機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

80 / 80
第80話「慟哭の赤い瞳」

 

 

 

 地球連邦軍旗艦モビーディック。

 

 艦橋の戦況表示には、撃墜とは異なる異常が増え続けていた。

 

 味方機の識別信号は残っている。

 

 パイロットからの応答もある。

 

 それなのに、機体だけが動かない。

 

「前衛部隊より報告! ガンダムによる制御干渉で、さらに三機が停止!」

 

「停止機の周囲に連合軍機が接近! 僚機が援護に向かっています!」

 

「別宙域でも同様の被害を確認!」

 

 ガンダムは連邦軍だけを狙っているわけではなかった。

 

 連合軍機も、次々と動きを止められている。

 

 しかし、それで戦闘が収まることはなかった。

 

 無防備になった機体を守るため、別の部隊が動く。その部隊もガンダムに止められ、さらに救援が必要になる。

 

 前衛の配置は、当初の想定から大きく崩れ始めていた。

 

「通常部隊では対応しきれません。このままでは――」

 

「分かっている」

 

 返答した声は低かった。

 

 戦況表示の中央近くで、一つの反応が移動している。

 

 ガンダム。

 

 たった一機が、両軍の部隊を横切りながら戦場を乱していた。

 

「ノクト隊へ出撃を要請しろ。他艦隊にも伝達。待機中のエース部隊を投入する」

 

 艦橋の空気が変わった。

 

「目標はガンダム。これ以上の友軍停止を阻止せよ」

 

 一拍置き、命令が続く。

 

「機体を停止させ、可能であれば鹵獲しろ」

 

     ◇

 

 出撃要請を受けたノクトは、送られてきた戦況に目を通していた。

 

 制御不能となった機体の数。

 

 その周辺で続く戦闘。

 

 救援を求める兵士達の通信。

 

 モニターの中で、ブルーガが動かぬまま漂っている。近くにはソリダスもいた。

 

 ガンダムは、そのどちらも止めていた。

 

「……これが、戦争を止めるということか」

 

 誰に聞かせるでもなく呟き、ノクトは画面を閉じた。

 

 格納庫では、クラウス達が既に準備を進めていた。

 

 ジータもその中にいる。

 

 小柄で、少年のようにも見える身体をコックピットへ滑り込ませる動きに、迷いはなかった。

 

『ジータ、出られます』

 

『クラウス、準備完了』

 

 続いてバンの応答が入る。

 

 ノクトは自機の状態を確かめ、部隊回線を開いた。

 

「目標はガンダム。停止させ、可能なら鹵獲する」

 

 短く任務を伝える。

 

「停止機が多数漂っている。周囲の確認を怠るな」

 

 返答が重なった。

 

 出撃口の向こうには、幾筋もの光が走っていた。

 

 ノクト隊が艦を離れる。

 

 同じ頃、他の艦隊からも、温存されていた部隊が戦場へ送り出されていた。

 

     ◇

 

 アンカーの先端が、ソリダスの肩を掠めた。

 

 装甲の表面を擦り、接続できないまま通り過ぎる。

 

「あ……」

 

 ケンは急いでワイヤーを回収した。

 

 ソリダスが距離を取る。

 

 その先には、損傷したブルーガがいた。

 

 ライフルが持ち上がる。

 

「待って……!」

 

 ケンはダウトを向かわせた。

 

 もう一度、アンカーを放つ。

 

 今度は装甲に食い付き、ソリダスの噴射が消えた。

 

 間に合った。

 

 そう思った途端、腕から力が抜けかけた。

 

 ケンは慌てて操縦桿を握り直す。

 

 指が痛い。

 

 肩も、首も、ずっと固まったままだった。

 

 唾を飲み込もうとしても、口の中が乾いていた。

 

「アイ……今の、次から照準も手伝って」

 

 モニターに目を向ける。

 

 表示を追おうとしたが、焦点が合うまで少し時間がかかった。

 

 さっきまでは、もっと早く動けていた。

 

 見つけて、向かって、アンカーを放つ。

 

 その一つ一つの間に、余計な間が空くようになっている。

 

 疲れている。

 

 自分でも分かった。

 

 だが、まだ動いている機体があった。

 

 ケンは背もたれから身体を起こした。

 

「……あっち、行こう」

 

     ◇

 

 ブルーガ二機が、ソリダスエースへ射撃していた。

 

 その側面から、別のソリダスが回り込もうとしている。

 

