【クロス】コードギアス 忘却のピーター 作:超高校級の小説家(笑)
「――Q1、そこを左だ。直後に敵のサザーランドが2機現れる。タイミングを合わせてスラッシュハーケンを叩き込め」
新宿のゲットーを包むのは、黒く立ち上る硝煙と、崩壊したコンクリートの不快な擦過音。その惨劇の渦中から少し離れたビルの屋上で、ルルーシュは冷徹に戦況を支配していた。
強奪したブリタニア軍の量産型ナイトメアフレーム(KMF)――『サザーランド』。そのコクピット内でルルーシュが見つめるモニターは、さながら完璧な『チェス盤』だった。彼の手の平の上で、敵と味方の光点が頭脳の筋書き通りに動いていく。 圧倒的な勝利へのカウントダウン。しかし、その完璧な盤面を『それ』は前触れもなく引っかき回した。
「おい、Q1! 指示にない動きをするな! そっちのルートには――」
『あはは! ごめんごめん、指示の主(ぬし)さん! でも左の路地から3機目が裏をかこうとしてたから、ちょっと僕が糸で縛っておいたよ!』 通信機から返ってきたのは、カレンの凛とした声ではない。軽薄で、ひどく場違いな、若い男の声。
「何だと……!? 誰だお前は! テロリストの通信に混線を――」
『あ、僕はスパイダーマン。君の親愛なる隣人さ。それじゃ、サムライの女の子のサポートに戻るから!』
プチッ、と無情に通信が切れる。直後、外部モニターに映し出された広場の映像に、ルルーシュは息を呑んだ。
燃え盛る瓦礫の赤に、およそ戦場には似つかわしくない派手なハンドメイドスーツ。赤と青の『蜘蛛』の意匠を纏ったそいつは、KMFすら持たず、生身の身体ひとつでビルからビルへと細い糸(ウェブ)を伸ばして滑空していた。
サザーランドが放つ対人ライフルが火花を散らし、コンクリートを粉砕する。だが、その弾道を見切っているかのような、重力を無視したアクロバティックな跳躍ですべてを回避。手首から放った謎の流体で、瞬く間にKMFのカメラを塞いでいく。死角からカレンのグラスゴーが躍り出、その隙を突いて敵を次々と撃破していった。
「馬鹿な……生身の人間が、ナイトメアを圧倒している……!? そんなイレギュラー、私の計算にはない!」
ルルーシュの端正な顔が驚愕に歪む。その不確定要素をギアスで従えようとモニターを睨みつけるが、当然、画面越しでは絶対遵守の力は届かない。結局、その『赤青の男』の乱入によって、ブリタニア軍の包囲網はズタズタに引き裂かれていった。
◆
「ちょっと、何なのよアイツは……!?」
カレンは流れる汗を拭う暇もなく、目の前の異常事態に叫んでいた。鉄錆と焦げたオイルの臭いが満ちる新宿ゲットー。謎の指示役(ルルーシュ)の神がかった作戦によって、ブリタニア軍をハメたまでは良かった。だが、その作戦の隙間を、音もなく跳び回る『赤青の影』がすべてをかっさらっていく。
機体の外部モニターに映る男は、間違いなく生身の人間だ。それなのに、あのアサルトライフルの猛砲火の中を、まるでダンスでも踊るかのように紙一重で、滑るように避けてみせる。
「あり得ない……! 純血派の戦闘データにも、あんなイレヴンのゲリラなんて――」
カレンの驚愕を他所に、赤青の男は恐れ気もなく敵サザーランドの頭部へと飛び乗った。パァンと乾いた音が響いたかと思うと、手首から放たれた白い粘着質の繊維が、敵機のファクトスフィア(メインカメラ)を完全に目潰しする。
『ほら、サムライの女の子! 今がチャンスだよ!』
スピーカーから聞こえる、緊張感の欠片もない少年のような声。
「――っ、ナメんじゃないわよ!」
カレンは混乱を怒りでねじ伏せ、操縦桿を押し込む。カメラを塞がれて立ち往生した敵機の胸部へ、カレンの機体の対KMF戦闘用カオス爆雷が直撃。轟音と共に鉄の塊が吹き飛んだ。
「強い……けど、一体誰なの……!?」
味方であるはずの「蜘蛛の男」への、言い知れぬ不気味さと困惑。だが、戦場はさらなる混沌の音を響かせた。
◆
ズドォォォン!!
