十月に入ると、ようやく夏の名残も薄くなってきた。
昼間はまだ暖かい日もある。
日差しの下を歩けば、少し汗ばむこともあった。
けれど、朝に窓を開けた時の空気は九月とは明らかに違う。
半袖で外へ出る学生は少しずつ減り、薄手の長袖やシャツ姿が増えている。
中には、軽い上着を羽織っている者もいた。
結人もその日は長袖のシャツを着ていた。
駅から大学へ向かう道を歩きながら、何となく空を見上げる。
高い空。
薄く伸びた雲。
『もう十月か』
後期が始まってから二週間ほどが経っていた。
最初の数日は、どこか夏休み明けという感覚が残っていた。
けれど今では、それもほとんどない。
講義へ行く。
友人たちと昼を食べる。
空き時間に課題を進める。
バイトがある日は、そのままライブハウスへ向かう。
いつの間にか、生活はすっかり後期の形に戻っていた。
正門をくぐる。
そこで結人は、キャンパスの景色が九月半ばとは少し変わっていることに気づいた。
秋桜祭まで、およそ一か月。
掲示板には以前より色のあるポスターが増えていた。
軽音系サークルのライブ。
ダンスステージ。
研究展示。
模擬店。
学生団体による企画。
九月には文字ばかりだった掲示板が、少しずつ祭りらしい色を持ち始めている。
今年の秋桜祭は、十一月初旬の土曜と日曜。
二日間にわたって行われる。
まだ大学全体が華やかに飾りつけられているわけではない。
本番までは時間がある。
けれど中庭では、実行委員らしい学生たちが資料を確認し、いくつかの段ボールを運んでいる。
会議や募集を中心にしていた段階から、少しずつ実際に手を動かす準備へ移っている。
そんなところなのだろう。
「増えたな」
隣を歩いていた渉が言った。
修司が掲示板を見る。
「何が?」
「ポスター。先週より増えてるだろ」
「よく覚えてるな」
「学祭だからな」
結人が横を見る。
「結構楽しみにしてるよね」
「そりゃするだろ。大学一年目の学祭だぞ」
「見る側がいいって言ってたけど」
「見る側だから楽しみなんだよ」
「都合いいな」
修司が言う。
「特権と言ってくれ」
「何の特権だ」
三人はそのまま講義棟へ向かう。
その途中。
渉が掲示板を振り返った。
結人はそれに気づく。
「何?」
「いや……」
「気になるものあった?」
「今日だった気がするんだよな」
「何が?」
渉は少しだけ考えてから言った。
「ミスコンのファイナリスト発表」
結人は思わず笑った。
「朝からそれ?」
「何で笑うんだよ」
「どれだけ興味あるの?」
「秋桜祭の企画だから気になるだけだって」
修司が言う。
「他の企画の発表日も覚えてるのか?」
渉が黙る。
「……」
「ほら」
結人が言った。
「いや、これから覚える」
「今から?」
「細かいこと気にすんなよ」
「自分から言い出したのに」
渉は不満そうな顔をしたが、そのまま講義棟へ入っていった。
☆☆☆☆☆
午前の講義が終わる。
教授が教室を出ていくと同時に、学生たちが一斉に動き始めた。
結人もノートを閉じる。
「昼、食堂でいい?」
「いいんじゃないか」
修司が答える。
その横で。
渉がすでにスマートフォンを見ていた。
結人は嫌な予感がした。
「……何見てるの?」
「確認」
「何の?」
「ミスコン」
「本当にどれだけ興味あるの?」
「またそれ!?」
渉が顔を上げる。
「いや、この前颯がグループで発表のこと送ってただろ?」
言われて、結人もスマートフォンを取り出す。
グループメッセージを確認する。
確かに数日前に颯から、
「ミスコンのファイナリスト発表みたいだよ」
と送られていた。
その直後。
「マジ?」
と返信しているのは渉だった。
結人自身も既読はつけている。
『完全に忘れてた』
「本当だ」
「だろ?」
渉が少し得意げになる。
「結人が忘れてただけじゃん」
「でも渉は即レスしてるよね」
「たまたまスマホ見てた」
「何秒?」
修司が聞く。
渉は画面を見る。
「……十二秒」
結人が笑う。
「やっぱり興味あるじゃん」
「返信速度で判断するな!」
そこへ後ろから声がした。
「何騒いでんの?」
紗里奈だった。
その隣には颯もいる。
渉が答える。
「ミスコン」
「ああ、今日だっけ」
「紗里奈まで忘れてる!」
「別に発表日に合わせて生きてないし」
「この温度差!」
