ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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EP19

オラリオの西区、茜色に染まり始めた石畳の大通りを歩く私の足取りは、羽が生えたように軽かった。

見慣れた北側の宿屋の前に辿り着いた。

【ロキ・ファミリア】が現在拠点として借り上げている、木造りの大きな宿屋だ。

 

私はゼウスやヘラの連中に急に呼び出されたり、無理やりヤバい遠征に連行されたりするのを防ぐため、オラリオの高級宿屋を転々としながら居場所を隠すようにしている。

 

ここに来るのは、本当に用事がある時だけだ。

 

重い木扉に手をかけ、カランとドアベルを鳴らして中に入る。

 

夕暮れ時の酒場スペースにはすでに何人かの団員たちがジョッキを傾けていた。

だが、私の姿を見た瞬間、彼らは一様に息を呑み、サッと道を空けた。

 

(……なんなんだいったい)

 

私は階段を上り、最上階にあるロキの部屋の扉をノックした。

 

「開いてるでー」

 

中から聞こえた気の抜けた声に、私は扉を開ける。

 

「やっと来たなフリーナ!」

 

部屋に入るなり、朱色の髪を後ろで束ねたエセ関西弁の女神、ロキがバンッと丸椅子を叩いて立ち上がった。

 

細い糸目を限界まで見開き、なんだか妙に血走った目をしている。

 

「ステイタスの更新にきた」

 

私は彼女の剣幕など意に介さず、バサァッと外套を翻してベッドの端に優雅に腰を下ろした。

 

「無感情か! もうちょっとこうないんか!? 主神やぞ!」

 

ロキが両手を振り回して抗議してくる。

 

(来るたびに大げさにリアクションしてたら疲れるでしょ)

 

私はスッと目を伏せ、冷ややかな視線を彼女に向けた。

 

「気心知れた仲になると、雑になるのが普通じゃないか?」

「親しき仲にも礼儀ありって知っとるか!?」

「知識としてなら」

「はぁー、もぉええわ……」

 

ロキはガックリと肩を落とし、大げさなため息をついて再び丸椅子にどっかりと腰を下ろした。

 

なんだか今日の彼女は、いつも以上に疲労感が滲んでいる気がする。

神様らしからぬクマすら目の下に見え隠れしていた。

 

(どうしたんだ? 随分と冴えない顔じゃないか)

 

私が訝しげに小首を傾げていると、ロキは顔を上げ、ジロリと私を睨んできた。

 

「しっかし、昨日届いたリヴァイアサン討伐の褒賞すごかったで。気になりすぎて一回開けてもうたわ」

「?」

 

私は思わず首を傾げた。

 

褒賞?

 

私の怪訝な顔を見て、ロキは部屋の隅に置かれていた、妙に厳重な鍵のかかった巨大な木箱を指差した。

 

「なんでお前が知らんねん!? フリーナ宛のが、ここに届いとんねん」

 

「??? 拝金主義のあの神にぼったくられて、相殺したんじゃないのかい?」

 

「ウチもそう思っとたんやけど、霊薬の素材に関してはどうもマキシムとレグナント、あと何人かが個人的に動いとったらしいわ。まぁそれでも入院費とディアンケヒトの霊薬が高すぎて参加報酬だけやと足でそうやったけどな」

 

「……」

 

(個人的に動いていた? あの下半神の団長と、クレイジーサイコの女帝が? 参加報酬とは別に、わざわざ私個人に!?)

