機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ダウトのスラスターが、噴射の光を強めた。
『ケン! 待って!』
ノンの声が響く。
ケンは返事をせず、戦場を見ていた。
何本ものビームが交差している。その奥で、また爆発が起きた。
さっきまで、人が乗っていた機体。
それが一瞬で、破片になっていく。
もう見ていたくなかった。
だったら、止めなければならない。
ダウトなら、相手を殺さずに止められる。
ケンが操縦桿を倒しかけた時、目前のリーガが動いた。
その後方には、二機のブルーガ。
反対側では、ソリダスエースと三機のソリダスが、まだこちらを囲むように展開していた。
ケンは息を呑んだ。
この七機を残して離れれば、ベルーガはどうなる。
追いかけてくるかもしれない。
ここでまた撃ち合いになるかもしれない。
「……先に、こっちだ」
ダウトの進路を変える。
まず、この人達を止める。
その次に、向こうへ行く。
ケンはそれだけを考えていた。
◇
『こちらストーム1。周辺宙域で交戦が拡大。当隊は残存三機でガンダム及び連合軍機と対峙中。今後の対応について指示を願います』
旗艦への回線を開いたまま、ストーム1は僚機を確認した。
二機とも、まだいる。
そのことを確かめてから、連合軍側へ目を向けた。
装甲を損傷したソリダスが見える。
ストーム3が撃った機体だ。
そして、ストーム3を撃ち落とした機体でもある。
胸の奥に熱いものが込み上げ、ストーム1は奥歯を噛み締めた。
先に撃ったのはこちらだった。
分かっている。
だからといって、部下が死んだ事実を飲み込めるわけではなかった。
『隊長、ガンダムがこちらを向いています』
ストーム2の声に、視線を戻す。
ダウトが動き始めていた。
『間隔を取れ。アンカーに警戒しろ』
残った部下まで失うわけにはいかない。
ストーム1はリーガを前へ出した。
◇
『こちらブレイブ1。連邦軍機及びガンダムとの対峙を継続。確保任務を継続すべきか、指示を願います』
ブレイブ1も、旗艦からの応答を待っていた。
既に報告は済ませている。
連邦軍機からの発砲。
ブレイブ2の被弾と反撃。
その結果、敵機一機を撃墜したこと。
口にして伝えれば、それだけだった。
だが、撃つなと命じた自分の声も、爆発したブルーガの姿も、頭から消えてはいなかった。
『ブレイブ2、状態を報告しろ』
『……機体は動きます』
『お前自身は』
少し間があった。
『大丈夫です』
答えたブレイブ2は、ライフルを握る機体の腕を見ていた。
撃たれた時は、死ぬと思った。
怖くて、撃ち返した。
あのブルーガのパイロットにも、自分のように怖がる時間があったのだろうか。
それを考えると、引き金に触れていた指が動かなくなった。
『……隊長。俺が』
『今は、こちらの指示を聞け』
ブレイブ1は言った。
『銃口を下げろ。これ以上、独断で撃つな』
『……了解』
ブレイブ2のライフルが下がる。
その時、ダウトが接近してきた。
◇
「あの……聞こえますか」
外部通信を開いたケンは、自分の声が震えていることに気付いた。
七機。
どれも武器を持っている。
それらを、自分から止めに行こうとしていた。
「機体を止めます。動けなくするだけです。だから、その……撃たないでください」
『ガンダム、接近するな!』
警告が返る。
ブルーガが左右へ離れ、連合軍機も距離を取り始めた。
ケンは唇を湿らせた。
言っただけで止まってくれるなら、こんなことにはなっていない。
「アイ、近付く軌道、出して」
モニターに示された進路を見据える。
「……行くよ」
ダウトが加速した。
◇
最初のブルーガは、アンカーを避けようと後退した。
ケンはその動きを追い、機体を横へ滑らせる。射出したアンカーが装甲を捉え、噴射が途切れた。
『接続された! 制御不能!』
報告を聞きながら、ケンは次の機体へ向かった。
盾を向けてくるソリダス。
その正面を外し、横から接続する。
止まった機体へぶつからないように抜けたところで、リーガの銃口がダウトを追った。