颯が笑う。
「もう貼られてると思うよ」
渉がすぐに反応した。
「見た?」
「まだ。実行委員の知り合いが、さっき掲示板の方にいたから」
「じゃあ見に行こうぜ」
「昼飯は?」
修司が聞く。
「その前にちょっとだけ」
結人が渉を見る。
「そこまで?」
「いいだろ別に!」
紗里奈が笑った。
「結人、今日ずっとそれ言ってない?」
「だって分かりやすいから」
「最近、結人も渉の扱い慣れてきたよね」
颯が言う。
結人は少しだけ考えてから、
「そうかも」
と答えた。
渉が不満そうにする。
「何でオレが扱われる側なんだよ」
「普段の行いじゃないか?」
修司が淡々と返した。
☆☆☆☆☆
掲示板の前には、すでに何人かの学生が集まっていた。
全員がミスコン目当てというわけではない。
秋桜祭関係の掲示そのものが増えているため、立ち止まる学生も多い。
ただ。
その一角だけは、いつもより明らかに視線を集めていた。
上部に秋桜祭のロゴ。
その下には、
秋桜祭ミスコンテスト 本選ファイナリスト発表
と書かれている。
「おお」
渉が声を漏らした。
結人が横を見る。
「……そんなに?」
「感嘆詞くらい言わせろよ!」
紗里奈が吹き出す。
「もう完全に弄られてるじゃん」
「誰のせいだと思ってんだ」
「渉自身じゃない?」
結人が言う。
「結人まで!」
五人で掲示板へ近づく。
そこには十二人の写真が並んでいた。
「結構いるな」
修司が言う。
「十二人か」
渉も数える。
ファイナリストの写真の上には、今年のミスコンについて簡単な説明が書かれていた。
応募は自薦、他薦の双方を受け付ける。
他薦の場合でも、本人の出場意思を確認した上で候補者となる。
そして、応募・推薦を受けた候補者の中から、秋桜祭実行委員会による事前選考を行い、本選へ進む十二人を決定する。
「予選は一般投票じゃないんだ」
結人が何となく言った。
「実行委員が決めてるみたいだな」
修司も掲示を見る。
渉が少し首を傾げた。
「でもさ」
「何?」
「それ、実行委員やってる人が候補だったら有利にならない?」
紗里奈も掲示へ目を向ける。
「あー……確かに。同じ実行委員同士で選ぶんでしょ?」
「そこは上手くやってるんじゃない?」
颯が言った。
「候補になった本人が選考に参加できるわけじゃないだろうし」
結人も説明の下に並ぶ細かな注意書きを読む。
「あ、書いてある」
「何?」
候補者本人および候補者と直接関係する実行委員は、当該候補者に関する選考には参加しないものとする。
「一応、外す仕組みにはなってるみたいだね」
結人が言う。
「まあ、そりゃそうか」
渉が頷く。
紗里奈は少し考えた。
「でも、それなら最初から一般投票とかにしないのかな」
「予選から?」
「うん。ネット投票とか」
颯が答える。
「できなくはないと思うけど、準備もあるし、集計とか本人確認とか諸々の手間が増えるんじゃない?」
修司も言う。
「本番前から大々的に投票やるなら、その管理も必要になるだろうな」
「本番で予選からやるのは?」
渉が聞く。
「十二人より多い人数をステージに上げるってこと?」
結人が聞き返す。
「そう」
紗里奈が秋桜祭の日程を指差した。
「二日間あるんだから、一日目に予選、二日目に決勝とか?」
「でも、それはそれで大変じゃない?」
結人が言う。
「予選用のステージに人員割いて、次の日も決勝でまた人員必要になるし」
颯も頷く。
「司会も音響も警備も、出場者の誘導もあるだろうしね。二日とも同じ企画に人を割くことになる」
「他のステージ企画もあるしな」
修司が言った。
「それ考えたら、事前に十二人まで絞って本番でやる方が楽か」
渉が納得したように腕を組む。
紗里奈が笑った。
「あんた、さっきから運営側みたいに考えてるね」
「気になるだろ」
結人がすぐ言った。
「どれだけ興味あるの?」
「そこに戻すな!」
笑い声が起きた。
結人も笑いながら、その下にある参加資格へ目を移す。
そこにも、いくつか規定が書かれていた。
秋桜祭ミスコンテストは隔年開催。
過去の秋桜祭ミスコンテストにおいて、本選ファイナリストとなった学生は、以後の同コンテストへの出場不可。
「やっぱ二年に一回なんだ」
渉が言う。
以前から、ミスコンが毎年行われる企画ではないこと自体は聞いていた。
