機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第82話「静寂を裂く牙」

 

 

 

 モビーディックの砲塔は、動きを止めていた。

 

 艦隊へ命令を送っていた通信も途絶え、巨大な旗艦はただ宇宙を漂っている。

 

 その艦体には、四本のワイヤーが繋がっていた。

 

 ガンダムダウト。

 

 両軍の旗艦を沈黙させた機体は、今もモビーディックの傍らに留まっていた。

 

 だが、戦場の光は消えていなかった。

 

     ◇

 

「旗艦との通信、依然回復しません!」

 

「各隊から指示の要請が相次いでいます!」

 

 地球連邦軍のある艦艇では、途絶した指揮を補うための対応が進められていた。

 

 旗艦が応答しない。

 

 だからといって、展開している艦艇もMS部隊も、全てが動けなくなるわけではなかった。

 

「以後、当艦が臨時に指揮を執る。各艦へ通達しろ」

 

 命令が飛ぶ。

 

「前衛部隊は隊形を立て直せ。孤立している機体の位置を確認。停止機の救援についても報告を上げろ」

 

 通信担当が回線を切り替えた。

 

 既に独自の判断で僚艦へ指示を出していた艦もある。

 

 連絡を取り直し、部隊の位置を確かめ、重複した命令を整理する。

 

 混乱は続いていた。

 

 それでも、軍は指揮を繋ごうとしていた。

 

 コロニー国家連合軍でも、同じ動きが起きていた。

 

 ベヒモスとの連絡を失った各艦が応答を求め合い、別の指揮官の下へ部隊をまとめ始める。

 

 その間にも、前線では射撃が続いていた。

 

 新たな命令を受け取れずにいる部隊もあれば、目の前の敵から離れられない機体もあった。

 

 旗艦を止めただけでは、既に始まった撃ち合いまでは止まらなかった。

 

     ◇

 

「……まだ、戦いたいのかよ」

 

 ケンの声には、もう怒鳴る力も残っていなかった。

 

 モニターの遠くで、ビームが交差している。

 

 その光を見ながら、操縦桿へ指を掛け直した。

 

 指先の感覚が鈍い。

 

 強く握っているつもりなのに、どれほど力が入っているのか分からなかった。

 

 少し息を吸うだけで、喉がひりつく。

 

 足元の隅に押し込んだヘルメットへ目を向けかけ、やめた。

 

 今は、あれを被り直す気にはなれない。

 

 コンソールで、小さな警告音が鳴った。

 

 ケンは視線を落とした。

 

 機体の状態を示す図に、赤い表示が増えていた。

 

 腕の付け根。

 

 脚部の関節。

 

 装甲の一部にも、異常を示す箇所がある。

 

 あれほどの速度で加速と制動を繰り返した。

 

 被弾を避けていても、機体に何も起きないわけではなかった。

 

 推進剤の残量も、出撃前とは比べものにならないほど減っている。

 

 表示の下に、帰還を促す文字が浮かんでいた。

 

 ――帰還推奨。

 

「……ダウトも、きついよな」

 

 掠れた声で呟いた。

 

 自分だけが耐えていたのではない。

 

 この機体も、ずっと無理を重ねていた。

 

 それでも、まだ戦っている人がいる。

 

 ケンは再び遠くへ目を向けた。

 

 その時、連合軍の艦隊がいる方角で、小さな光が上がった。

 

     ◇

 

 赤。

 

 少し間を置いて、青。

 

 続いて、黄。

 

 ケンは瞬きをした。

 

 ビームではない。

 

 爆発とも違う。

 

 決まった順番で打ち上げられた光を見つめ、記憶を辿る。

 

「あれ……確か……」

 

 ベルーガにいた頃、教わったことがあった。

 

 スコルが、信号弾の意味を説明してくれた。

 

『赤、青、黄。この順番で上がったら、撤退の信号だ』

 

 その時の声が、頭の中で蘇る。

 

『これは連邦も連合も共通だ。覚えとけよ』

 

 ケンは顔を上げた。

 

 別の艦からも、同じ順番で光が上がった。

 

 さらに、その隣からも。

 

 赤、青、黄。

 

 艦隊の各所に、撤退を告げる光が広がっていく。

 

「……撤退」

 

 口にしてから、周囲を見た。

 

 ソリダスが向きを変えていた。

 

 隊長機のソリダスエースを追い、僚機が後方へ下がっていく。

 

