機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第81話「絶望の悪魔」

 

 ベヒモスの艦橋で、接近警報が鳴り響いた。

 

「ガンダム、急速接近!」

 

「迎撃しろ! 近付けるな!」

 

 艦長の命令を受け、艦の各所で砲塔が旋回する。

 

 だが、照準が定まらない。

 

 赤い瞳を灯した機体は、今まで映っていた位置にはもういなかった。

 

 ダウトが艦首の下へ潜り込む。

 

 砲口が追うより早く、機体は艦の側面へ抜けていた。

 

「右舷! 右舷に回り込まれた!」

 

 報告に艦長が振り向いた、その時。

 

 四本のアンカーが放たれた。

 

 ベヒモスの艦体に、それぞれの先端が食い付く。

 

 接触を知らせる警告に続いて、艦橋の表示が次々と切り替わった。

 

「制御系統に干渉! ハッキングです!」

 

「接続を切れ!」

 

「操作を受け付けません!」

 

 砲塔が止まった。

 

 旋回しかけていた艦体が、それまでの勢いのまま流れ始める。

 

 艦長は肘掛けを掴んだ。

 

「機関は! 推進を戻せ!」

 

「艦橋からの指示が通りません!」

 

「護衛部隊を呼べ! ガンダムを引き剥がせ!」

 

 通信担当が回線を開こうとする。

 

 返ってきたのは、接続不能を示す表示だった。

 

 もう一度試す。

 

 別の回線へ切り替える。

 

 その全てが、応答しなかった。

 

「……通信も、使えません」

 

 艦長は大型モニターへ顔を上げた。

 

 四本のワイヤーが艦体から離れる。

 

 ダウトは、もうこちらを見ていなかった。

 

 噴射の光を伸ばし、次の目標へ向かっていく。

 

 旗艦を止めたことに、何の感慨もないように。

 

     ◇

 

『ベヒモス、応答願います!』

 

『こちら前衛部隊! 旗艦からの指示が途絶しています!』

 

『各艦、現状を維持しろ! 勝手に動くな!』

 

『ガンダムがこちらへ――!』

 

 コロニー国家連合軍の通信が混乱した。

 

 命令を求める声に、別の艦が指示を返す。

 

 その指示を受け取る前に、目の前へガンダムが現れた。

 

 ソリダスがライフルを向ける。

 

 ダウトはその銃口の前で急制動をかけ、直後に横へ跳んだ。

 

 発射されたビームが空を抜ける。

 

 アンカーがソリダスを捉えた時には、ダウトは既に次の機体へ向いていた。

 

 僚機を庇おうとしたソリダスも止まる。

 

 その後方から前へ出たソリダスエースが、部隊へ散開を命じた。

 

 通常部隊よりも早い反応だった。

 

 一方向に固まらず、互いの射線を塞がない位置へ動く。先頭の機体がダウトを追い、残る機体がその進路を押さえにかかった。

 

 ダウトは減速した。

 

 追っていた照準が、一瞬だけ前へ流れる。

 

 次の瞬間、機体が逆方向へ加速した。

 

 ソリダスエースの脇を抜け、アンカーを接続する。

 

 続けて伸びたワイヤーが、射撃位置へ移ろうとしていた僚機を捉えた。

 

『隊長機、停止!』

 

 叫んだ機体も、その直後に動きを失った。

 

 ダウトは振り返らなかった。

 

 赤い瞳が、さらに奥にいる機体を向く。

 

 それを見たソリダスのパイロットが、思わず後退した。

 

     ◇

 

 ケンは歯を食い縛っていた。

 

 シートに押し付けられていた身体が、不意に前へ引かれる。

 

 慌てて操縦桿を握り込む。

 

 その直後には、また背中へ強烈な圧力が掛かった。

 

「ぐ……っ!」

 

 息を吐き切る前に、次の旋回が来た。

 

 頭が振られ、腹の奥が持ち上がる。

 

 飲み込もうとした。

 

 無理だった。

 

 喉が引き攣り、胃の中身が一気に込み上げた。

 

「お、え……っ」

 

 ヘルメットの内側へ、吐いたものが広がった。

 

 酸っぱい臭いが鼻を塞ぐ。

 