ただ、決まった隔年開催だとは知らなかった。
「四年間なら、基本二回は開催されることになるのか」
修司が言う。
「一回落ちても次があるってことだね」
結人も答える。
紗里奈がファイナリストの写真を見る。
「逆に一回ここまで残ったら、次は出られないんだ」
「同じ人ばっかりにならないようにしてるのかもね」
颯が言った。
「十二人も枠あるし、新しい人に回す意味もあるんじゃない?」
「ちゃんと色々考えてるんだな」
渉が感心したように言う。
修司が横を見る。
「何目線だ?」
「参加者目線?」
「お前参加しないだろ」
「観客目線」
「変わったな」
結人が笑う。
それから、改めて十二枚の写真へ視線を移した。
知らない顔ばかりだった。
所属も様々だ。
商学。
文学系。
社会福祉。
そして理工系の学科名も並んでいる。
学年も一年から上級生まで混ざっていた。
『本当に色んな人がいるな』
普段、結人が接する学生はどうしても経済学科周辺に偏っている。
同じ大学にいても。
顔も名前も知らないまま卒業する相手の方が圧倒的に多いのだろう。
端から順番に写真を見る。
その途中。
一つだけ、見覚えのある名前があった。
商学科一年、七海日葵。
『あ』
結人は目を止めた。
写真に写っていたのは、茶色のショートヘアの女子学生だった。
髪は顎より少し下ほど。
軽く整えられた毛先が頬の横に沿っている。
写真の中で、日葵は明るく笑っていた。
顔立ちは整っている。
けれど。
結人が最初に感じたのは、綺麗というよりも親しみやすそうという印象だった。
作った笑顔というより、普段からよく笑っている人間の表情。
以前から聞いていた、
明るい。
人付き合いが得意。
目立つ。
人気がある。
そんな言葉が、ようやく一人の姿へ結びついた。
『この人なんだ』
名前だけだった人物に、初めて顔がついた。
「やっぱり出たんだな」
渉が言う。
紗里奈も写真を見る。
「七海さんね」
「前から声かけられてるって話だったし」
颯が頷く。
「本人も受けたんだ」
渉が少し考える。
「でも七海さん、実行委員なんだろ?」
「そうみたいだね」
颯が答える。
「それなら、さっき言ってた話ちょっと気にするかもな」
「自分が実行委員だから選ばれたって思われるとか?」
結人が聞く。
「そうそう」
紗里奈も頷いた。
「本人からしたら、ちょっと微妙かもね。ルール上は選考から外されてても、知らない人から見たら分からないし」
「まあ、そこまで気にするかは本人次第だけどね」
颯が言う。
渉は日葵の写真を見たあと、他の候補者へ視線を動かした。
「優勝候補だったりする?」
「それは知らないって」
颯が苦笑する。
「大学内女子情報局なのに?」
結人が言った。
颯がこちらを見る。
「結人までその呼び方使うの?」
修司が言う。
「もう定着してるな」
「してないよ」
紗里奈が笑った。
「でも、十二人もいるなら誰が勝つか分かんないよね」
「そりゃそうだな」
渉が写真を一枚ずつ見ていく。
結人が横を見る。
「真剣だね」
「だから!」
「十二人ちゃんと見てる」
「見るだろ普通!」
「講義資料もそれくらい――」
「単位の話までセットにするのやめろ!」
修司が小さく笑った。
周囲でも、掲示を見た学生たちが話している。
「あ、七海出るんだ」
「商学科の子だよね?」
「これがファイナリストか~」
「理工の子もいるじゃん」
そんな声が耳に入る。
日葵の名前も何度か聞こえた。
『本当に知られてるんだな』
以前は颯たちから聞いただけだった。
けれど、こうして別の学生たちが自然に名前を口にしているところを見ると、少し実感が湧く。
結人はもう一度写真を見る。
七海日葵。
普通に可愛いと思う。
人気があると言われれば納得もできる。
ただし。
それ以上ではない。
胸が高鳴るわけでもなければ、強く興味を持つわけでもない。
『次に見かけたら分かるかな』
今のところは、その程度だった。
「結人」
渉が言う。
「何?」
「七海さん、普通に可愛くない?」
「うん。可愛いと思うよ」
「だよな」
「でも渉ほど食いついてはない」
「まだ言うの!?」
紗里奈が笑い出す。
「今日の結人しつこいね」
「渉の反応が毎回同じだから面白くて」
「絶対性格悪くなった!」
修司が言う。
「たぶん前より遠慮がなくなっただけだろ」