 

「??? ますます意味不明なんだが? そもそも何でここに? 僕宛なら、僕のいる宿屋か、ギルドの貸金庫でもいいだろうに」

 

私は引きつりそうになる頬を必死に抑え込み、努めて冷静な声で尋ねた。

 

「ギルドに預けてもお前見んやん。それに、住んどるとこ教えとったんか?」

 

「教えるわけないだろ。ゼウス・ヘラがいつ『遠征だ』とか何とか言って攫いにくるかわからないなんて、怖過ぎる」

 

思わず素の口調で言い捨ててしまった。

私の切実な叫びを聞いた瞬間、ロキは立ち上がり、私の額をビシィッと指差した。

 

「ほれみいやバカ! それにや! バカみたいな額の金と魔導書持ってこられたウチの方が怖いわ!?」

「バカとはなんだい!? そこはほら、主神なんだからドンと受け止めたまえよ」

 

私はそっぽを向き、肩をすくめてみせた。

 

「こんな時だけ主神扱いすんなや!?」

 

ロキの悲鳴のようなツッコミが宿屋の部屋に響き渡る。

彼女の指差す先にある木箱。

バカみたいな金と、魔導書。

私の脳内で、先ほどヘファイストスに毟り取られたばかりの二億ヴァリスの痛手が、一瞬にして甘美な響きへと変換された。

 

「ロ、ロキ。その箱の中身は、具体的にどれくらいなんだい?」

 

私は平静を装いながらも、立ち上がって木箱へと歩み寄った。

 

「開けてみぃ。ウチ、中身確認した時、気絶するかと思ったわ」

 

ロキが投げ渡してきた鍵をキャッチし、木箱の錠に差し込む。

 

ガチャリ、と重い音がして、蓋を開けた。

 

「……っ」

 

私の呼吸が、完全に停止した。

 

木箱の中に敷き詰められていたのは、目も眩むような黄金の輝き。

 

整然と積まれた金貨の山、山、山。

 

そして、その中央に鎮座する、禍々しくも荘厳な装丁が施された分厚い本――魔導書(グリモア)が2冊。

 

(じゅ、じゅう……ひゃく……せん……いちおく……におく……)

 

頭の中で素早く計算を弾き出す。

 

ざっと見ただけでも、金貨だけで五億ヴァリスは下らない。

 

それに加えて、ギルドのオークションに出せば数千万、いや数億ヴァリスの値がつくかもしれない魔導書が丸々2冊。

 

「どうや。ゼウスとヘラの連中、お前のこと完全に自分らの身内か、それ以上の特別扱いしとるで。アルフィアの命を救った恩賞か、それとも次の『三大冒険者依頼(さんだいクエスト)』への手付金か……どっちにしろ、クソ重たい代物や」

 

ロキが腕を組み、忌々しげに顔をしかめる。

 

「……お前、ホンマにその金受け取る気か? それ、完全に首輪やぞ? ゼウスとヘラから逃げられんようになるで?」

 

ロキが呆れ半分、呆れ半分(全部呆れている)の目で私を見る。

 

「ふん。僕は自由だ。金は貰うが、命令には従わない。それが神の特権というものさ!」

「お前なぁ……後で泣き見ても知らんで」

 

ロキは深くため息をつき、「ほな、さっさと更新済ませてまうで」と、ベッドのシーツを指差した。

 

「ほら、うつ伏せになり」

 

「ああ」

 

私は木箱を名残惜しそうにチラチラと見ながら、はだけたシャツを肩から落とし、ベッドの上にうつ伏せになった。

 

「ちょっと冷たいで」

 

ツピッと、背中の肌に冷たい神血が垂らされる。

 

直後、チリチリとした熱が背中を走り、新たな神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれていく感覚に私は目を細めた。

 

「……まぁ、ゼウスとヘラの連中も、純粋な善意でこんなバカみたいな額をポンと寄越すわけやないやろな。お前に個人的に恩を売っときたいんやろ。レベルアップできるで。」

 

私の背中で指を動かしながら、ロキがぼやくように言った。

 

「恩? この僕に? レベルアップはいつも通り保留で多分まだステイタスはあげられるんだろ?」

 

顔を枕に向けたまま、私は怪訝な声を出す。

 

「当たり前や。お前があの海でアホみたいに飛び回ってアルフィアの盾にならんかったら、あの女は確実に死んどった。最強派閥のトップ連中からすれば、お前は恩人であり、同時に底知れん力を持った別派閥の冒険者や。莫大な金と物で縛り付けて、あわよくば自分らの手駒にしたいんやろ。レベルアップは保留やな、耐久は上がりきっとる力と器用が後ちょっとってとこや」

