機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ベルーガ格納庫。
ガンダムダウトの前では整備班が慌ただしく作業を続けていた。
とは言っても修理と呼べるようなものではない。
失われた左肩装甲の上から予備の装甲板を無理やり固定しているだけだ。
本来ならフレーム点検から始めるべきなのだろうが、そんな時間はない。
決闘開始まで残り三十分。
整備班に出来るのは応急処置だけだった。
「よし!固定完了!」
整備員の声が響く。
ガンダムダウトの左肩には継ぎ接ぎだらけの装甲板。
ケンはそれを見て顔を引きつらせた。
「大丈夫なんですかこれ……」
「大丈夫じゃねぇな」
即答だった。
振り返るとおやっさんが腕を組んで立っている。
「えぇ……」
「だが今出来る事はやった」
そう言うとおやっさんは格納庫の大型モニターを操作した。
映し出されたのは一機のMS。
ソリダスによく似ている。
だが全体的に一回り大きく、肩も胸も分厚い。
「相手の機体だ」
「グラディウス」
「グラディウス?」
ケンは聞き返した。
「前大戦中にコロニー連合が使ってた強襲用MSだ」
「今のソリダスの前身みたいな機体だな」
画面には旧式機の資料が映し出される。
確かにどこかソリダスに似ていた。
だが今のソリダスよりずっと重そうだ。
「ソリダスは避ける機体だ」
「だがこいつは違う」
「装甲で受けながら突っ込む」
「そんな時代の機体だった」
おやっさんは肩を竦める。
「主機出力はソリダスとそう変わらねぇ」
「だが重い」
「だから機動力は今のソリダスに劣る」
ケンは資料を見ながら頷いた。
なるほど。
だからどことなく古臭く見えるのか。
「戦後は退役して民間に払い下げられたり、訓練機になったりだな」
「今でも乗ってる連中はいるがな」
そう言うとおやっさんはガンダムダウトの左肩を軽く叩く。
「ガンダムなら性能で遅れは取らねぇ」
「問題は装甲だ」
左肩。
応急装甲。
ボルト止め。
誰が見ても不安しかない。
「攻撃だけは貰うなよ」
「無茶言わないでくださいよ……」
「そんな目してもなるようにしかならん」
おやっさんは笑った。
「行ってこい」
その時だった。
通信回線が開く。
『ケン』
ノンだった。
「はい」
『準備は?』
「全然です」
『そう』
「そうじゃないですよ」
ケンは思わず抗議した。
「俺ただの学生なんですけど」
『知ってるわ』
「相手は海賊ですよ?」
『知ってるわよ』
「海賊の船長と決闘とか意味分かんないんですけど」
『私だって意味分かってないわ』
即答だった。
少しだけ安心する。
自分だけじゃなかったらしい。
『でも』
ノンが続ける。
『負けたらベルーガも取られるのよ』
『ガンダムも』
『だから勝ちなさい』
「簡単に言うなぁ……」
『簡単じゃないから言ってるの』
ノンらしい言葉だった。
その時。
艦内放送が鳴る。
メイド長の声が艦内に響く
『決闘開始まで10分です』
『パイロットは発進準備をお願いします』
格納庫の空気が変わる。
いよいよだった。
ケンは深く息を吐く。
ガンダムダウトを見る。
自分が貼り付けたジャンク装甲。
左右は非対称。
継ぎ接ぎだらけ。
元々は動画撮影の為に作ったハリボテ。
それが今では自分の命を預ける機体になっている。
本当に人生何があるか分からない。
「行ってきます」
誰に向けた言葉か分からない。
おやっさんが頷く。
整備班も頷く。
通信の向こうでノンも黙っていた。
ケンはコックピットへ乗り込む。
シートに身体を預ける。
モニター起動。
システムチェック開始。
左肩損傷。
応急修理完了。
武装確認。
ライフル一丁。
ナイフ一本。
以上。
「心細いなぁ……」
思わず本音が漏れる。
その時。
モニターにグレアーの顔が映った。
『坊主』
『すいやせんね』
「またそれですか」
『本当にそう思ってやしてね』
『勢いで受けちまいやした』
「知ってます」
『終わったら飯でも奢りやす』
「安いなぁ」
『デザート付きで』
「ちょっと嬉しいです、プリンでお願いします」
グレアーが笑う。
ケンも少しだけ笑った。
『頼みやすぜ』
「やるだけやってきます」
固定アーム解除。
カタパルト接続。
発進シークエンス開始。
五。
四。
三。
