機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第83話「絶望を破る爪」

 

 

 

 白と紫のリーガが、また一歩分、距離を詰めた。

 

 ケンはその銃口を見ていた。

 

 右へ逃れようとすれば、ブルーガがいる。

 

 左にも、後方にも。

 

 残る機体は、ダウトを囲む位置を崩さなかった。

 

『もういいだろうが。大人しくしろよ』

 

 気怠そうな声が響く。

 

 その声を聞きながら、ケンはアンカーの状態を確かめた。

 

 まだ使える。

 

 腕も動く。

 

 だったら、もう一機だけでも止めれば、帰る道ができるかもしれない。

 

 リーガのライフルが動いた。

 

 ケンは機体を横へ滑らせ、同時にアンカーを放った。

 

 だが、狙っていた場所にリーガはいなかった。

 

 ギルは僅かな噴射でワイヤーをかわし、その外側へ回っていた。

 

『何度も同じ手ぇ使ってんじゃねぇよ』

 

 銃口が向く。

 

 ケンはアンカーを回収しながら、出力を上げた。

 

 ダウトが加速する。

 

 ビームが背後を抜けた。

 

 もう少し。

 

 このまま、目の前のブルーガの横を抜ければ。

 

 ケンは操縦桿を倒した。

 

 その時、警告音が変わった。

 

     ◇

 

 噴射の光が途切れた。

 

 ケンは一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

 操縦桿を動かす。

 

 ダウトの腕が動いた。

 

 脚も反応している。

 

 だが、機体は思う方向へ進まない。

 

 コンソールに、推進剤の枯渇を告げる表示が浮かんでいた。

 

「……うそ」

 

 もう一度、噴射を試す。

 

 何も起きなかった。

 

 ダウトはそれまでの勢いのまま、宇宙を流れていた。

 

 進路を変えられない。

 

 止まることも、戻ることもできない。

 

 ケンは表示を見つめた。

 

 分かっていたはずだった。

 

 残りが少ないことも、このままでは帰れなくなることも。

 

 それでも、あと少しだけならと思っていた。

 

『……お?』

 

 ギルの声がした。

 

 リーガがダウトの動きに合わせ、横へ並んでくる。

 

『とうとう息切れかよ』

 

 ケンはアンカーを向けた。

 

 ギルは距離を取った。

 

 届かない。

 

 自分から近付くこともできなかった。

 

『各機、そいつの腕に気を付けろ。もう追っては来られねぇ』

 

 ブルーガが位置を変える。

 

 残っていた隙間が、ゆっくりと塞がれていった。

 

     ◇

 

『ケン! 返事をして!』

 

 ノンの声が聞こえた。

 

 ケンは口を開いた。

 

「……推進剤が」

 

『え?』

 

「なくなった」

 

 言葉にすると、胸が冷たくなった。

 

「ダウトは動くんだけど……スラスターが、使えない」

 

 通信の向こうで、息を呑む気配がした。

 

 ケンはリーガを見た。

 

 銃口が、ダウトの腕へ向いている。

 

 動けなくなった相手を狙う機体。

 

 何度も、その間へ飛び込んだ。

 

 今度は、自分だった。

 

 ケンはソードライフルを持ち上げようとした。

 

 肩の異常表示が点滅する。

 

 それでも、腕は上がった。

 

 まだ、何かできる。

 

 そう思おうとしたが、狙いを定める手が震えていた。

 

『余計なことすんなよ』

 

 ギルの声が低くなる。

 

『その腕から落としてやろうか?』

 

 ケンは奥歯を噛み締めた。

 

 ベルーガへ帰ると言った。

 

 ノンも待っている。

 

 それなのに、目の前のリーガを遠ざけることさえできない。

 

「……帰りたい」

 

 声が漏れた。

 

 ギルのライフルが、僅かに動いた。

 

 その直後。

 

 リーガとダウトの間を、一発の弾丸が貫いた。

 

     ◇

 

 ギルは反射的にリーガを引いた。

 