 

(手駒ねぇ……)

 

ステイタス更新が終わり、私は起き上がってシャツのボタンを留めながら、再び黄金に輝く木箱の中を覗き込んだ。

 

これだけの金貨があれば、当分の間は極上のスイーツ三昧だ。

魔導書も高く売れるだろう。

ホクホク顔で金貨の山に手を突っ込んだ、その時だった。

 

「……ん?」

 

指先に、硬い羊皮紙の感触が触れた。

金貨の下敷きになるようにして、厳重に蝋封された一枚の分厚い封筒が隠されていたのだ。

 

「どうしたんや?」

「いや……」

 

私は封を切り、中に入っていた羊皮紙を取り出して目を走らせる。

 

「こっちが本命かな?」

 

私は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え込み、その羊皮紙をロキに手渡した。

 

受け取ったロキは、糸目をわずかに開いて文面を読み上げる。

 

「……は? 『静寂(アルフィア)とその妹の病気を治すこと』……?」

 

ロキの顔が、険しいものへと変わった。

部屋の空気が、一気に重くなる。

 

「アルフィアとその妹の病気を治すなぁ……。できるんか?」

 

試すような、あるいは案じるようなロキの視線が私を射抜いた。

私はスッと目を伏せ、短く答えた。

 

「無理だろうね。それはロキもわかっているんだろ?」

「まぁ、そやろな。自己再生・広域回復魔法って時点でなんか変やろその魔法、自分と他で効果が違う言うてるようなもんや」

 

私の持つ魔法『メル・プリモルディアル』。

確かに、自分自身に使用するなら手足の欠損すら一瞬で治す規格外の治癒力を持つが、他者に使えば徐々に傷を塞ぐ程度の、ただの持続回復魔法にしかならない。

ましてや、アルフィアを蝕む『不治の病』。

彼女の妹も同じ病に苦しんでいるという話だが、病因そのものを根治するような万能の力など、私にはないのだ。

 

「あの連中、お前の回復魔法が異常な治癒力を持っとるんを海の上で見て、藁にもすがる思いでこれを用意したんやろな。……で、どうするんや? これ、断ったらタダじゃ済まんやろ」

 

ロキが腕を組み、厄介極まりないという顔で深い長いため息をつく。

心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。

 

だが、逃げ隠れして怯えるような生活は、私の望む優雅な第二の人生とは対極にある。

私はベッドから立ち上がり、外套を羽織った。

 

「……ちょっと出かけてくるよ」

「おいおい、どこ行くんや? まだステイタス見てへんやろ」

「それはまた今度でいい。マキシムのところさ。直接会って、話をつけてくる」

「はぁ!? お前、正気か!? あのゼウスの団長のところに、一人で乗り込む気か!」

 

ロキが素っ頓狂な声を上げて丸椅子から立ち上がる。

 

「ふふん! 衆水の主たる僕が、いつまでも借りを作ったまま逃げ隠れするなど、美学に反するからね! 僕の圧倒的なカリスマで、彼らを納得させてみせるさ!」

 

私はビシッと指を突きつけ、完璧なドヤ顔で言い放った。

 

「ホンマに、お前の図太さには呆れるわ……。」

 

背中にロキの呆れ声を受けながら、私は重い木扉を開け、宿屋の廊下へと力強く踏み出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ゼウス・ファミリアの拠点に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような濃厚な魔力と闘気の匂いに、僕は思わず鼻をひくつかせた。

 

案内された修練場のど真ん中。

土と汗の匂いが立ち込めるその場所で、オラリオの頂点に君臨する男――団長マキシムは、大岩のような腕を組んで僕を見下ろしていた。

 

「んなこと言いにここまで来たのかよ。」

 

内心で震え上がりながらも、僕は五百年の年季が入った『神の外面』を完璧に作動させ、突きつけた羊皮紙――例の病気治療の依頼書――をピラリと揺らしてみせた。

 

「えぇ? こっちが本命じゃなかったのかい?」

 

