水底から見上げた、二度目の空   作:しまらくだ

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秋桜祭の折り返し入っていきます。




続く賑わい

ステージの前には、すでにかなりの人が集まっていた。

結人たちが近づいた時には、ちょうど軽音楽系のサークルが演奏を始めたところだった。

普段なら人が行き交う広場の一角に簡易ステージが組まれ、その前だけが別の空間のようになっている。

 

ギターの音。

ドラムの音。

マイク越しの歌声。

 

演奏が始まるたび、前方から歓声が上がった。

 

「もっと前行こうぜ」

「ここでも見えるだろ」

 

テンションの高い渉に、修司が冷静に返す。

 

「ライブは前で見るもんだろ!」

「渉ってライブ詳しいの?」

 

結人が聞く。

 

「詳しくない!」

「じゃあ何で言い切ったの」

 

颯が笑う。

結局、渉に押される形で少し前まで移動した。

最前列ではない。

かといって、遠すぎるわけでもない。

人の肩越しにステージ全体が見えるくらいの位置だった。

曲が終わる。

周囲から拍手が起こった。

結人も自然に手を叩いた。

次の曲が始まれば、またステージを見る。

知らない曲だった。

出演している学生も全員知らない。

それでも、不思議と退屈はしなかった。

隣では渉がやたら楽しそうに手拍子をしている。

颯も曲に合わせて軽く身体を揺らしていた。

修司は二人ほどではないが、普通に演奏を見ている。

結人も、その中にいる。

何曲目かが終わった時、ステージ上の学生がマイクを握った。

 

「ありがとうございましたー!」

 

大きな拍手が返る。

結人も手を叩いた。

自分がいつから周囲と同じように拍手していたのか、考えても分からなかった。

最初からだったのかもしれない。

 

「良かったな!」

 

演奏が終わると、渉が振り返った。

 

「うん」

 

結人は普通に頷いた。

 

「次も見る?」

「次はダンスだって」

 

颯がパンフレットを見る。

 

「見る?」

「せっかくだし」

 

結人が答える。

渉が一瞬だけこちらを見た。

けれど今度は何も言わず、

 

「じゃあ見るか!」

 

とステージへ向き直った。

 

☆☆☆☆☆

 

その後も何組かのステージを見た。

 

ダンス。

アカペラ。

学生による漫才のような企画。

 

四人とも全部に興味があるわけではないため、途中で抜けたり、気になるものだけ最後まで見たりした。

ステージを離れた頃には、太陽も少し傾き始めていた。

 

「腹減った」

「またか」

「またとは何だ」

「今日何回目だよ」

「いちいち数えてない」

「そこは少しくらい気にしろよ」

 

そんな二人のやり取りを隣で聞きながら、結人は笑った。

 

「腹減ったら食う。それだけ!」

「分かりやすいね」

 

颯も笑った。

四人は模擬店が並ぶ方へ戻った。

昼より人の流れは少し落ち着いているものの、どの店にもまだ客が並んでいる。

 

焼き鳥を買う渉。

唐揚げを買う修司。

クレープを選ぶ颯。

 

結人は少し迷ってから、焼きそばを買った。

 

「結人、結局焼きそば行ったな」

 

渉が言う。

 

「朝から見てたら食べたくなった」

「分かる」

「渉は朝たこ焼き食べてたでしょ」

「それはそれ、これはこれ」

「本当に気にしてないんだね」

 

四人で歩きながら食べる。

途中、颯が誰かに呼び止められた。

 

「あれ、隠?」

 

振り向くと、女子学生が二人立っていた。

颯もすぐに気づく。

 

「あ、久しぶり」

「来てたんだ」

「うん。友達と」

 

颯は自然に返した。

相手が何の知り合いなのか、結人には分からない。

少しだけ話して、颯は手を振る。

 

「じゃあ、また」

「うん。またね」

 

女子学生たちは、そのまま人混みの中へ消えていった。

颯が戻ってくる。

渉が待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

 

「ほら」

「何?」

「やっぱ消えるじゃん」

「消えてないでしょ」

「危なかった」

「何が?」

「知らない女子二人に連れていかれるところだった」

「そんな展開ないから」

 

颯が笑う。

結人も笑った。

以前、秋桜祭でどう動くかを話していた時には、颯が知り合いに呼ばれて途中で抜けるかもしれないという話もしていた。

実際には少し立ち話をしただけだった。

それだけのことなのに、以前の会話が一つそのまま形になったようで、妙におかしかった。

 