一瞬。
結人は修司を見る。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
以前なら。
同じことを思っても、何度も口にはしなかった気がする。
相手が嫌がらないか。
余計なことではないか。
そんなことを一度考えていた。
今は。
渉ならこのくらい大丈夫だと知っている。
そのことを、いちいち確認する必要がない。
「まあ」
結人は少し笑う。
「渉だからね」
「どういう意味だよ!」
また笑いが起きた。
☆☆☆☆☆
午後。
次の講義まで少し時間が空いていた。
渉と修司は先に教室へ向かっている。
結人は一人、自動販売機へ飲み物を買いに来ていた。
無糖の紅茶を選び、硬貨を入れてボタンを押す。
落ちてきたペットボトルを取り出した時だった。
「日葵、おめでとう!」
少し離れたところから女子学生の声が聞こえた。
結人の手が止まる。
『日葵?』
数時間前に見たばかりの名前。
何となく視線を向ける。
女子学生が三人歩いていた。
そのうちの一人。
茶色のショートヘア。
『あ』
昼に見た写真と同じ顔だった。
七海日葵。
本人だ。
「ありがとー。でも、まだファイナリストになっただけだって」
「十二人に入ったんだから十分すごいでしょ」
「いや、実行委員やってるから顔覚えられてた分もあるかもしれないし」
日葵は笑いながら、片手をひらひらと振った。
「またそういうこと言う」
友人の一人が呆れたように返す。
「候補になった実行委員は選考に関われないんでしょ?」
「それはそうだけど」
「だったら関係ないじゃん」
「でも、普段から実行委員の人たちと顔合わせてるのは本当だし」
「それで本選まで通すほど甘くないって」
「そうかなあ」
「そうだって」
日葵は少し困ったように笑った。
「まあ、推薦してくれた子たちに恥かかせないくらいには頑張るよ」
「優勝するって言いなよ」
「それはハードル高いって!」
三人が笑う。
結人は少しだけ目を止めた。
『やっぱり、本人も気にするんだ』
先ほど掲示板の前で話したばかりだった。
実行委員が候補者を選ぶこと。
候補者本人は選考から外れること。
それでも、実行委員である以上、本人の側には思うところがあるらしい。
ただ。
声の調子は重くなかった。
本気で疑っているというより。
自分を少し低く見積もるための言葉に近い。
そこへ別方向から声が飛んだ。
「七海ー! ミスコン出るんだって?」
男子学生だった。
日葵が振り向く。
「出るみたい!」
「本人なのに他人事かよ!」
「まだ実感ないんだって!」
男子学生が笑う。
日葵も笑いながら片手を上げた。
相手が男子だからといって、急に態度が変わったようには見えない。
『誰とでもすぐ仲良くなるって、こういうことなのかな』
以前、颯から聞いた話を思い出す。
目立って人気もある。
そう聞いた時、結人は最初、容姿のことを中心に考えていた。
もちろん見た目も整っている。
しかし、それだけではないらしい。
人に声をかけられる。
それに自然に返す。
また別の誰かが声をかける。
そうして関わる人間が増えていけば、名前を知る人間も自然と増えていく。
『自分とは違うタイプだな』
そう思った。
結人は知らない人間と話せないわけではない。
けれど、日葵ほど自然に距離を縮めることはできないだろう。
以前なら、そこから自分と相手を比べたかもしれない。
『だから自分は駄目なんだ』
そんなところまで考えたかもしれない。
今も、そういう思考が完全になくなったわけではない。
けれど、今日は、そこまで行かなかった。
『まあ、人それぞれか』
それだけで終わった。
結人はペットボトルを鞄へ入れる。
これ以上見ているのも変だ。
講義室へ向かおうとした時。
「日葵ー!」
また別の声がした。
「はーい!」
日葵は片手を上げ、その声の方へ歩いていく。
結人も反対方向へ歩き始めた。
彼女は結人を知らない。
☆☆☆☆☆
「遅かったな」
講義室へ入ると、修司が言った。
「自販機寄ってた」
結人は空いている席へ座る。
前にいる渉が振り返った。
「何買った?」
「紅茶」
「一口」
「自分で買いなよ」
「冷たい」
「そのために自販機あるでしょ」
鞄へペットボトルをしまう。
その時、結人は先ほどの出来事を思い出した。