 離れた場所でも、同じ動きが起きている。

 

 残っていた連合軍のMSが、少しずつ戦場から離れ始めていた。

 

 その向こうでは、艦艇の並びも変わりつつある。

 

 こちらへ向けられていた艦首が、別の方向を向く。

 

 遠ざかる艦影が、ゆっくりと小さくなっていった。

 

「……引いてる」

 

 ケンは呟いた。

 

「コロニー連合が、引いていく……」

 

 すぐには信じられなかった。

 

 また艦砲を撃つために、MSを下げているのではないか。

 

 そんな考えが浮かび、砲口のある艦影を探してしまう。

 

 だが、信号は上がり続けていた。

 

 艦隊も、離れていく。

 

 ケンはその光景を見つめたまま、ようやく息を吐いた。

 

     ◇

 

 操縦桿から、片手を離した。

 

 拳を握ろうとする。

 

 指が震えた。

 

 思うように曲がらず、ケンは自分の手を見下ろした。

 

「……あれ」

 

 小さく笑いが漏れた。

 

 笑った途端に、喉が痛んだ。

 

 少し顔をしかめ、それでももう一度力を入れる。

 

 今度は、ゆっくりと拳になった。

 

 それを膝の上へ置く。

 

 遠くでは、まだ何機かが動いていた。

 

 完全に終わったわけではない。

 

 それでも、連合軍は下がっている。

 

 さっきまで何度叫んでも変わらなかった景色が、ようやく変わり始めていた。

 

 通信が入った。

 

『ケン!』

 

 ノンの声だった。

 

『コロニー連合が引いていくわ! あなたも早く戻って!』

 

 大きな声に、ケンは少し肩をすくめた。

 

 怒っている。

 

 それはすぐに分かった。

 

 だが、声の終わりが僅かに震えていた。

 

 何度も呼び戻された。

 

 何度も、戻らなかった。

 

 ケンは視線を落とした。

 

「ノン……こっちからも、見えてるよ」

 

『だったら、もう帰ってきて!』

 

「……うん」

 

 返事をしてから、少し間が空いた。

 

「それと……ごめん」

 

 ノンの声が止まった。

 

 ケンはバツが悪くなり、モニターの隅を見た。

 

 何と言えばいいのか、分からない。

 

 止めたかった。

 

 助けたかった。

 

 それは今も変わらない。

 

 でも、ノン達がずっと何を言っていたのかも、今なら痛いほど分かった。

 

『……帰ったら、お説教よ』

 

「うん……」

 

『早く帰ってきなさい!』

 

 まくしたてるように言って、通信が切れた。

 

 ケンはしばらく、そのままでいた。

 

 それから、力の抜けた顔で小さく頷いた。

 

「……帰らないと」

 

 顔を上げる。

 

 撤退を告げる信号弾が、また一つ、遠くで光っていた。

 

     ◇

 

 地球連邦軍のある艦艇。

 

 その艦橋で、パクール大佐はモニターを眺めていた。

 

 連合軍の艦影が遠ざかっている。

 

 前線のMSも、追うことなく相手との距離を広げつつあった。

 

「撤退信号か……なんと骨のない」

 

 口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

 

 頬杖をついたまま、連合軍の動きを目で追った。

 

 隊形を崩し、損傷機を抱えて退いていく。

 

 好機だった。

 

 だが、撤退信号後の追撃は協定違反になる。

 

「……つまらんな」

 

 獰猛な蛇を思わせる目が、画面の中を動いた。

 

 やがて、その視線が一か所で止まる。

 

 モビーディック。

 

 その艦体に、まだワイヤーを繋いでいる白い機体が見えた。

 

 パクールは頬杖を解いた。

 

 ゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。

 

「ギル=ガメル少佐に繋げ」

 

「ハッ!」

 

 部下が通信を開いた。

 

 少し待って、気怠そうな声が返る。

 

『いかがされましたか、艦長〜?』

 

     ◇

 

 通信画面に映った男は、上官を前にしても姿勢を正そうとはしなかった。

 

 目つきが悪い。

 

 口元には、薄い笑いが張り付いている。

 

 軍服を着ていなければ、街の片隅でたむろしているゴロツキにも見えただろう。

 

 だが、その男はMS隊の隊長だった。

 

 ギル=ガメル少佐。

 

 操縦の腕を武器に、今の地位まで上り詰めた男である。

 

