恵ちゃん至上主義?   作:名無しのナナ氏

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ちょっぴり短めでお送りします


24.確執

 

 洞窟内は、土岐に対する憤慨の感情が充満していた。

 

 先ほど、困惑した表情の真嶋先生から、彼女が昨晩Bクラスのスポットを無断で使用し、Aクラスに50ポイントのペナルティが課せられた旨が伝達された。それだけじゃない、昨日から今朝にかけて、土岐は一度も姿を見せていない。つまり、点呼に現れなかった。これで10ポイントの減点。Aクラスは坂柳が欠員しているので、初期に30のマイナス。そして土岐による違反で60ポイントの減点。二日目にして合計90ポイントの減点を食らっていることになる。弥彦を筆頭にクラスメイトが怒りを露わにするのも無理はなかった。俺自身、憤りを感じている。

 

 だが、事態はそれだけに留まらなかった。

 

「葛城、土岐からこれを渡すように頼まれている」

 

 そう言って、真嶋先生は懐から見覚えのある紙切れを取り出す。――契約書だ。彼女が持ち去ったそれが、今になって返却されてきた。困惑しつつ、それを受け取る。恐る恐る、書面に目を通す。

 

「――なんだ、これは」

 

 愕然とし、思わず膝から崩れ落ちかけた。弥彦が咄嗟に支えてくれなければ、俺は崩折れたまま暫く立ち上がれなかったかも知れない。

 

「か、葛城さん? どうしたんです?」

 

 弥彦が顔を覗き込む。心配をかけまいと、俺は歯を食いしばって姿勢を正した。皆、困惑している。土岐の身に何かあったのではないかと案ずる者も居た。だが――――これは、明確な裏切り行為に他ならない。

 

「皆、聞いてくれ――――土岐が謀反を起こした」

 

 どよめき。信じられないとばかりにクラスメイトたちが顔を見合わせる。口にした俺ですら信じがたい。しかし、これはまごうことなき事実だ。

 

「契約書が改ざんされている。Cクラスから物資提供を受ける代わりに、土岐翔子を除く(・・・・・・・)Aクラス全員が、龍園に対し毎月3万(・・)プライベートポイントを卒業まで支払い続けなければならない……!」

 

 震えそうになる手を抑え、書き換えられた契約書の文言を読み上げた。直後、クラスメイトたちの怒りが爆発する。

 

「なんだと!? そんなふざけた契約があってたまるか!」

「今すぐ契約を破棄しろ! 毎月3万も振り込むなんて冗談じゃない!」

 

 洞窟に怒号が響く。彼らの怒りは尤もだ。そしてその矛先は謀反をむざむざと許してしまった俺と、この場に居ない土岐に分散している。向けられた感情の比率としては、やはり彼女が重い。そのぶつけようのない怒りが、この結果を招いた俺へと徐々に集中し始めていく。

 自派閥の生徒すら眉をひそめている現状で、弥彦はそんな俺を庇うようにして訴えた。

 

「そうですよ葛城さん! こんな契約は破棄すべきです!」

「……残念だが弥彦、それは難しいようだ」

「ど、どういうことです?」

 

 困惑する弥彦を前にして、俺は苦々しくも書面の続きを読み上げる。

 

「――この契約の破棄は如何なる理由があっても、これを認めない。そして試験中における再契約、契約内容の改ざんに際しても、これを一切認めない」

「そんな、そんなバカげた話があっていいんですか!? こんな裏切りが許されるはずがない!」

 

 弥彦の怒声が耳に痛い。クラスメイトたちからも次々と土岐を非難する声が挙がる。

 

「そ、そうだ学校。学校に掛け合いましょう! 勝手に文章を書き換えるなんて、幾ら先生でも認めませんよね!?」

 

 はたと気づいた弥彦が顔を上げる。光明を見出した、そんな感情が瞳の奥にありありと映し出されていた。

 

 しかし、真嶋先生の反応は芳しくない。目を伏せ、バツの悪そうな表情を浮かべて苦々しげに呟く。

 

「……あくまで、ルールの範疇だ」

「…………は?」

 

 水を打ったような静寂が訪れる。誰もが耳を疑っていた。

 

「契約には俺と坂上先生も立ち会った。しかし……明確な違反があった訳では無い。限りなくグレーではあるがな……」

「な、何を言ってるんですか? 窃盗と改ざんですよ? この学校はそんな無法を認めるんですか!?」

「お前たちが憤るのも理解できる。だがこれは、全て、ルールの範疇なんだ。……学校側はそう判断した」

「そんな……」

 

