内戦の終わり、人民の始まり   作:匿名の筆者

1 / 1
内戦

 

我々は全面的に、和平に合意すると表明する。

 

その宣言の直後、どれだけの者が銃を空に撃ち、どれだけの者が銃を投げ捨てただろうか。

 

かつて二十五もの地域に分裂し、軍閥となり、内戦となったこの国は和平の道を拍手しながら迎えた。

 

 

ある者は地域知事になり、ある者は地域警察のリーダーになり。

 

かつての軍閥の幹部であった各々が旧政府を批判し、新政府に翼賛する姿勢を見せた。

 

多くのダイアモンド鉱山は国有化されたが地域経済は振興し、電気通信網が拡大する様子を顕著に見せた。

 

 国際政治に再び参画したこの国は、人民の為の共和国であると憲法に書いた。

国内の州知事となった者達は憲法に合意し、諸外国の軍事支援は打ち切られ、撤退していった。

 

内戦の終結と同時に、行政は煩雑な業務を日夜浴びていた。

 

諸外国から外交特使が再びやってきては、大使館に日夜書類がヘリコプターで運ばれる日々と化した。

 

銃後の平和を享受する都市の市民らは安寧の時を過ごせると思いつつ、政府への迎合に警戒をした。

 

これは、そんな国で行われる、ひとつの話。

 

 

 

 

 

 

 

「橋全体の構造をより長い時間を掛けて更新すべきかと。今回の災害で破損した箇所は海峡の全域に及び、極めて甚大な地形の変化が発生しています。調査は終わりましたが、やはり強度が不足するとの懸念が多く。」

 

 卓上に広げられた立体ホログラムの赤く染まった被災箇所を指し示しながら、真っ直ぐな姿勢で告げた。

 

 対面に座る男は、手元のタブレットに並ぶ復興予算の試算表から目を離さない。政治家として、この海峡に再び巨額の税金や、諸外国から集まった復興支援金を投入することに異論はなかった。

 物流の動脈を再建することは、この国の未来への希望だ。だが、それとこれとは話が別である。

 予算案決議で州議会は大荒れ、首相からは迅速な復興が必要であると詰められ。

 

 

「津波に耐えられなかった橋とは、全てが悪いとは言いませんが、大体の場合は想定を超える負荷によって崩壊が引き起こされています。今回の海底火山の噴火によって高架道路は浸水し、沿岸部は五万棟以上の住宅が被害を受けました」

 

 イスマエルが提示する被害統計の数字を、男は冷徹な目で見つめる。

白く、けれど整ったカイゼル髭が顎髭と共にプロジェクターを見つめる。

 

「これらの深刻かつ甚大な被害には補償が必ず必要ですが、まずそれらの復興を実行するためには、本格的な橋の復旧を行うことを求めています。……特殊な船によって岸全体を橋に変えると言った現状は、あまり好ましいものではありません」

 

イスマエルは、そう言葉を区切ると顔を伺う。

しかし、その反応は頷くだけだった。

 

ふむ、と声を上げて以来、全く喋らない。こうも頷くだけでは、どちらの意味か考えあぐねる。

 

 男の指示によって海峡に並べられた浮体式の浮橋(フローディングブリッジ)は、波に揺られ、しかし上下には揺れない路面をトラックが渋滞しながら移動している。

復興活動を回すためとはいえ、あんな不安定な状態を長引かせるわけにはいかない。

 左右に揺れ、橋を通る度に緊張が走る。これでは、市民が安心感を持つわけが無い。

 

 二車線の広い道路を海の上に作るなど、もしものことがあれば一巻の終わりである。

政治の場に立つ男である彼も、そしてイスマエルも、それは百も承知だった。

 

「寸断された水道、分断された島嶼、途絶された交通。これらの課題を解決できる事は、ただ膨大な時間と、それを縮める技術のみにあります」

 