二。
一。
「ガンダムダウト」
「ケン=大神」
「出ます!」
轟音。
身体を押し付ける加速。
ガンダムダウトが宇宙空間へと射出される。
暗礁宙域。
正面には海賊艦隊。
そしてその前方に一機のMSが待っていた。
黒い機体。
ソリダスによく似ているMS、先程資料でみたグラディウス。
だが肩は大きく、全体的に重厚だ。
頭部には大型の角のような装備。
背部には何かを背負っているようにも見える。
『聞こえるかいガンダムの坊や』
通信が開く。
女の声。
海賊の船長。
ナーベルだった。
「聞こえてます」
『そいつが噂のガンダムかい?』
「一応」
『一応ってなんだい』
「俺もよく分かってないんで……」
数秒の沈黙。
そして。
『アッハハハハハ!!』
豪快な笑い声が響いた。
『面白い坊やだねぇ!』
ケンは苦笑する。
『アタシはナーベル・シーマ』
『レイス・ハウンドの船長さ!』
その時。
ケンは相手の機体を見ながら首を傾げた。
「あれ……?」
「グラディウス?」
『おっ』
ナーベルが嬉しそうな声を出す。
『分かるのかい』
「さっきベルーガでデータベースで見てきました」
『そうさね』
『元はグラディウスさ』
ナーベルの機体がゆっくり前へ出る。
『そいつを海賊仕様に改造した』
『カトラスってMSだよ!』
「カトラス……」
『アタシのは特別製でね』
『カトラス・キャプテン』
『船長機ってやつさ!』
そう言うと黒い機体が胸を張るように両腕を広げた。
どこか自慢げだった。
だが。
その機体から感じる圧力は本物だった。
ケンは唾を飲み込む。
人生初の決闘。
相手は百戦錬磨の海賊船長。
逃げるわけにはいかない。
『ルールは簡単さ』
ナーベルが言う。
『降参するか』
『行動不能になった方の負け』
『恨みっこなし』
「分かりました」
『よし』
ナーベルが笑う。
『それじゃ始めようかい!』
次の瞬間。
カトラス・キャプテンのスラスターが青白く輝いた。
『よし』
ナーベルが笑う。
『それじゃ始めようかい!』
次の瞬間。
カトラス・キャプテンのスラスターが青白く輝いた。
「速っ!?」
ケンが叫ぶ。
重装甲機とは思えない加速だった。
一直線。
ただ真っ直ぐ。
だが速い。
カトラス・キャプテンは二本のヒートカトラスを抜き放つ。
赤熱した刃が宇宙空間を切り裂いた。
「うわぁぁぁっ!!」
慌てて回避するガンダムダウト。
だがナーベルは止まらない。
右。
左。
下。
上。
まるで獣だった。
『どうした坊や!』
『そんなんじゃガンダムが泣くよ!!』
「うるさいなぁ!!」
ケンは必死だった。
ライフルを構える。
発砲。
だが当たらない。
カトラス・キャプテンは僅かに機体を傾けるだけで回避する。
逆に距離を詰められる。
「くそっ!」
ケンはスラスターを吹かす。
狙いは一つ。
接触。
触れてしまえば終わる。
ダウトのハッキング機能。
それさえ決まれば勝てる。
だが。
『バレバレだよ坊や!』
ヒートカトラスが振り下ろされる。
ガンダムダウトは後退。
更に追撃。
『ガンダムの機能かなんかかぁ!?』
『やれるもんならやってみな!!』
ナーベルは笑っていた。
完全に見抜かれている。
ベルーガのブリッジ。
「駄目ね」
ノンが唇を噛む。
「全部読まれてる」
『まぁ坊主の考えそうな事ですからねぇ』
グレアーが苦笑する。
『接触して終わり』
『素人でも分かる作戦でさぁ』
「笑い事じゃないわよ!」
ノンが怒鳴る。
モニターの中では一方的だった。
ガンダムダウトは追い回されている。
『坊主ぉぉ!!』
おやっさんが格納庫で叫ぶ。
『その左肩は高いんだぞぉぉ!!』
「そこですか!?」
整備員がツッコむ。
宇宙空間。
カトラス・キャプテンが急接近。
二刀のヒートカトラスが閃く。
一撃。
二撃。
三撃。
火花が散る。
ガンダムダウトの装甲が削れていく。
『ほらほら!!』
『どうしたガンダム!!』
『そんなもんかい!!』
ナーベルは楽しそうだった。
まるで子供だ。
だが強い。
圧倒的に強い。
実戦経験の差。
海賊として生き抜いてきた経験。
ケンには見えない動きをしてくる。
「くっ……!」
必死に追う。
必死に近付く。
だが届かない。
その時だった。
ヒートカトラスが左肩を捉える。
閃光。
爆発。
そして。
ドゴォッ!!
