水底から見上げた、二度目の空   作:しまらくだ

17 / 17
文化祭(秋桜祭)編開始です。


祭りの中へ

大学の最寄り駅を出たところで、結人はいつもの土曜日とは違う空気を感じた。

改札から吐き出される人の中に、普段ならあまり見かけない姿が混じっている。

 

制服姿の高校生らしい集団。

小さな子どもの手を引く家族連れ。

スマホで地図を確認しながら歩く年配の夫婦。

 

その多くが、結人と同じ方向へ向かっていた。

大学へ近づくにつれて、人の流れはさらに太くなっていく。

結人は歩きながらスマホを取り出した。

九時五十二分。

約束は十時だから、十分に間に合う。

昨夜設定しておいたアラームは一度鳴っただけで役目を終えた。二度寝もしなかったし、普段大学へ行く時より荷物が少ないぶん、家を出る準備も早かった。

 

『自分も結構楽しみにしてたんだな』

 

少し前までなら、その気持ちに何か別の理由をつけたかもしれない。

 

誘われたから。

友人が行くから。

大学生なら一度くらい参加するものだから。

 

今朝は、そこまで考えなかった。

行きたいから来た。

それで十分だった。

正門が見えてくる。

昨日までは学生たちが忙しなく準備を続けていた場所に、大きな横断幕が掲げられていた。

 

色とりどりの飾り。

秋桜を模した装飾。

正門脇には今日の企画を案内する立て看板も並んでいる。

 

見慣れた大学なのに、少しだけ別の場所のようだった。

結人は正門前へ視線を巡らせる。

人は多かったが、修司はすぐに見つかった。

門から少し離れたところでスマホを見ている。

 

「おはよう」

 

結人が声をかけると、修司が顔を上げた。

 

「おはよう。早いな」

 

「言ってもほとんどただの五分前行動だけどね。修司こそ早いね」

「電車の時間がちょうどよかっただけだ。九時四十五分くらいには着いた」

 

修司らしい答えだった。

 

「颯と紗理奈は?」

「まだ」

「渉は?」

「もっとまだ」

「決めつけるの早くない?」

「昨日までの言動を考えろ」

 

否定しづらかった。

結人がもう一度時間を見る。

九時五十五分。

その時、駅の方からこちらへ手を振る姿が見えた。

 

「おはよー」

 

紗理奈だった。

いつもの大学へ来る時より少しだけ服装に気を使っているように見える。

 

「おはよう」

「二人とも早くない?」

「普通だろ」

 

修司が答える。

 

「まだ五分前だよ?」

「五分前だから来てる」

「真面目だなあ」

 

紗理奈が笑った。

さらに少し遅れて、颯もやってきた。

 

「おはよう」

「おはよう」

 

颯は三人を見たあと、周囲を見回した。

 

「あと一人だね」

 

誰のことか言う必要もなかった。

自然と四人の視線が駅側へ向く。

 

九時五十七分。

……五十八分。

 

「……来ないね」

 

紗理奈が呟いた。

 

「目覚まし三つかけるって言ってなかった?」

 

結人が聞く。

修司がスマホを取り出す。

 

「一回連絡するか」

 

その瞬間だった。

 

「待てぇぇぇ!」

 

遠くから聞き慣れた声が響いた。

人の間を縫うように、渉が走ってくる。

 

「うわ、本当に走ってきた」

 

紗理奈が吹き出す。

渉は四人の前まで来ると、膝へ手をついた。

 

「間に……合った……!」

 

結人はスマホを見る。

九時五十九分。

 

「あと一分」

「間に合っただろ!」

「ぎりぎりだな」

 

修司が言う。

 

「遅刻してないから勝ち!」

「誰と勝負してるの?」

「昨日のオレ」

 

颯が笑った。

 

「目覚まし三つは?」

「全部鳴った」

「じゃあ、なんでぎりぎりなの?」

 

紗理奈に聞かれ、渉は一瞬だけ黙った。

 

「……二度寝した」

「意味ないじゃん」

 

四人の声が重なった。

結人も思わず笑う。

ずっと先にあると思っていた秋桜祭は、もう目の前で始まっている。

 

「じゃあ、行くか」

 

修司が言った。

 

「おう!」

 

渉が顔を上げる。

五人は揃って正門をくぐった。

 

☆☆☆☆☆

 

中へ入って最初に感じたのは、音だった。

 