 イスマエルがまたしても言葉を区切ると、部屋には再び沈黙が降りた。先程から頷くだけで全く喋らないな、と不安になったが、イスマエルは心の中を気取られぬ様な態度を続けようとした。

 

 するとやがて、男はゆっくりと手元のタブレットを置き、革張りの椅子の背もたれに体を預ける。

 一見リラックスしているように見えるが、その眉間には深い皺が寄っている。

 

「なるほど。しかし、けれどだ」

 

 男は机の上に組んだ両手に顎を乗せ、視線をイスマエルに注ぐ。

 

「強度に不安があるというのなら、それに耐えられる設計をしろと言うのは……要求として酷い事かな?」

 

「それは――」

 

 技術的な限界を口にしようとしたイスマエルの言葉を、男は制するように手を挙げた。

 

「物理学というものはよく設計者の予想を裏切るものだ。海峡の橋が崩れたのは、洗掘が起きないように、海の底に埋め込んだコンクリートが砕けたからだろう」

「あるいは、近海漁業をしていた船が橋へとぶつかるような高さの津波であったからか。」

 

 男はイスマエルのすぐ側まで立ち上がり、歩み寄る。

ガラス張りの窓辺へ。

 

 ビルの一室であるここは、国内最高度の257メートル。屋上を数えなければ、最も高い部屋だ。

 その視線のはるか下には、かつて世界に誇った大橋は見る影もない。これだけのインフラを失った損失は計り知れない。

 

「あるいは、斜張橋にとって、主塔に並ぶほど支柱は何よりも大切なものだからだろう。だからこそ、一箇所が壊れた時に、百年の安全を謳った海峡の大橋は崩れ去った」

 

 男の指先が、ガラスの向こうの寒々しい海を指す。かつて、国民の血税を投じた結晶が、あっけなく消えたのだ。

 

「岸辺のワイヤーは無惨にも橋と共に海峡へと沈み、建設からたった八十年で崩れたのだ。これでは百年の安全など失笑ものではないか! ……つまり、これは次の橋こそ、絶対に天災で崩れない設計にすべきだ、という話でね。」

 

 語気には、無駄金に終わらせた前設計への苛立ちと、次こそは完璧なものを造るという執念が滲んでいるように聞こえる。

だが、男はふっと息を吐くと、いつもの落ち着いた態度に戻ってイスマエルへと振り返った。

 

「イスマエルチーフ、これは君を責めているんじゃあないよ。こういう天災というものはいつも最悪のタイミングでやって来て、今後の計画をめちゃくちゃにしてしまうからね」

 

 男はゆっくりとした足取りで窓から離れ、イスマエルに近づき、その肩に手を置いた。

 

「前の設計者は世界で最も多くの橋を設計し、その大半は架けられた。それは君のように優秀な部下と、優秀な頭脳があったからだ。……しかし海底の強度は十分ではなかったようでな」

 

 耳元で囁かれる声には、逃げ道を塞ぐような重みがあった。

 

「橋は美しく、実用的だったが、長い年月という現実と天災が全てを壊した! ――だが、今は君がいる」

 

 肩に置かれた手に、ぐっと力が込まる。

 

「設計の決定権は君に一任されているのだ。我が友イスマエル、よく励んでくれたまえ。十分な時間と資金は与えられている」

 

 いいかな、と男は満足げに頷くと、最後にイスマエルの目をちらりと覗き込んだ。

諸外国からの寄付に、無償でやってくる航空機。それらに加えて巨費の税金を惜しみなく投じる未曾有の建設計画だからこそ、言い訳は一切認めない。そんな冷たくも確かな信頼が、その眼光には宿っていた。

 

「どれだけ優秀な羊であっても、犬がいなければ迷うように。開発チームは君に導かれることで輝くのだからね。」

 

 立体ホログラムは相も変わらず輝き、赤く光る斑点が沿岸部全域と、川沿いを覆っている。

 

それらは復興すべき箇所であった。

長く光る一筋の赤色こそが、直すべき橋だと強調してイスマエルの目を釘付けにした。

 

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。