 口元に触れた感触に、さらに吐き気が込み上げた。

 

 身体を折ろうにも、加速に押し戻される。

 

 ケンは咳き込みながら留め具へ手を伸ばした。

 

 指が滑る。

 

 もう一度掴み、乱暴に外した。

 

 ヘルメットを脱いだ途端、ダウトが進路を変えた。

 

 片手で操縦桿にしがみつく。

 

 もう片方の手でヘルメットの開口部を塞ぎ、足元の隅へ押し込んだ。

 

 すぐに両手で操縦桿を握り直す。

 

 息を吸うと、喉が焼けた。

 

 涙と汗で、モニターが滲んでいた。

 

 それでも、ダウトは動いている。

 

 ケンが操縦桿を動かしているからではなかった。

 

 今、機体を制御しているのはアイだ。

 

 ケンはただ、掴まっている。

 

 手を離せば、身体を支えることもできなくなりそうだった。

 

 急加速。

 

 制動。

 

 旋回。

 

 モニターの中では、そのたびに敵の射線が外れ、別の機体が動きを止めていく。

 

 機体は、その動きに応えていた。

 

 ケンの身体だけが、ついていけなかった。

 

「……まだ」

 

 空になった胃が引き攣る。

 

 ケンは唾を飲み込もうとして、顔を歪めた。

 

「まだ……止まってない……」

 

 戦争を止める。

 

 その命令を、アイは実行していた。

 

 敵への怒りも、恐怖も必要としない。

 

 与えられた目的へ至るため、処理すべき目標を選び、最も早く無力化できる進路を算出する。

 

 次の目標が定まる。

 

 ダウトのスラスターが、再び光を噴いた。

 

     ◇

 

 地球連邦軍旗艦モビーディック。

 

 艦橋の大型モニターには、連合軍の中を進むガンダムが映し出されていた。

 

 ベヒモスは応答を失っている。

 

 その周囲ではソリダスが次々に停止し、護衛部隊の隊形も崩れていた。

 

 追いつこうとした機体が、逆に追い抜かれる。

 

 迎撃しようとした機体は、銃口を向け切る前に止まった。

 

 モビーディックの艦長を兼ねる司令官は、画面から目を離せなかった。

 

「……白い悪魔とは、言ったものだな」

 

 艦隊の集中砲火を抜けた。

 

 そのまま旗艦へ接近し、制御を奪った。

 

 今も、連合軍の中を単機で動き回っている。

 

 あの加減速を、人間が操縦しているのか。

 

 司令官は短く息を吐いた。

 

「このまま連合を壊滅させてくれれば、楽なんだがな」

 

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ガンダムが姿勢を変えた。

 

 赤い光が、こちらを向いた。

 

「ガンダム、反転!」

 

 報告が上がる。

 

「本艦隊へ接近しています!」

 

 司令官は肘掛けから身を起こした。

 

「チィッ! そう上手くはいかんか!」

 

 命令が飛ぶ。

 

「各艦隊、迎撃に備えろ! MS隊はガンダムを止めろ!」

 

     ◇

 

 傍観していた連邦軍艦隊が動き始めた。

 

 前衛のブルーガが進路を変える。

 

 リーガを中心に、複数の部隊がガンダムの前へ展開した。

 

『正面から来るぞ!』

 

『アンカーの射程に入れるな!』

 

 ライフルが一斉に向けられる。

 

 ダウトは直進していた。

 

 先頭のブルーガが照準を合わせ、引き金を引く。

 

 その瞬間、ダウトが軌道をずらした。

 

 後方へ伸びたビームのすぐ脇を抜け、アンカーが放たれる。

 

 一機目が停止。

 

 二機目が距離を取ろうとする。

 

 だが、その進路へダウトが先に入っていた。

 

『速すぎる……!』

 

 ワイヤーが接続され、ブルーガの噴射が消えた。

 

 後続の部隊が射撃をためらう。

 

 ガンダムのすぐ近くには、動けなくなった友軍機がいた。

 

 その僅かな間に、ダウトはさらに内側へ入った。

 

 リーガへ接続。

 

 僚機へ接続。

 