ステージから流れる音楽。

模擬店の呼び込み。

誰かを呼ぶ声。

あちこちから聞こえる笑い声。

 

普段なら講義の始まりを告げるチャイムや学生の話し声が中心の場所に、今日は別の種類の音が満ちている。

少し進むと、今度は食べ物の匂いが漂ってきた。

 

焼きそば。

たこ焼き。

焼き鳥。

クレープ。

 

まだ十時を少し過ぎただけなのに、どれも妙に美味しそうに感じる。

 

「ほら!」

 

渉が両手を広げた。

 

「これだよ、これ!」

「何が?」

 

結人が聞く。

 

「祭り!」

「説明になってないよ」

「雰囲気だよ!」

 

準備の途中だった中庭には、今は模擬店が並んでいる。

 

揃いのTシャツを着た学生たち。

手書きの値段表。

色紙や段ボールで作られた看板。

 

少し離れた場所には、会場案内の大きなパネルも設置されていた。

結人は何気なくそちらを見て、足を少し緩める。

 

「……あれ」

「どうした?」

 

修司が振り返る。

 

「前に運んだやつじゃない?」

 

五人で見る。

秋桜祭の会場図が貼られた大きなパネルだった。

同じ形のものはいくつもあったため、本当に自分たちが運んだものかまでは分からない。

紗理奈も目を細める。

 

「あー、そうかも」

 

渉が腕を組んだ。

 

「つまり、オレたちが運んだから今日があるわけだな」

「言いすぎ」

 

修司が即座に返す。

 

「一時間くらい手伝っただけでしょ」

「でもゼロではない!」

「それはそうだけど」

 

結人は小さく笑った。

自分たちが運んだものかもしれない。

それだけなのに、ただ置かれている案内板が少し違って見えた。

作ったわけでもない。

企画を考えたわけでもない。

ただ、少し運ぶのを手伝った。

その小さな作業も、今日という日のどこかに繋がっている。

そう思うと、悪い気はしなかった。

 

「で!」

 

渉が手を叩く。

 

「まず何食う?」

「まだ入って三分くらいだよ?」

 

紗理奈が呆れる。

 

「もう十時だぞ」

「前は十時を朝扱いしてなかった?」

 

結人が聞く。

渉の動きが止まった。

 

「あれは集合時間の話」

「都合よすぎない?」

「祭りでは十時は昼!」

「無理があるだろ」

 

修司が言う。

五人で笑いながら、まずは中庭を見て回ることになった。

 

☆☆☆☆☆

 

最初に買ったのは、結局たこ焼きだった。

渉は焼きそばと迷っていたが、

 

「朝から両方はやめなよ」

 

という紗理奈の一言で片方に絞らされた。

 

「どっちかならいいんだ」

 

結人が言う。

 

「お祭りなんだから一個くらい普通でしょ」

 

そう答えた紗理奈自身も、しっかりフランクフルトを買っている。

五人は中庭の端へ移動し、立ったままそれぞれの食べ物を口にした。

 

「熱っ!」

 

渉がすぐに口元を押さえる。

 

「焼きたてなんだから当たり前だろ」

 

修司が言う。

 

「熱いって分かってても、いける気する時あるだろ!」

「ない」

「あるよな、結人?」

 

突然振られた。

 

「自分は冷ましてから食べる」

「裏切り者!」

「何の仲間だったの?」

 

紗理奈が笑う。

食べ終わってからも、特に行き先は決めなかった。

気になった教室へ入り、面白そうなら少し見る。

中庭へ戻ればステージの演奏を立ち止まって聞く。

ある教室では写真部が作品を並べていた。

修司が予想以上に長く足を止める。

 

「こういうの好きなの?」

 

結人が聞く。

 

「嫌いじゃない」

「修司が撮ったら上手そう」

 

渉が言う。

 

「なんでだよ」

「何でもできるから」

「雑すぎるだろ」

 

別の教室では、学生サークルが輪投げや射的を組み合わせたゲーム企画を行っていた。

渉が真っ先に参加する。

五回中、一回。

 

「……調子悪い」

「初めてやったのに、調子も何もないでしょ」

 

紗理奈が言う。

続いて修司。

四回。

 

「おかしくない!?」

 

渉が声を上げた。

 

「普通だろ」

「普通じゃない!」

 

颯は三回。

紗理奈は二回。

結人も二回だった。

 

「ほら!」

 

渉が結人を指差す。

 

「結人はオレ側!」

「一回差あるけど」

「誤差!」

「自分は負けたと思ってるよ」

「認めるな!」

 