「そういえば」
「何?」
「さっき七海さんいたよ」
渉が即座に振り向いた。
「どこ!?」
結人は数秒黙った。
修司もゆっくり渉を見る。
結人は耐えきれず笑った。
「……本当にどれだけ興味あるの?」
「いや、いたって言われたら聞くだろ!」
「反応早すぎるよ」
「どこ?」
「自販機の近く。もうどっか行ったけど」
「何だよ」
少し残念そうに前を向く。
修司が言う。
「お前、だいぶ楽しみにしてるな」
「だから、話題の人がいたら気になるだろ?」
「実行委員なの、本人もちょっと気にしてたみたい」
結人が言う。
渉が再び振り返る。
「何で分かった?」
「友達と話してるのが聞こえただけ。実行委員だから顔覚えられてた分もあるかも、みたいなこと言ってた」
修司が言う。
「さっき話してた通りか」
「本人からしたら、そう思うこともあるんだな」
渉が言った。
結人は頷く。
「友達には、選考に関われないんだから関係ないって言われてたけどね」
「実際そうだろ」
修司が言う。
「まあね」
渉は少し考える。
「でも、そういうところまで本人は気にすんのか」
結人が笑う。
「さっきまで顔の話ばっかりしてたのに急に真面目だね」
「オレだって真面目な話するわ!」
「ミスコン関連だと特に?」
「またそこ!?」
修司が小さく笑った。
「今日だけで何回目だ」
「結人がしつこい!」
「反応するから」
「反応しないと負けた感じするだろ!」
「何に勝負してるの?」
教授が教室へ入ってきた。
渉はまだ何か言いたそうだったが、仕方なく前を向く。
結人もノートを取り出した。
数分後、講義が始まれば、七海日葵のことも、ミスコンのことも結人の意識から一度外れていった。
☆☆☆☆☆
それから数日。
大学の景色は、また少しだけ変わった。
秋桜祭までの日数を書いたボードが、掲示板近くに置かれている。
残りは三十日を切っていた。
それでも、本番まではまだ少し時間がある。
けれど、実行委員の動きは九月よりも明らかに増えていた。
昼休み。
結人たち五人が校舎を出る。
中庭の端に、いくつか長机が並んでいた。
その周囲で、腕章をつけた学生たちが作業している。
紙を切る者。
資料を種類ごとに分ける者。
段ボールへ文字を書き込む者。
まだ大掛かりな装飾を始める段階ではない。
それでも。
これまで掲示板や会議室の向こうにあった準備が、少しずつ人目につくところまで出てきている。
「あれ、前からやってた?」
渉が足を緩める。
紗里奈が見る。
「最近じゃない?」
颯が答える。
「十月入ったし、そろそろ手作業も増えるんじゃない?」
「大変そうだな」
渉が言う。
修司がすぐ返す。
「手伝ってくれば?」
「何でそうなるんだよ」
「気になってるんだろ」
「見るのとやるのは別」
修司が肩をすくめる。
「勉強にもそれくらい興味を持てば良いんじゃないか?」
「それが出来たら苦労しない」
笑い声が中庭へ混ざる。
結人も笑いながら、作業をしている学生たちを見る。
その中には、見覚えのある茶色のショートヘアもあった。
少し離れた長机で、数人の実行委員と一緒に資料を仕分けている。
七海日葵。
自販機の近くで見かけた時と変わらず、人と話しながら手を動かしていた。
掲示板の写真だけを見れば、華やかな印象が先に立つ。
けれど、今目の前にいる彼女は、他の実行委員と同じように紙の束を数え、段ボールへ詰めている。
『実行委員なんだもんな』
当然のことだった。
秋桜祭へ出る側であり。
秋桜祭を作る側でもある。
結人は少しだけその姿を見たあと、前へ視線を戻した。
九月には、まだ遠い予定だった秋桜祭。
十月に入り、出場者が決まり、参加団体が固まり、少しずつ実際に手を動かす人が増えている。
結人たちはまだ、その外側にいる。
見る側。
参加する予定のない側。
祭りへ向けて動いている人たちを、少し離れたところから眺めているだけだった。
けれど。
人と人との距離と同じように、そういう境目も、何か一つきっかけがあれば、思ったより簡単に変わるのかもしれない。
秋桜祭まで、あとひと月ほど。
その距離は九月に感じていたものより、少しだけ近くなっていた。
改めて考えると作中の時間がリアルの超えましたね。
まだまだ暑い日は続きますが、無理のない範囲で頑張りたいです。