莫大な金貨と魔導書。

その下に隠されていたこの依頼書こそが、あの報酬の真の対価だとばかり思っていたのに。

 

「ちげぇよ。あの海でお前に助けられたやつが大勢でここに来てお前に渡してやってくれって持ってきたんだよ。それに追加で、うちとヘラファミリアからも魔導書1冊づつ入れただけだ。」

 

マキシムは鼻で笑い、忌々しげに隻眼を細めた。

 

「……その依頼書に関しちゃ俺たちは入れてねぇ。入れるとしたらアルフィア本人か、メーテリアを狙ってるアイツのどっちかだろ」

 

「???」

 

僕は思わず素で首を傾げた。

アルフィア本人が入れたのなら、まだ理解できる。

自分の妹を救いたい一心で、こっそり紛れ込ませたのだろう。

 

だが。

 

「……アルフィアはわかるけど、狙ってるやつ? 殺そうとしてる奴が、こんな大金と一緒に治療の依頼を入れるかい?」

「そっちじゃねぇよ。バカだろお前?」

 

マキシムが、本当に心の底から呆れたような特大のため息を吐き出した。

 

「恋愛方面で狙ってるっつったんだよ」

「ああ、そういう」

 

(なーんだ。オラリオ最強派閥のドロドロの内部抗争とか、そういう物騒な話じゃなかったのか。……っていうか、あの『最恐最悪』と名高いヘラの眷族、しかもアルフィアの双子の妹を恋愛方面で狙ってるって想像できるわけないでしょレベルの高い自殺じゃないか)

 

僕は心の中で盛大にツッコミを入れながら、ストンと肩の力を抜いた。

 

「で? できんのか?」

 

マキシムの隻眼が、スッと細められる。

修練場の空気が、一瞬で鋭い刃のように張り詰めた。

 

「正直に言うと、無理だね」

 

僕は視線を逸らさず、冷淡な声で事実だけを告げた。

 

「だろうな」

「ずいぶんあっさりだね」

 

激昂されるか、あるいは失望されるかと思ったが、マキシムの反応は拍子抜けするほど淡白だった。

 

「アルフィアもメーテリアも、可愛がっちゃいるが結局は別のファミリアだ。俺たちが深く首を突っ込む問題じゃねぇ。……それに、あの海でお前がその魔法を使った時、効果がお前と他で違うように見えたからな」

 

(……っ!)

 

僕は微かに目を見張った。

あの極限状態の海上で、船団の指揮を執りながら、僕の魔法の効果の違いまで正確に観察していたというのか。

 

「鋭いね。その通りだ」

 

僕は観念したように息を吐き、ステッキ代わりに持ってきた杖をクルリと回した。

 

「自己再生・広域回復魔法なんだよ、僕の魔法はね。自分自身に使う分には手足が吹き飛ぼうが瞬時に繋がるが……他者に使えば、徐々に傷を塞ぐ程度の持続回復にしかならない。病気を根治するような力はないのさ」

 

だから、あの依頼はどう逆立ちしてもこなせない。

僕がそう結ぼうとした時、マキシムは短く鼻を鳴らした。

 

「だが、レベルが上がりゃ話は変わんだろ」

「?」

 

僕はきょとんとしてマキシムの顔を見上げた。

 

「効果は変わらないだろ? 魔法はそういう風に初めから固定されているものじゃないか」

 

僕の知識――というか、この世界の基本ルールでは、魔法の効果そのものが根本から覆ることはないはずだ。

威力が上がったり、詠唱速度が速くなったりすることはあっても、性質自体は変わらない。

 

「いや、魔法は使用者に馴染み、拡張されうる。他にもスキルとかな」

 

マキシムが大岩のような拳を握り込み、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「馴染む?」

 

(拡張? 馴染む? 何それ、魔法やスキルがゲームのパッチ当てみたいにアップデートされるってこと!?)

 

僕はステッキを握る手にギュッと力を込めた。

もしそれが本当なら。

僕の『メル・プリモルディアル』の回復効果が拡張され、他者にも自己再生と同等の治癒力を発揮できるようになるかもしれない、ということか?

