日曜日、オレは櫛田と佐倉を連れてショッピングモールにある家電量販店を訪れていた。
無論、それはデートなどでは決して無く、単にデジカメが故障した佐倉の付き添いとして呼ばれただけである。あくまで用心棒というか、男避けみたいなもんだろう。
「修理の受付はあっちみたいだな」
所狭しと並ぶ新品の家電群の列を抜け、蛍光灯の光が眩い店内の奥へと進む。不安そうに手元のデジカメに視線を落とす佐倉がすぐ後ろを付いてくる。
二言三言ほど佐倉と何気ない会話をして受付場所へ着く。すると、先導していた櫛田が徐ろに足を止めた。
「あれ? 軽井沢さんと土岐さんじゃない?」
彼女の言葉に視線の先を見やると、確かに見覚えのある二人組が受付で店員の男性と話し込んでいた。カウンターの下ではしっかりと恋人繋ぎをしている。彼女たちも何かしらの修理の依頼に足を運んだのだろう。カメラも買っていたようだし、その関係かもしれない。
「並んで待とっか。……佐倉さん?」
軽井沢たちの後ろに静かに並んだオレたちだったが、どうにも佐倉の様子がおかしい。顔を強張らせて不快感を顕にしている。彼女の視線を辿ると、軽井沢たち――ではなく、店員の方に行き着く。
「だ、大丈夫。何でもないから」
ぎこちない笑顔を浮かべていたが、それは明らかに取り繕った笑みだった。
「――それで、その方とは何か進展はありましたか?」
黙ってやや後ろに並んでいると、店内BGMに混じって彼女らの会話が聞こえてくる。
「ああいや、まだ何も。――は恥ずかしがり屋だからね。何度か手紙を――――したりしてはいるんだけど……」
「大丈夫ですよ。焦らずに――を伝えていけば、きっと――は実りますから。私もこうして恵ちゃんと出会えましたし、――さんと――さんの愛も――するはずですよ。ね? 恵ちゃん」
「あたし? まあ、翔子が言うならあたしも応援――」
軽快なBGMに阻害されて、肝心な部分が所々掻き消されてしまうが、雰囲気は随分と親しげだ。軽井沢の方はそうでもないが、土岐と店員はかなり気が合うらしく会話が弾んでいる。作業の手も止まっていて、なんというか雑談がメインになっているようだった。
それでも暫し待っていれば、流石に店員がこちらに気づいて作業を再開する。ほんの一瞬、その男の目が佐倉を見て見開かれた気がしたが、すぐに目線を戻して軽井沢たちの対応に集中したようだ。
「これが頼まれていた――――だよ。そう、これが君たちの――を守ってくれるんだ」
店員の男はバックヤードから持ってきた紙袋を土岐に渡す。
「ありがとうございます。お代は――」
「いや、いいんだ。これはほんの気持ちだよ。色々と、相談に乗ってもらったからね」
男は不器用に破顔してポイントを受け取らなかった。店員と親しくなるとこんなこともあるのか、と素直に感心してしまう。
「本当にありがとうございます。有効に使わせてもらいますね。それでは――どうか貴女の愛が成就しますように」
「どうも~」
二人が会釈をしてカウンターから離れる。そうなると当然、オレたちの存在にも気づくわけで。
「あら、綾小路くんでしたか。すみません、少々話し込んでしまいまして」
紙袋を手に下げ、軽井沢とぴったりくっつきながら土岐が恭しく会釈をして挨拶をした。礼儀正しい所作からは気品が溢れ、きっと良い所のお嬢様なのだろうなと感じさせる。
「今度は櫛田さんたちとデート? この前は堀北さんだったじゃん」
一方、軽井沢は胡乱げな視線でオレを見る。そうであればよかったのだが、現実はそう甘くない。以前会った時も、堀北とのあれは放課後デートと呼ぶには、些か情趣に欠けていると言わざるを得なかった。
「残念だがデートじゃない。佐倉の付き添いで呼ばれて来たんだ」
緩く頭を振って訂正する。
「ふぅん? ま、いいけど」
軽井沢はなおも懐疑的な目を向けていたが、やがて興味を失ったのかそのまま歩き出そうとする。櫛田と佐倉は店員にデジカメの修理を相談していて、することもなく暇だったオレはついでとばかりに聞いてみることにした。
「なあ、軽井沢の好きなものってなんだ?」
「え、なに急に」
脈絡無く話を振ったからか、軽井沢は困惑した様子で顔をこちらへ向ける。
「気になっただけだ。クラスメイトの趣味嗜好くらい知っておこうと思ってな。まあ、ちょっとしたアンケートとでも思ってくれ」
隣で土岐が面白くなさそうにオレを冷ややかに見ていたが、これも重要なことなので臆するわけにはいかなかった。
