水底から見上げた、二度目の空   作:しまらくだ

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やっと物語が動き始めます。


思わぬ再会

数日後。

結人は駅前を歩いていた。

時刻は、颯から指定された集合時間の十分ほど前。

週末ということもあり、駅前には大学生らしい集団や、買い物帰りの人が多い。

結人はスマートフォンを取り出し、送られてきた店の名前をもう一度確認した。

 

『ここで合ってるよな』

 

画面に表示された地図と、少し先に見える店の看板を見比べる。

場所は間違っていない。

問題があるとすれば、場所ではなく自分の方だった。

 

『本当に来たんだな』

 

今さらそんなことを思う。

数日前。

颯に人数が足りないと言われ、その場の流れもあって参加することになった。

その時は、一度くらい経験してみてもいいと思った。

今も、その考え自体は変わっていない。

ただ、実際に店の近くまで来てみると、少しだけ落ち着かない。

結局、服装も普段より少しだけ気を使った。

とはいえ、新しく何かを買ったわけではない。

持っている服の中から、それなりに無難そうなものを選んだだけだ。

 

『普通でいいって言ってたけど』

 

その普通が一番分からない。

考え始めると、また余計なことまで気になってくる。

 

髪は変じゃないか。

服装は浮いていないか。

そもそも十分前に来るのは早すぎたのか。

 

『……考えても仕方ないか』

 

そう思ったところで、少し先から声がした。

 

「結人」

 

顔を上げる。

店の前で颯が手を上げていた。

その隣には、見覚えのない男子学生が二人いる。

結人はそちらへ向かった。

 

「ごめん、待った?」

「全然。僕らも今来たところ」

 

颯が答える。

 

「紹介するね」

 

颯が隣の二人を見る。

今回一緒に参加する友人らしい。

それぞれ簡単に名前と所属を聞き、結人も名乗った。

二人とも特に構えた様子はない。

一人は気さくに笑い、もう一人も軽く会釈する。

結人が勝手に想像していたような、妙に気合いの入った空気ではなかった。

 

「急だったのにありがとな」

 

一人が言った。

 

「いや、自分も予定なかったので」

「助かった。一人抜けると地味に困るんだよ」

「そんなに?」

「四対三になったら、何となく気まずいだろ」

「そういうものなんだ」

 

結人が答えると、もう一人が笑った。

 

「もしかして初めて?」

「あ、うん」

「そんな構えなくていいって。普通に飯食って喋るだけだから」

 

数日前にも同じことを言われた。

結人は少し笑う。

 

「それ、颯にも言われた」

「でしょ?」

 

颯が得意そうに言う。

 

「僕の説明、正しかったじゃん」

「まだ始まってないけど」

「細かいなあ」

 

そんな話をしているうちに、颯がスマートフォンを見る。

 

「向こうももうすぐ着くって」

 

その一言で、結人はほんの少しだけ姿勢を正した。

自分でも分かるくらいだった。

颯がこちらを見る。

 

「緊張してる?」

「してない」

「今、明らかに姿勢変わったけど」

「気のせい」

「まあいいけど」

 

颯が笑う。

結人は小さく息を吐いた。

知らない相手と食事をするだけ。

それだけだ。

そう思ったところで、颯が駅の方へ視線を向ける。

 

「あ、来た」

 

結人もそちらを見る。

女子学生が四人、こちらへ歩いてきていた。

その中の一人を見た瞬間。

結人は目を止めた。

 

『……あれ?』

 

茶色のショートヘア。

見覚えのある顔。

秋桜祭の準備で、一緒にパネルを運んだ。

秋桜祭当日には、ミスコンのステージにも立っていた。

七海日葵。

 

『七海さん?』

 

一瞬、見間違いかと思った。

けれど、間違えるはずもない。

向こうもこちらを見た。

日葵の視線が一度通り過ぎる。

それから、すぐに戻った。

 

「あれ?」

 

少しだけ目を見開く。

日葵はそのまま結人を見る。

 

「……この前の」

 

やはり覚えていたらしい。

結人も少し戸惑いながら答える。

 

「七海さん?」

 

今度は日葵の方が驚いた。

 

「え?」

 

数秒。

 

「名前、知ってるんですか?」

 