 目前を抜けた射撃が、後方の残骸を砕く。

 

「何だぁ!?」

 

 警告が鳴った。

 

 別方向から、赤い機体が迫っていた。

 

 大きな腕。

 

 鋭い爪。

 

 竜を思わせる頭部の奥で、センサーが光っている。

 

 サラマンダーが、ダウトの前へ飛び込んだ。

 

 ギルがライフルを向け直す。

 

 その銃身へ、巨大な爪が振り下ろされた。

 

 砕けた部品が散る。

 

 ギルは武器を手放し、リーガを後退させた。

 

『動けない相手を囲んで、随分と楽しそうじゃないか!』

 

 女の声が響いた。

 

 ケンは目を見開いた。

 

 知っている声だった。

 

 忘れようのない、大きな声。

 

「……ナーベル?」

 

『よう、ケン!』

 

 赤いサラマンダーが、リーガを睨むように頭部を向けた。

 

『随分、無茶してるじゃないか!』

 

     ◇

 

 ダウトの側面へ回ろうとしたブルーガが、ライフルを構えた。

 

 ナーベルの背後を取るつもりだった。

 

 だが、引き金を引く前に、その銃が弾け飛んだ。

 

『後ろを見ろ、ナーベル』

 

 短い声が通信に入る。

 

『見てるよ!』

 

『見ていないから撃った』

 

 その声に、ケンは顔を上げた。

 

「オーガも……?」

 

 離れた位置で、カトラスが長いライフルを構えていた。

 

 ケンは、その援護を知っていた。

 

 自分が前へ出た時、危ない相手を先に押さえてくれた射撃。

 

 カストロカップで、何度も助けられた。

 

『ケン。機体は動かせるか』

 

「腕とかは……でも、推進剤が」

 

『分かった。回収する。今は動くな』

 

 オーガはそれだけ言った。

 

 その後方から、さらにカトラスが現れる。

 

 黒い機体の装甲に、海賊の印が見えた。

 

『船長、こっちは任せな!』

 

『ケンの周りを空けろ! 拾って帰るぞ!』

 

 ケンはモニターを見回した。

 

 次々と現れる機体。

 

 聞き覚えのある声。

 

 さっきまで自分を囲んでいたブルーガが、今度はそちらへ向き直っていた。

 

 レッドスワン海賊団が、戦場へ入ってきた。

 

     ◇

 

「海賊だと?」

 

 ギルは鼻を鳴らした。

 

 壊れたライフルを見送り、サラマンダーへ視線を戻す。

 

 旧式のカトラスが、僚機へ接近している。

 

「余計なところで顔を出しやがって……!」

 

 リーガが加速した。

 

 ナーベルも、サラマンダーを前へ出す。

 

『オーガ! ケンを頼む!』

 

『突出するな』

 

『分かってる!』

 

 言い終えるより早く、赤い機体はリーガへ迫っていた。

 

 ギルが横へ抜ける。

 

 追ったヒートクローは、肩の装甲を浅く裂いた。

 

 ナーベルはそのまま距離を詰めた。

 

 ギルは彼女の勢いを見て、口元を歪める。

 

 真っすぐ来る。

 

 ならば、その先を外せばいい。

 

 リーガが急に進路を変えた。

 

 サラマンダーの側面へ回り込む。

 

 だが、その位置へ射撃が飛んできた。

 

「チッ!」

 

 ギルは回避を強いられた。

 

 オーガのカトラスが、離れた場所からこちらを捉えていた。

 

『右へ逃げる』

 

 短い声がナーベルへ届く。

 

『そこか!』

 

 サラマンダーが向きを変える。

 

 大型の腕が、逃れようとしたリーガへ伸びた。

 

     ◇

 

 ブルーガのパイロットは、接近してくるカトラスへ照準を合わせた。

 

 古い機体だ。

 

 速度も反応も、こちらが上のはずだった。

 

 ライフルを撃つ。

 

 カトラスは正面から追ってこなかった。

 

