機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ガンダムダウトのコックピット。
機体固定完了。
その表示を見た瞬間、ケンはようやく大きく息を吐いた。
「終わった……」
戦闘ログには沈黙したソリダス隊のデータが残っていた。
生命反応あり。
全機生存。
「よかった……」
ケンはコンソールへ軽く触れる。
「ありがとな。ちゃんと人を殺さないでくれたんだな」
返事はない。
だが少しだけ、ダウトが自慢げに見えた。
その時だった。
『ベルーガ、ハイパーブースター起動!』
グレアーの声。
『総員、対ショック姿勢!』
「え?」
次の瞬間。
轟音。
衝撃。
全身がシートへ押し付けられる。
「うわあああああああっ!?」
コックピット内の警告灯が点滅する。
固定されたダウトが軋む。
モニターには格納庫の壁しか映っていない。
外で何が起きているのか分からない。
ただ、ベルーガそのものが凄まじい速度で移動している事だけは分かった。
「なんだこれぇぇぇぇっ!?」
視界が白く滲む。
ケンの意識はそこで途切れた。
◇
ピピッ。
電子音でケンは目を覚ました。
「う……」
見慣れたコックピット。
ダウトの中だ。
「生きてる……」
通信が開く。
『坊主』
「艦長……?」
『生きてますかい?』
「なんとか……」
『結構。説明するんでブリッジまで来てくだせぇ』
「何かあったんですか?」
少しの沈黙。
『遭難したかもしれやせん』
「は?」
通信は切れた。
◇
ブリッジへ向かうと、ノン、グレアー、おやっさん、メイド長が揃っていた。
「ハイパーブースターって、結局なんなんです?」
ケンが尋ねると、グレアーが苦笑した。
「ベルーガ級の切り札でさぁ。高濃度に圧縮した推進エネルギーを一気に噴射して、推進力へ変える代物です」
「つまり?」
「馬鹿みたいな速度が出る」
「なるほど」
ノンが続ける。
「元々はガンダム運用を前提にした装備よ。戦場投入だけじゃなく、緊急離脱にも使える。地球脱出の時もこれで連邦軍を振り切ったわ」
「でも、そんな速度で飛んだら小惑星とかにぶつからないんです?」
今度はおやっさんが答えた。
「だからスーパーコンピューターを積んでんだ。起動前に航路上の障害物を全部計算する」
「デブリは?」
「艦全周に薄いビーム膜を張る。小せぇデブリや宇宙塵を受け流す為のモンだ」
「へぇ……」
「それとは別に、船体前方にはビームシールドを展開する」
「前だけ?」
グレアーが頷く。
「どんなに速く飛んでも、障害物は基本前から来やすからね」
ノンも頷いた。
「だから前方防御を重点的に強化してるの」
「凄いな……」
「凄いんだよ」
おやっさんは胸を張る。
だがすぐに顔を曇らせた。
「だからこそ、どこまで飛んだか分からねぇんだがな」
「え?」
その時、メイド長がモニターを確認した。
「座標照合完了」
全員が振り向く。
「現在位置は?」
グレアーが尋ねる。
「暗礁宙域です」
ブリッジが静まり返った。
「暗礁宙域?」
ケンだけが分かっていない。
グレアーが深いため息を吐く。
「宇宙の吹き溜まりでさぁ。前大戦で沈んだ戦艦、MSの残骸、小惑星、デブリ帯……そういうモンが集まった危険地帯です」
おやっさんが続ける。
「連邦も近寄らねぇ。連合も近寄らねぇ」
「じゃあ誰もいないんですか?」
「逆だ」
ノンが腕を組む。
「海賊、マフィア、密輸業者、賞金稼ぎ、逃亡犯。そういう連中の巣窟よ」
「えぇ……」
警報が鳴った。
メイド長が即座に報告する。
「レーダー反応。中型艦一。小型随伴艦一。MS反応六」
「六機……」
ケンは少しだけ息を吐きかける。
グレアーがそれを止めた。
「坊主。今のベルーガには十分脅威でさぁ」
「……ですよね」
「囲まれています」
メイド長の声。
グレアーが肩を竦める。
「一難去ってまた一難ですかい」
その瞬間、オープン回線が強制接続された。
モニターに女性が映る。
赤い髪。
黒を基調としたコート。
鋭い目付き。
不敵な笑み。
『おいおい、見ねぇ顔の船だな』
背後には改造MSの影。
『ここがどこか知らねぇみたいだから教えてやるよ』
女は笑った。
『ここはあたしらの縄張りだ』
ケンは小さく呟いた。
「また面倒そうなのが……」
『歓迎するぜ、迷子のお客さん』
六機のMSが、ベルーガへ武器を向けた。
ブリッジモニターに映る女は不敵な笑みを浮かべていた。
赤い髪。
黒を基調としたコート。
海賊らしい荒々しさと妙な貫禄を併せ持つ女だった。
『さてと』
女は頬杖をつく。
『まずは自己紹介からといきたいところだが、その前に聞こうか』
鋭い視線がモニター越しにベルーガを射抜く。
『所属は?』
ブリッジが静まり返る。
グレアーは平然と答えた。
「艦は連邦製ですがね」
『ほう』
「所属はありやせん」
女が眉を上げる。
『所属なし?』
「えぇ」