「いきなり言われても……」
「例えば食べ物とか、よく行く場所とか。何かしらあるだろ?」
「んー……食べ物なら、甘い物は割と何でも好き。強いて言うならチョコレートとか? よく行くのは服屋かな。カラオケとかも好きだけど最近は行ってないんだよねー」
「他に何かあるか?」
「えぇー? 他になんかあったかなぁ……可愛いアクセとか? おしゃれするのは結構好き。ドラマとかもよく観るし、映画館もたまに行くけど。……とりあえずこんくらい?」
「なるほど。女子っぽいな」
「いや女子なんだけど」
端末を操作して聞き出した項目をメモ帳アプリに書き込んでいく。それが終わると、次は土岐にも同じように話を振る。
「土岐はどうだ?」
「私もですか?」
「ああ。軽井沢だけ聞くのも変だしな」
あくまでついで、とアピールすると土岐は小さく溜め息を吐いてから即答した。
「そうですね、言うまでもなく恵ちゃんです」
「……他は?」
「恵ちゃんと共有するものならなんでも」
「もっとこう、あるだろう。個人的に好きな何かが」
誰もが分かりきった答えを出されたので、流石に食い下がる。彼女は細い顎に指を当てて、少し考え込む仕草を見せた。
「と言われましても……甘いものは好きですよ、バウムクーヘンとか。小物類だとアロマでしょうか。キャンドルやストーンなんかはよく部屋に置いてます」
軽井沢と同じくなんとも女の子らしいラインナップだ。女子高生の嗜好と言っても色々あるんだなあと再確認させられる。
「お風呂も好きですね。温めのお湯に長く浸かるのが好みでして。後は、昔なんかはよく可愛らしい女の子を気持ちよくさせてあげるのが好きでしたね。今は恵ちゃんが居ますから、絶対にしませんけど」
「……したら怒るからね」
「しないよ、貴方が居るもの」
むすっとやや頬を膨らませて不機嫌さを滲ませた軽井沢を宥めるように、土岐は穏やかな声色で歯の浮くような言葉を言う。途端、嫉妬心なんて最初から無かったみたいに軽井沢は照れ笑いした。
「他に挙げるとすれば、美術館にはよく足を運んでました。読書も人並み程度には嗜みますし、紅茶を淹れるのも割と好きなんです」
美術館、読書、紅茶。とメモに書き足す。これぐらいで十分だろうと判断してアプリを閉じた。
「そうか。大体分かった。時間を取らせて悪かったな」
「結局なんだったわけ?」
「言っただろ、ただのアンケートのようなものだ。深い意味はないぞ」
答える合間に横目で櫛田たちの様子を窺う。どうも饒舌な店員に振り回されているようだった。助け舟が必要かもしれない。
「引き止めてすまない。またな」
「じゃあねー」
オレは二人を見送り、櫛田たちの方に注力することにした。
佐倉に対する店員の男に怪しいものを感じ、彼女に代わって用紙に必要事項を記入してやる。男は不服そうな顔をしていたが、オレが理路整然と捲し立てると、動揺しながらも最終的には大人しくデジカメを預かった。修理には2週間程度かかると言い残してバックヤードへ消えていく。店員の姿が見えなくなると、佐倉は緊張を解いて安堵したようだった。男のオレから見ても、さっきの店員には気色悪さを感じていた。あれと楽しげに会話していた土岐はどのような心境だったのだろうか。
それから櫛田たちと少しばかり話して店を出る。これでひとまず佐倉の用件は済んだが、オレはまだ一つやることが残っていた。
「櫛田、例の件だが……」
「うんっ、私も付き合うよ。皆からもちゃんとポイントを預かってきたから」
朗らかに笑って学生証を取り出して見せる櫛田。事前に打ち合わせしていた通り、彼女のおかげで資金はどうにかなりそうだ。
所在なさ気にそわそわしていた佐倉に、櫛田も声をかける。
「佐倉さんはこの後どうするの? 私と綾小路くんは色々とお店を回ろうと思ってるんだけど、もしよかったら一緒に行かない?」
「あ、うん……付き合ってくれたし、私もついて行っても良い、かな……?」
「もちろんだよ!」
遠慮がちながら佐倉の同行も決まる。
オレは贅沢にも美少女二人と並んで歩きながら、モールの各所を回っていった。
◆
月曜日の朝は一段とやる気が起きない。なにせ週の始まりだ、世の学生や大人たちはさぞ憂鬱な気分だろう。私も例に漏れず、翔子と教室の前で別れてからは漫然と倦怠感を覚えていた。ただひたすらに授業というものが億劫だった。内容こそ大体は理解が追いつくようになってきたものの、翔子と連絡が取れないのが痛い。暇というわけではないが、限りなく暇に近いのが嫌だ。やることも単調だし、真面目な空気感は肩が凝る。