確かに日葵は自分の名前を知らない。

それなのに、こちらだけ名前を知っている。

事情を知らなければ少し不自然だ。

もっとも、秋桜祭のミスコンで準グランプリになったのだから、名前を知られていても不思議ではない。

本人は、まだそこまで実感していないのかもしれない。

 

「秋桜祭で」

「秋桜祭?」

「ミスコン」

「……ああ!」

 

日葵が納得したように声を上げた。

 

「そっか。名前、呼ばれてましたもんね」

「うん」

「びっくりした。どこかで名乗ったっけって思いました」

「名乗ってはないね」

「ですよね」

 

日葵が笑う。

その様子を見ていた颯が、少し考えるように二人を見る。

 

「ああ、そういえば。一度話したんだったね」

「うん」

 

結人が答える。

 

「秋桜祭の準備で、パネル一緒に運んだだけだけど」

 

日葵も頷く。

 

「そうです。あの時手伝ってもらって」

 

颯は「ああ」と軽く頷いただけだった。

特にそれ以上、何かを言うこともない。

結人にとっても、それくらいでちょうどよかった。

日葵がここにいることは予想していなかった。

そもそも女性側に誰が来るのか、一人も聞いていない。

ただ人数合わせで来ただけ。

その四人の中に、唯一顔を知っている相手がいた。

同じ大学なのだから、あり得ない偶然ではない。

それでも。

 

『こんなことあるんだな』

 

結人は少しだけ不思議に思った。

颯が店の入口を見る。

 

「とりあえず入ろうか。予約してるし」

 

その言葉で、一行が動き始めた。

 

☆☆☆☆☆

 

案内されたのは、店の奥にある半個室の席だった。

四人ずつ向かい合うように座る。

結人は端寄りの席についた。

正面には初対面の女子学生。

斜め向かいに日葵がいる。

 

『こういう感じなんだ』

 

何となく勝手に、もっと特殊なものを想像していた。

けれど実際には、大学生八人が同じテーブルを囲んでいるだけだ。

 

料理を頼む。

飲み物を選ぶ。

話す。

 

今のところは、それだけだった。

ソフトドリンクが揃うと、颯がグラスを持ち上げる。

 

「じゃあ、今日はよろしくってことで」

「よろしくー」

 

いくつか声が重なる。

結人もグラスを軽く上げた。

乾杯を済ませると、颯がそのまま話を進める。

 

「一応、自己紹介しようか」

 

やはりこういう場には慣れているらしい。

 

名前。

学科。

学年。

サークルやバイト。

 

順番に簡単な自己紹介をしていく。

結人は他の参加者の話を聞きながら、思っていたより普通だなと考えていた。

何か気の利いたことを言わなければならないのかと思っていた。

どうやら、そうでもないらしい。

やがて日葵の番になる。

 

「商学科一年の七海日葵です」

 

日葵が軽く頭を下げる。

 

「秋桜祭の実行委員やってました」

「あ、ミスコン出てた子だよね?」

 

男子側の一人が言った。

日葵が少し困ったように笑う。

 

「一応……」

「準グランプリだっけ?」

「そうです」

「普通にすごいじゃん」

「いや、本当にたまたまなんで」

 

そのやり取りを聞きながら、結人は秋桜祭のことを思い出していた。

日葵は、結果を必要以上に誇るタイプではないらしい。

以前もそうだった。

かといって、本当に何とも思っていないわけでもない。

準グランプリに選ばれた時には、ちゃんと嬉しそうだった。

嬉しいものは嬉しい。

でも、それを必要以上に大きく見せない。

そんな印象だった。

やがて結人の番になる。

 

「経済学科一年の二間結人です」

 

名前を言った瞬間。

斜め向かいの日葵の視線がこちらへ向いた。

ほんの一瞬だけ。

一度、確かめるように結人を見る。

名前と顔を結びつけているのかもしれない。

結人はそのまま続ける。

 

「サークルは入ってなくて、ライブハウスでバイトしてます」

「ライブハウス?」

 

女子側の一人が少し興味を示す。

 

「裏方ですけど」

「へえ、珍しいね」

「自分も最初はそう思ってました」

 

軽く笑いが起きる。

それだけだった。

面白いことを言えたわけでもない。

でも、それで困ることもなかった。

全員の自己紹介が終わると、自然に会話が始まった。

 