 ノクトと同じく専用のリーガを与えられた、連邦軍のエースの一人だった。

 

「ギル少佐。まだ戦い足りないだろう?」

 

 パクールの問いに、ギルは鼻を鳴らした。

 

『はっ。連合は引いちまってますぜ、艦長〜』

 

「そうだな。撤退信号も確認した」

 

『だったら、追っかけ回すわけにもいかねぇでしょうよ』

 

 気怠そうな調子は変わらない。

 

 パクールは、そこで笑った。

 

「連合は引いてしまったが、ガンダムは別だ」

 

 ギルの目が細くなる。

 

「その意味が分かるか?」

 

『……はぁ?』

 

 間の抜けた声とは裏腹に、画面を見る目には鋭さが増していた。

 

『あの化け物を相手にしろってか?』

 

「今なら消耗しているだろう」

 

 パクールはモニターへ目を向けた。

 

 ガンダムは動いていない。

 

 あれほどの機動を続け、艦隊の集中砲火まで抜けた。

 

 いつまでも同じ動きができるとは思えなかった。

 

「ここで鹵獲できれば、大きな戦果になる」

 

『けっ。なるほどねぇ』

 

 ギルの口角が上がった。

 

『艦長様の昇進のために、死んでこいと?』

 

 艦橋の空気が僅かに張り詰めた。

 

 だが、パクールは咎めなかった。

 

「そうだ。必ず鹵獲してこい」

 

 ギルが笑った。

 

 気怠さが消え、剥き出しの獰猛さが顔に浮かぶ。

 

『けひゃ! しょうがねぇなぁ!』

 

     ◇

 

 パープルバイパーズの回線が開いた。

 

「ダーマス! セトウ! ついてこいや!」

 

 ギルの声が響く。

 

「ガンダム狩りだぁ!」

 

 返答が重なった。

 

 白と紫に塗られた専用リーガが動き出す。

 

 その後ろに、十一機のブルーガが続いた。

 

『バイパー2、出る』

 

『バイパー3、準備できてるぜ』

 

 各機の報告を聞きながら、ギルは操縦桿を握った。

 

 モニターに、目標の位置が示される。

 

 モビーディックに取り付いたガンダム。

 

 先ほどまでの異常な動きは止まり、今は艦体の傍らに留まっていた。

 

「派手に暴れた後は、休憩かよ」

 

 ギルが低く笑った。

 

「悪ぃが、もうひと働きしてもらうぜ」

 

 リーガのスラスターが光る。

 

 バイパー1を先頭に、十二機が艦を離れた。

 

     ◇

 

 戦場からは、砲撃の光が減っていた。

 

 撤退する連合軍の後ろ姿を、ケンは見つめていた。

 

 まだモビーディックに繋がっているアンカー。

 

 赤く表示された機体の異常箇所。

 

 帰還を促す文字。

 

 やらなければならないことは、目の前に並んでいる。

 

 ケンは少しだけ目を閉じ、また開いた。

 

 眠ってはいけない。

 

 ベルーガへ戻らなければ。

 

 操縦桿を握り直す。

 

 その手は、まだ震えていた。

 

 遠くで、十二の噴射光が進路を変えた。

 

 連合軍を追う方向ではなかった。

 

 静まり始めた戦場を、白と紫のリーガが進む。

 

 その後方へ、十一機のブルーガが広がっていく。

 

 ダウトは、まだ動いていなかった。

 

 限界を迎えつつある機体と、その中の少年へ。

 

 新たな牙が、迫っていた。

 

 最初のビームは、ダウトの肩のすぐ脇を抜けた。

 

 モビーディックの艦体が、白い光に照らされる。

 

 ケンは音を立てて息を吸った。

 

「……え?」

 

 警告音が鳴った。

 

 反対側から、さらに一発。

 

 慌てて操縦桿を倒す。

 

 だが、ダウトは思うように動かなかった。モビーディックへ繋いだままのワイヤーが張り、ケンはそこでようやくアンカーの回収操作へ手を走らせた。

 

 四本の先端が艦体から離れる。

 

 噴射。

 

 直前までダウトがいた場所を、ビームが通り過ぎた。

 

「な、何……!?」

 

 モニターを見回す。

 

 ブルーガがいた。

 

 一機ではない。

 

 左右へ広がり、こちらへ銃口を向けている。

 

 その奥から、白と紫のリーガが近付いてきた。

 

『おいおい、随分と鈍くなってるじゃねぇか』

 