 機体を止めるたびにアンカーを引き戻し、次の目標へ放つ。

 

 迎撃に出たはずの部隊が、漂流機の群れに変わっていった。

 

     ◇

 

 待機していたエース部隊も、既に動いていた。

 

 通常部隊の射線を外し、別の角度からガンダムへ迫る。

 

 一機がダウトを追わせ、その間に僚機が側面を取る。

 

 急に向きを変えたガンダムへ、すぐに照準を修正する。

 

 対応は早かった。

 

 だが、追い付かなかった。

 

 ダウトが急停止し、機体を捻る。

 

 噴射の方向が変わった時には、もう射線の外へ出ていた。

 

 その背後へ回り込もうとした機体に、アンカーが伸びる。

 

 僚機がワイヤーを狙った。

 

 ダウトは接続を終えたアンカーを回収しながら加速する。

 

 狙われた場所には、何も残っていなかった。

 

『各機、離れ――』

 

 隊長の声が途中で途切れた。

 

 機体が止まる。

 

 残る機体が退避へ移ったが、ダウトは既にその進路へ向かっていた。

 

     ◇

 

 ケンはモニターを見ようとしていた。

 

 目を閉じれば、少し楽になるかもしれない。

 

 何もかもアイに任せて、意識を手放してしまえば。

 

 そう思うたびに、艦砲射撃の光が蘇った。

 

 動けないまま砕かれたソリダス。

 

 爆発したブルーガ。

 

 あの中にいた人達。

 

「……止めて」

 

 唇が動いた。

 

 喉が痛くて、声にならなかった。

 

 ケンは操縦桿を握り直した。

 

 手の感覚が鈍い。

 

 指がきちんと掛かっているのか、目で確かめた。

 

 次の加速に、背中がシートへ沈む。

 

「アイ……戦争を……」

 

 途中で咳き込む。

 

 涙が頬を伝い、顎から離れた。

 

 機体は応じ続けている。

 

 止めたいと願ったのは、自分だった。

 

 だったら、自分もここにいなければならない。

 

 何をしているのか見ていなければ。

 

 ケンは奥歯を噛み締め、揺れる画面へ顔を上げた。

 

     ◇

 

 ノクトは、停止した友軍機の間から迫るガンダムを捉えた。

 

 事前に見ていた動きとは違った。

 

 速度だけではない。

 

 機体を止める位置も、次へ向かう判断も、躊躇がなかった。

 

 それでも、この先へ通すわけにはいかなかった。

 

 背後には艦隊がいる。

 

 その周囲には、まだ動ける部隊も、救援を待つ兵士もいた。

 

「クラウス、右へ。ジータは左を取れ。バン、単独で追うな」

 

 ノクトの専用リーガが前へ出る。

 

 三機がすぐに応じた。

 

『クラウス、了解』

 

『左、取ります』

 

 ジータの返答に重なって、バンも応じた。

 

 四機が間隔を広げる。

 

 互いの射線を残しながら、ガンダムの進路を囲った。

 

「ガンダム!」

 

 ノクトは外部回線を開いた。

 

「貴様の行動で、無防備な機体が戦場に取り残されている! これ以上の勝手は許さん!」

 

 返答はなかった。

 

 赤い瞳が、こちらを向く。

 

 ノクトはその動きを見据えた。

 

「止めるぞ!」

 

     ◇

 

 クラウスとジータが、左右から進路を絞った。

 

 ノクトが正面を押さえる。

 

 バンはその後方で、ガンダムが抜けた先を狙っていた。

 

 ダウトが加速する。

 

 ノクトはすぐに照準を動かした。

 

 右へ抜けるなら、クラウスがいる。

 

 左なら、ジータ。

 

 正面へ来れば、自分が止める。

 

 だが、ダウトは四機の間へ入る直前に、大きく姿勢を変えた。

 

 噴射光が跳ねる。

 

『後ろへ回られ――!』

 

 バンの声だった。

 

 ノクトが向き直るより早く、アンカーが接続されていた。

 

 バンの機体が止まる。

 

「クラウス、バンを――」

 

『分かっています!』

 

 援護へ動いたクラウスの前を、ダウトが横切った。

 

 ワイヤーが伸びる。

 