大学の話。

学科の話。

サークル。

バイト。

秋桜祭。

 

話題は次々に変わっていく。

颯はやはりこういう場に慣れているようで、会話が止まりそうになると自然に別の相手へ話を振る。

誰か一人だけが黙ったままにならないようにしているのだろう。

結人は基本的には聞く側だった。

それでも、質問されれば普通に答える。

気になることがあれば聞く。

 

『何か喋らないと』

 

と焦ることはなかった。

 

黙っている時間があっても、以前ほど気にならない。

 

『全員がずっと喋ってる必要もないか』

 

そう考えるだけで済んだ。

少し前の自分なら。

誰かが笑うたびに、自分も何か言わなければならない気がしていたかもしれない。

今は、それほどでもない。

知らない人ばかりという点では少し落ち着かない。

けれど、颯がいる。

そして。

斜め向かいには、一度だけとはいえ話したことのある日葵がいる。

それだけでも、完全に知らない場所という感じは薄れていた。

 

『それに、ここで趣味なんか聞いたら合コンというよりお見合いだな』

 

そんなことを考えていると、料理が運ばれてきた。

一度、会話がそれぞれに分かれた。

隣の男子が正面の女子とバイトの話を始める。

颯も別の会話へ入った。

結人は料理を取りながら、その話を何となく聞いていた。

その時だった。

 

「二間くん」

 

顔を上げる。

日葵だった。

一瞬だけ、その呼び方に違和感を覚える。

少し前まで、日葵は自分の名前を知らなかった。

 

「……もう覚えたんだ」

 

思わず言う。

日葵が少し笑った。

 

「さすがに今聞いたばっかりなので」

「ああ、そっか」

 

何だか妙な感じだった。

これまで日葵は結人にとって、七海日葵だった。

名前も知っていた。

学科も、ミスコンに出ていたことも知っている。

でも日葵にとって自分は、秋桜祭で荷物を運んだ名前も知らない誰かだった。

それが今、ようやく名前まで含めて認識された。

ただそれだけのことなのに、少しだけ不思議だった。

 

「でも、びっくりしました」

 

日葵が言う。

 

「自分も」

「こういうの来るんですね」

「それ、自分でも思ってる」

「自分で?」

 

日葵が笑った。

結人も少し笑う。

 

「颯に人数足りないって言われて」

「ああ」

 

日葵が納得したように頷く。

 

「じゃあ、頼まれて?」

「うん。七海さんは?」

「わたしも似たような感じです」

「似たような?」

「友達に頼まれて。人数足りないからって」

「そうなんだ」

「こういうの、別に嫌いってわけじゃないんですけど」

 

日葵は少しだけ声を落とした。

 

「自分から行きたいって感じでもなくて」

「同じかも」

「二間くんも?」

「自分も、誘われなかったら来てないと思う」

「じゃあ、本当に似たような感じだ」

 

日葵が笑った。

結人も頷く。

秋桜祭で見かけた時、日葵はいつも誰かと話していた。

実行委員として動いていた時も。

友人と歩いていた時も。

ステージに立っていた時も。

人前に出ることや、人と話すことに慣れているように見えた。

だから、こういう場にも自分から来るような人なのかと、勝手に思っていた部分はあったのかもしれない。

 

「ちょっと意外」

 

結人が言う。

 

「何がですか?」

「こういうの好きそうに見えた」

「あー」

 

日葵は少し苦笑した。

 

「よく言われます」

「そうなんだ」

「人と話すのは好きですよ。でも、こういうのが特別好きってわけじゃないです」

「違うんだ」

「違います」

 

日葵が笑う。

 

「友達にも、絶対向いてるって言われるんですけど」

「向いてるって何?」

「それはわたしも知りたいです」

 

その返事に、結人も笑った。

確かに。

合コンに向いているという評価が何を指しているのか、自分にもよく分からない。

 

「二間くんは?」

「自分?」

「こういう場、苦手ですか?」

 

結人は少し考えた。

 

「多分、得意ではないと思う」

「多分なんだ」

「初めてだから比較できない」

「あ、そっか」

「でも」

 

結人は周囲を見る。

颯たちは普通に話している。

知らない人ばかりではある。

それでも、来る前に想像していたほど居心地は悪くない。

 

「思ってたより普通かも」

 

