動かなかった。

 

 そして顔を上げると、いつもの赤ずきんとして締めくくった。

 

「以上、赤ずきんちゃんネルでした!」

 

 配信終了。

 

 LIVEの表示が消えた。

 

 撮影場所に、静寂が戻る。

 

「…………。」

 

 ケンは直立したまま動かなかった。

 

 最初の挨拶以降、結局一言も喋っていない。

 

 いや、喋れなかったと言った方が正しい。

 

 ノンの剣幕に、完全に圧倒されていたのだ。

 

「……ケン。」

 

「は、はい!」

 

 反射的に返事をする。

 

「終わったわよ。」

 

「……あ、うん。」

 

 ケンはようやく肩の力を抜いた。

 

「いやぁ……すごかったね。」

 

「何が?」

 

「いや、その……ノンが。」

 

「私?」

 

「う、うん。あんなに怒ってるノン、初めて見たかも……。」

 

 ノンは少しだけ目を伏せた。

 

「……そうね。」

 

 そして、小さく息を吐く。

 

「でも、言わずにはいられなかったの。」

 

「……うん。」

 

「沢山の人が、あんなに必死に声を上げてくれてるのに……。」

 

 ノンはそこで言葉を止めた。

 

 ケンは少し考えてから、口を開いた。

 

「でもさ、ノン。」

 

「何?」

 

「ちゃんと伝わったと思うよ。」

 

 ノンが顔を上げる。

 

「俺だって、昔は動画の再生数とか、人気者になることばっかり考えてたからさ。あの人達の気持ちも、ちょっとは分かるんだ。」

 

 ケンは照れくさそうに笑った。

 

「でも、今はそういうことじゃないんだって、俺も分かってる。」

 

「……ケン。」

 

「だからさ、ノンの言いたかったこと、きっと伝わったと思う。」

 

 ノンはしばらくケンを見つめていた。

 

 やがて、ほんの少しだけ表情を緩める。

 

「……そうだといいわね。」

 

 そして、もう一度大きく息を吐いた。

 

「よし!」

 

 突然の声に、ケンがびくりとする。

 

「な、何!?」

 

「言いたい事は言ったわ! 今できる事もやった!」

 

 ノンは勢いよく顔を上げた。

 

「行くわよ、月へ!」

 

「……お、おーっ!」

 

 ケンも慌てて拳を突き上げた。

 

 その様子を見て、ノンはようやく小さく笑った。

 

     *

 

 ベルーガは月へ向かって進んでいた。

 

 艦の前方には、まだ遠く小さく見える月が浮かんでいる。

 

 その周辺では、地球連邦軍とコロニー国家連合軍が互いに戦力を展開し、緊張状態を続けていた。

 

 今のところ、戦闘が始まったという報告はない。

 

 だが、それがいつまで続くのかは誰にも分からなかった。

 

 ベルーガの会議室では、グレアーが新たに届いたメッセージを確認していた。

 

 赤ずきんちゃんネルの緊急LIVE配信が終わってからも、反戦の声は増え続けている。

 

 その中には、配信を見て改めて協力を申し出る人々の言葉も混じっていた。

 

 グレアーは画面に目を通しながら、小さく笑った。

 

「……お嬢も、なかなかやりやすねぇ。」

 

 そして再び端末を操作し、両軍へ届けるメッセージの編集作業を続けた。

 

 戦争を望まない人々の声。

 

 それは今も、地球から、コロニーから、そして宇宙のあらゆる場所から届き続けている。

 

 その声が、銃を構える兵士達へ届くのか。

 

 その声で、戦争を止めることができるのか。

 

 答えはまだ、誰にも分からない。

 

 それでも、ケン達は進む。

 

 自分達を信じて声を託してくれた人々のために。

 

 そして、二度と戦争を起こさせないために。

 

 ベルーガは、数え切れないほどの人々の願いを乗せて、月へと向かっていた。

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