「アイ、右へ抜けたい!」
表示された進路へ機体を傾ける。
ビームが横切り、ケンは肩を強張らせた。
それでも目を離さず、回収したアンカーを放つ。
リーガの腕が止まった。
次いで、噴射の光も消える。
『ストーム1、制御を奪われた。各機、接近を避けろ』
ケンは短く息を吐いた。
声が聞こえる。
生きている。
次も、同じように止めればいい。
残るブルーガを追い、連合軍側へ向き直る。
ブレイブ2は迫るダウトを見て、ライフルを上げかけた。
だが、その腕は途中で止まった。
また撃つのか。
迷った一瞬に、アンカーが接続された。
『……ブレイブ2、制御不能』
『負傷は!』
『ありません』
ブレイブ1は部下の返答を聞き、ダウトへ向き直った。
ソリダスエースが距離を取る。
ケンはそれを追った。
ここまで来たら、残すわけにはいかなかった。
◇
最後の一機が停止すると、ケンは深く息を吐いた。
七機とも動いていない。
新たに爆発した機体はなかった。
「ノン。近くにいた連邦軍と連合軍は止めた」
『ケン、もう戻って!』
返ってきた声は鋭かった。
『その先へ行ってどうするの!? 周り全部が戦ってるのよ!』
「だから……止めないと」
『一人で止められる数じゃない!』
ケンは戦場を見た。
ノンの言う通りだった。
画面に映っているだけでも、何機いるのか分からない。
その向こうには艦艇もある。
それでも、ここで引き返したら。
今見えている誰かが、撃たれる。
「……俺には、ダウトがあるから」
『それでも無茶よ!』
『坊主! 機体が止められるからって、戦場に飛び込んでいいって話じゃありやせん!』
グレアーも割って入った。
『まず戻りなせぇ! ここから先は――』
「でも、今なんだよ」
ケンは俯きかけ、モニターへ顔を戻した。
「今、撃たれてるんだ。戻って、それから考えてたら……」
声が詰まる。
今まで見た爆発が、頭の中で重なった。
「もう、誰にも死んでほしくない」
『ケン……』
「止められるのに、何もしないのは……俺、できないよ」
操縦桿を倒す。
『待って! ケン!』
「……ごめん」
ダウトが加速した。
ノンの声が続いていた。
ケンは聞いていた。
聞いていながら、引き返せなかった。
◇
ベルーガのブリッジで、ノンは遠ざかるダウトを見つめていた。
呼びかけても、戻ってこない。
戦闘の起きている場所へ、真っすぐ向かっている。
「……どうしよう」
思わず漏れた声に、グレアーが振り向いた。
その時、別の報告が上がった。
「停止した両軍機、依然漂流中です!」
ノンはモニターへ目を戻した。
ベルーガの近くには、ケンが止めた七機が残されている。
その先では、既に戦闘が始まっていた。
流れ弾が届かない保証はない。
ダウトを追うことばかり考えていた視線が、動けない機体へ移った。
あの中にも、人がいる。
「……回収できる?」
ノンが尋ねる。
「機体を全部積み込む余裕はありやせん」
グレアーは七機の位置を確かめた。
「ですが、乗ってる人間を助けるだけなら」
「やろう」
ノンは顔を上げた。
「ケンを止めるのも諦めない。でも、あの人達も放っておけない」
グレアーは頷き、艦内回線を開いた。
「MSを動かせる者は格納庫へ! ブルーガ三機を出しやす! 艦の防衛と、停止機の回収でやす!」
◇
格納庫では、待機していた黒く塗装されたブルーガの周囲をクルーが走っていた。
整備用の足場から、乗り込む男へおやっさんが声を掛ける。
「いいか、戦いに行くんじゃねぇぞ! 拾って帰ってくるだけだ!」
「分かってるっすよ!」
「分かってる奴ほど、余計なことすんだよ!」
言い返された男は苦笑し、コックピットへ身体を滑り込ませた。
機器を確かめ、手順を一つずつ追う。
通信が繋がった。
『ホエール1、起動確認』
『ホエール2、こっちもいける』
『ホエール3、問題なし』
発進を待つ短い間に、一人が息を吐いた。
『……なんだかんだ、ベルーガに乗ってから初出撃だな』
『今までケンだけだったからな』
返事の後、回線が少し静かになった。