日葵が少し目を丸くして、それから笑った。

 

「それ、わたしも思いました」

 

また一つ。

同じ感想が重なった。

大したことではない。

けれど、少なくとも、話すことに困る相手ではないらしい。

 

「そういえば」

 

結人が言う。

 

「準グランプリ、おめでとう」

 

日葵が一瞬、目を丸くした。

 

「ありがとうございます」

「まだ言ってなかったから」

「そりゃそうですよ。あれ以降会ってないし」

「ああ、確かに」

「でも、見てたんですね」

「友達と」

「どうでした?」

「どうって?」

「ミスコン」

 

結人は少し考える。

 

「すごい人多かった」

 

日葵が一瞬黙った。

 

「感想そこ?」

「いや、ああいうの初めて見たから」

「わたしも出るの初めてですよ」

「それはそうでしょ」

「二回目だったら嫌じゃないですか?」

「嫌なの?」

「嫌っていうか、もう十分かな」

 

日葵は苦笑した。

 

「友達に推薦されて、実行委員の人たちにも出てみたらって言われて。それで出ただけなので」

「そうだったんだ」

「準グランプリは嬉しかったですけどね」

 

そこは素直だった。

謙遜して終わらせるわけでもない。

嬉しかったものは嬉しい。

その言い方が、結人には少し印象に残った。

 

「でも」

 

日葵が続ける。

 

「秋桜祭の時もそうでしたけど、二間くんって優しいんですね」

「?」

「パネル、実行委員でもないのに手伝ってくれたし。今日だって、友達が困ってたから来たんですよね?」

「ああ。でも、ただ頼まれたから手伝っただけだよ」

「でも断る人もいるじゃないですか」

「そうかな」

「いますよ」

 

日葵は少し笑った。

 

「重いし、面倒だし。今日だって、予定が空いてても断れたわけじゃないですか」

 

言われて、結人は少し考えた。

確かに、どちらも断ろうと思えば断れた。

けれど、だからといって特別なことをした感覚もない。

 

「目の前で困ってたから」

 

結人はそう答えた。

それ以上の理由はなかった。

 

困っている人がいた。

自分の手が空いていた。

頼まれた。

だから手伝った。

 

それだけだ。

 

「そういうこと、自然にできる人って意外と少ないですよ」

 

日葵が言った。

 

「大学生くらいになると、みんな自分の予定もあるし。面倒なら普通に断る人もいると思うし」

 

結人は少し返事に迷った。

以前なら。

 

『別に大したことじゃない』

 

とすぐに否定していたかもしれない。

今も、大したことをしたつもりはない。

でも。

 

「……そう言ってもらえるなら、よかった」

 

それだけ答えた。

日葵は納得したように小さく頷いた。

 

「うん」

 

その時、少し離れたところで笑い声が上がった。

 

別の話題がテーブル全体に広がっていく。

颯がこちらを見る。

 

「何の話してたの?」

 

「秋桜祭とか、今日の話」

 

日葵が答える。

 

「パネル運んだ時の」

 

「ああ、あれね」

 

颯はそれだけ言うと、そのまま別の話題へ戻っていった。

結人もまた全体の会話へ意識を向ける。

しばらくして。

何となく時計を見る。

思っていたより時間が経っていた。

 

『もうこんな時間か』

 

二時間。

来る前は長いと思っていた。

 

知らない人たちの中で、どうやって過ごせばいいのか。

何を話せばいいのか。

途中で気まずくならないか。

 

そんなことまで考えていた。

実際に来てみれば。

案外、何とかなるものらしい。

 

普通に食事をして。

普通に話して。

時々笑う。

 

特別なことは何も起きていない。

ただ、斜め向かいに、偶然知っている顔が一人いた。

秋桜祭では、名前も知られていなかった相手。

今日は、自分の名前を呼ばれた。

それだけで何かが変わったわけではない。

ただ少しだけ。

七海日葵という相手が、以前より身近になったような気がした。

来る前よりは、肩の力も抜けている。

それが、この場に少し慣れたからなのか。

知っている顔が一人いたからなのか。

結人には、まだよく分からなかった。




ここ数日忙しく間に合わないかもと考えましたが、無事間に合いました。
もう少し余裕を持ったストックを貯めた執筆したいと思う今日この頃です。
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