辟易しながら席に着く。鞄を机の横のフックに掛けて、中に教科書をまとめて放り込む。
「おはよう軽井沢さん!」
ポケットから学生証を取り出そうとしたところで、珍しいことに声がかかる。誰かと思えば櫛田さんだった。人当たりの良い笑顔を振りまいて寄ってくる。
「おはよ、どうかしたの?」
「うん。ちょっと軽井沢さんにお願いがあって」
「お願い?」
訝しんで彼女を見上げる。確か、明日は須藤の件で話し合いがあったはずだ。櫛田さんは今回の件で須藤に協力しているみたいだし、まだ目撃者を探しているんだろう。
「実はね、土岐さんに明日の話し合いで、目撃者として立ち会ってもらえるように説得してほしいの」
「は……?」
思わず面を喰らう。まるで翔子が目撃者だと確信しているみたいな口ぶりだ。まさか本人に直接聞いたわけではあるまいし、一体どうやって感づいたというのか。
「翔子が目撃者だって確証はあるわけ?」
「うーん、色々理由はあるんだけど、まず第一に事件のあった日、放課後の特別棟に入っていく土岐さんを見たって人が居たんだよ。時間帯も一致してるし、可能性はあるよね? 2つ目の理由はね、この間の放課後、特別棟で堀北さんたちと会わなかった? そのとき、綾小路くんが土岐さんに尋ねた瞬間の軽井沢さんの様子が変だったって言うんだよ」
「変って、なにが?」
「堀北さんが言うには、何か言われたくないことを言っちゃうんじゃないかって、心配そうな顔をしてたんだって。もしかしたら、土岐さんは目撃者で、軽井沢さんはそれを庇ってると思ったみたい」
「……考え過ぎでしょ。あたしは知らないし、翔子も関係ない。この件は須藤の自業自得、それでよくない?」
顔を背けて話を切る。何を言い出すかと思えば、全くの憶測だ。確証なんてない妄想。櫛田さんには悪いけど、頼み込まれても承諾する気は一切無かった。
「そっかあ。じゃあしょうがないなあ……これ、軽井沢さんたちが喜ぶと思ったんだけど……」
口を一文字に結んで拒絶の姿勢を取った私に、櫛田さんはやや棒読み気味にそう口にした。気になって横目で一瞥してみると、彼女の手には二枚の紙切れが握られている。
「残念だけど、捨てるのも勿体ないし、これは他の人に渡しちゃうしかないか……」
「……なにそれ?」
「あ、気になっちゃう?」
ふふん、と鼻を鳴らして櫛田さんがこれみよがしに紙切れを掲げた。
「これはね、ケヤキモールで使える"カップル限定優待チケット"だよ!」
「まじ!?」
ついうっかり大きな声が出る。椅子が鳴るほどの勢いで腰を上げたものだから、クラスの視線が一斉に集まった。しかしそんな些事に気後れしている場合ではない。
「映画館にー、ブティックにー、化粧品店とかー、カラオケなんかもこれ一枚で全部賄えちゃうの! 土岐さんにあげたらきっと喜んでくれると思うよ」
右へ左へチケットが揺れる度、視線が釣られて動く。まるで猫じゃらしみたいに興味を惹かれた。
あれを日頃のお礼と称してプレゼントすれば、翔子は目を輝かせて大喜びするに違いない。たぶん髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫で回されるんだろうな、という想像が容易に浮かぶ。でも翔子が喜ぶのは良いことだ。彼女が嬉しそうにしていると、私まで嬉しくなる。ポイントを気にせずに二人でモールを回るのは、とても幸せなことだ。
「軽井沢さんは、土岐さんとデートしたくない?」
「し、翔子とデート…………したい」
上目遣いで櫛田さんが覗き込んでくる。したいかしたくないかで言えば、そりゃもちろんしたいに決まってる。自由にお店を巡れるのであれば尚更に。
妄想を膨らませて肯定した私に、櫛田さんは柔和に笑って2枚のチケットを差し出す。
「じゃあはいっ、私たちからのプレゼント――って言いたいところなんだけど」
伸ばした手が虚空を掴む。彼女がさっと手を引っ込めたからだ。チケットが遠ざかっている。
「このチケット、入手するのにすごーく苦労したんだ。だからタダで譲っちゃうわけにはいかなくて……」
「い、いくら払えばいいの?」
「ううん。ポイントじゃなくてね、軽井沢さんにはさっき言った通り、土岐さんに目撃者として立ち会ってくれるようお願いしてほしいんだ」