いつも格納庫から送り出していた。
戻ってくれば機体を調べ、直し、次に備えた。
その間、あの少年は一人で外へ出ていた。
『……まあ、俺達まで張り合うことはない。拾いに行くぞ』
『了解』
黒いブルーガが、順にベルーガを離れた。
◇
ブルーガとソリダスが撃ち合っていた。
ケンはその間へダウトを入れた。
「撃たないで!」
ソリダスへアンカーを放つ。
接続を確かめ、ブルーガにも伸ばした。
二機の噴射が消える。
ケンは周囲を見回した。
これで、ここは止まった。
次へ向かおうとした時、後方のブルーガが前へ出てきた。
ライフルを構えている。
狙っているのは、今止めたばかりのソリダスだった。
「待って!」
ケンは慌てて引き返した。
銃口が狙いを定める前に、アンカーを接続する。
「その人、もう撃てません!」
『敵機だぞ! 今なら落とせる!』
「でも、動けないんだから……!」
言葉が途切れた。
反対側からソリダスが近付いてくる。
その銃口は、停止したブルーガへ向いていた。
ケンはそちらへダウトを向ける。
間に入り、アンカーを放った。
四機が動きを失った宙域で、ケンは息を詰めた。
止めれば助けられると思っていた。
だが、ここにはまだ撃てる機体がいる。
自分が離れたら、この人達は。
別の場所でビームが走る。
ケンはそちらを見て、また四機を見た。
どちらへ向かえばいいのか、一瞬分からなくなった。
◇
『こちらホエール1。停止機に接近する』
黒いブルーガが、漂うリーガへ近付いていた。
その後方では、もう一機がソリダスを確保している。
ホエール3は二機から離れ、ベルーガとの間で周囲を警戒していた。
『ベルーガまで運ぶ。急な動きはできんから、頼むぞ』
『見てる。こっちは気にするな』
ホエール1がリーガの機体を支えた。
ゆっくりと噴射し、ベルーガへ向きを変える。
『……こちらストーム1。貴官らは何をするつもりだ』
通信が入った。
ホエール1のパイロットは、運んでいる機体を見た。
『あんたを拾いに来たんだ。そこで漂ってたら危ない』
『部下は』
『順番に回収する』
ストーム1はすぐには返事をしなかった。
やがて、短い声が返る。
『……残り二名も、生存している』
『分かった』
別の回線では、ブレイブ1も部下へ呼びかけていた。
抵抗するな。
まず、生きて戻れ。
その命令を聞きながら、ホエール2はソリダスを運んだ。
◇
ベルーガの格納庫では、回収されたリーガからパイロットを降ろす作業が始まっていた。
出てきた男は、すぐに周囲を見回した。
「部下は、まだか」
「今、連れてきてる」
武器を持っていないことを確かめられ、両手を拘束される。
男は唇を引き結んだが、暴れなかった。
続いてソリダスから降ろされた連合軍兵士も、別のクルーに拘束された。
互いの姿を見た二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。
「話は後だ。怪我があるなら先に言ってくれ」
クルーが間へ入った。
格納庫の奥へ誘導し、回収機の周囲から人を離す。
パイロットを降ろしたリーガは、再び船外へ出された。
ソリダスも同じように艦から離される。
機体を保管するための回収ではなかった。
中にいる人間を助ければ、次を迎えに行かなければならない。
『ホエール1、もう一度出る』
『ホエール2も続く』
黒いブルーガが、残る停止機へ向かった。
◇
ケンは何度も進路を変えていた。
一機を止める。
その機体を狙う相手が現れ、そちらも追う。
接続を終えて振り向くと、今度は別の場所で射撃が始まっている。
「アイ、あの二機の間に入れる軌道を出して!」
表示を追い、ダウトを動かした。
リーガが僚機へ指示を飛ばしている。
その正面には、ソリダスエースがいた。
まず隊長機を止める。
だが、リーガの噴射が消えると、ブルーガがダウトへ向き直った。
『隊長から離れろ!』
「壊してません! 動きを止めただけで……!」
説明の途中で銃口が動く。
ケンは言葉を飲み込み、機体を横へ滑らせた。