 通信に、知らない男の声が入った。

 

『さっきまでの威勢はどうしたよ、ガンダム?』

 

 ケンは返事ができなかった。

 

 終わったのではなかったのか。

 

 連合軍は撤退している。

 

 もう、帰れるはずだった。

 

 そう考えている間にも、ブルーガのライフルが動いた。

 

「待っ……!」

 

 ダウトを横へ滑らせる。

 

 シートに身体が押し付けられ、ケンの喉から呻きが漏れた。

 

 表示を見て、ようやく気付く。

 

 アシストモードは解除されていた。

 

 先ほどまで機体を動かしていたアイの制御は、今はない。

 

 ケン自身が動かさなければ、避けることもできなかった。

 

     ◇

 

「へぇ……戻ってるじゃねぇか」

 

 ギルはリーガの中で笑った。

 

 先ほどモニター越しに見たガンダムは、射撃を追い越すように動いていた。

 

 今、目の前にいる機体は違う。

 

 撃たれてから避ける。

 

 向きを変え、次の射撃に気付いて、また慌てて動く。

 

 そのたびに姿勢が大きく崩れていた。

 

「バイパー各機、散らせ。逃げ道を塞いでやれ」

 

『了解』

 

「アンカーには気ぃ付けろよ。あれを食らったら、お前らも置いてくからな」

 

 笑いながら言い、ギルは前へ出た。

 

 ブルーガが左右へ広がる。

 

 ダウトを中心に、少しずつ距離を詰め始めた。

 

     ◇

 

 ケンは背後を見た。

 

 ベルーガへ戻りたい。

 

 だが、そちらへ機体を向けようとすると、ブルーガが射線へ入ってきた。

 

 撃たれる。

 

 進路を変えた先にも、別の一機がいた。

 

「……なんで」

 

 声が震えた。

 

「もう、帰るだけなのに……」

 

 正面のブルーガへアンカーを放つ。

 

 先端は盾の縁を掠め、外へ流れた。

 

 外した。

 

 回収する。

 

 その操作をしている間に、別の銃口がダウトを捉えた。

 

 ケンは急いで機体を沈ませた。

 

 ビームが頭上を通る。

 

 大きく息を吐き、もう一度正面を見た。

 

 さっき狙ったブルーガが、まだ近くにいる。

 

 今度は、もう少し近付いてから。

 

 ケンは操縦桿を押し込んだ。

 

『来るぞ!』

 

 ブルーガが盾を前へ出す。

 

 ケンはその動きを追い、アンカーを放った。

 

 装甲に接続。

 

 噴射が消えた。

 

 一機、止まった。

 

 だが、安心する間もなく、その後方からビームが走った。

 

 ケンは身体を強張らせながらダウトを捻った。

 

 停止したブルーガのすぐ脇を抜ける。

 

 後ろで、ギルの笑い声がした。

 

『まだ噛み付く元気はあるかよ!』

 

     ◇

 

 二機目を止めた時、ケンは回収するアンカーを一瞬見失った。

 

 戻ってきている。

 

 表示を確かめれば、それだけのことだった。

 

 だが、その確認に時間が掛かった。

 

 目が疲れていた。

 

 何を見て、何を操作しようとしていたのか、途中で分からなくなる。

 

 ケンは強く瞬きをした。

 

 警告音。

 

 また、撃たれる。

 

 逃れようと噴射すると、推進剤の残量表示が点滅した。

 

 数字を見て、胃の奥が冷たくなった。

 

 もう、こんな避け方を続けてはいけない。

 

 分かっていても、目の前へビームが来れば動かすしかなかった。

 

「アイ……照準、手伝って」

 

 声を絞り出す。

 

 示された位置へ目を向け、三本目のアンカーを放った。

 

 ブルーガが回避する。

 

 ケンはワイヤーの伸びる方向を追い、機体ごと向きを変えた。

 

 先端が食い付く。

 

 三機目の停止を知らせる表示が浮かんだ。

 

 その向こうから、白と紫のリーガが迫っていた。

 

     ◇

 

「三機も寝かされたか」

 

 ギルは短く舌打ちした。

 

 それでも、その顔から笑みは消えていなかった。

 

 止められた機体へガンダムが意識を向ける。

 

 その僅かな間に、リーガを接近させる。

 

「そっちばっか見てんじゃねぇよ!」

 

 ライフルを向ける。

 

 ダウトが慌てて横へ逃れた。

 