大気を震わせる不穏な駆動音。西側の包囲網が一瞬で光の塵となって消滅する。
赤黒い煙の向こうから現れたのは、これまでの無骨な量産機とは一線を画す、流麗で、
純白の新型ナイトメアフレーム――『ランスロット』。
「ハァァァッ!」
ランスロットのコクピットの中で、枢木スザクは歯を食いしばりながら操縦桿を握り締めていた。特別派遣技術部が放ったこの白い機体は、スザクの超人的な反射神経と完全にシンクロし、戦場を文字通り『蹂躙』していく。
両腕のエンブレスから放たれたスラッシュハーケンがビルを削り、赤く輝くMVS(振動刃)の一閃が、テロリストのサザーランドを瞬く間に沈めていく。
これなら、この圧倒的な力なら、これ以上の犠牲を出さずに戦場を鎮圧できる。スザクがそう確信した瞬間、全天周囲モニターの端に、一際異彩を放つ『赤青の残像』が捉えられた。
「えっ……? 人間……!? 馬鹿な、生身でナイトメアの戦場に!」
スザクの目が驚愕に見開かれる。戦火に包まれたビル群を、細い糸を伸ばして振り子のように滑空する人間。テロリストでもブリタニア軍でもない、あまりにも派手で場違いな衣装を着た男が、ハイスピードで突撃するランスロットの真正面に躍り出てきたのだ。
「危ない、下がってください!」
スザクは外部スピーカーへ叫びながら、瞬時にランドスピナーを制動させ、機体の進路を僅かに逸らそうとした。しかし、白い騎士が巻き起こす突風と突進のプレッシャーは、生身の人間にとってはそれだけで肉体を押し潰す致命の質量兵器だった。
ガギィィィン!!
金属が悲鳴を上げるような激しい衝撃音が、爆煙の中で響き渡る。スザクが目撃したのは、信じられない光景だった。赤青の男は避けるどころか、ランスロットが振り下ろした右腕の装甲を、その両手でガッチリと受け止めていたのだ。機体重量7トンを超えるKMFのパワー。それを、生身の人間が足元のコンクリートを粉砕しながらも、力ずくで受け止めている。そのマスクの奥から、焦ったような、しかしどこか軽薄な若い男の声が響いた。 『わわわっ! ちょっと待って、この白いロボット、馬力が他のやつとケタ違いなんだけど!?』
「くっ……生身でナイトメアを受け止めるなんて、どんな改造をされているんだ……!」
スザクは驚愕を戦慄へと変え、左腕のMVSを起動させた。紅い高周波の刃が、空間を切り裂く不気味な唸りを上げる。だが、その刃が放たれるより早く、ピーターの頭の奥で『スパイダーセンス』が最大級の警報を鳴らした。脳を刺すような危機感に従い、ピーターは即座にランスロットの腕を蹴って後方へ跳躍する。コンマ数秒後、彼がいた空間を紅い一閃が通り抜け、背後のビルを紙のように両断した。
『うわっとっと! 冗談だろ、あのビームサーベルみたいなの掠っただけで消し飛ぶよ!』
ピーターは空中で身を翻しながら、両手首のウェブ・シューターを交互に発射した。放たれた高強度の蜘蛛の糸が、ランスロットの足元のランドスピナー(駆動輪)に正確に絡みつく。ピーターはその糸を力任せに引っ張り、機体のバランスを強引に崩しにかかった。グシャリ、と強固な駆動系がピーターの怪力によって歪む。
「駆動系に異常……!? チッ、ハーケンで強行突破する!」
スザクは機体の傾きを強引に捩じ伏せ、両腕のハッチを開放した。予測不能の軌道を描いて放たれた一対のスラッシュハーケンが、ワイヤーを伸ばしてピーターを挟み撃ちにする。だが、ピーターの身体は物理法則を無視した挙動を見せた。空中に浮いているはずの肉体を、信じられない柔軟さで『捻る』ことで、追尾するハーケンをすべて紙一重で回避してみせたのだ。
しかし、ランスロットの真の脅威はその直後に訪れた。バランスを崩しながらも、スザクは驚異的なリカバリーでMVSを突き出す。その刃の先にあるのは、ピーターではなく、先ほどから満身創痍で立ち往生していたカレンのグラスゴーだった。直撃すれば、コクピットごとカレンは消し飛ぶ。 『危ないっ!!』 ピーターの叫びが響く。彼は逃げるどころか、自ら死地へと飛び込んだ。カレンの機体の前にウェブを伸ばして強引に割って入ると、ランスロットの強烈な蹴りを、その生身の背中で直接受け止めたのだ。 ドカァァン!! 凄まじい衝撃波と共に、ピーターの身体がカレンの機体ごと後方の瓦礫へと吹き飛ぶ。
