ベテラン俳優の何気ない一言が、
一人の男の心をかき乱す。
彼の名は鶴田。
「若い役者さん」を彼女に持つ彼に、
このベテラン俳優の言葉は余りにも衝撃的であった。
「最近の若手はベッドシーンの時、本当にヤッちゃってるからスゴイよね」
名俳優として数々の映画やドラマに出ているベテラン俳優が
テレビのトーク番組でその様に話しているのを聞いて、
鶴田はザワザワする心を抑えられずにいた。
何故なら彼の恋人、曽根華美は目下売り出し中の新人女優だからだ。
元々、華美とは中学の演劇部で知り合った。
彼女が中学に上がり、演劇部の門を叩いた時、
鶴田は2年生で、彼自身は演技力の無さから裏方専門に回っていた。
一方、華美は、整った容姿に、演劇に対する真摯な姿勢から、
入部してすぐにメインどころの役を任される様になっていた。
しかし、部の中では少し、浮いた存在であった事は否めない。
本物志向の華美はことある事に、こだわりを見せ、
入学間もない頃から、演技について先輩たちとやり合っていたのだ。
すぐに華美は部活内で孤立した。
排除されなかったのは、華美の容姿と演技力の賜物であった。
そんな様子だったので、当然、小道具やセットにもこだわりを見せ、
裏方の鶴田とも何度か衝突した。
しかし、ある時、
「この芝居には、黒いダイヤル式の電話じゃないと世界観が壊れる」
と主張すした華美が、それならば自分で調達しろと丸投げされた時に、
一緒に近所のリサイクルショップやアンティークショップを
回ってやってから、距離が縮まり、何かと頼られる事になった。
鶴田のとりなしもあり、華美も、
少しずつ、部活内での立ち回り方も覚えていった。
その後、鶴田が卒業するまで、楽しく部活の先輩と後輩として
2年間を過ごした。
鶴田が高校に上がってからは特に交流もなく過ごしたが、
大人になり、鶴田が広告代理店に入社してすぐの頃、
たまたまCMの撮影に参加していた華美と再会する。
懐かしさにその日飲みに行ったのがきっかけで付き合う事になった。
当時はまだ端役の仕事しか無い売れない役者だった華美も、
持ち前の芝居に熱く取り組む姿勢と体当たりな演技が評価され、
準主役級の仕事も最近では増えて来た。
それは鶴田も嬉しいのだが、
やはり彼氏としては、ラブシーン、特にベッドシーンを
テレビで観てしまうと、正直、心中穏やかではいられなかった。
そんな時、先程のベテラン俳優のコメントを聞いたものだから、
心の中は嫉妬の嵐で叫び出したいほど。
事実、華美のベッドシーンは少々リアルに感じる。
恋人同士の営みを普段行っている鶴田の目から見ても、
「え?入ってない?」
と不信に思えるほどである。
何度か、華美自身にも問い正した事もあったが、
「えー、ただの演技だよ。心配し過ぎだよー」
と真面目には取り合ってくれなかった。
その様子は不自然なほど、自然で嘘では無いと
信じるに値するものだったが、
「華美は女優だからな…」
嘘と演技のプロを前に、
やはり完全には不安が拭えない鶴田。
その鶴田の訝しげな様子に、
「ねえねえ、私のベッドシーン、興奮した?」
と身体を擦り寄せながら耳元で囁く華美。
その甘い香りと小悪魔の様な微笑みに、
先ほどの嫉妬心も相まって、
「うるせえー」
と華美を押し倒す鶴田であった。
撮影現場の楽屋で華美とメイク係の海老原が談笑している。
「やたらと彼がベッドシーンについて聞いてきて嫌んなっちゃう」
メイクをしてもらいながら、華美が鶴田のことを話している。
「そりゃあ彼氏なんだから、やっぱ恋人のラブシーンは思う所があるんじゃないですか?」
そう言いながら海老原も自分の旦那のベッドシーンを想像してみたが、
やはり気分の良いものじゃあ無かった。
「えー、お芝居の世界のセックスはお芝居の中だけの存在なんだから、目くじら立てないで欲しいよー」
となおも鶴田の理解の無さを非難する。
それを聞いて、海老原は、一瞬ためらいつつも、
「でも、この前の撮影の時、曽根ちゃん、本当にヤッてましたよね」
と公然の秘密となっている事実にツッコミを入れるが、
「ふふっ。そりゃやっぱリアリティが違うしね。私らの仕事、良い作品にしなきゃ次呼ばれない。作品のクオリティ上げる為ならなんでもしなきゃ」
と悪びれる様子もない。
「演技の中でやってるんだから、入れてようと入れてまいと、あれは本当のセックスじゃないのに」
とスゴイことを言う華美。
流石の海老原もあまりの価値観の違いに二の句を付けないでいる。
「あー、でも彼とのセックスでもよくイク振りとかしてるけど、あれも演技のセックスになっちゃうのかな?」
と首を傾げる。
「あれぇ?本物のセックスってなんなんだろうねー」
と考え込みながらも笑顔のままの華美に、
少し背筋がヒヤリとする海老原であった。