王国滅亡前、魔導王陛下との会談に向かったザナック王子。
これは、もしその会談がもう少しだけ長く続いていたら、という友情ifの読み切りです。



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第1話

 

 

 

俺は、死ぬ。

 

そう、覚悟して魔導国側の天幕に向かった。馬を走らせる。風が頬を掠め、鎧の隙間を冷たく抜けていく。背後には王国の兵がいる。俺が守れなかった者たちと、まだ守れるかもしれない者たちがいる。戻れる保証などない。むしろ、戻れないと思った方がいい。それでも、行かねばならなかった。少し離れたところで馬を止める。手綱を握る指先が、わずかに強張っていることに気づいた。情けない。死を覚悟したつもりでいても、体はまだ生きようとしている。俺は息を吸い、魔法石を握りしめた。拡声された己の声が、敵陣へ向かって響く。

「リ・エスティーゼ王国王子。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフである。魔導王陛下と、一対一で話がしたい」

舐められないよう低く声を張り、けれど威圧し過ぎない程度に収める。

 

──────

 

「お初にお目にかかる。魔導王陛下。私はザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します」

馬上から颯爽と降りた魔導王陛下に向かって頭を下げた。視界の端で、黒いローブの裾が揺れる。人ならざる巨躯。骨だけの顔。眼窩に灯る赤い光。噂で聞くよりも、はるかに恐ろしい。

「こちらこそお初にお目にかかる、殿下。アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。よろしく頼む。」

俺は魔導王陛下の恐ろしさに慄いた。圧倒的な体格差、余裕。陛下はいつでも俺を殺せる。ここで俺の首が落ちようと、あの赤い光は瞬きひとつしないだろう。覚悟が揺らぎそうになる。

「さて、立ったまま喋るというのはあれだな……」

魔導王陛下は魔法により黒い玉座を出した。無から創造されたそれに俺は思わず息を呑む。後退りたいのを押し堪えて一歩踏み出した。

「あれに座って話そうじゃないか。どうだね?」

ふと、魔導王陛下の声色が思いのほか穏やかなことに気付く。恐怖を煽るための甘い声か。あるいは、本当にそういう話し方なのか。分からない。だが、油断はならない。

「喜んで、陛下」

「水でかまわないかね?」

席に着けば水を出され、俺は受け取った。

「はい、ありがとうございます。陛下。喜んでいただきます」

「さて、これで話を始める準備は整った。それでは何を語る? 我々の侵攻が正義であることでも語ろうか?」

淡々と言った陛下に首を振る。

「いえ……陛下。それよりも伺いたいことがございます。何故これほど残酷なことをなさるのですか? 何故私どもの降伏を認めないのですか?」

その眼窩の赤い光が横に揺れた。

「メリットがないからだ」

「メリット?」

「君達は私達の生け贄となり、今後多くの者たちに魔導国と敵対する愚かさを知ってもらう。そのためにも私達は君達を殲滅後、王都に乗り込み、そこにある全てを瓦礫の山に変える。数百年でも数千年でもそのままにし、未来永劫魔導国に盾ついた愚かさを語り継がせるつもりだ」

魔導王陛下の口から紡がれるのは聞いたことを後悔したほどな回答だ。

「何故、なのでしょう」

「なに?」

「……そのようなことをしなくても、多くの者に陛下のご威光を知らしめることはできましょう」

何故。どうしてこの国なんだ。どうしてこんな形なんだ。恐怖より先に、疑問が口を突いた。止めるべきだったのかもしれない。けれど、俺はこのために来たのだ。聞かずに帰ることなどできない。

「どうして、そのように狭量なのですか?」

「……狭量、か」

陛下の声で一瞬我に返り、自分の発言に焦る。敵国の王に向かって、なんという言葉を吐いたのか。首を刎ねられても文句は言えない。けれどもう止まれない。

「……何を狙っているのですか?」

「何を狙っているのか……」

沈黙。その長さに俺はどれだけ極悪な答えだとしても動揺しない心づもりでいた。世界征服。永遠の支配。人類への憎悪。どんな言葉が返ってきても受け止めるつもりだった。

「何を狙っているか。難しいようで簡単なことだな。私が狙っている……求めているものはたった一つ。幸せだ。」

「幸せ?」

拍子抜けだ。この骸骨の化け物が"幸せになりたい"だなんて。あまりに人間じみていて、あまりに平凡で、だからこそ一瞬理解が遅れた。もっと恐ろしい言葉を想定していた分だけ、その答えは妙に胸の奥へ落ちた。