「なっ……私を、庇った……!?」
カレンはモニター越しに、自分たちの前に立ち塞がってボロボロになった赤青の背中を見て、息を呑んだ。
『ゴホッ、ウソだろ……肋骨が2、3本いった気がする……。おい、サムライの女の子! 早く逃げて! 君のそのロボットじゃ、あの白いのに勝てない!』
ピーターは瓦礫の中からフラフラと立ち上がりながらも、両手を広げてカレンの盾になり続ける。マスクのレンズは歪み、スーツはボロボロだが、その佇まいには退かない覚悟が満ちていた。
「でも、あんたを置いてなんて――」
『いいから行って! 僕は……これでも結構タフなんだ!』
ピーターは叫ぶと同時に、背後のカレンのサザーランドに向けてウェブを発射。その強靭な糸の張力で、カレンの機体を強引に戦場の安全圏へと引っ張り、離脱させた。
「どうしてイレヴンのテロリストを庇うんだ! 君は何者なんだ!」
再び迫るランスロット。スザクの問いかけに、ピーターはマスクの奥で必死に呼吸を整えながら、再びウェブを構えた。カレンが完全に逃げ切るための時間稼ぎ。そのための肉体は、とうに限界を迎えていた。
◆
「ブリタニア軍全軍に命ずる。即時に戦闘を停止せよ。……繰り返す、全ての戦闘行動を停止せよ」
新宿の地獄を切り裂くように、街中の巨大モニターと全軍の通信回線にクロヴィス殿下の顔が映し出された。クロヴィスによる、突然の即時停戦命令。 その信じられない言葉に、ランスロット(スザク)の動きが完全に停止する。
「殿下……!? なぜ……」と動揺する白い騎士。満身創痍のピーターはその一瞬の隙を見逃さず、死に物狂いでウェブを伸ばし、ビル街の煙の向こうへと姿を消した。
◆
なんとか戦場の中心地から離脱したピーターは、追っ手の来ない薄暗いビルの路地裏へと滑り込んだ。着地した時点で足の骨が軋み、もつれるように瓦礫の中へと倒れ込む。全身の細胞が激しい痛みを訴え、視界がチカチカと明滅していた。
(ハハ……ひとまずは、誰も死なさずに済んだかな……。メイおばさん。僕、誰もいないこんな世界でも……ちゃんと『責任』を果たせてるかな……)
世界中から自分の存在を忘れられ、最愛の家族すら失って、それでもなお「親愛なる隣人」であり続けようとした少年。朦朧とする意識の中で、ピーターは遠い故郷の空を思い出しながら、必死に震える手でバックパックを開けた。この派手な赤青のスーツのまま倒れるわけにはいかない。それは、彼が前世のニューヨークで嫌というほど学んだ、ヒーローとしての最低限の防衛本能だった。
激痛に耐えながら、煤けたハンドメイドスーツを脱ぎ捨て、ヨレヨレの私服のパーカーとジーンズに袖を通す。割れたマスクをバックパックの奥底へ押し込んだ時には、すでに意識を保つことすら困難になっていた。
それでも、ピーターは残った最後の力を振り絞り、夜の帳が下り始めたエリア11の街へと這い出した。どこでもいい、身を隠せる安全な場所へ――その一心だけで、少年の足は無意識に前へと進んでいた。
◆
夜の冷気が、新宿から遠く離れたトウキョウ租界の高台を包み込んでいた。昼間の凄惨な戦争など嘘のように静まり返った、美しく巨大な学園の門がそこにそびえ立っている。――ブリタニアの貴族子女が集う、アッシュフォード学園。
「はぁ、はぁ……っ、くそ……ここまで、か……」
深夜の学園の正門前。街灯の頼りない光の中に、一人の少年がふらふらと現れた。
私服に着替えたピーターの顔は青白く、額からは冷や汗が流れ落ちている。
生身でナイトメアフレームの突撃を受け止めた代償はあまりにも大きく、内臓が焼けるような痛みに視界がぐにゃりと歪んだ。
ついに膝の力が完全に抜け、ピーターは冷たいコンクリートの地面へと崩れ落ちる。
「ごめ………ん………メイ……お…ば…‥さ」
そのことを言い終わる前にバックパックを抱きしめたまま、少年の意識の糸はぷつりと切れた。
彼が倒れたその少し後。 新宿事変のすべての戦果を胸に、一般生徒の顔に戻って学園へと帰還したルルーシュ・ランペルージが、正門前で「ただの行き倒れの少年」を発見することになるのだが――。
この時のルルーシュはまだ、目の前で倒れている冴えない少年こそが、自分の完璧なチェス盤を叩き壊した『スパイダーマン』の素顔だとは、夢にも思っていなかった。
後書き
言い忘れましたがこれから毎週木曜22時配信です