 残骸の陰へ入り、僚機の射撃に合わせて別の方向へ出る。

 

 照準を追わせた先で、もう一機が近付いていた。

 

『左だ!』

 

 警告に振り向く。

 

 刃が光った。

 

 ヒートカトラスがライフルを握る腕へ食い込み、そのまま切り落とした。

 

 悲鳴を上げて後退したブルーガへ、別のカトラスが射撃する。

 

 機体が爆発した。

 

 海賊達は、そこで止まらなかった。

 

 爆発を盾にして前へ出る者。

 

 逃げようとする相手の進路へ、先に回る者。

 

 無理に撃ち合わず、相手が僚機を気にした瞬間を待つ者。

 

 同じ機体に乗っていても、その動きは揃っていなかった。

 

 だが、誰かが踏み込む時には、別の誰かが銃口を押さえていた。

 

 宇宙で生き残ってきた男達は、機体の古さを嘆きながら戦ってなどいなかった。

 

 使えるものを使い、相手の隙へ容赦なく刃を入れる。

 

 パープルバイパーズの隊形が崩れていった。

 

     ◇

 

 爆発の光が、ダウトの装甲を照らした。

 

 ケンは息を呑んだ。

 

 ブルーガが、一機消えた。

 

 その向こうでも、別の機体が撃ち抜かれる。

 

 動かなくなったのではない。

 

 砕けていた。

 

「……待って」

 

 思わず声が出た。

 

 自分を助けてくれている。

 

 分かっている。

 

 さっきまで、あの機体に追い詰められていた。

 

 それでも、爆発を見た瞬間に身体が強張った。

 

「そこまで、しなくても……」

 

 言葉を続けられなかった。

 

 オーガの声がした。

 

『ケン、回収機が近付く。腕を預けろ』

 

 カトラスがダウトの脇へ入ってきた。

 

 ケンはぎこちなく腕を動かした。

 

 その手を掴まれ、機体が支えられる。

 

 もう一機が反対側へ回った。

 

 自分ではどうにもならなかった機体が、ゆっくりと進路を変え始めた。

 

 その間にも、戦闘は続いていた。

 

     ◇

 

 ギルは、サラマンダーの腕を避けながら距離を取った。

 

 大きな腕だ。

 

 一撃が重いことは、掠めただけでも分かる。

 

 それなのに、思ったほど離せない。

 

 横へ抜けようとすれば、遠くのカトラスが射線を塞ぐ。

 

 その回避先へ、赤い機体が迫ってくる。

 

「面倒くせぇ……!」

 

 部隊回線へ声を飛ばす。

 

「ダーマス! セトウ! こいつを挟め!」

 

 返答が重なった。

 

 残るブルーガが動く。

 

 だが、その一機が進路へ入ったところで、ライフルを撃ち抜かれた。

 

 オーガは次の目標へ銃口を移す。

 

 ダウトを運ぶカトラスへ近付こうとしていた機体に、一発。

 

 避けた先へ、海賊の僚機が回っていた。

 

 ギルは舌打ちした。

 

 視界の端で、また一機の識別表示が消える。

 

 その瞬間を、ナーベルは逃さなかった。

 

『アタシの相手は、こっちだろ!』

 

 サラマンダーが突っ込んだ。

 

 ギルはリーガを捻った。

 

 ヒートクローが肩を裂き、伸びた指が腕を掴む。

 

「離せ!」

 

 出力を上げた。

 

 だが、サラマンダーの大型の腕は、それを引き戻した。

 

 リーガの装甲が歪む。

 

 灼熱した爪が、関節へ沈んだ。

 

「ぐ……っ!」

 

 腕が引き千切られた。

 

 機体が大きく傾く。

 

 ギルが姿勢を戻そうとした時には、もう一方の腕が目前へ迫っていた。

 

 竜の頭部が、正面に見えた。

 

 ヒートクローが、リーガの胴体を貫いた。

 

     ◇

 

 白と紫の機体が、赤い爪の中で崩れた。

 