☆☆☆☆☆

 

日が傾くにつれて、大学の中の空気も少しずつ変わっていった。

昼間ほどの騒がしさはない。

それでも、まだ模擬店からは声が飛び、ステージから音が聞こえてくる。

結人たちはその後もいくつかの企画を見た。

気づけば、時計は五時を回っていた。

 

「そろそろ帰る?」

 

颯が言う。

渉は少し名残惜しそうに周囲を見る。

 

「まだやってるけどな」

「明日も来るだろ」

 

修司が言った。

 

「それもそうか」

 

正門へ向かって歩く。

 

朝は人の流れに乗ってこちら側へ入ってきた。

今は同じ場所から、帰る人たちが外へ向かっている。

結人はスマホで時間を確認した。

五時十三分。

 

『結構いたな』

 

十時前に集まった。

途中で紗理奈は別れたものの、それからも四人で回り続けた。

気づけば七時間近い。

途中で「もう帰ろう」と思ったことは一度もなかった。

ポケットに手を入れると、指先に小さな袋が触れた。

午前中のゲーム企画でもらった菓子だった。

まだ入れっぱなしだったらしい。

 

「どうした?」

 

修司が聞く。

 

「これ忘れてた」

 

結人が袋を出す。

渉が覗き込んだ。

 

「まだ持ってたの?」

「食べるタイミングなかった」

「じゃあくれ」

「なんで?」

「オレが食う」

「自分で食べるよ」

「ケチ」

「自分のなんだけど」

 

そんなことを話していると、スマホが震えた。

グループチャットだった。

紗理奈から写真が送られている。

女友達二人と並び、三人とも紙コップを手にしていた。

続けてメッセージ。

 

「一日目終了ー」

 

渉がすぐにスマホを出した。

 

「早」

 

颯が笑う。

 

「何送るの?」

「こっちも写真送ろうぜ」

「今?」

「今」

 

四人は正門近くで立ち止まった。

渉が自分のスマホを構える。

 

「入れ入れ」

「急だな」

 

修司が言いながらも横へ並ぶ。

颯も入る。

結人も少し遅れて画面の中へ収まった。

 

「撮るぞ」

 

一枚。

渉が撮った写真を確認する。

 

「修司だけ無駄にちゃんとしてる」

「普通に写っただけだ」

「結人ちょっと顔固くない?」

 

颯が画面を覗き込む。

 

「そう?」

「もう一枚撮る?」

「これでいいんじゃない」

 

結人が答える。

渉はその写真をそのままグループチャットへ送った。

すぐに紗理奈から返事が来る。

 

「男だけだと華がないね」

 

渉は画面を見るなり、

 

「余計なお世話だ!」

 

と打ち込んだ。

 

「明日何時にする?」

 

修司が言った。

 

「ミスコン二時だろ?」

 

颯がパンフレットを確認する。

 

「うん」

「十時?」

 

渉が提案した。

三人が同時に渉を見る。

 

「何だよ」

「今日ぎりぎりだった人が?」

 

結人が言う。

 

「明日は大丈夫!」

「その台詞、今日も聞いた気がする」

 

颯が笑う。

 

「十一時でいいんじゃない?」

 

修司が言った。

 

「それくらいなら昼まで少し回れるし」

「自分もそれでいいよ」

 

結人も頷く。

グループチャットへ、

 

「明日十一時、正門前でどう?」

 

と送る。

すぐに紗理奈から、

 

「了解」

 

と返ってきた。

渉も、

 

「余裕」

 

と送った。

結人は画面を見て少し笑う。

 

『その余裕が一番怪しいんだけど』

 

スマホをポケットへ戻した。

 

「じゃあ、また明日」

 

颯が言う。

 

「おう」

「また明日」

 

四人は駅へ向かって歩き出した。

 

☆☆☆☆☆

 

家へ帰ると、思っていた以上に身体が疲れていた。

靴を脱いだ瞬間、足の裏がじんわり重い。

 

『そりゃあれだけ歩けば疲れるか』

 

荷物を机の上へ置く。

 

財布。

スマホ。

モバイルバッテリー。

折り畳んだ秋桜祭のパンフレット。

 