 ケンは間へ入ろうとした。

 

 しかし、距離を詰める途中で警告が鳴り、反射的に進路を変えてしまった。

 

 狙っていた機体が視界の端へ逃げる。

 

「……違う、そっちじゃ」

 

 自分の操作に声が漏れた。

 

 追い直そうとして、別の銃口が目に入る。

 

 どちらを先に止めればいい。

 

 一瞬、考えが止まった。

 

「アイ、近い方から……接続できる軌道、出して」

 

 示された進路を追う。

 

 ダウトがブルーガの脇を抜け、アンカーが接続された。

 

 次の一本はソリダスへ。

 

 ケンは停止表示を確かめ、長く息を吐いた。

 

 アイに任せれば、少し楽になる。

 

 それでも、どこへ行くのかは決めなければならなかった。

 

 モニターを見回す。

 

 止めた機体。

 

 逃げる機体。

 

 銃口を向け直す機体。

 

 何を見ても、放っておけなかった。

 

     ◇

 

『ケン、もう戻って!』

 

 ノンの声がした。

 

 ケンは返事をしようとして、先に息を吸った。

 

「……聞こえてる」

 

『だったら戻ってきて! さっきから、声も……』

 

 言葉が途切れた。

 

 ケンは額を拭おうとしたが、手袋が途中で止まった。

 

 正面のブルーガが動いている。

 

 そちらへ機体を向けながら答えた。

 

「あと、ここだけ」

 

『さっきもそう言った!』

 

 ケンは口を閉じた。

 

 自分では、そんなに何度も言ったつもりはなかった。

 

 けれど、戻れていない。

 

 それは確かだった。

 

「……ごめん」

 

 アンカーを放つ。

 

 先端はブルーガの装甲に届いたが、狙っていた位置からはずれていた。

 

 接続表示を確かめる。

 

 止まった。

 

 そのことに安堵してから、ケンは周囲の変化に気付いた。

 

 連合軍機が、遠ざかっていた。

 

     ◇

 

 一機だけではなかった。

 

 少し離れたソリダスが向きを変え、後方へ下がっていく。

 

 その隣でも、さらに奥でも、同じように噴射の向きが変わっていた。

 

 ソリダスエースを中心に、部隊ごと距離を取っている。

 

 ケンは目を凝らした。

 

 追撃しようとしたブルーガの射線からも外れ、連合軍機は後退を続けていた。

 

「……引いてる?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 周囲からソリダスが減っていく。

 

 さっきまで重なっていた識別表示の間に、空白が生まれていた。

 

 ケンの肩が僅かに下がった。

 

「ノン……連合軍が、下がってる」

 

 声に、久しぶりに明るさが戻った。

 

「引いてくれたのかな」

 

 そうであってほしかった。

 

 もう撃ち合わずに済む。

 

 これで少しは、止まるのかもしれない。

 

 ケンはソリダスの去った方を見た。

 

 その奥に、大きな艦影があった。

 

     ◇

 

 コロニー国家連合軍旗艦ベヒモス。

 

 後方にいたはずの巨艦が、艦首をこちらへ向けていた。

 

 その周囲には、主力戦艦ケートスの艦影が並んでいる。

 

 MSが下がった宙域へ、艦隊が前進してきていた。

 

 ケンは眉を寄せた。

 

「……何?」

 

 巨艦の輪郭が、少しずつ大きくなる。

 

 砲塔が動いていた。

 

 一基ではない。

 

 艦隊の各所で、砲口が同じ宙域へ向けられていく。

 

 ケンの視線が、その手前へ落ちた。

 

 ブルーガがいる。

 

 ソリダスもいる。

 

 自分が止めた機体が、まだ漂っていた。

 

「待って……」

 

 何をしようとしているのか、分かりかけた。

 

 分かりたくなかった。

 

「そこ、まだ――」

 

 モニターが警告で埋まった。

 

     ◇

 

 ベヒモスの砲口が光った。

 

 その周囲で、ケートスの主砲も一斉に火を噴いた。

 

 ケンの知るビームライフルとは、太さが違った。

 

 光の柱が幾本も伸び、その間を実弾が埋めていく。

 

 逃げ道を探す暇もなかった。

 

 やばい。

 

 そう思った時には、ダウトが動いていた。

 

 ケンの手が操縦桿を倒すより早く、機体が急激に姿勢を変える。

 