「人であろうとなんだろうと、求めるのはやはり幸せ……なんじゃないかな?」

ここまでずっと、魔導王陛下の声色は穏やかなままだ。殺戮を語る時も、幸福を語る時も、同じ声だった。それが恐ろしいのか、それとも誠実なのか、俺には判断できなかった。

「そのためであれば、他者の幸せを奪ってもよいと……?」

「当然じゃないか。私の大切な者達が幸せになるためならそれ以外の者などどうなろうとかまわない……。君だって自国の民の幸せと引き換えに他国の者達が苦しむとしたらどうする? 幸せを諦めろというのかい?」

「っ……極論だ!」

そうとしか言えなかった。何も反論できるはずがない。この俺が、何よりそう行動して来たからだ。多くの民が助かるためならと罪の無い貴族を差し出そうとした、国の為未来の為と今まで沢山のものを切り捨てて来た。俺は魔導王陛下を責めながら、同じ天秤を使っていた。規模が違うだけだ。力が足りなかっただけだ。俺にも、守りたいもののために捨てたものがある。

「失礼しました、陛下」

「いや、気にすることはない」

「……魔導王陛下ほどの知恵と力を持たれる方が、それ以外の方法をお持ちではないのですか?」

陛下は指を組んだ。

「……あるかもしれない。だが目の前に簡単に幸せを手にする手段があるなら、それに飛びついた方がよい。"幸運の女神に後ろ髪はない"だったか?」

後ろ髪が無い女神、か。陛下はそれを信仰しているのか? アンデッドの神なのか? 緊迫した場だというのに、頭の片隅に妙な想像が浮かんでしまった。

「変わった女神ですね」

想像するとだいぶ不格好な女神だが……。

「あっ、失礼……別に陛下の信仰する神を愚弄するつもりはございませんでした。……お許しください」

表情も姿勢も引き締めた。

「気にしないでくれ、特に信仰しているわけではないからな」

陛下は手を挙げて否定した。信仰していないのか。では、陛下の故郷で有名な神なのか。ほんのわずか、会話の温度が変わった気がした。相手は化け物だ。敵だ。これから王国を滅ぼす者だ。それでも今この瞬間だけは、ただ言葉を交わしている。その事実が、妙に不思議だった。

「さて、そういうわけだ。私の守るべき者の幸せのために君達には不幸になってもらう。納得できたかね?」

「ハァ……そうですね……自国の利益を追求し、自らに従う者達を幸せにすることこそ上に立つ者の役目と言えます……。降伏を認めない理由も分かりました。……どうしようもないということが」

彼は、王だ。間違いなく。俺なんぞより王に向いている。俺は同じように出来なかった。切り捨てきれなくて、公正さを欠いた判断をした。国を救うためと言いながら、結局は俺自身の情を捨てきれなかった。……父上のことをとやかく言えないな。あの人の弱さを、俺は愚かだと思っていた。

けれど俺の中にも、同じものがある。認めたくはないが、そうなのだろう。

「さて、次は私が質問する番かもしれないんだが……そうだ、ガゼフ・ストロノーフの持っていた剣は今、誰が持っているんだ? その鎧も彼が着ていたものだろう」

「はい、剣はブレイン・アングラウスという男が預かるという形で持っています」

「ブレイン・アングラウス? ああ、あの男は今回こちらに来ているのか?」

「いえ、王城に残っているはずです」

「そうか、なら君達をどのような魔法で全滅させたとしても何も問題はないな」

陛下は納得したように言った。あまりにも自然な声だった。まるで、食卓の献立を決めるような調子で俺たちの死を確認する。流石にもう笑うしかない。

「負けるつもりはございませんが、あまり苦しくない魔法で優しく殺していただけると幸いです」

「ふむ、そうだな」

陛下は頷いた。冗談のつもりなんだが。いや、半分は本気だったのかもしれない。人は死ぬ。俺も死ぬ。ならばせめて、苦しまずに死にたいと思うのは、そんなにおかしなことではないだろう。