先程取り付けたばかりの左肩装甲が吹き飛んだ。
『あぁぁぁぁぁっ!!』
ベルーガ格納庫。
おやっさんと整備班の悲鳴が響く。
『俺達の三十分がぁぁぁぁぁ!!』
『まだローン残ってるんですよぉ!!』
「そこなんだ……」
ケンは呆れた。
だがそんな余裕は一瞬だった。
カトラス・キャプテンが再び迫る。
『終わりだよ坊や!!』
二刀のヒートカトラス。
そして。
額のヒートホーンが赤熱する。
『これで決める!!』
カトラス・キャプテンが突撃する。
だが。
その瞬間だった。
ガンダムダウトのモニターに文字が浮かぶ。
アシストモード
起動
ケンの身体がシートへ固定される。
「来た……!」
ガンダムダウトが動く。
今までとは別物だった。
スルリと。
本当にスルリと。
ヒートホーンの突撃を回避する。
『なっ!?』
ナーベルが初めて驚いた。
そのままガンダムダウトが背後へ回り込む。
『ちっ』
『やっと本気って訳かい!!』
カトラス・キャプテンが反転。
そして。
ここからが本当の勝負だった。
ガンダムダウトが急加速する。
今までのケンには不可能な機動。
急停止。
急旋回。
急加速。
機体が悲鳴を上げる。
カトラス・キャプテンも負けない。
二刀のヒートカトラスで迎撃する。
火花。
爆発。
残像。
二機は宇宙空間を縦横無尽に駆け回る。
『ははっ!!』
『いいじゃないか!!』
ナーベルは笑う。
本気だった。
心から楽しんでいた。
『来な!!ガンダム!!』
『もっとだ!!』
ガンダムダウトが迫る。
カトラス・キャプテンが回避する。
更に追う。
更に逃げる。
限界機動。
バックパックが悲鳴を上げる。
警報。
温度上昇。
推力低下。
それでもナーベルは止まらない。
『まだだぁぁぁっ!!』
叫ぶ。
だが。
限界だった。
バックパックが火花を吹く。
そして。
停止。
『あ』
ナーベルが呟いた。
次の瞬間。
カトラス・キャプテンの推進器が完全停止した。
宇宙空間を漂う。
『オーバーヒート!?』
ベルーガのブリッジ。
ノンが立ち上がる。
『勝負ありでさぁ』
グレアーが呟いた。
ガンダムダウトがゆっくり近付く。
カトラス・キャプテンは動かない。
そのまま。
右手が機体へ触れる。
ハッキング開始。
カトラス・キャプテンのモノアイが消える。
機能停止。
完全沈黙。
勝負は決まった。
だが。
『アタシはまだ負けてねぇぞ!!』
ナーベルの怒鳴り声が響く。
『降参してない!!』
『さぁ!!』
『死ぬまでやろうじゃないか!!』
「いやもう動けないですよね!?」
ケンがツッコむ。
『うるさい!!』
『気合いで動かすんだよ!!』
「無茶苦茶だな!?」
その時だった。
別のカトラスが二機の間へ割り込む。
長距離ライフルを装備した黒い機体。
『そこまでです船長』
落ち着いた男の声。
『オーガ!!』
『うるさいです』
ゴンッ!!
通信越しでも分かる勢いで。
オーガのカトラスがカトラス・キャプテンの頭を殴った。
『いったぁ!?』
『勝負は終わりました』
『終わってねぇ!まだだ!』
『いえ、終わりました』
『まだ』
『終わりました』
『うぐっ』
完全に尻に敷かれている。
オーガはため息を吐いた。
そしてガンダムダウトへ向き直る。
『失礼した』
『うちの船長は熱くなるとこれでして』
ケンは苦笑した。
『勝負はこちらの負けでいい』
『約束通り歓迎しよう』
その言葉にベルーガのブリッジから歓声が上がる。
ケンは大きく息を吐いた。
気付けば汗だくだった。
人生初の決闘。
その勝者は。
ガンダムダウトだった。