機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
地球連邦軍旗艦モビーディック。
艦橋の戦況表示には、撃墜とは異なる異常が増え続けていた。
味方機の識別信号は残っている。
パイロットからの応答もある。
それなのに、機体だけが動かない。
「前衛部隊より報告! ガンダムによる制御干渉で、さらに三機が停止!」
「停止機の周囲に連合軍機が接近! 僚機が援護に向かっています!」
「別宙域でも同様の被害を確認!」
ガンダムは連邦軍だけを狙っているわけではなかった。
連合軍機も、次々と動きを止められている。
しかし、それで戦闘が収まることはなかった。
無防備になった機体を守るため、別の部隊が動く。その部隊もガンダムに止められ、さらに救援が必要になる。
前衛の配置は、当初の想定から大きく崩れ始めていた。
「通常部隊では対応しきれません。このままでは――」
「分かっている」
返答した声は低かった。
戦況表示の中央近くで、一つの反応が移動している。
ガンダム。
たった一機が、両軍の部隊を横切りながら戦場を乱していた。
「ノクト隊へ出撃を要請しろ。他艦隊にも伝達。待機中のエース部隊を投入する」
艦橋の空気が変わった。
「目標はガンダム。これ以上の友軍停止を阻止せよ」
一拍置き、命令が続く。
「機体を停止させ、可能であれば鹵獲しろ」
◇
出撃要請を受けたノクトは、送られてきた戦況に目を通していた。
制御不能となった機体の数。
その周辺で続く戦闘。
救援を求める兵士達の通信。
モニターの中で、ブルーガが動かぬまま漂っている。近くにはソリダスもいた。
ガンダムは、そのどちらも止めていた。
「……これが、戦争を止めるということか」
誰に聞かせるでもなく呟き、ノクトは画面を閉じた。
格納庫では、クラウス達が既に準備を進めていた。
ジータもその中にいる。
小柄で、少年のようにも見える身体をコックピットへ滑り込ませる動きに、迷いはなかった。
『ジータ、出られます』
『クラウス、準備完了』
続いてバンの応答が入る。
ノクトは自機の状態を確かめ、部隊回線を開いた。
「目標はガンダム。停止させ、可能なら鹵獲する」
短く任務を伝える。
「停止機が多数漂っている。周囲の確認を怠るな」
返答が重なった。
出撃口の向こうには、幾筋もの光が走っていた。
ノクト隊が艦を離れる。
同じ頃、他の艦隊からも、温存されていた部隊が戦場へ送り出されていた。
◇
アンカーの先端が、ソリダスの肩を掠めた。
装甲の表面を擦り、接続できないまま通り過ぎる。
「あ……」
ケンは急いでワイヤーを回収した。
ソリダスが距離を取る。
その先には、損傷したブルーガがいた。
ライフルが持ち上がる。
「待って……!」
ケンはダウトを向かわせた。
もう一度、アンカーを放つ。
今度は装甲に食い付き、ソリダスの噴射が消えた。
間に合った。
そう思った途端、腕から力が抜けかけた。
ケンは慌てて操縦桿を握り直す。
指が痛い。
肩も、首も、ずっと固まったままだった。
唾を飲み込もうとしても、口の中が乾いていた。
「アイ……今の、次から照準も手伝って」
モニターに目を向ける。
表示を追おうとしたが、焦点が合うまで少し時間がかかった。
さっきまでは、もっと早く動けていた。
見つけて、向かって、アンカーを放つ。
その一つ一つの間に、余計な間が空くようになっている。
疲れている。
自分でも分かった。
だが、まだ動いている機体があった。
ケンは背もたれから身体を起こした。
「……あっち、行こう」
◇
ブルーガ二機が、ソリダスエースへ射撃していた。
その側面から、別のソリダスが回り込もうとしている。
ケンは間へ入ろうとした。
しかし、距離を詰める途中で警告が鳴り、反射的に進路を変えてしまった。
狙っていた機体が視界の端へ逃げる。
「……違う、そっちじゃ」
自分の操作に声が漏れた。
追い直そうとして、別の銃口が目に入る。
どちらを先に止めればいい。
一瞬、考えが止まった。
「アイ、近い方から……接続できる軌道、出して」