 

「ああ。いくつか実例があったはずだ。覚えてねぇけど、その辺はジジイか、あの胡散臭いヘルメスにでも聞きゃわかんだろ」

「ふーん……」

 

僕は顎に手を当て、思考を巡らせた。

 

(……レベルアップ、ね。私はステイタスを限界の限界まで盛るために、わざとレベルアップを保留してる真っ最中なんだけど。でも、もし本当に魔法が拡張されるなら……いや、まずは情報収集が先ね)

 

僕が黙り込んでいると、マキシムは太い腕を組み直し、僕に向かって低く語りかけた。

 

「お前がその依頼を受ける受けないは別にしろ、期限はあいつらが死ぬまでだ。多少時間はあるだろ。神の恩恵(ファルナ)の影響で、寿命自体は伸びてるわけだしな」

 

「……」

 

マキシムの言葉には、ゼウス・ファミリアの団長としての重みと、同じ時代を生きる仲間への不器用な情が滲んでいた。

 

「わかった。君の言葉、記憶に留めておくよ、マキシム」

 

僕は華麗にターンを決め、バサァッと外套を翻した。

 

「衆水の主たる僕が、いつかその気になったら、奇跡を見せてあげるかもしれないからね! せいぜい期待して待っていることだ!」

 

背中にマキシムの「がははっ! 言ってろ小娘が! あ、ギルドの口座ちゃんと見とけよ」という豪快な笑い声を受けながら、僕はゼウス・ファミリアの修練場を後にした。

 

(何か聞こえた気がするけど、どうでも良いことだろうしね大事なことならもっとちゃんと言うでしょ)

 

僕は軽い足取りで、午後のオラリオの街へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

フリーナの軽快な足音が完全に遠ざかり、土と汗の匂いが染みついた修練場に静寂が戻る。

その静寂を破るように、背後から人を食ったような、のんびりとした声が響いた。

 

「――カッコつけすぎじゃの」

「うるせぇよジジイ」

 

振り返るまでもない。気配もなしに現れたのは、この拠点に神出鬼没に出没する好々爺――我らが主神、ゼウスだ。

俺は組んでいた太い腕を解き、忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「しっかし、さっきの嬢ちゃんに随分と入れ込んどるの。もしや、お主もあんな小柄で可憐なのが好みになったのか? どれ、儂が夜の特訓を……」

「そんなんじゃねぇのは、ジジイが一番わかってんだろ」

 

下世話な冗談を冷たく遮ると、ゼウスは悪びれる様子もなく「かっかっか」と笑いながら白い髭を撫でた。

 

(あのバカげた戦いを見た後で、単なる色恋の話にできるわけがねぇだろうが)

 

脳裏に鮮明に蘇るのは、荒れ狂う海上での決戦。

己の体がひび割れ、青白い魔力を噴き出しながらも、絶望的な『海の覇王(リヴァイアサン)』のブレスを真っ向から斬り裂いてみせた、あの異常な姿だ。

 

「そうじゃな。……あの嬢ちゃんは、『最後の英雄』足りうるかもしれんの」

 

ゼウスの声から、先ほどまでの軽薄さがスッと消え去った。

纏う空気が変わり、神としての底知れぬ深みを帯びた響きになる。

オラリオ最強のファミリアを率いる主神のその言葉に、俺は短く息を吐いた。

 

「ああ。ここで失うには、あいつの価値は重過ぎる」

 

あいつが海に落ち、全身ヒビ割れだらけの仮死状態で運ばれてきた時。

俺たち【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】は即座に動いた。

 

「それは分かるが、70層から60層クラスの素材をあれだけ使うとは思わんかったわい」

 

ゼウスがやれやれと肩をすくめる。

 

(当然だ。深層の未開領域で命懸けで持ち帰った希少素材を、湯水のように注ぎ込んでディアンケヒトのジジイに特製の霊薬を大量に作らせたんだからな。金額に直せばロキの所に届けた箱なんか目じゃないほどの資産が吹っ飛んでる)