そちらにもアンカーを放つ。
さらに向こうではソリダスが前進していた。
ケンは唇を噛み、追いかけた。
止めた機体が後ろに残っていく。
そのことが、ずっと気になっていた。
◇
『ケン!』
ノンの声がした。
『もう戻って! あなた一人じゃ無理よ!』
「……まだ、戦ってるから」
『分かってる! でも、あなたまで撃たれたらどうするの!』
ケンは答えられなかった。
自分が撃たれることを考えていないわけではなかった。
ビームが近くを通るたびに、身体が強張る。
次は当たるかもしれないと思う。
それでも、帰ると口にできなかった。
「俺が止めた人達も、狙われるんだ」
ケンは目の前のソリダスを追っていた。
「避けられないのに……俺が動けなくしたから」
『近くの停止機は回収してる。艦のブルーガも出したわ』
ケンの指が僅かに止まった。
『こっちは私達でやる。だから――』
「……そっか」
ケンは息を吐いた。
「よかった。じゃあ、俺は……」
『違う!』
ノンの声が強くなった。
『だからもっと止めてきてって言ってるんじゃない!』
ケンは口を閉じた。
助けに来てくれる。
そのことに安心して、また先へ進もうとしていた。
ノンが何を言おうとしているのかも、分かっていた。
「……ごめん」
それしか返せなかった。
正面で、ブルーガがライフルを持ち上げる。
ケンはダウトを向かわせた。
◇
損傷したソリダスが、姿勢を崩しながら流されていた。
その先へ、ブルーガの銃口が向く。
「待って……!」
ケンは出力を上げた。
まだ遠い。
アンカーが届く距離まで、あと少し。
ライフルが光った。
ビームがソリダスを貫いた。
爆発。
ケンは息を止めた。
散った破片の中から、機体の腕が流れてくる。
ダウトはそれを避けながら進んだ。
遅れて届いたアンカーが、発砲したブルーガを捉える。
噴射が消えた。
ケンはその停止表示を見つめた。
止めた。
けれど、間に合わなかった。
「……もっと、早く」
掠れた声が漏れた。
別の通信から、助けを求める声が聞こえる。
ケンは顔を上げた。
まだ誰かがいる。
次なら、間に合うかもしれない。
◇
『ホエール2、回収機を引いてくれ。こっちに流れてきてる』
『了解。……こいつで何機目だ?』
『数えるのは後だ』
ホエール3が周囲を警戒する傍ら、黒いブルーガ二機が停止機を運んでいた。
ベルーガへ戻ると、すぐにパイロットを降ろす。
負傷の有無を確かめ、拘束し、艦内へ。
空になった機体は船外へ出す。
格納庫では、その手順が繰り返されていた。
連邦軍兵士も、連合軍兵士も運び込まれる。
怒鳴る者もいた。
部下の名を呼ぶ者もいた。
拘束されるまで、操縦桿を握る形のまま手を固めていた者もいた。
ノンは救助の報告を聞きながら、何度も通信機へ手を伸ばした。
ケンは、まだ戻ってこない。
◇
ケンは瞬きを繰り返した。
目が痛かった。
肩にも腕にも、力が入り続けている。
それでもモニターから視線を離すと、誰かが撃たれる気がした。
ソリダスを止める。
その向こうのブルーガへ向かう。
回収したアンカーを確かめ、次の機体に放つ。
遠くで光が膨らんだ。
また、届かなかった場所がある。
「……どうすれば」
声が続かなかった。
止めたはずの機体の向こうから、別の機体が現れる。
その銃口を見て、ダウトを動かす。
ノンに呼ばれている。
戻らなければならないことも、もう一人ではどうにもならないことも、頭のどこかでは分かっていた。
だが、目の前にはまだ、生きている人がいた。
今から引き金を引こうとする人と、その先にいる人が。
「お願いだから……!」
ケンは外部通信へ叫んだ。
「もう、撃たないで!」
アンカーが伸びた。
ブルーガの腕が止まる。
ケンが息を吐くより早く、別の方向からビームが走った。
ダウトを向け直す。
回収したワイヤーを待ちながら、次の相手へ近付く。
その背後では、黒いブルーガが漂う機体を支え、ベルーガへ運んでいた。
一人を止める。
一人を拾う。
その間にも、遠くで誰かが撃っていた。
止めても、止めても。
戦火は、消えなかった。