ポケットから午前中にもらった菓子も出てきた。

結人は袋を見て、少しだけ笑った。

風呂に入り、夕食を済ませる。

ベッドへ座ったところで、またグループチャットが動いた。

紗理奈が、

 

「明日寝坊した人ジュース奢りね」

 

と送っている。

 

「任せろ」

「何を任せるんだ」

「もうフラグ立ってるよ」

 

渉、修司、颯のやり取りが続く。

結人も少し考え、

 

「目覚まし三つで」

 

と送った。

少しして、

 

「今日は四つにする」

 

と返ってきた。

結人は笑いながらスマホを置く。

今日一日を思い返した。

 

食べた。

歩いた。

ステージを見た。

ゲームもした。

 

思い返せば色々あったはずなのに、一番強く残っているのは、もっと曖昧なものだった。

 

騒がしかったこと。

何度も笑ったこと。

時間を気にしなくなっていたこと。

 

『楽しかったな』

 

思ってから、結人はその言葉を打ち消さなかった。

明日も行く。

それも、今は普通に楽しみだった。

 

☆☆☆☆☆

 

秋桜祭二日目。

大学へ着いたのは十時五十三分だった。

 

昨日と同じ正門。

同じ横断幕。

同じ装飾。

同じように大学へ吸い込まれていく人の流れ。

 

一度見ているからか、昨日ほどの驚きはなかった。

それでも賑わいは変わらない。

むしろ休日二日目だからなのか、昨日より少し人が多いようにも見える。

正門前には、すでに修司と颯がいた。

 

「おはよう」

「おはよう」

 

結人が近づく。

 

「二人とも早いね」

「普通」

 

修司が答える。

颯がスマホを見る。

 

「あと七分」

 

「今日こそ渉が余裕で来るらしいよ」

「昨日も似たこと言ってなかったか?」

 

三人で駅側を見る。

 

すると、今度はすぐに渉の姿が見えた。

歩いている。

走っていない。

渉は三人の前まで来ると、腕時計を見せつけるように腕を上げた。

 

「十時五十五分!」

「今日は余裕だね」

 

結人が言う。

 

「言っただろ!」

「五分前で威張ることか?」

 

修司が返す。

 

「昨日より四分も早い!」

「比較対象が低すぎる」

 

颯が笑う。

 

少し遅れて紗理奈もやってきた。

 

「おはよー」

「おはよう」

「今日は一人?」

 

渉が聞く。

 

「今はね。昨日の二人とは午後また合流する」

「ミスコン?」

「そう。あの二人も見るって」

 

結人は少し気になって、紗理奈を見る。

 

「こっち優先で大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。向こうも午前中は別の用事があるし、そういうので揉める仲じゃないから」

 

紗理奈は気にした様子もなく、軽い調子で答えた。

 

「時間が合う時に一緒に回ればいいしね」

「へえ」

 

結人は素直に頷く。

 

友人だからといって、ずっと一緒にいる必要はない。

互いに別の予定があれば、それぞれ好きに動いて、都合が合えばまた合流する。

紗理奈にとっては、それが当たり前なのだろう。

 

『こういうの、上手いんだろうな』

 

人との距離を近づけすぎず、かといって離れすぎもしない。

結人には、そういう距離の取り方が上手く見えた。

五人が揃った。

昨日と同じように正門をくぐる。

それだけなのに、昨日とは少し違う。

昨日は新鮮だった祭りの景色も、今日はどこか見慣れたものに感じられた。

 

☆☆☆☆☆

 

午前中は、昨日見なかった場所を中心に回った。

 

昨日は人が多くて諦めた模擬店。

時間が合わず入れなかった企画。

別の建物で行われていた展示。

 

「昨日あっち行ってないよね」

 

結人が指した先には、学生たちが作った小さな縁日のようなスペースがあった。

 

「行く?」

 

颯が聞く。

 

「せっかくだし」

「じゃあ行こうぜ」

 

渉がすぐに方向を変える。

少し前までなら、自分から場所を提案することなどほとんどなかった。

それを考えても、結人は特に気恥ずかしさを感じなかった。

行きたいと思った。

だから言った。

ただそれだけだ。

昼過ぎになると、五人は中庭近くの模擬店で軽く食べ物を買った。

昨日ほど朝から飛ばしていない渉も、結局は焼きそばを持っている。

 

「二日連続じゃない?」

 

紗理奈が聞く。

 

「昨日はたこ焼きから入った」

「そこじゃない」

 