 身体がシートへ叩き付けられた。

 

「ぐっ……!」

 

 肺から空気が押し出される。

 

 正面にあった光が横へ流れ、次の瞬間には別の砲撃が頭上を抜けた。

 

 ダウトが旋回する。

 

 ケンの頭が振られ、首に痛みが走った。

 

 踏ん張ろうとした脚にも、腕にも、思うように力が入らない。

 

 アシストモードが機体を動かしていた。

 

 艦砲の射線を縫い、実弾の間を抜け、次に迫る光を避ける。

 

 視界が激しく揺れる。

 

 その中で、ケンは一機のソリダスを見た。

 

 動いていなかった。

 

 ライフルを下げたまま、噴射もできずに漂っている。

 

 太いビームが、その機体を呑み込んだ。

 

 声を上げる間もなかった。

 

 ソリダスの輪郭が崩れ、光の中へ消えた。

 

「……あ」

 

 ダウトが再び向きを変える。

 

 今度はブルーガが見えた。

 

 その脇腹を実弾が抉り、機体が大きく折れ曲がる。

 

 爆発が膨らんだ。

 

「まだ……!」

 

 ケンは声を出そうとした。

 

 だが、急旋回に身体を押し潰され、言葉が途切れる。

 

 歯を食い縛った。

 

 通信を開く。

 

「まだ人が乗ってるんだぞ!」

 

 叫びが、激しい振動に揺れた。

 

「味方もろともかよ!」

 

 返事はなかった。

 

 砲撃は続いた。

 

     ◇

 

 ベルーガでも、艦砲射撃は確認されていた。

 

「連合軍艦隊、前進! 一斉砲撃!」

 

 報告と同時に、ノンがモニターへ顔を向けた。

 

 太い光が、ケンのいる宙域へ伸びている。

 

「ケン!」

 

 通信へ叫ぶ。

 

 返ってきたのは、途切れ途切れの声と警告音だった。

 

 別の回線で、ホエール隊への帰還指示が飛ぶ。

 

 停止機を支えていた黒いブルーガが、ベルーガへ向き直った。

 

 まだ回収できていない機体があった。

 

 だが、今近付けば、運んでいるパイロットまで巻き込まれる。

 

『……了解。帰還する』

 

 押し殺した返答が届く。

 

 ノンは砲撃の向こうを見つめた。

 

 ダウトの姿を、目で追うことができなかった。

 

     ◇

 

 ケンは、唇を噛み締めていた。

 

 声を出せば、また叫んでしまいそうだった。

 

 だが、叫んでも止まらない。

 

 自分の目の前で、ソリダスが砕けた。

 

 少し離れたブルーガも、次の砲撃に消えた。

 

 どちらも、動けなかった。

 

 自分が止めた機体だった。

 

 あの時、通信から返事があった。

 

 生きていると分かって、安心した。

 

 もう撃ち合わずに済むと思った。

 

 その人達が、今、何もできずに撃たれている。

 

 ケンは手を伸ばしかけた。

 

 モニターの中の機体へ届くはずもない手が、旋回の衝撃で投げ出された。

 

 ダウトは止まらなかった。

 

 光の柱を避け、弾丸の群れを抜ける。

 

 ケンと機体を守るために。

 

 そのたびに、救えない機体が視界を横切った。

 

「やめて……」

 

 声が漏れた。

 

 次の衝撃で、喉が詰まる。

 

「もう……やめてくれよ……」

 

 砲撃の光が、また一機を覆った。

 

 ケンは目を逸らせなかった。

 

     ◇

 

 やがて、艦砲射撃が止んだ。

 

 最後の光が宙域を抜ける。

 

 ベヒモスの艦橋では、砲撃後の状況を確かめる報告が始まっていた。

 

 前方の映像が拡大される。

 

 装甲の破片。

 

 折れた手足。

 

 形を失った機体の残骸が、至る所を漂っていた。

 

 その中に、一機だけ。

 

 姿勢を保っているMSがあった。

 

 ガンダムダウト。

 

 ベヒモスの艦長は、画面を見つめた。

 

 あの弾幕の中を、生き残った。

 

 損傷して漂流しているのでもない。

 

 機体は、こちらを向いていた。

 

「ば……化け物か……」

 

 乾いた声が、艦橋に落ちた。

 

     ◇

 

 コックピットの揺れが収まっても、ケンの身体は動かなかった。

 