 弥彦が呆然と膝をつく。土岐が契約書を無断で持ち出したのは事実だとしても、それが窃盗に当たるかは疑わしい。彼女はAクラスの人間だ。幾らでも言い訳は利く。改ざんに関しても、同じ事が言える。言い訳は、無数に存在する。龍園も抜け目ない男だ、担任に目溢しさせていたとしても何らおかしくはないだろう。

 

「…………土岐に、契約を破棄させられないのか?」

 

 クラスメイトの一人が沈黙を破った。語気に悲壮が滲んでいる。

 

「……不可能だ。契約書に明示してある。如何なる理由があっても、破棄できない」

「くそっ……!」

 

 悪態をつく彼を、誰も咎めない。皆、一様に俯いていた。どうあがいても、Aクラスはポイントを蝕まれ続ける。それを痛感させられていた。

 

 完全に意気消沈する俺たちを他所に、やおら真嶋先生が席を外す。洞窟の外に出ていった彼は、程なくして戻ってきた。

 

 その表情は、先程よりも一層暗く影を落としていた。

 

「――――お前たちに、報せなければならないことがある」

 

 重々しく、真嶋先生が口を開く。

 

「土岐翔子による、Dクラスが占有するスポットの無断利用が確認された。……Aクラスはペナルティとして、50ポイントの減点が下される」

 

 冷たい宣告。義務的な物言いで告げられたそれは、士気の下がった俺達を打ちのめすのに十分過ぎた。誰かが重苦しく溜め息を吐く。誰かが理不尽さに舌打ちを零す。誰かが、怒気を滲ませてゆらりと立ち上がる。

 

「……ふざけるなよ」

 

 その男子生徒は、俺の派閥のメンバーだった。彼に続いて、数人の男女が顔を歪めて立ち上がる。示し合わせたように徒党を組み、洞窟を後にしようと歩み始めた。

 

「っ! 待て、どこへ行く!?」

「決まってるだろ! あの女に報いを受けさせる……!」

 

 俺の制止に一人が振り返る。その表情には並々ならぬ怒りの感情が発露していた。

 

「冷静になれ! 暴力に訴えて何が解決する!?」

「じゃあどうすんだよ!? このまま野放しにしたら俺達はポイントを全て失う! 試験に負けた挙句、龍園には資金を搾り取られる! お前に解決策があるのかよ!?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。理想的な解決策があるわけではなかった。降り掛かった理不尽に、俺はあまりにも無力だ。

 

「複数人で手分けして探せば、そのうち見つけ出せるはずだ。……行こう」

 

 一度は立ち止まった彼も、そう言って洞窟から出ていった。数人がそれに続く。そこに派閥間の括りはない。共通しているのは、土岐への激しい怒りだ。俺は彼らを止められないまま、その後姿を見送ることしか出来なかった。

 

 洞窟は静まり返っている。残った生徒は皆、やり場のない感情に翻弄されていた。

 

「……これからどうするんだよ、葛城」

 

 橋本が問う。彼もまた、普段の軽薄な笑みを引っ込めている。ただ呆れたような、失望したような表情を俺に向けていた。

 

「――やることは同じだ。最終日にリーダー当てを狙う」

 

 方針は変えない。いや、変えられない。土岐の妨害を受け続ける限り、道中で得たポイントは水泡に帰す。ならば、影響を受けないリーダー当てで挽回するしかない。

 

「業腹だが、龍園との契約自体はまだ有効だ。B、Dクラスのリーダーを探らせ、最終日に的中させる。今後は、スポットの占有よりも情報収集を優先すべきだろう。一つ二つ占有したところで、もはや意味がない」

「そうかい。ま、今の指揮官はお前だ。俺らも指示には従うさ。……姫さんなら、こんな事態にはならなかったろうぜ」

 

 そう言い残して、橋本は本来の作業に戻っていく。一人、また一人と作業を再開する生徒が増え始めた。

 

 橋本の言葉が脳裏に反芻される。――坂柳であれば、どうだっただろうか。

 俺ではなく、指揮を執ったのが彼女だったのなら、結果は違ったかも知れない。そんなIFを考えてしまうくらいには、俺も少々参っていた。

 

 

 

 

 

 