五人で適当な場所を探して立つ。

食べながら、近くのステージを見る。

昨日とは少し雰囲気が違った。

ステージ脇にはスタッフらしい学生が何人も集まり、何かを確認している。

 

機材の位置を直す人。

紙を持って走る人。

出場者らしい女子学生を案内する人。

 

紗理奈がそちらを見る。

 

「ミスコンの準備じゃない?」

 

颯がパンフレットを確認した。

 

「たぶんそう。二時からだから」

 

渉も視線を向ける。

 

「候補者いるかな」

 

「探す気?」

 

紗理奈が笑う。

 

「せっかくだし」

 

五人で見る。

何人か女子学生がスタッフと話している。

その中に、結人は見覚えのある姿を見つけた。

 

「あ」

「いた?」

 

颯が聞く。

結人は少し離れた場所を指した。

 

「七海さん」

 

日葵はスタッフらしい学生と何か確認していた。

秋桜祭の実行委員が着ているものと同じTシャツ姿で、手には何枚かの紙を持っている。

これから本番を控えているというより、今もまだ運営側の一人として動いているように見えた。

何か説明を受け、日葵は何度か頷いている。

その後、近くにいた女子学生と何か話して笑った。

 

「普通に忙しそうだな」

 

渉が言う。

 

「そりゃ本番前だし」

 

紗理奈が返す。

結人も遠目に見る。

以前パネルを運んだ時は、準備する側にいた。

今もそれは変わらない。

ただ今日は、そこにステージへ立つ側という顔も加わっている。

 

『大変そうだな』

 

そんなことを思った。

声をかけようとは思わなかった。

そもそも知り合いというほどでもない。

向こうも今は忙しい。

日葵はそのままスタッフと一緒にステージ裏の方へ歩いていった。

 

「二時からだっけ」

 

渉が言う。

 

「うん」

「あと一時間ちょい」

 

修司が時計を見る。

 

「じゃあ、それまで適当に回るか」

 

五人は再び歩き出した。

 

☆☆☆☆☆

 

午後一時半を過ぎる頃には、ステージ周辺の人が明らかに増えていた。

 

「思ったより人いるね」

 

結人が言う。

 

「そりゃミスコンだし」

 

紗理奈が答える。

そのスマホが震えた。

画面を見る。

 

「あ、来た」

「友達?」

「うん」

 

紗理奈が手を上げる。

少し離れたところから、昨日の二人が近づいてきた。

 

「ごめん、お待たせ」

「全然。今来たとこ」

 

紗理奈が答える。

二人は結人たちへ軽く頭を下げた。

結人たちもそれぞれ会釈する。

七人になった一行は、ステージが見える場所を探した。

前方はすでに埋まっている。

少し横寄りだったが、全体が見える位置に落ち着いた。

渉がパンフレットを開く。

 

「候補者十二人だったっけ?」

「そう」

 

颯が答えた。

 

「結構多いな」

「言っても予選でそこまで絞ってるんだし」

 

紗理奈が言う。

ステージ上ではスタッフが最後の確認をしている。

 

マイクテスト。

照明。

司会用の台本。

 

客席側のざわめきも少しずつ大きくなっていく。

やがてBGMが切り替わった。

司会役らしい学生二人がステージへ出てくる。

 

「皆さん、お待たせしました!」

 

拍手が起こる。

渉もすぐに手を叩いた。

紗理奈の友人たちも少し前へ身を乗り出す。

結人もステージを見る。

司会が簡単な挨拶を終えると、さっそく今年の候補者の紹介が始まった。

一人ずつ名前が呼ばれ、ステージへ出てくる。

拍手。

歓声。

また次の名前。

何人かが並んだところで、司会の声が響く。

 

「続いて、商学科一年――七海日葵さん!」

 

大きな拍手が起きた。

日葵がステージへ姿を見せる。

以前、パネルを一緒に運んだ時とも、少し前にスタッフと話していた時とも、また少し違って見えた。

渉が小さく声を上げる。

 

「おお」

 

紗理奈も頷いた。

 

「やっぱ可愛いじゃん」

 

結人は何も言わず、ステージを見た。

秋桜祭二日目。

ミスコンが、今始まろうとしていた。

 




気付けば今年も終わりに近づていて驚きです。
このベースだと今年中にシリアスパートには入らない印象です。
のんびりやっていこうと思います。
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