最近の若手女優の彼氏   作:ダブル亮禅

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後日談の後日談

「海老原さーん、私たちもうダメかもしんないー」

鏡台に突っ伏しながら曽根華美が何やら嘆いている。

「私たちって、この前言ってた彼氏さん?」

メイクの仕事にはこういうコミュニケーションも重要だ。

これをちゃんとする事で次の仕事につながることもある。

海老原が今、テレビ局でこうやって仕事ができるのも、

その積み重ねのおかげだ。

「こっちは疲れてんのに、彼がさーエッチしようってあまりにも言ってくるからさー。つい言っちゃったんだよねー」

「何を言ったの?」

「恋人と過ごしている時くらい、セックス無しで過ごしたいよーって」

「あちゃー。」

「それ聞いて彼氏、『どういう意味だっ!』って滅茶苦茶怒って、結局、撮影でヤってんのバレちゃった。テヘッ!」

「いや、テヘッじゃないよ!」

「でもでも!撮影だよー!お芝居の延長だよー!別に浮気したって訳でもないのにさー」

「で、その彼氏さん?はどうしたの?」

そう聞かれて思い出したのか、急にどよーんとした雰囲気になる。

「それがさー、そのまま怒って出て行っちゃって、朝になっても帰って来なかった」

そしてまた鏡台に突っ伏す曽根華美。

海老原は、いまいち事態を理解していない曽根に絶句しつつも、

「まあそうなるわな」

と見た事もない「曽根華美の彼氏さん」の心中を思い、

密かに同情する。

「メッセージ送っても返事も無いどころか、既読もつかないし…」

スマホを見ながら溜め息を吐く曽根華美。

「そこまで彼氏さんが嫌がるんなら、やっぱり演技とはいえ、ベッドシーンで本当にヤっちゃうのはやめた方がいいじゃ無いの?」

流石に今のままでは彼氏さんが可哀想に思い、

提案してみる。

「うーん、でも最近それで仕事が来てるっぽいんだよねー。ほら、早乙女監督っているでしょ、最近、よく映画に私を出してくれる人!あの人なんて、絶対それありきで私を呼んでる!私は娼婦じゃないっつの!」

突然、自分の恋人の名前が出てきて、ドキリとする海老原。

ヒモ状態だった早乙女が、

今、監督としてそれなりに仕事が出来ているのは、

曽根華美のおかげなのだ。

そんな後ろめたさを隠しながらも、

「ほら、そういう悪い大人も寄ってきちゃうからさ、もうやめなよ」

早乙女が聞いたら

「余計なことを言うな」

と叱られるだろうなと思いつつも、良心の呵責から

曽根の体を張り過ぎなリアリティ至上主義を注意する。

「そうだねー、そろそろ私も仕事を選べる立場になってるみたいだし…。でもね、早乙女監督、毎回、私が演じたい役をちゃんとくれるだよねー。丁度、今、そういう役にチャレンジしたかったんだ!って役!だからつい、本気でやりたくなって、ベッドシーンとかも手を抜けなくなっちゃうだよなー。」

この言葉に海老原はギクリとする。

何を隠そう、曽根華美の嗜好や女優としての好みなどの情報を、

早乙女に流していたのは自分なのだから当然だ。

結局、自分も同じ穴の狢なのだと罪悪感が押し寄せる。

喉が急に乾き出し、カバンに入れてあるペットボトルの水を

一口飲む。

「早乙女監督ね。この前、『落語一代放蕩記』で賞取ってたよね。曽根ちゃん、あれにも出てたよねー。関西のなんとかって会社の社長さんやってる人が主演のやつ。あの人なんて結構脂ぎったおっさんだったけど、キモくなかった?」

と、自分も関係者だとバレたくない気持ちからか、

殊更に彼の映画を悪く言ってしまう。

「あー、そう言うのはないかな。あの人、桂さんって言う人なんだけど、ちゃんと一本筋が通ってるんだよ。桂さんはあの映画のモデルになった喜楽亭士心生の落語を誰よりも理解しようって、落語も、私、はじめて聞いたけど、あー何度も練習したんだろうなーって言うのが、聞いててなんか流れ込んでくる…みたいな?んー、なんだろ…リスペクト。そう!リスペクト出来るんだよね」

その言葉を聞いて海老原はちょっと嬉しくなる。

いつだったか早乙女に、

「出資者選びは順調か?」

と聞いた時、

「なかなか見つからないね。スケベな事が第一条件、次に金も持ってるってのが必須条件なのは間違いないけど、映画に出す以上、どこかリスペクト出来る何かを持ってる人じゃないと、気持ちが乗らないんだよね」