 クラウスの噴射も消えた。

 

 ジータが直ちに距離を取る。

 

 後退しながら銃口を向け直したが、ダウトはその照準より内側にいた。

 

『……速い!』

 

 声と共に、三機目が停止した。

 

 ノクトはリーガを急旋回させた。

 

 部隊回線に、制御不能を告げる声が重なる。

 

 まだ、誰も死んでいない。

 

 だが、三人とも動けない。

 

 その機体を背に、ガンダムがこちらへ来た。

 

「させるか!」

 

 ノクトはアンカーの射出を見て、機体を捻った。

 

 先端が脇を抜ける。

 

 かわした直後、別のワイヤーが視界へ入った。

 

 反対方向へ噴射する。

 

 リーガは応えた。

 

 だが、その動きの先へ、ダウトがいた。

 

 接続の衝撃。

 

 操縦桿の反応が消えた。

 

「……っ!」

 

 ノクトはすぐに操作を切り替えた。

 

 噴射を戻す。

 

 腕を動かす。

 

 どの操作にも、機体は応じなかった。

 

 ダウトから伸びていたワイヤーが離れる。

 

 それで終わりだった。

 

 四機の連携も、必死の回避も、ガンダムをここへ留めることさえできなかった。

 

     ◇

 

 ダウトの背中が遠ざかる。

 

 ノクトは操縦桿を押し込んだ。

 

 動かない。

 

 部隊回線から、クラウス達の声が聞こえていた。

 

 全員、生きている。

 

 それなのに、自分にはその位置へ向かうことさえできない。

 

 前方では、ガンダムが艦隊へ進んでいた。

 

 ノクトはコンソールへ拳を叩き付けた。

 

「くそっ!」

 

 鈍い痛みが拳から腕へ走った。

 

 構わず、もう一度叩く。

 

「止まれ……!」

 

 声が震えた。

 

 自分が止めなければならなかった。

 

 部下を連れて出てきた。

 

 止められると考え、配置を決め、命令を出した。

 

 その全てが、僅かな時間で崩された。

 

「止まれ、ガンダム!」

 

 叫びはコックピットに響いた。

 

 だが、赤い瞳の機体は振り返らなかった。

 

     ◇

 

「ノクト隊、全機停止!」

 

 モビーディックの艦橋に報告が響いた。

 

 司令官は大型モニターを見つめた。

 

 専用リーガが動きを失っている。

 

 その先から、ガンダムが来る。

 

「残存部隊は何をしている! 本艦へ近付けるな!」

 

「各部隊、対応中です! ですが、進路上に停止した友軍機が――」

 

「対空砲火!」

 

 砲塔が旋回した。

 

 艦の周囲へ射線が引かれる。

 

 ダウトは直進をやめた。

 

 艦首の正面から外れ、砲撃の間へ潜り込む。

 

 モニターの中で、その機体が急に大きくなった。

 

「近接防御、間に合いません!」

 

 司令官が身を起こす。

 

 ガンダムの四肢が、僅かに開いた。

 

 四本のアンカーが放たれた。

 

 モビーディックの艦体へ、先端が食い付く。

 

 艦橋に新たな警告が鳴った。

 

「制御系統に侵入!」

 

「排除しろ!」

 

「間に合いません!」

 

 砲塔の駆動表示が消えた。

 

 推進系統が応答を失う。

 

 各部署から上がりかけた報告が途切れ、通信担当が慌てて回線を切り替えた。

 

 繋がらない。

 

 司令官はモニターを睨んだ。

 

「各艦に伝えろ! 指揮を――」

 

「外部通信、使用不能!」

 

 言葉が止まった。

 

 艦橋には乗員達がいる。

 

 照明も、空気も、そのままだった。

 

 だが、誰が命令を出しても、艦は動かなかった。

 

 巨大な旗艦のすぐ傍らで、ダウトの赤い瞳が光っている。

 

 そのコックピットでは、ケンが震える両手で操縦桿にしがみついていた。

 

「……止まって」

 

 誰に届くとも知れない声が、喉から漏れた。

 

「もう……戦わないで……」

 

 モビーディックの制御表示が、最後の一つまで切り替わった。

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