 ナーベルは腕を引き抜き、サラマンダーを離した。

 

 直後、リーガが爆発した。

 

 ケンは目を見開いた。

 

 つい先ほどまで、あの男の声を聞いていた。

 

 自分を追い詰め、笑っていた声。

 

 その声が、もう聞こえない。

 

「……ナーベル」

 

 通信へ呼びかけた。

 

 何を言えばいいのか分からなかった。

 

 助かった。

 

 礼を言わなければならない。

 

 それなのに、爆発の光が頭から消えなかった。

 

「あの人……」

 

 ナーベルは、ダウトへ機体を向けた。

 

 少しの沈黙があった。

 

 やがて、声が返る。

 

『そんな甘い考えじゃ、生きていけないぜ。坊や』

 

 ケンは口を閉じた。

 

 ナーベルの声は、笑っていなかった。

 

『あいつはアンタを逃がす気なんかなかった。アタシ達が来なけりゃ、どうなってたと思う?』

 

「……でも」

 

 そこから先が出なかった。

 

 殺したくない。

 

 誰にも死んでほしくない。

 

 その気持ちは変わらない。

 

 だが、自分は動けなくなり、助けてもらった。

 

 今も、二機のカトラスに支えられている。

 

 何を言っても、薄くなってしまう気がした。

 

 ナーベルはそれ以上、答えを迫らなかった。

 

『……帰るぞ、ケン』

 

 今度は、名前で呼んだ。

 

『待ってる奴がいるんだろ』

 

     ◇

 

 最後まで抵抗していたブルーガが、ヒートカトラスで脚部を断たれた。

 

 姿勢を失った機体へ、海賊達の銃口が向く。

 

 やがて、パープルバイパーズからの攻撃は途絶えた。

 

 ケンが停止させた三機は、今も動けぬまま漂っている。

 

 その周囲には、撃破された機体の残骸が散っていた。

 

 ガンダムを狩るために出てきた十二機の中に、戦い続けられる機体は残っていなかった。

 

『周囲の確認を。追うな』

 

 オーガの指示が飛ぶ。

 

『ダウトの搬送を優先する』

 

 カトラス隊が位置を変えた。

 

 サラマンダーがその外側へ付き、ダウトを運ぶ二機を守る。

 

 ケンは遠ざかっていく残骸を見た。

 

 リーガの姿は、もう見分けられなかった。

 

     ◇

 

「……なんで、ナーベル達が?」

 

 呟くと、ベルーガから返事があった。

 

『私が発信機を押して、呼んでたのよ』

 

 ノンだった。

 

 ケンは顔を上げた。

 

「発信機……?」

 

『別れる時、ナーベルにもらったでしょう。戦闘が始まった時に使ったの』

 

 ナーベルの声が割って入る。

 

『配信も見てたからな。こっちへ向かってる途中で呼び出しが来たんだよ』

 

「……そう、だったんだ」

 

『着いてみりゃ、アンタが一人で暴れ回ってる。驚いたのはアタシの方だ』

 

 ケンは返事に詰まった。

 

 ノンは、ただ戻れと言っていたのではなかった。

 

 救助を進めながら、助けまで呼んでくれていた。

 

 自分には見えていなかったところで、皆が動いていた。

 

「……ありがとう」

 

 小さく言った。

 

『礼は帰ってから聞く』

 

 オーガが答えた。

 

『今は休め』

 

 ケンは頷いた。

 

 操縦桿にしがみついていた指を、ゆっくりと離す。

 

 腕が重かった。

 

 背もたれへ身体を預けると、それだけで目を閉じそうになった。

 

 モニターの向こうに、ベルーガが見えた。

 

 何度も戻ってきた艦が、今はひどく遠く感じられた。

 

     ◇

 

 格納庫では、おやっさん達が回収の準備を整えていた。

 

 運び込まれたダウトを見て、おやっさんの表情が変わる。

 

 装甲の傷。

 

 無理を重ねた関節。

 

 機体を固定する作業を見守りながら、口を固く結んだ。

 