結人はまた笑った。

受付でもらった小さな菓子をポケットへ入れる。

特別なことは何も起きていなかった。

 

歩いて。

食べて。

遊んで。

友人の失敗を笑う。

 

それだけだった。

けれど、結人にはそれが思っていた以上に心地よかった。

 

『こういうのでいいんだな』

 

何か特別な思い出を作らなければならないわけではない。

誰かと一緒に歩いて、目についたものへ寄る。

楽しかったなら、それでいい。

今は、その気持ちに理由をつけようとは思わなかった。

 

☆☆☆☆☆

 

昼を少し過ぎた頃、紗理奈のスマホが震えた。

画面を確認した紗理奈が、周囲へ視線を向ける。

 

「来たみたい」

「友達?」

 

結人が聞く。

 

「うん。もう近くにいるって」

 

紗理奈は人の流れの向こうを探し、やがて少し離れた場所へ手を振った。

その先で、二人の女子学生がこちらへ手を振り返す。

 

「あ、いた」

 

紗理奈はバッグを肩へ掛け直した。

 

「あたし、ここからあっち行くね」

「もう行くのか」

 

渉が言う。

 

「午前中ずっと一緒だったじゃん」

「まあ、そうだけど」

 

紗理奈が少し笑う。

 

「何、寂しいの?」

「そういう意味じゃない!」

「はいはい」

 

修司が二人の方を見る。

 

「明日も来るんだろ?」

「来るよ。ミスコンも見るし」

「やっぱり見るんだ」

 

結人が言う。

 

「そりゃ目の保養にもなるし、見るでしょ」

 

紗理奈は片手を上げた。

 

「じゃ、また明日ね」

「おう」

「また明日」

 

結人も返す。

紗理奈は人混みの中へ歩いていき、待っていた二人と合流した。

何か話した直後、三人で笑う。

そのままこちらとは別の方向へ消えていった。

 

「四人になった」

「見れば分かる」

 

渉が呟くと、修司が返した。

 

「急に男だけになったな」

「最初から男四人だったでしょ」

 

颯が笑った。

結人は紗理奈が消えた方を一度見る。

別に寂しいとは思わなかった。

明日になればまた会う。

普段の大学でも、全員がずっと一緒にいるわけではない。

紗理奈には紗理奈の友人がいて、それは当たり前のことだった。

 

「次どうする?」

 

修司がパンフレットを開く。

颯が横から覗き込んだ。

 

「ちょっと屋内見ない? さすがに歩きっぱなしだし」

「座れる?」

 

渉が聞く。

 

「そこ基準なの?」

「足疲れた」

「サークルやってる人間の発言じゃないな」

「今日は祭りだから!」

「祭りを何でも許される理由にしてるよね」

 

結人が言う。

四人は近くの講義棟へ向かった。

 

☆☆☆☆☆

 

建物の中も、中庭ほどではないが十分に賑わっていた。

廊下には手作りの案内板が並び、教室ごとにまったく違う企画が行われている。

 

映画研究会の上映会。

ボードゲームの体験スペース。

占い。

脱出ゲームのような企画。

休憩所を兼ねた小さな喫茶スペース。

 

「こういうの、大学祭って感じするな」

 

渉が言う。

 

「さっきまで外で散々祭り見てただろ」

 

修司が返した。

 

「外は食い物。こっちは遊ぶところ」

「分け方雑だね」

 

颯が笑う。

二階へ上がったところで、四人は一つの看板の前を通りかかった。

 

『身近な福祉を考える』

 

他の教室に比べると装飾は控えめだった。

看板の下には、

『社会福祉学科有志企画』

と書かれている。

渉が足を止めた。

 

「こういう真面目なのもあるんだな」

「文化祭だからって、全部遊びじゃないでしょ」

 

結人が言う。

 

「いや、そうなんだけどさ。射的とか食べ物ばっかり見てたから」

 

教室の中には写真やパネルが並び、机の上にはいくつか体験用らしい道具も置かれている。

颯が中を覗いた。

 

「ちょっと見てみる?」

 

渉が看板と教室内を交互に見る。

 

「難しくない?」

「入る前から諦めるなよ」

 

修司が言う。

颯が小さく笑った。

 

「中、涼しそうだし」

 

渉はすぐに頷いた。

 

「入ろう」

「理由そっちなんだ」

 

結人も三人の後へ続いた。

入口では学生が資料を配っていた。

 