 4日目の朝。Dクラスの雰囲気は思いの外改善傾向にあった。流石に4日目ともなると、生徒にも慣れが出てくる。島内には食料が豊富だし、川の水を飲む抵抗も薄れた。順調にポイントを節制して生活が出来ている。土岐による自クラスへの自滅行為も、多少なりと影響は及ぼしているだろうが、表面上はそこまで関係はなさそうに見える。単純に無人島生活も悪くないと言う風潮が出来上がりつつあった。――少なくとも、点呼の前までは。

 

「お前たちに一点、連絡事項がある。今朝、軽井沢が体調不良を訴えてリタイアした。これによりDクラスは30ポイントのペナルティが発生する」

「はあ!?」

 

 唐突な減点を告げられたクラスの面々が、軽井沢へ憤りと不満をぶつけ始める。尤も、当の本人は今頃、快適な船上生活を楽しんでいるに違いない。そして軽井沢がリタイアしたということは、必然的に相方の土岐も船に戻ったと考えるのが妥当だろう。

 オレはざわめくクラスメイトたちを、他人事のように眺めていた。

 

「高円寺と言い軽井沢と言い、どうしてあいつらはこうも自分勝手なんだ! これは試験なんだぞ!?」

 

 幸村を筆頭に、クラスメイトたちが強い怒りを露わにしている。特に、Aクラスとの差を詰めたがっていた幸村と、軽井沢との間に不和が生じた篠原は顕著だ。前者はともかく、後者はあの一件で明確な軋轢が出来てしまったはず。関係性の修復には長い時間と互いの歩み寄りが必要になるだろうが……果たして、そんな機会が訪れるのか。或いはもう、元には戻らないのかも知れない。

 

「ねえ、やっぱり最近の軽井沢さんおかしいよ。土岐さんと知り合う前はあんなんじゃなかったのに……」

 

 ふと、女子の一人からそんな発言が出てくる。困惑した様子でそう口にしたのは、よく軽井沢とつるんでいた佐藤という女子。以前は彼女と雑談している姿を頻繁に目にしたものだが、近頃はそれもない。教室での振る舞いから察するに、どちらかと言うと軽井沢の方から孤立を選んだように思えた。

 

「いよいよ無視できない損害になってきたわね」

 

 いつの間にか隣に立っていた堀北が言う。平然としているが、やはり昨日よりも顔色が悪い。今日も朝から気温が高いにも関わらず、寒そうに二の腕を擦っている。

 

「高円寺はあの性格だからな、リタイアしても不思議じゃなかったが。まさか軽井沢までリタイアするなんてな」

「大方、土岐さんに唆されたんでしょう。あれだけ傾倒しているのだから、断り切れなくても違和感はないわ」

 

 呆れたように堀北は目を伏せた。確かに、あの二人の入れ込み具合は控えめに言って度が過ぎている。如何に今回の試験テーマが自由と言えども、あまりに自己中心的な行動だった。両者とも、互いのクラスからヘイトを買うことも厭わず、最終的に試験すら放棄したのだから、その点はいっそ感心すらしてしまう。

 

 きっとあの二人は、自分たち以外のことなどどうでもよく見えているのだろう。

 

「もう、これ以上の失点は看過できない。幾らAクラスが妨害で点を失ったとして、追う側の私たちが失速してしまっては意味がないもの」

「そうは言ってもな……勝手にリタイアされたらどうしようもないぞ」

「そこは各自の判断に委ねるしかないわね。少しでもAクラスを目指したいと思うのなら、多少体に鞭打ってでも留まるべきよ」

 

 それは自分を奮い立たせる意味合いもあったのかも知れない。堀北はそれ以降口を閉ざし、何をするでもなく日向に立っていた。暫くすると、やがてテントに引き返していく。

 

 穏やかな空気感は一変し、軽井沢への批判でクラスメイトたちが憤る中、オレは紙とペンを拝借して静かにその場を離れた。皆を宥める役回りは、オレではなく平田や櫛田が適任だ。とは言え、彼らでも今暫くは時間がかかりそうだったが。

 

「土岐と軽井沢、か……」

 

 誰に向けたものではない呟きは、夏の暑さに掻き消えていく。あの二人は良くも悪くも特異な関係だ。彼女らの独自の損得勘定によって、これからもクラスは振り回されるだろう。他人の色恋を邪魔するつもりはないが、もし仮にDクラスの――オレの敵に回るというのなら、相応の対処をしなければならない。

 

 今はただ、そうならないことを願おう。

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