「せっかくここまで話した仲だ。君ぐらいはできるだけ優しく殺すとしよう」

優しく殺す、か。奇妙な言葉だ。

けれど不思議と、侮辱には聞こえなかった。

この御方は本当にそうするのだろう。

敵である俺に対して、約束を破る理由もない。破る必要もない。魔導王陛下の口から出たその言葉は、冷たい慈悲のように俺の胸へ落ちた。まぁ……頑張った方だな、俺。貴族らには悪いが、俺にとっては大収穫だ。降伏は認められない。王国は滅びる。そこに救いはなかった。それでも、俺はこの怪物の中に、ただの怪物ではない何かを見た。

「ハハッ……感謝いたします」

コップを手に取り、残っていた水を一気に流し込む。喉が渇いていた。いつの間にか、ひどく。冷たい水が喉を通り、胃に落ちていく。生きている、と思った。こんな場で、こんな相手の前で、まだ俺の体は水を欲している。その時、何故か魔導王陛下が驚いているように見えた。骸骨だし表情はない。けれど、俺には見えた。一瞬、予想外と、気にかけたような仕草。もしかすると、毒を疑うべきだったのかもしれない。敵から出された水を飲み干すなど、王族としては愚かな行為だ。だが、ここで俺を殺すつもりなら、陛下はもっと容易くそうできる。毒など使う必要がない。

それに、俺はこの水を残したくなかった。この会談が偽りだけではなかったと、言葉だけでなく態度で示したかった。

「……おいしかったです、陛下」

安心させるように微笑んだ。

「……そうか」

魔導王陛下は、短くそう言った。それだけだった。けれど俺には、その一言が、先ほどまでの会話とは少し違う響きを持っているように聞こえた。気のせいかもしれない。骸骨の顔に表情などない。声も、相変わらず穏やかで、底の読めないものだった。けれど、赤い光がほんのわずか揺れた。

「君は、不思議な男だな」

「私が、ですか?」

「そうだ。毒を疑わず、私の出した水を飲み干した。敵である私に礼まで言う。恐怖していないわけではないだろうに」

「恐怖ならしております」

思わず、正直に答えていた。

「今すぐ首を刎ねられてもおかしくない場所にいますので。むしろ恐怖していない方がおかしいでしょう」

「では、なぜ飲んだ?」

「陛下が私を殺すおつもりなら、毒など使う必要がございません」

「合理的だな」

「それに……」

言いかけて、少し迷った。言う必要のないことだ。敵に胸の内を明かして何になる。だが、不思議と隠す気になれなかった。この会談はもう、ただ降伏を願い出るだけの場ではなくなっている気がした。

「それに、陛下はわざわざ水を出してくださった。それを残すのは、失礼かと」

「……失礼」

魔導王陛下は、まるでその言葉を味わうように繰り返した。

「私に対して、か」

「はい」

「私は君の国を滅ぼす王だぞ」

「承知しております」

「君の民を殺す」

「……承知しております」

「君自身も、殺すことになるだろう」

「それも、承知しております」

喉の奥がわずかに苦しい。分かっている。分かっていてここにいる。言葉にされると、体の内側が冷えるようだった。それでも視線を逸らすわけにはいかなかった。

「それでも、礼は礼です。陛下が私を敵として扱うことと、私が受けたものに礼を述べることは、別の話でしょう」

「……ふむ」

魔導王陛下は、組んだ指をゆっくりと動かした。

「面白い」

面白い、か。

褒められたのか、獲物として興味を持たれたのか分からない。だが、不思議と嫌な響きではなかった。

「ザナック」

名を呼ばれた。

殿下でも、王子でもなく、ただ名を。ほんの一瞬、胸の奥が奇妙に跳ねた。敵国の王に名を呼ばれただけだというのに、なぜだろう。そこには侮蔑も嘲弄もなかった。ただ、目の前の者を見定めようとする響きがあった。

「君に、もう一つ聞いてもいいかね」

「……私で答えられることでしたら」

本来なら、ここで終わりのはずだった。聞きたいことは聞いた。降伏は認められない。王国は滅びる。俺は陣に戻り、残った時間でできる限りのことをする。それだけのはずだった。けれど魔導王陛下は、俺を帰そうとしなかった。いや、違う。帰さないのではない。まだ、話そうとしている。