『軍艦で?』
「軍艦ですね」
数秒の沈黙。
そして。
女は吹き出した。
『ハッハッハッハッ!』
豪快な笑い声だった。
『面白い冗談だねぇ!』
「本当なんですがね」
グレアーは肩を竦める。
『所属なしの軍艦なんて聞いた事ないよ』
「私らも聞いた事ありやせん」
再び女が笑う。
ケンは小声でノンへ囁いた。
「なんか楽しそうに話してるけど大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないわ」
ノンは即答した。
「むしろ嫌な流れよ」
その時だった。
女の笑みが少しだけ変わる。
『じゃあ次の質問だ』
「なんでしょう」
『何の為にここにいる?』
グレアーは一瞬だけ目を細めた。
だが答えは変わらない。
「戦争を止める為ですな」
ブリッジが静まり返った。
女も。
背後にいる海賊達も。
一瞬だけ固まった。
そして。
『ぷっ』
女が吹き出した。
『アッハハハハハハ!!』
今度は本気だった。
腹を抱えて笑っている。
『戦争を止める!?』
『そんなバカが本当にいたのかい!?』
海賊達まで笑い始める。
グレアーは表情を変えない。
『あんた本気で言ってんのかい?』
「本気ですがね」
『軍艦盗んで?』
「えぇ」
『ガンダム積んで?』
その瞬間。
ベルーガ側の空気が変わった。
ケンの肩が跳ねる。
ノンの眉が僅かに動く。
メイド長の指が止まる。
だが。
グレアーだけは平然としていた。
「だったらどうするんですかい?」
女の目が細くなる。
笑みは消えていない。
だが探るような視線だった。
『状況わかってんのかいナイスミドル?』
「それで私らをどうしようってんですかい?」
女は頬杖をついた。
『そうさね』
ニヤリと笑う。
『とりあえず船とガンダムをいただこうか』
ケンが固まる。
ノンも表情を険しくする。
『こっちも戦力が必要でね』
グレアーは苦笑した。
「戦争でもおっ始めるんですかい?」
『かもしれないねぇ』
「それなら私らは止める立場なんですがね」
女が笑う。
『ハッ!』
『言うじゃないかい!』
「じゃなきゃ戦艦とガンダム盗んでこんな所にいやせんよ」
女とグレアーが睨み合う。
数秒。
緊張が走る。
だが次の瞬間。
二人同時に笑った。
『アッハハハハ!』
「ハハハハ!」
ケンだけが付いていけない。
「なんなんだあの人達……」
「私に聞かないで」
ノンも困惑していた。
その時。
女が不意に真顔になる。
『あんたらの望みは?』
突然の質問だった。
グレアーも少し意外そうな顔をする。
「とりあえず補給と休息ですかね」
『正直だねぇ』
「嘘ついても仕方ありやせん」
『違いない』
女は椅子へ深く座り直した。
そして。
ニヤリと笑う。
『ならタイマンだ』
ブリッジ全員が固まる。
「は?」
ケンが素っ頓狂な声を上げる。
『あんたらの代表と』
『こっちの代表で勝負しな』
誰も言葉を失う。
『勝ったらアタシらの寝ぐらに招待してやる』
『補給も休息も好きにしな』
そして。
指を一本立てた。
『その代わり』
『アタシらが勝ったら』
『その艦とガンダムを貰う』
沈黙。
ベルーガ側も。
海賊側も。
静まり返っていた。
どうやら海賊達も聞いていなかったらしい。
モニターの端で一人の男が頭を抱えている。
『お頭ぁ……』
『また勝手に決めてる……』
副長らしき男だった。
『少しは相談してくださいよ……』
『うるさいねオーガ』
女が笑う。
『面白そうだろ?』
『面白そうで決めないでください』
頭を抱える副長。
ベルーガ側も似たような顔をしていた。
ケンは呆然と呟く。
「海賊ってこんな感じなの……?」
「知らないわよ」
ノンも疲れた顔だった。
グレアーは腕を組む。
そしてノンへ視線を向けた。
ノンも視線を返す。
短い沈黙。
そして小さく頷いた。
「どうせやるしかないわ」
グレアーも頷く。
「ですな」
女海賊が楽しそうに笑う。
『決まりかい?』
「やりやしょう」
グレアーが答える。
「どうせこのままじゃどうにもなりやせん」
『話が早いねぇ』
女海賊は満足そうに笑った。
『じゃあ準備しな』
『一時間後だ』
通信が切れる。
ブリッジが静まり返った。
そして。
グレアーが立ち上がる。
「ガンダムダウトの準備を!」
その一言でベルーガクルーが一斉に動き出した。
整備班が走る。
メイド長が指示を飛ばす。
ノンもブリッジを出ようとする。
そして。
今まで完全に蚊帳の外だったケンは。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
盛大な悲鳴を上げる事しか出来なかった。
「俺がやるんですか!?」
「当たり前でしょ!」
ノンが振り返る。
「ガンダム動かせるのあんたしかいないんだから!」
「聞いてない!」
「今決まったのよ!」
「理不尽だぁぁぁぁぁ!!」
ケンの叫びがベルーガ中へ響き渡った。