「こんにちは。よかったら自由に見ていってください」

 

四人は軽く頭を下げて中へ入る。

内容は、渉が心配していたほど堅苦しいものではなかった。

 

高齢者の生活支援。

地域交流。

バリアフリー。

ユニバーサルデザイン。

 

写真や図が多く使われ、専門知識がなくても読めるよう工夫されている。

 

「思ってたより分かりやすいな」

 

渉が素直に言う。

 

「何を想像してたの?」

 

結人が聞く。

 

「難しい文章が壁一面に貼ってあるやつ」

「偏見すごいね」

 

その渉は、少し先に置かれた体験用のゴーグルを見つけると、すぐそちらへ向かった。

 

「これ何?」

 

颯が説明を見る。

 

「視野が狭くなった状態を体験するゴーグルだって」

「やっていいの?」

「体験できますって書いてある」

「じゃあやる」

 

渉が装着した。

途端に、きょろきょろと首を動かす。

 

「うわ、横見えない」

「どのくらい?」

「修司どこ?」

「右」

「近っ!」

「大声出すな」

 

三人がそんなやり取りを始めたため、結人は少し離れたパネルの方へ移動した。

公共施設や道路にある設備についてまとめられている。

 

スロープ。

手すり。

案内表示。

点字ブロック。

 

どれも普段から目にしているものだった。

その中の一文で、結人の目が止まる。

 

『設置する側が便利だと思うことと、実際に利用する人が便利だと感じることは、必ずしも同じではありません』

 

「そこ、私たちも話を聞くまで気づかなかったんです」

 

横から声がした。

結人は顔を上げる。

一人の女子学生が立っていた。

 

肩より下まで伸びた黒髪。

柔らかな表情。

派手さはないのに、自然と目を向けてしまう整った顔立ち。

 

どこかで見たような気がした。

 

『……あ』

 

以前、大学職員が落とした資料を拾い、一緒に運んでいた女子学生。

あの時は距離があり、顔まではよく見えなかった。

それでも、立ち姿には覚えがあるような気がした。

ただ、それだけで本人だと決めることはできない。

結人が黙っていると、女子学生はパネルへ視線を戻した。

 

「最初は、設備が増えれば増えるほど便利になると思っていたんです。でも、実際には置く場所や高さで使いやすさが変わったり、逆に邪魔になったりすることもあって」

「ああ……」

 

結人もパネルを見る。

 

「これって、実際に使ってる人にも話を聞いたんですか?」

「はい」

 

女子学生は頷いた。

 

「地域の施設に協力していただいて、利用している方や職員さんに話を聞きました。学生だけで考えると、どうしても『これなら便利なはず』で終わってしまうので」

「自分たちがいいと思っても、相手もそうとは限らないってことですか」

「そうですね」

 

女子学生は少し考えてから続ける。

 

「良かれと思ってすることでも、本人が困る場合はありますから。だから、先に決めつけるより聞いた方がいいんだと思います」

 

結人は、その言葉に少しだけ引っかかった。

先に決めつけない。

相手に聞く。

難しい話ではない。

むしろ当たり前に聞こえる。

けれど結人自身は、そうできているだろうか。

 

相手に迷惑ではないか。

邪魔ではないか。

嫌がられていないか。

 

直接聞くより前に、自分の中で答えを出してしまうことの方が多い。

 

『聞く、か……』

 

考えていると、後ろから渉たちが近づいてきた。

 

「結人、これもやってみろよ」

「何?」

「片手だけでボタン留めるやつ」

「なんでそんな楽しそうなの?」

「難しいんだって!」

 

女子学生が小さく笑った。

その時、教室の奥から別の学生が声をかける。

 

「真白、こっちの説明お願いしていい?」

「うん。今行く」

 

真白。

結人はその名前に反応した。

女子学生――真白は、結人へ軽く頭を下げる。

 

「すみません。もし分からないところがあったら、近くの学生に聞いてください」

「あ、はい。ありがとうございました」

「こちらこそ、見てくださってありがとうございます」

 

真白はそう答え、呼ばれた方へ歩いていった。

その背中を、颯が少しだけ目で追った。

結人はその様子に気づいたが、何も聞かなかった。

すると、渉が口を開く。

 

「今、真白って呼ばれてたな」

 

颯が頷いた。

 

「うん。たぶん前に話題に出てた水無月真白さん」

「たぶん?」

 

修司が聞く。

 

