機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第八話「漂流のベルーガ」

 

 

 ガンダムダウトのコックピット。

 

 機体固定完了。

 

 その表示を見た瞬間、ケンはようやく大きく息を吐いた。

 

「終わった……」

 

 戦闘ログには沈黙したソリダス隊のデータが残っていた。

 

 生命反応あり。

 

 全機生存。

 

「よかった……」

 

 ケンはコンソールへ軽く触れる。

 

「ありがとな。ちゃんと人を殺さないでくれたんだな」

 

 返事はない。

 

 だが少しだけ、ダウトが自慢げに見えた。

 

 その時だった。

 

『ベルーガ、ハイパーブースター起動!』

 

 グレアーの声。

 

『総員、対ショック姿勢!』

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

 轟音。

 

 衝撃。

 

 全身がシートへ押し付けられる。

 

「うわあああああああっ!?」

 

 コックピット内の警告灯が点滅する。

 

 固定されたダウトが軋む。

 

 モニターには格納庫の壁しか映っていない。

 

 外で何が起きているのか分からない。

 

 ただ、ベルーガそのものが凄まじい速度で移動している事だけは分かった。

 

「なんだこれぇぇぇぇっ!?」

 

 視界が白く滲む。

 

 ケンの意識はそこで途切れた。

 

 ◇

 

 ピピッ。

 

 電子音でケンは目を覚ました。

 

「う……」

 

 見慣れたコックピット。

 

 ダウトの中だ。

 

「生きてる……」

 

 通信が開く。

 

『坊主』

 

「艦長……?」

 

『生きてますかい?』

 

「なんとか……」

 

『結構。説明するんでブリッジまで来てくだせぇ』

 

「何かあったんですか?」

 

 少しの沈黙。

 

『遭難したかもしれやせん』

 

「は?」

 

 通信は切れた。

 

 ◇

 

 ブリッジへ向かうと、ノン、グレアー、おやっさん、メイド長が揃っていた。

 

「ハイパーブースターって、結局なんなんです?」

 

 ケンが尋ねると、グレアーが苦笑した。

 

「ベルーガ級の切り札でさぁ。高濃度に圧縮した推進エネルギーを一気に噴射して、推進力へ変える代物です」

 

「つまり?」

 

「馬鹿みたいな速度が出る」

 

「なるほど」

 

 ノンが続ける。

 

「元々はガンダム運用を前提にした装備よ。戦場投入だけじゃなく、緊急離脱にも使える。地球脱出の時もこれで連邦軍を振り切ったわ」

 

「でも、そんな速度で飛んだら小惑星とかにぶつからないんです?」

 

 今度はおやっさんが答えた。

 

「だからスーパーコンピューターを積んでんだ。起動前に航路上の障害物を全部計算する」

 

「デブリは?」

 

「艦全周に薄いビーム膜を張る。小せぇデブリや宇宙塵を受け流す為のモンだ」

 

「へぇ……」

 

「それとは別に、船体前方にはビームシールドを展開する」

 

「前だけ?」

 

 グレアーが頷く。

 

「どんなに速く飛んでも、障害物は基本前から来やすからね」

 

 ノンも頷いた。

 

「だから前方防御を重点的に強化してるの」

 

「凄いな……」

 

「凄いんだよ」

 

 おやっさんは胸を張る。

 

 だがすぐに顔を曇らせた。

 

「だからこそ、どこまで飛んだか分からねぇんだがな」

 

「え?」

 

 その時、メイド長がモニターを確認した。

 

「座標照合完了」

 

 全員が振り向く。

 

「現在位置は?」

 

 グレアーが尋ねる。

 

「暗礁宙域です」

 

 ブリッジが静まり返った。

 

「暗礁宙域?」

 

 ケンだけが分かっていない。

 

 グレアーが深いため息を吐く。

 

「宇宙の吹き溜まりでさぁ。前大戦で沈んだ戦艦、MSの残骸、小惑星、デブリ帯……そういうモンが集まった危険地帯です」

 

 おやっさんが続ける。

 

「連邦も近寄らねぇ。連合も近寄らねぇ」

 