示された進路を追う。
ダウトがブルーガの脇を抜け、アンカーが接続された。
次の一本はソリダスへ。
ケンは停止表示を確かめ、長く息を吐いた。
アイに任せれば、少し楽になる。
それでも、どこへ行くのかは決めなければならなかった。
モニターを見回す。
止めた機体。
逃げる機体。
銃口を向け直す機体。
何を見ても、放っておけなかった。
◇
『ケン、もう戻って!』
ノンの声がした。
ケンは返事をしようとして、先に息を吸った。
「……聞こえてる」
『だったら戻ってきて! さっきから、声も……』
言葉が途切れた。
ケンは額を拭おうとしたが、手袋が途中で止まった。
正面のブルーガが動いている。
そちらへ機体を向けながら答えた。
「あと、ここだけ」
『さっきもそう言った!』
ケンは口を閉じた。
自分では、そんなに何度も言ったつもりはなかった。
けれど、戻れていない。
それは確かだった。
「……ごめん」
アンカーを放つ。
先端はブルーガの装甲に届いたが、狙っていた位置からはずれていた。
接続表示を確かめる。
止まった。
そのことに安堵してから、ケンは周囲の変化に気付いた。
連合軍機が、遠ざかっていた。
◇
一機だけではなかった。
少し離れたソリダスが向きを変え、後方へ下がっていく。
その隣でも、さらに奥でも、同じように噴射の向きが変わっていた。
ソリダスエースを中心に、部隊ごと距離を取っている。
ケンは目を凝らした。
追撃しようとしたブルーガの射線からも外れ、連合軍機は後退を続けていた。
「……引いてる?」
思わず声が漏れた。
周囲からソリダスが減っていく。
さっきまで重なっていた識別表示の間に、空白が生まれていた。
ケンの肩が僅かに下がった。
「ノン……連合軍が、下がってる」
声に、久しぶりに明るさが戻った。
「引いてくれたのかな」
そうであってほしかった。
もう撃ち合わずに済む。
これで少しは、止まるのかもしれない。
ケンはソリダスの去った方を見た。
その奥に、大きな艦影があった。
◇
コロニー国家連合軍旗艦ベヒモス。
後方にいたはずの巨艦が、艦首をこちらへ向けていた。
その周囲には、主力戦艦ケートスの艦影が並んでいる。
MSが下がった宙域へ、艦隊が前進してきていた。
ケンは眉を寄せた。
「……何?」
巨艦の輪郭が、少しずつ大きくなる。
砲塔が動いていた。
一基ではない。
艦隊の各所で、砲口が同じ宙域へ向けられていく。
ケンの視線が、その手前へ落ちた。
ブルーガがいる。
ソリダスもいる。
自分が止めた機体が、まだ漂っていた。
「待って……」
何をしようとしているのか、分かりかけた。
分かりたくなかった。
「そこ、まだ――」
モニターが警告で埋まった。
◇
ベヒモスの砲口が光った。
その周囲で、ケートスの主砲も一斉に火を噴いた。
ケンの知るビームライフルとは、太さが違った。
光の柱が幾本も伸び、その間を実弾が埋めていく。
逃げ道を探す暇もなかった。
やばい。
そう思った時には、ダウトが動いていた。
ケンの手が操縦桿を倒すより早く、機体が急激に姿勢を変える。
身体がシートへ叩き付けられた。
「ぐっ……!」
肺から空気が押し出される。
正面にあった光が横へ流れ、次の瞬間には別の砲撃が頭上を抜けた。
ダウトが旋回する。
ケンの頭が振られ、首に痛みが走った。
踏ん張ろうとした脚にも、腕にも、思うように力が入らない。
アシストモードが機体を動かしていた。
艦砲の射線を縫い、実弾の間を抜け、次に迫る光を避ける。
視界が激しく揺れる。
その中で、ケンは一機のソリダスを見た。
動いていなかった。
ライフルを下げたまま、噴射もできずに漂っている。
太いビームが、その機体を呑み込んだ。
声を上げる間もなかった。
ソリダスの輪郭が崩れ、光の中へ消えた。
「……あ」
ダウトが再び向きを変える。
今度はブルーガが見えた。
その脇腹を実弾が抉り、機体が大きく折れ曲がる。
爆発が膨らんだ。
「まだ……!」
ケンは声を出そうとした。
だが、急旋回に身体を押し潰され、言葉が途切れる。