「前に友達から教えてもらって、一回だけ見たことあるんだ。遠目だったけど、たぶん間違いないと思う」

 

それを聞いて、結人は改めて真白が向かった先を見る。

 

『やっぱり水無月さんだったんだ』

 

以前、職員が彼女を「水無月さん」と呼んでいた。

あの時は本人かどうか確信が持てなかった。

今は、颯の記憶と「真白」という呼び名が重なった。

ようやく名前と本人が一つになった。

 

「じゃあ、あれが水無月真白さんか」

 

渉が納得したように言う。

 

「そうみたいだね」

 

結人が答える。

 

「結人、何話してたの?」

「展示の説明してもらっただけだよ」

 

答えながら結人は先ほど見ていたパネルに視線を向ける。

 

「実際に使う人にも話を聞いてるのかって」

 

渉が一瞬黙る。

 

「……真面目」

「展示見に来てるんだから普通じゃない?」

「オレ、ゴーグルで騒いでただけだ」

「それも一応体験だろ」

 

修司が言う。

颯が笑った。

結人も少しだけ笑う。

真白と話したからといって、何か特別なことがあったわけではない。

以前から名前だけ聞いていた人物と、たまたま少し言葉を交わした。

それだけだ。

ただ、

 

『先に決めつけるより、聞いた方がいい』

 

その言葉だけは、不思議と残っていた。

 

☆☆☆☆☆

 

教室を出ると、廊下にはさっきより人が増えていた。

階段を下りながら、渉が言う。

 

「腹減った」

「さっき食べただろ」

 

修司が返す。

 

「あれは朝飯」

「十時は昼って言ってなかった?」

 

結人が聞く。

 

「状況による」

「便利な言葉覚えたね」

 

颯が笑う。

建物を出ると、中庭は午前中よりさらに賑わっていた。

模擬店には列ができ、ステージ前にも人が集まっている。

四人は人の流れを避けるように歩く。

途中、颯がパンフレットを開いた。

 

「ミスコンは明日だね」

 

渉の反応は早かった。

 

「何時?」

「午後二時」

「絶対見る」

「即答だな」

 

修司が言う。

 

「紗理奈も見るって言ってたし、明日また合流すればいいだろ」

「そうだね」

 

颯がページを開いたまま、候補者一覧を見る。

結人も横から少し覗いた。

何人かの顔写真と名前が並んでいる。

その中に、一つだけ見覚えのある名前があった。

七海日葵。

以前、秋桜祭の準備でパネルを運んだ時に、ほんの少しだけ話した相手。

 

「七海さん、本当に出るんだね」

 

結人が何気なく言うと、渉がこちらを見る。

 

「そういや結人、一回話したんだっけ?」

「話したっていうほどじゃないよ。パネル一緒に運んだだけ」

「それ話したって言うだろ」

「そうなの?」

「そうだろ」

 

颯が笑う。

 

「まあ、向こうは結人の名前知らないだろうけど」

「それはそう」

 

結人も素直に頷いた。

知り合いと呼べるほどではない。

明日ステージで見たとしても、向こうがこちらに気づくことはないだろう。

それで困ることもない。

結人はパンフレットから視線を上げた。

ステージの方から、ちょうど演奏が始まったらしい音が聞こえてくる。

 

「次、何見る?」

 

結人が聞いた。

三人が一瞬だけこちらを見る。

 

「何?」

「いや」

 

渉が少し笑う。

 

「結人から言うの珍しいなって」

「そう?」

「前だったら『どこでもいい』って言ってそう」

 

言われて、結人は少し考えた。

確かに、そうだったかもしれない。

誰かが決めるならそれでいい。

自分の希望を言って、相手に合わせてもらうほどではない。

そんなふうに考えていたことは多い。

けれど今日は、まだ帰りたいとは思っていなかった。

もう少し見て回りたい。

それなら、そう言えばいいだけだった。

 

「せっかく来たし」

 

結人はそう答えた。

 

「じゃあステージ行こうぜ!」

 

渉がすぐに歩き出す。

 

「結局お前が決めるのかよ」

 

修司が言いながら、その後を追う。

颯も笑って続いた。

結人も三人の後ろを歩き出す。

秋桜祭一日目。

まだ、終わるには少し早かった。

 




書いてるうちにどんどん伸びていってますのですが、本来予定では文化祭までを12~13話くらいまで終わらせようかと考えていたのでですが、流石に端折りすぎかと思い、開始までにここまで伸びました。
難しいです…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。