「じゃあ誰もいないんですか?」

 

「逆だ」

 

 ノンが腕を組む。

 

「海賊、マフィア、密輸業者、賞金稼ぎ、逃亡犯。そういう連中の巣窟よ」

 

「えぇ……」

 

 警報が鳴った。

 

 メイド長が即座に報告する。

 

「レーダー反応。中型艦一。小型随伴艦一。MS反応六」

 

「六機……」

 

 ケンは少しだけ息を吐きかける。

 

 グレアーがそれを止めた。

 

「坊主。今のベルーガには十分脅威でさぁ」

 

「……ですよね」

 

「囲まれています」

 

 メイド長の声。

 

 グレアーが肩を竦める。

 

「一難去ってまた一難ですかい」

 

 その瞬間、オープン回線が強制接続された。

 

 モニターに女性が映る。

 

 赤い髪。

 

 黒を基調としたコート。

 

 鋭い目付き。

 

 不敵な笑み。

 

『おいおい、見ねぇ顔の船だな』

 

 背後には改造MSの影。

 

『ここがどこか知らねぇみたいだから教えてやるよ』

 

 女は笑った。

 

『ここはあたしらの縄張りだ』

 

 ケンは小さく呟いた。

 

「また面倒そうなのが……」

 

『歓迎するぜ、迷子のお客さん』

 

 六機のMSが、ベルーガへ武器を向けた。

ブリッジモニターに映る女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 赤い髪。

 

 黒を基調としたコート。

 

 海賊らしい荒々しさと妙な貫禄を併せ持つ女だった。

 

『さてと』

 

 女は頬杖をつく。

 

『まずは自己紹介からといきたいところだが、その前に聞こうか』

 鋭い視線がモニター越しにベルーガを射抜く。

 

『所属は?』

 

 ブリッジが静まり返る。

 

 グレアーは平然と答えた。

 

「艦は連邦製ですがね」

 

『ほう』

 

「所属はありやせん」

 

 女が眉を上げる。

 

『所属なし?』

 

「えぇ」

 

『軍艦で?』

 

「軍艦ですね」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 女は吹き出した。

 

『ハッハッハッハッ!』

 

 豪快な笑い声だった。

 

『面白い冗談だねぇ!』

 

「本当なんですがね」

 

 グレアーは肩を竦める。

 

『所属なしの軍艦なんて聞いた事ないよ』

 

「私らも聞いた事ありやせん」

 

 再び女が笑う。

 

 ケンは小声でノンへ囁いた。

 

「なんか楽しそうに話してるけど大丈夫なの?」

 

「全然大丈夫じゃないわ」

 

 ノンは即答した。

 

「むしろ嫌な流れよ」

 

 その時だった。

 

 女の笑みが少しだけ変わる。

 

『じゃあ次の質問だ』

 

「なんでしょう」

 

『何の為にここにいる?』

 

 グレアーは一瞬だけ目を細めた。

 

 だが答えは変わらない。

 

「戦争を止める為ですな」

 

 ブリッジが静まり返った。

 

 女も。

 

 背後にいる海賊達も。

 

 一瞬だけ固まった。

 

 そして。

 

『ぷっ』

 

 女が吹き出した。

 

『アッハハハハハハ!!』

 

 今度は本気だった。

 

 腹を抱えて笑っている。

 

『戦争を止める!?』

 

『そんなバカが本当にいたのかい!?』

 

 海賊達まで笑い始める。

 

 グレアーは表情を変えない。

 

『あんた本気で言ってんのかい?』

 

「本気ですがね」

 

『軍艦盗んで?』

 

「えぇ」

 

『ガンダム積んで?』

 

 その瞬間。

 

 ベルーガ側の空気が変わった。

 

 ケンの肩が跳ねる。

 

 ノンの眉が僅かに動く。

 

 メイド長の指が止まる。

 

 だが。

 

 グレアーだけは平然としていた。

 

「だったらどうするんですかい?」

 

 女の目が細くなる。

 

 笑みは消えていない。

 

 だが探るような視線だった。

 

『状況わかってんのかいナイスミドル?』

 

「それで私らをどうしようってんですかい?」

 