 息を吸う。

 

 うまく入ってこない。

 

 もう一度吸おうとして、喉が震えた。

 

 モニターには、残骸が映っていた。

 

 さっきまでソリダスだったもの。

 

 ブルーガだったもの。

 

 その区別さえ付かない破片もあった。

 

「……なんでだよ」

 

 ケンは呟いた。

 

 声を出した途端、涙が落ちた。

 

「なんで……」

 

 コンソールへ手を置く。

 

 指先が震えていた。

 

 止めたかった。

 

 誰も殺さずに。

 

 戦えなくなれば、生きて帰れると思った。

 

 それなのに。

 

「なんで、こんなことできるんだよ!」

 

 拳を叩き付けた。

 

 鈍い音がした。

 

 痛みは、ほとんど分からなかった。

 

「まだ、人が……!」

 

 その先が続かない。

 

 俯くと、涙がコンソールへ落ちた。

 

 ノンの呼ぶ声が、遠くに聞こえていた。

 

 戻れと言われた。

 

 一人では無理だと言われた。

 

 それでも、自分なら何かできると思って飛び込んだ。

 

 結果が、目の前にあった。

 

 ケンは震える息を吐いた。

 

 操縦桿を握ろうとして、指が滑る。

 

 もう一度握り直す力さえ、すぐには出なかった。

 

「……アイ」

 

 小さく呼んだ。

 

 顔を上げられないまま、言葉を絞り出す。

 

「力を貸して……」

 

 声が掠れる。

 

「俺だけじゃ、無理だ……」

 

 肩が落ちた。

 

 ケンは項垂れたまま、目を閉じかけた。

 

 その瞬間。

 

 ガンダムダウトの瞳に、赤い光が灯った。

 

     ◇

 

 残骸の間に浮かんでいた機体が、僅かに姿勢を変えた。

 

 艦首を並べるベヒモスとケートス。

 

 その艦隊へ、ダウトの頭部が向く。

 

 スラスターが光った。

 

 次の瞬間、機体が残骸の中から飛び出した。

 

 これまでとは比較にならない加速だった。

 

 周囲の破片を置き去りにし、赤い瞳を灯したダウトが、コロニー国家連合軍の艦隊へ突っ込んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

コードギアス 転生のルルーシュ(作者:よみや)(原作:コードギアス)

気がついたらルルーシュに転生していた男が、ハーレムエンドを目指して頑張る話。


総合評価:16952/評価:8.66/連載:25話/更新日時:2026年08月12日(水) 21:00 小説情報

怪物と英雄の狭間で(作者:伝説の一般元ブロリスト)(原作:僕のヒーローアカデミア)

▼ヒロアカ世界にもしブロリー(超)が生まれていたらなぁーという感じ+父親がパラガスではなくオールマイトで、彼の養子という設定のお話。▼ブロリー(超)の二次創作やクロスがあんまりにも少ないので自分で書いちゃうかという感じで書きました!!!▼貴方も貴女もブロリーを推しにしませんか?


総合評価:7262/評価:8.88/連載:49話/更新日時:2026年10月22日(木) 07:00 小説情報

紐になりたいといったな。あれは冗談だった。(作者:紺南)(原作:魔法少女リリカルなのは)

将来は紐になりたいと冗談を言った主人公。▼それを真に受け、受け入れる準備を始めたフェイト。▼そこから始まるドタバタコメディ。


総合評価:10622/評価:8.11/完結:44話/更新日時:2026年09月06日(日) 21:35 小説情報

どうやら凌辱系エロゲの世界に転生したようですが、俺は今日も平和に生きたい。~なのでBADエンド回避のために殺します。理由はもちろんお分かりですね?~(作者:岳鳥翁)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

「えぇ……ここ、凌辱系エロゲの世界かよぉ……」▼嘘だどんどこどーん、の邂逅まであとゼロ秒である。


総合評価:13487/評価:8.42/連載:21話/更新日時:2026年10月21日(水) 18:05 小説情報

六眼と無下限持って生まれたけど何か世界観が違う(作者:杏鷲)(原作:僕のヒーローアカデミア)

呪力もなければ呪霊もいない世界で生まれた転生者が、高額納税者ランキングに名前を刻むためにヒーローを目指す話。▼───なお、その肉体は常に魔王に狙われているものとする。


総合評価:18142/評価:8.36/連載:24話/更新日時:2026年08月29日(土) 07:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>