 

だが、それだけの対価を払ってでも、あの異常な魔力暴走による自壊を止める必要があったのだ。

 

「……結局、治せなかった以上意味はない」

 

俺は自嘲気味に口角を歪めた。

ディアンケヒトの最高位の治療と霊薬ですらあいつのヒビを完全に塞ぐことはできなかった。

ただ、命を繋ぎ止めるのが精一杯だったのだ。

 

「そうは言うが、死なせんかっただけでも大健闘じゃろ。いつ死んでもおかしくはない損傷だったはずじゃ」

「……」

 

ゼウスの言葉に、俺は大岩のような拳を強く握りしめた。

 

(ジジイの言う通り、霊薬で1ヶ月間持ち堪えさせた。……だが、あの小娘は、目を覚ました直後に、自前の魔法であの致死の損傷を一瞬で治したと聞く)

 

『メル・プリモルディアル』。

アルフィアたちから報告を受けた時、俺は我が耳を疑った。

オラリオの最高峰の医療機関が束になっても治せなかった傷を、寝起きの魔法一度で完治させる異常性。

 

「……あいつの魔法は、明らかに理の枠から外れてる」

 

俺は、先ほどフリーナが立っていた場所を見つめた。

 

「他者に使えばただの持続回復にしかならねぇと本人は言っていたが、あれだけの自己治癒力が本物なら……。ステイタスが上がり、魔法が『拡張』された時、どう化けるか分かったもんじゃねぇ」

 

もしあの力が、他者にも同じ出力で適用される日が来れば。

アルフィアやメーテリアを蝕む、神の力すら及ばない『不治の病』すら、打ち破れるかもしれない。

 

「かっかっか。まあ、あの図太い小娘のことじゃ。いつか本当に、トンデモない奇跡を見せてくれるかもしれんわい」

ゼウスが目を細め、楽しげに笑う。

 

「……ああ」

 

俺は静かに笑い、修練場の高い天井を仰いだ。

(いつかその気になったら、奇跡を見せてあげるかもしれない……か)

 

「せいぜい、期待して待たせてもらうさ。……あの大馬鹿野郎が、オラリオの天辺まで登り詰めてくるのをな」




『メル・プリモルディアル』
効果
・自己再生・広域回復魔法
・水属性
・詠唱式
【ここに幕は開かれる 原初の蒼 流れる紅】
【玉座に眠る龍王の心臓が すべてを赦し すべてを癒す】 
【愛の杯を掲げ 貴女に捧げよう】

原始胎海の水が持つ生命を与える性質を起源として発現した魔法なのでフォンテーヌ人や純水精霊に絶大な効果を持つことになっています。 成り主は気づいてる。他は気づいてない



報酬に関して感想をいただきましたので補足
・成り主に関しては目の前のケーキに夢中なので一旦置いておくとして
・ロキは最初にもらった参加報酬がデカ過ぎてこれで全額と勘違いしたと言うのが一つ、退院した後の届いた報酬に関してはフリーナの居場所が不明なのはいつも通りなので「うちのとこ来たら教えたらええか」と放置。
・バルス・セリアはロキの元に届いたアレを知っているので「あの金が無くなるとかディアンケヒトファミリアぼりすぎだろ怖」と思っています。

補填に関して
・治療、医療費に関しては他の重症者と同等額(手足欠損した人間が「銀の腕」つけて満足できるくらいの額)はディアンケヒトファミリアに支払われています。ただし、フリーナはそれじゃ全然足りない状態だったので本文の通りマキシムやレグナント+数名が個人で頑張りました。
ついでにディアンケヒトはかなり、いかつい額をふっかけましたがロキが頑張りました。
・武器に関しては75万の武器を補填してもというか、もっといい武器買えと、わざと補填しませんでした。

合計の報酬
・大体10億ヴァリス以上20億ヴァリス以下くらいです。魔導書が上振れすると20億届くかもくらい。霊薬の素材は含まれてないです。

描写不足だった点が多々あり伝わらない部分が多かった印象でした。
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