「……よく、これで」

 

 言いかけて、飲み込む。

 

 今は先に、乗っている人間だった。

 

「ケン! 開けられるか!」

 

 呼びかけに、少し遅れてハッチが動いた。

 

 コックピットの中に、ケンがいた。

 

 ヘルメットを被っていない。

 

 髪が汗で額へ張り付き、顔色はひどく悪かった。

 

 こちらを見て何か言おうとしたが、すぐには声が出なかった。

 

「……ただいま」

 

 ようやく聞こえた声は、掠れていた。

 

 ノンが、ハッチの前まで来ていた。

 

 ケンはその顔を見て、視線を落とした。

 

「ノン……」

 

 身体を起こそうとする。

 

 腕に力が入らず、途中で止まった。

 

 おやっさんが手を貸し、ノンも反対側から支える。

 

 シートから離れた途端に、自分の身体の重さを思い出した。

 

 ケンは二人に掴まり、どうにかコックピットを出た。

 

     ◇

 

 ノンは、ケンを見ていた。

 

 顔を。

 

 震えている手を。

 

 目の前に戻ってきた姿を、何度も確かめるように。

 

「……ごめん」

 

 ケンが言った。

 

 ノンの拳が、その胸を叩いた。

 

 ケンは僅かに身を竦めた。

 

「何度……」

 

 声が震える。

 

「何度、戻ってって言ったと思ってるの……!」

 

「……うん」

 

 もう一度、胸を叩かれた。

 

 その拳には、強い力は入っていなかった。

 

「返事もしなくなるし……撃たれてるのに、帰れないって……!」

 

 ノンが顔を上げた。

 

 涙が頬を伝っていた。

 

「ホントに心配したんだから!」

 

 ケンは何も言えなくなった。

 

 戦場で聞いていた声。

 

 怒っていると思った。

 

 怒っていた。

 

 けれど、それだけではなかった。

 

 目の前にいるノンを見て、ようやくそのことが分かった。

 

「……ごめん」

 

 もう一度言った。

 

 ノンの手が、ケンのノーマルスーツを掴む。

 

 ケンはその手へ、自分の手を重ねた。

 

 うまく力が入らない。

 

 それでも、離さなかった。

 

     ◇

 

「おいおい。説教は後にしてやんな」

 

 格納庫に、大きな声が響いた。

 

 ケンが顔を上げる。

 

 ナーベルが歩いてきた。

 

 その少し後ろには、オーガが黙って立っている。

 

 赤い髪も、遠慮のない歩き方も、記憶のままだった。

 

 ケンは口を開いた。

 

「ナーベル……オーガも」

 

「ひっでぇ顔だな」

 

 ナーベルはそう言って、ケンの前に立った。

 

 いつものように笑いかけ、途中で少しだけ表情を緩める。

 

「……よく持ち堪えたじゃないか」

 

 ケンは俯いた。

 

 助けてもらったこと。

 

 リーガが爆発したこと。

 

 言いたいことが幾つもあった。

 

 だが、今は言葉をまとめる力が残っていなかった。

 

「ありがとう」

 

 それだけを口にした。

 

 ナーベルが頷く。

 

「貸しにしとくよ」

 

 その後ろで、オーガがおやっさんへ声を掛けた。

 

「先に休ませた方がいい」

 

「ああ。話は後だ」

 

 ケンの身体が、支え直された。

 

 ノンの手は、まだ離れなかった。

 

 歩き出す前に、ケンは一度だけダウトを振り返った。

 

 傷だらけの機体が、格納庫に収まっている。

 

 もう、銃口を探さなくてもよかった。

 

 次に誰が撃たれるのかと、モニターを見回す必要もない。

 

「……アイも、ありがと」

 

 小さく呟いた。

 

 ノンに促され、前を向く。

 

 帰ってきたのだと分かった途端、目の奥が熱くなった。

 

 ケンは俯き、支えてくれる手に身体を預けた。




サラマンダー(赤)

【挿絵表示】
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