と言っていたのを思い出したのだ。

彼のこだわりがちゃんと他の演者にも伝わっている。

その事が分かって思わずニヤけてしまった。

「あれ?海老原さん、どうしたんです?ニヤけちゃって?」

と不思議がる曽根に、

「え…あ、うん。い。曽根ちゃんが一応相手を見てそう言う事しているのを知ってちょっと安心したのかも」

と適当に返事をする。

「えー!でも仕事だし、役に入っちゃえばちゃんと相手が誰でも大丈夫なので!私、女優ですから!」

と謎の自慢をし出したので、

「コラッ!だから、誰でもはダメだって」

と再度、注意する海老原に、本当に理解しているのか、

「キャー怒られたー」

とキャッキャとおどける曽根華美に

「ハァー」

と溜め息を吐いた。

 

「ハァー」

職場の机で鶴田が大きな溜め息を吐いている。

「おいおいどうしたよ、鶴田。仕事中にでっかいため息なんて吐くなよ。幸せが逃げてっちゃうぜ」

同僚の鮫島が、心配して声を掛けてくる。

同期入社の鮫島とは入社してからの付き合いだが、

なんだかんだと馬が合い、隠し事なく、

色々話せる仲になった。

社内では唯一、鶴田が曽根華美と付き合っている事を

知っている人間だ。

何を隠そう、昨日も家飛び出した後、鮫島の家に泊めてもらった。

「幸せ?もうとっくに逃げた後だよ」

力無く鶴田は答える。

そんな鶴田の肩にポンッと優しく手を置いて、

「まぁーあれだ。元々お前にあんな美人の女優さんの彼女が出来るなんて事自体が、夢のような話だったんだ。夢はいつかは覚めるって相場が決まってるだろ」

今回の件も、昨晩、散々聞いてもらった。

一応、広告代理店に勤める彼等にも芸能界の情報は

ある程度入ってくる。

曽根華美の話も実は随分前から噂として2人の耳には入って来ていた。

その時、鮫島は、

「芸能界のゴシップなんていちいち気にするな」

と言ってくれていたが、

「確認したら終わってしまう。」

鶴田の中にそんな予感があり、ずっと先送りにしていた。

しかし、ついにその日が来てしまったのだ。

実は鶴田自身、今回の件で自分がこれほど大きくショックを

受けている事に少し戸惑いを感じている。

実は噂を聞いた時、

「ああ、彼女ならやりかねない」

と密かに思ったのだ。

なんと言うか、こう…腑に落ちた。

それでも、近くにいたいと思った。

だから、彼女が打ち込む役者という人生に必要な選択は

受け入れられると思っていた。

「恋人である以前に自分は彼女のファン第一号なのだ」

と言う自負がそれを裏付けてくれた。

「一番近くで彼女を応援できる」

その幸福を失いたく無いと願っていた。

しかし、昨晩のあの衝撃。

その衝撃の要因、もちろん嫉妬もあるが、そこじゃ無い。

彼女がしきりに口にした、

「これはお芝居の中だけの話なの。演じている役にとっては必然なの!」

という言葉にあった。

彼女の中では、撮影中の情事は役者としての仕事の一環でしかないのだ。

だから裏切りでは無いし、浮気でも無いと考えている様だ。

そこが怖い。

役者としての役を演じる。

その中で起きる事は全てフィクションだと彼女は言う。

今はまだベッドシーンで済んでいる。

容姿端麗な新人女優として、恋愛系の作品へのオファーが多かった。

しかし、演技派として評価が上がっていく中、どんな役が来るのか。

ふと中学の演劇部での出来事を思い出す。

ストーリーは忘れてしまったが、

華美が人をナイフで刺すシーンがあった。

その時、本物志向の華美はいつものように、

「この刺したら引っ込むやつじゃなくて、本物のナイフを用意して下さい」

としきりに主張していた。

裏方だった俺は機転を働かせ、おもちゃ時のナイフじゃなくて、

パッと見は本物そっくりの手品とかに使われる刺しても引っ込むナイフを

「はい、これ本物だから」

と手渡した。

それを信じた華美はその後の舞台で躊躇なく刺しに行ってはいなかったか?

本物のナイフを渡していたら大惨事になってやしなかったか?

その事をふと思い出し、

「俺が一番近くであの子を守らなくちゃ」

と呟くと、鮫島に、

「俺、やっぱり華美のそばに居るよ」

と宣言する。

鮫島はそれを聞いて、

「それは…」

と何か言いかけたが、

「いや、お前の選択がそうなら気の済むまで一緒にいてやりゃあ良い」

と気持ち良く送り出してくれた。

華美のマンションへ向かいながら、

「俺がいなきゃ。俺が止めなきゃ」

と頭の中で何度も繰り返していた。

この先、俺は彼女のベッドシーンの度に、悶えるような喪失感と嫉妬に

苦しむ事になるだろう。

しかし、それでも一番近くで彼女をちゃんと見てやるんだ!

水際で止める役をやれるのは俺しかいない!

そう決意を新たにする。

彼女がこれからも役者を続けていく為に!

彼女のそばで支え続ける人生。

そんな未来を夢想するしながら、

「なんたって、俺は『女優、曽根華美の彼氏』なんだからな」

その言葉に俺は快感すら感じていた。

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