 女は頬杖をついた。

 

『そうさね』

 

 ニヤリと笑う。

 

『とりあえず船とガンダムをいただこうか』

 

 ケンが固まる。

 

 ノンも表情を険しくする。

 

『こっちも戦力が必要でね』

 

 グレアーは苦笑した。

 

「戦争でもおっ始めるんですかい?」

 

『かもしれないねぇ』

 

「それなら私らは止める立場なんですがね」

 

 女が笑う。

 

『ハッ!』

 

『言うじゃないかい!』

 

「じゃなきゃ戦艦とガンダム盗んでこんな所にいやせんよ」

 

 女とグレアーが睨み合う。

 

 数秒。

 

 緊張が走る。

 

 だが次の瞬間。

 

 二人同時に笑った。

 

『アッハハハハ!』

 

「ハハハハ!」

 

 ケンだけが付いていけない。

 

「なんなんだあの人達……」

 

「私に聞かないで」

 

 ノンも困惑していた。

 

 その時。

 

 女が不意に真顔になる。

 

『あんたらの望みは?』

 

 突然の質問だった。

 

 グレアーも少し意外そうな顔をする。

 

「とりあえず補給と休息ですかね」

 

『正直だねぇ』

 

「嘘ついても仕方ありやせん」

 

『違いない』

 

 女は椅子へ深く座り直した。

 

 そして。

 

 ニヤリと笑う。

 

『ならタイマンだ』

 

 ブリッジ全員が固まる。

 

「は?」

 

 ケンが素っ頓狂な声を上げる。

 

『あんたらの代表と』

 

『こっちの代表で勝負しな』

 

 誰も言葉を失う。

 

『勝ったらアタシらの寝ぐらに招待してやる』

 

『補給も休息も好きにしな』

 

 そして。

 指を一本立てた。

 

『その代わり』

 

『アタシらが勝ったら』

 

『その艦とガンダムを貰う』

 沈黙。

 

 ベルーガ側も。

 

 海賊側も。

 

 静まり返っていた。

 

 どうやら海賊達も聞いていなかったらしい。

 

 モニターの端で一人の男が頭を抱えている。

 

『お頭ぁ……』

 

『また勝手に決めてる……』

 

 副長らしき男だった。

 

『少しは相談してくださいよ……』

 

『うるさいねオーガ』

 

 女が笑う。

 

『面白そうだろ?』

 

『面白そうで決めないでください』

 

 頭を抱える副長。

 

 ベルーガ側も似たような顔をしていた。

 

 ケンは呆然と呟く。

 

「海賊ってこんな感じなの……?」

 

「知らないわよ」

 

 ノンも疲れた顔だった。

 

 グレアーは腕を組む。

 

 そしてノンへ視線を向けた。

 

 ノンも視線を返す。

 

 短い沈黙。

 

 そして小さく頷いた。

 

「どうせやるしかないわ」

 

 グレアーも頷く。

 

「ですな」

 

 女海賊が楽しそうに笑う。

 

『決まりかい?』

 

「やりやしょう」

 

 グレアーが答える。

 

「どうせこのままじゃどうにもなりやせん」

 

『話が早いねぇ』

 

 女海賊は満足そうに笑った。

 

『じゃあ準備しな』

 

『一時間後だ』

 

 通信が切れる。

 

 ブリッジが静まり返った。

 

 そして。

 

 グレアーが立ち上がる。

 

「ガンダムダウトの準備を!」

 

 その一言でベルーガクルーが一斉に動き出した。

 

 整備班が走る。

 

 メイド長が指示を飛ばす。

 

 ノンもブリッジを出ようとする。

 

 そして。

 

 今まで完全に蚊帳の外だったケンは。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 盛大な悲鳴を上げる事しか出来なかった。

 

「俺がやるんですか!?」

 

「当たり前でしょ!」

 

 ノンが振り返る。

 

「ガンダム動かせるのあんたしかいないんだから!」

 

「聞いてない!」

 

「今決まったのよ!」

 

「理不尽だぁぁぁぁぁ!!」

 

 ケンの叫びがベルーガ中へ響き渡った。

 

 

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