結局はそこに帰結するのか。と内心落胆したものの、チケットの存在はやはり魅力的だった。空を切った所在なさげな手を彷徨わせて、どうしようかなと頭を悩ませる。いやまあ、本来は迷うようなことじゃないんだけども。あれだけ突っぱねた手前、即答するのも気が引けるというか……。
「ダメ、かな? 無理にとは言わないよ。その時は残念だけど、この話は無かったことに……」
「ま、待って! 翔子にはあたしから言っておくから!」
邪魔をしていたくだらないプライドを放り投げ、速攻で掌を返す。須藤を助けることになるのは癪だけど、それはこの際目を瞑るとしよう。今はその紙切れが何よりも重要なのだから。
私が慌てて了承すると、櫛田さんはぱあっと顔を輝かせる。まんまと餌に釣られたような気がしないでもなかった。
「そお? よかったぁ! じゃあ土岐さんに連絡、お願いしてもいいかな?」
「わ、わかった」
素早く端末を操作してチャットを送る。既に盗聴器越しで話を聞いていたのか、送信した次の瞬間には『いいよ』とハートのスタンプ付きで返事が来た。
「翔子立ち会ってくれるって!」
「本当!? ありがとう軽井沢さん!」
屈託ない笑顔を見せる櫛田さん。彼女が無邪気に喜んでいるその間にも、私の視線は件のチケットに夢中だった。
「こ、これでチケットくれるんでしょ?」
「うんっ。はいどうぞ!」
「やったっ……!」
渡されたチケットを受け取った瞬間、猛烈な歓喜が押し寄せる。もう私の頭の中にはいつ誘おうかなとか、どれから周ろうかなとか、コーデは何が良いかなとか、そんなことしか考えられなくなっていた。
が、周囲の視線を集めていることを思い出し、はっと我に返る。
「あ、えと……櫛田さんさ、これ、どうやって手に入れたの?」
「そのチケットはね、堀北さんが持ってきてくれたんだ」
気になっていた点を尋ねてみると、彼女は遠巻きにこちらを眺めていた堀北さんを見やる。私はもう、それはそれはにこにこと笑顔で堀北さんの元へ向かう。
「ありがと堀北さん! 大事に使うから!」
「え、ええ……あまり、ハメを外しすぎないようにお願いするわ」
「あー…………翔子次第かなぁ」
最大限の感謝を伝えてルンルン気分で席へ戻る。まるで皆が私と翔子の関係を応援してくれているような気がして、授業が始まっても長いこと上機嫌を保ったままだった。ああ、楽しみ!
◆
「これで有力な目撃者は確保できたな」
「そうね。審議の際は土岐さんの発言が大きく貢献してくれるはずよ」
上機嫌に席へ戻っていった軽井沢を眺めつつ、オレは堀北と会話を進めた。
「佐倉と土岐。目撃者が二人も居るんだ、Cクラスも予想外だろう。特に、土岐はAクラスの生徒だ。発言の信憑性も高い。盤面をひっくり返す取っ掛かりとしては十分じゃないか」
「ええ、須藤くんの無罪判決も現実的になってきたわ。出来れば、もう一押しが欲しいところね」
「確たる証拠があればよかったんだがな。まあ、これ以上は高望みだと思うぞ。ただでさえ、軽井沢を説得するのにありったけのポイントを使ったんだ。今ある手札でどうにかするしかない」
櫛田が軽井沢に渡したあのチケット。あれは本来
二人には悪いが、制約も多い。そもそもカップル限定優待チケットと銘打ってはいるが、実のところ軽井沢と土岐専用である。そしてその正体は、ポイントの先払いと限定的な条件に依って発生した、言ってしまえばただの無料引換券と大した変わりはない。クラスの何人かと、一之瀬からポイントを借金し、店側にはターゲットを"軽井沢恵と土岐翔子のみ"と限定し、利用期限や時間帯などを加味して値下げ交渉を重ねた結果、辛うじて返済可能な額には収まった。
二人に好みを聞き出して、利用しないであろう店舗や商品を予め絞って省いていなければ額はもっと膨らんでいただろう。特に一之瀬には頭が上がらない。
Cクラスに勝訴する、そのためだけに必要経費と割り切って最終的な判断をしたのは堀北自身だ。あくまでオレは軽井沢が食いつきそうな餌を考案しただけ。
「勝てると思う?」
堀北にしては、らしくない発言だ。軽井沢を見つめるその瞳が微かに揺れている。
「勝算はある。というか、勝ってくれなきゃ困るだろ。オレもお前もほぼ無一文だぞ。ポイントがまた0にされたら、払えるものも払えないしな」
「……それもそうね」
瞬きの間には、瞳の揺れも収まったようだ。毅然とした強い決意の色が見て取れる。
審議は明日。幸い、これで手札は揃った。後は天運に任せるとしよう。