「君にとって、幸せとは何だ?」

あまりにも唐突な問いだった。俺は一度瞬きをした。戦場の只中で、自分の王国を滅ぼそうとしている魔導王から、自分の幸福を問われるなど、誰が想像するだろう。

「……難しい質問ですね」

「先ほど私は答えた。今度は君の番だ」

そう言われてしまえば、逃げるわけにもいかない。幸せ。王子としての幸福か。王国の民の幸福か。俺個人の幸福か。そんなものを考えたことがなかった、と言えば嘘になる。だが、それを真正面から問われたことはなかった。

「民が飢えず、怯えず、明日を迎えられること。父上が、兄上が、妹が……それぞれ無事でいること。国が、国として残ること」

「それは王族としての答えだな」

「王族ですので」

俺は微笑んだ。

「では、君個人としては?」

個人。その言葉が、妙に鋭く胸に刺さった。俺は王子だ。ヴァイセルフ王家の血を引く者だ。国を思い、父を支え、兄を見張り、妹を警戒し、貴族どもの顔色を読み、どこにも属せず、どこにも届かず、それでも王国のために動く。それが俺だ。では、その奥にいる俺自身は、何を望んでいた?

「……さあ」

口から出たのは、なんとも情けない答えだった。

「考えたことがありません」

「本当に?」

「考えても、仕方のないことですから」

魔導王陛下の赤い光が、静かに俺を見ている。

「王族は、望むものを選べる立場に見える。だが実際には、選べぬものばかりです。生まれた家も、立場も、負うべき責任も。私個人の幸せなど、優先順位としては最後でしょう」

「それは、君が諦めているだけではないのか?」

鋭い。思わず息を止めた。この御方は、恐ろしいことを言う。剣で斬るよりも、魔法で焼くよりも、よほどたやすく胸の内へ踏み込んでくる。

「……陛下も、先ほど仰ったではありませんか。大切な者たちの幸せのためなら、それ以外はどうなっても構わないと」

「ああ」

「ならば私も同じです。私にとっては、王国が優先です」

「では、君自身は"それ以外"なのか?」

言葉が出なかった。少し離れたところに兵がいるはずなのに。ここだけが、異様に静かだった。

君自身は、それ以外なのか。

そんなことを、敵に問われるとは思わなかった。

「……陛下は、随分と意地の悪いことを仰る」

「そうかもしれないな」

「否定なさらないのですね」

「君がそう感じたのなら、そうなのだろう」

穏やかな声だった。なぜだ。なぜこの御方は、こんなにも穏やかに話すのだろう。なぜ、俺の言葉を聞くのだろう。なぜ、俺という人間を見ようとするのだろう。王国では、誰もそんなことはしなかった。俺が何を考えているかなど、知ろうともしなかった。出来損ないの第二王子。目つきの悪い小太りの王子。兄ほどの威もなく、妹ほどの才もなく、父に似た温かさもない。そう見られることには慣れていた。慣れていたはずなのに。よりにもよって、王国を滅ぼす魔導王が、俺自身の幸福を問うのか。笑えてくる。

「……陛下」

「なんだね」

「私達は……敵でなければ、もう少し気安く話せたかもしれません」

言ってから、自分で驚いた。本当に何を言っているんだ、俺は。だが魔導王陛下は怒らなかった。笑いもしなかった。ただ、少しだけ沈黙した。

「そうだな」

その返答は、あまりにも静かだった。

「私も、そう思う」

胸の奥が、変なふうに痛んだ。この御方は敵だ。俺の国を滅ぼす。民を殺す。俺も殺す。決して許せる相手ではない。それなのに、ほんの一瞬だけ、思ってしまった。もしも戦場でなければ。もしも国と国の間に、どうしようもない断絶がなければ。もしも、ただ一人の男として、もう少し話すことが許されたなら。

「……ですが、陛下」

俺は口元に笑みを作ったつもりだ。いつもの不遜な、王子らしい笑みを。

「残念ながら、我々は敵同士です」

「ああ」

「私は王国の王子として戻ります。兵の前に立ちます。逃げるつもりはありません」

「分かっている」

「ですので、次にお会いする時は……」

言葉が一瞬止まった。喉が乾く。先ほど水を飲んだばかりなのに。

「戦場でしょう」

「そうなるだろうな」

「その時は、先ほどの約束をお忘れなく」

「君をできるだけ優しく殺すという約束か」

改めて言葉にされると、やはり奇妙だった。優しく殺す。残酷で、慈悲深くて、どうしようもなく矛盾した約束。

「覚えている」

魔導王陛下は言った。

「私は、約束は守る。"リ・エスティーゼ王国第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ、君を殺す"」