歯を食い縛った。
通信を開く。
「まだ人が乗ってるんだぞ!」
叫びが、激しい振動に揺れた。
「味方もろともかよ!」
返事はなかった。
砲撃は続いた。
◇
ベルーガでも、艦砲射撃は確認されていた。
「連合軍艦隊、前進! 一斉砲撃!」
報告と同時に、ノンがモニターへ顔を向けた。
太い光が、ケンのいる宙域へ伸びている。
「ケン!」
通信へ叫ぶ。
返ってきたのは、途切れ途切れの声と警告音だった。
別の回線で、ホエール隊への帰還指示が飛ぶ。
停止機を支えていた黒いブルーガが、ベルーガへ向き直った。
まだ回収できていない機体があった。
だが、今近付けば、運んでいるパイロットまで巻き込まれる。
『……了解。帰還する』
押し殺した返答が届く。
ノンは砲撃の向こうを見つめた。
ダウトの姿を、目で追うことができなかった。
◇
ケンは、唇を噛み締めていた。
声を出せば、また叫んでしまいそうだった。
だが、叫んでも止まらない。
自分の目の前で、ソリダスが砕けた。
少し離れたブルーガも、次の砲撃に消えた。
どちらも、動けなかった。
自分が止めた機体だった。
あの時、通信から返事があった。
生きていると分かって、安心した。
もう撃ち合わずに済むと思った。
その人達が、今、何もできずに撃たれている。
ケンは手を伸ばしかけた。
モニターの中の機体へ届くはずもない手が、旋回の衝撃で投げ出された。
ダウトは止まらなかった。
光の柱を避け、弾丸の群れを抜ける。
ケンと機体を守るために。
そのたびに、救えない機体が視界を横切った。
「やめて……」
声が漏れた。
次の衝撃で、喉が詰まる。
「もう……やめてくれよ……」
砲撃の光が、また一機を覆った。
ケンは目を逸らせなかった。
◇
やがて、艦砲射撃が止んだ。
最後の光が宙域を抜ける。
ベヒモスの艦橋では、砲撃後の状況を確かめる報告が始まっていた。
前方の映像が拡大される。
装甲の破片。
折れた手足。
形を失った機体の残骸が、至る所を漂っていた。
その中に、一機だけ。
姿勢を保っているMSがあった。
ガンダムダウト。
ベヒモスの艦長は、画面を見つめた。
あの弾幕の中を、生き残った。
損傷して漂流しているのでもない。
機体は、こちらを向いていた。
「ば……化け物か……」
乾いた声が、艦橋に落ちた。
◇
コックピットの揺れが収まっても、ケンの身体は動かなかった。
息を吸う。
うまく入ってこない。
もう一度吸おうとして、喉が震えた。
モニターには、残骸が映っていた。
さっきまでソリダスだったもの。
ブルーガだったもの。
その区別さえ付かない破片もあった。
「……なんでだよ」
ケンは呟いた。
声を出した途端、涙が落ちた。
「なんで……」
コンソールへ手を置く。
指先が震えていた。
止めたかった。
誰も殺さずに。
戦えなくなれば、生きて帰れると思った。
それなのに。
「なんで、こんなことできるんだよ!」
拳を叩き付けた。
鈍い音がした。
痛みは、ほとんど分からなかった。
「まだ、人が……!」
その先が続かない。
俯くと、涙がコンソールへ落ちた。
ノンの呼ぶ声が、遠くに聞こえていた。
戻れと言われた。
一人では無理だと言われた。
それでも、自分なら何かできると思って飛び込んだ。
結果が、目の前にあった。
ケンは震える息を吐いた。
操縦桿を握ろうとして、指が滑る。
もう一度握り直す力さえ、すぐには出なかった。
「……アイ」
小さく呼んだ。
顔を上げられないまま、言葉を絞り出す。
「力を貸して……」
声が掠れる。
「俺だけじゃ、無理だ……」
肩が落ちた。
ケンは項垂れたまま、目を閉じかけた。
その瞬間。
ガンダムダウトの瞳に、赤い光が灯った。
◇
残骸の間に浮かんでいた機体が、僅かに姿勢を変えた。
艦首を並べるベヒモスとケートス。
その艦隊へ、ダウトの頭部が向く。
スラスターが光った。
次の瞬間、機体が残骸の中から飛び出した。
これまでとは比較にならない加速だった。
周囲の破片を置き去りにし、赤い瞳を灯したダウトが、コロニー国家連合軍の艦隊へ突っ込んでいった。