 ギルはすぐに追った。

 

 一発。

 

 進路を変えた先へ、もう一発。

 

 どちらも命中しなかった。

 

 だが、ガンダムはそのたびに余計な噴射を使っている。

 

「そうだ。もっと動けよ」

 

 ギルは低く笑った。

 

「いつまで続くか、見ててやる」

 

     ◇

 

 ケンはリーガから目を離せなくなっていた。

 

 近い。

 

 離れようとすると、逃げる先へ銃口が向く。

 

 アンカーを撃とうとすれば、その直前に機体をずらされる。

 

 今までとは違った。

 

 追いかけようとしても、相手の方が先に動く。

 

 焦って操縦桿を倒すと、ダウトの姿勢が大きく傾いた。

 

 ケンは慌てて戻した。

 

 その間に、リーガがさらに近付いていた。

 

「……来ないで」

 

 呟き、アンカーを放つ。

 

 ギルはリーガを滑らせた。

 

 ワイヤーが機体の脇を抜ける。

 

『そいつは、もう何度も見たぜ』

 

 回収する前に、ライフルが光った。

 

 ケンは噴射を強めた。

 

 脇を抜けたビームの光が、コックピットを照らす。

 

 まだ、当たっていない。

 

 それでも、ケンは追い詰められていた。

 

 息が苦しい。

 

 操縦桿を握る手が滑る。

 

 空になったはずの胃が、再び引き攣った。

 

     ◇

 

『ケン!? 今、そっちで何が起きてるの!』

 

 ノンの声が聞こえた。

 

 ケンは返事をしようとした。

 

 その前にリーガが動く。

 

 反射的に操縦桿を引き、シートへ背中を叩き付けられた。

 

「連邦の……機体が……」

 

『襲われてるの!?』

 

「……うん」

 

 短く答えるので精一杯だった。

 

 ベルーガへ向かう方角を確かめる。

 

 そこには、ブルーガが待っていた。

 

 正面からはリーガ。

 

 左右にも、まだ動ける機体がいる。

 

 止めた三機の分だけ包囲は薄くなったはずなのに、帰れる道は見つからなかった。

 

 推進剤の警告が、また鳴った。

 

 ケンは表示を見た。

 

 このまま避け続ければ、戻るための分まで使ってしまう。

 

 だが、止まれば撃たれる。

 

「……どうしよう」

 

 小さく漏れた声に、ノンが何かを言った。

 

 ケンには、最後まで聞き取れなかった。

 

 リーガが目前へ入ってきた。

 

     ◇

 

 ギルはダウトの動きを見ていた。

 

 反応が遅い。

 

 姿勢を戻すまでの間も長くなっている。

 

 それでも、こちらの攻撃だけは何とかかわしていた。

 

「しぶてぇなぁ」

 

 口元を歪め、リーガを前へ出す。

 

 ダウトが下がる。

 

 その進路へライフルを向けると、また向きを変えた。

 

 そこには僚機がいる。

 

 ガンダムが一瞬ためらう。

 

 ギルは、その隙に距離を詰めた。

 

『おい、ガンダム』

 

 外部回線へ呼びかける。

 

『もう無理なんだろ?』

 

 ダウトの頭部が、こちらを向いた。

 

『大人しく捕まれよ。これ以上、痛ぇ思いしなくて済むぜ』

 

     ◇

 

 ケンは答えなかった。

 

 答えたくなかったのか、答える力がなかったのか、自分でも分からなかった。

 

 目の前のリーガへ照準を合わせようとする。

 

 手が震えた。

 

 合わせたはずの表示が、すぐにずれる。

 

 ダウトの各所を示す赤い警告が、視界の端で点滅していた。

 

 帰還推奨。

 

 帰りたい。

 

 帰ると言った。

 

 ノンも、待っている。

 

 ケンは唇を噛み、操縦桿を握り直した。

 

 白と紫のリーガが、ゆっくりと進路を塞ぐ。

 

 その後方で、ブルーガの銃口が動いた。

 

 ケンは僅かに噴射し、射線を外した。

 

 残量の表示が、また減った。

 

 逃げ道を探して見回すたびに、ギルのリーガが近付いてくる。

 

 静まりかけた戦場で、ダウトだけが再び追われていた。




パクール大佐

【挿絵表示】


ギル=ガメル少佐

【挿絵表示】


ギル専用リーガ

【挿絵表示】
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