それが、なぜだか救いのように聞こえた。俺は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。

「長くお時間をいただき、ありがとうございました。魔導王陛下」

「こちらこそ、良い会話だった。ザナック」

また、名を呼ばれた。俺は顔を上げ、魔導王陛下を見る。恐ろしい姿だ。圧倒的な力を持つ化け物だ。王国を滅ぼす敵だ。けれど。

「……私も、そう思います」

それだけ言って、俺は背を向けた。不思議と、最初に来た時より足は震えていなかった。死への恐怖が消えたわけではない。王国の未来が明るくなったわけでもない。むしろ、分かったのは絶望だけだ。それでも俺は、来る前とは違うものを胸に抱えていた。敵陣で交わした、あり得なかったはずの会話。そして、優しい死の約束を。

 

──────

戦場は静かだった。いや、本当は静かなどではなかったのだろう。兵たちの息遣い、鎧の擦れる音、馬の嘶き、遠くで誰かが呻く声。すべて確かに聞こえている。だがそれらは、どこか薄い膜の向こう側にあるようだった。俺の耳に一番強く残っていたのは、少し前に交わした言葉だけだ。

──私は、約束は守る。

魔導王陛下の声が、何度も胸の内で響く。あの御方は敵だ。王国を滅ぼす者だ。俺の民を殺し、俺自身をも殺す者だ。許せるはずがない。許してよいはずもない。それでも、俺は知ってしまった。あの骸骨の王が、ただ死を撒く化け物ではないことを。幸福を求める王であり、守るべき者を持つ支配者であり、そして──ほんの短い間だけ、俺という人間に問いを投げた相手であることを。剣の柄に手をかける。ガゼフ・ストロノーフの鎧が、冷たい重みをもって俺の体を包んでいた。英雄の鎧など、俺には過ぎたものだ。だが今だけは、この重さがありがたかった。自分の足で立っているのだと、嫌でも分からせてくれる。

前方の空気が揺れた。

兵たちがざわめく。誰かが短く悲鳴を上げた。俺は目を細める。黒い影が、ゆっくりと近づいてくる。黒衣。巨躯。骸骨。赤く揺れる眼窩。魔導王陛下だった。周りにいた兵がバタバタと倒れて動かなくなっていく。俺は剣を抜いた。刃が鞘を離れる音が、やけにはっきりと聞こえた。勝てるはずがない。俺の剣など、あの御方には届かないだろう。届いたところで、傷一つつけられるかも怪しい。それでも、抜かねばならない。俺はこの国の王子だ。守れなかったものがある。救えなかった者たちがいる。だからせめて最後くらいは、ちゃんと、王子として立たねばならない。魔導王陛下が足を止めた。俺たちの間に、風が吹いた。血と土と鉄の匂いが混じった風だった。

「ザナック」

また、名を呼ばれた。会談の時と同じ声だった。穏やかで、底が見えず、けれど不思議と嘲りのない声。俺は笑った。

「お待ちしておりました、魔導王陛下」

声は震えていない。

「ああ、待たせたな。それでは、どうする?」

「もう私達しかおりません。気にする事はないでしょう」

「なら……始めるか」

魔導王陛下は本当に律儀だ。俺なんぞすぐに殺せるだろうに、俺が斬りかかるまで待ってくださる。

「では……」

俺が剣を振り上げると同時に魔導王陛下は手をかざした。黒衣の裾が揺れた。魔導王陛下は口を開く。

「──トゥルー・デス」

骸骨の体に刃が届く前にわざと手放した剣は地面に転がり落ちる。

「ありがとう……アインズ殿」

重なり合った布の中に体が崩れ落ちた。

「…………は?」

視界は暗い。手足の感覚もない。痛みもない。たしかに、優しい。意識がブツリと絶たれる。

「………………馬鹿だな」

 

 

 

 

死んだ。魔導王陛下の声も、沈むように消えていった。

──そして、俺は目覚めた。

 

 





これは本編とは別世界線の、友情if読み切りです。恋愛要素は薄めですが、私のアイザナ解釈の入口として書きました。
蘇生if・恋愛ifのアイザナ長編も書いているので、気になった方はそちらも読んでもらえたら嬉しいです。

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