辻斬浪人、神ゲーをプレイす   作:全智一皆

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第一章 剣を抜け、そして天下を斬り伏せよ
チュートリアル Legend of Ronin


 

■  ■

「悪いんだけど、暫く幕末(こっち)には来れそうにねぇわ」

「なんで?」

「味変」

 

 幾度となく、刃金が空を斬る。

 晴れ晴れとした空に雲はなく、燦々と輝るお天道様が今日も今日とて、この江戸の世から現存する文化遺産の如き街並みを照らしているというのに、そんな風景とは真逆の殺伐とした気迫を存分にぶつけ合いながら、二人の剣士は首やら胴やら股間やら目掛けて剣を振るっている。

 

 『辻斬・狂想曲:オンライン』―――世紀末ならぬ『幕末』の通称で親しまれるそのゲームは、正直に言って運営の気が狂ってるんじゃねぇのかと叫んでしまいそうなくらいには、色々と頭のおかしい傑作である。

 プレイヤー同士のバトルロイヤルを前提として作られた、生粋のPvP専用ゲーム。箱庭型のオープンワールドだが探索要素などほぼ無いに等しく、プレイヤーもNPCも問わずして『とにかく斬れば斬る程ハイスコア』というシンプル過ぎるコンセプト。

 魔法やアクティブスキルといった便利なものなど存在せず、ただひたすらに己のステータスパラメーターを高めつつパッシブスキルで戦っていくという、適正が無ければ生き残れない世界である。

 プレイヤースキルを高めるというストイックなゲーム性、シンプルすぎるゲーム設定故のモラルの欠片もないバカみたいなバイオレンスに適合したプレイヤー達のよる蠱毒によって成り立っているという、よく分からないゲームである。

 そんなゲーム性であるが故に、ゲーム内におけるランキングの変動は凄まじい。多くのプレイヤーから恐れられる上位ランカーであろうが、策が噛み合えば集団リンチで普通に死ぬのだ。

 プロゲーマーとして世界で強豪達と戦ってきたゲーマーをして、『瞬間最大風速とは言え、あのゲームで1位を取るって凄いことだと思う』と言わしめる程、上位ランキング入りは名誉な事である。

 が―――ある日を境に幕末へと入り込み、瞬く間に1位へと登り詰めて以降、その順位だけが不動となった。

 付いた二つ名は『レイドボス』。『一人のエース<<<<百人の雑魚』が基本の幕末において、『百人の雑魚<<<<<レイドボスさん』と言われる程の圧倒的で絶対的な実力差を有するプレイヤー―――その名は、ユラ。

 

「寂しいよ」

「正直、俺もお前と離れるのは心苦しいぜ」

「なら、ずっと()ろ?」

「うーんこのキューティフェイスめ」

 

 刃が錆び切ったなまくらの如き刀―――頑張れば誰でも手に入れられる様な極端性能装備『錆光』を、不規則かつ変動的な軌道を描きながら、ユラはこてんと首を傾げてそんな言葉を投げてくる。

 お互いに斬り合っている最中だと言うに、こんなにも可愛らしいアクションを起こされては、戦ってくる側もついトキメキを覚えずにはいられないだろう。

 ―――こと、この男に関しては、その限りではないだろうが。

 

 幕末がリリースされてから現在に至るまで、この男は幕末で生き続けていた。

 幕末初期から生き残ってきた古参勢にして、それだけの長い年月を経て尚も未だ『無所属』を貫いているある種の狂人。

 本人曰く『浪人ロールプレイ』。完全孤立型無所属プレイヤー、時と場合により幕府にも維新にも着くジョーカー。

 現状ただ一人―――全力を出した「レイドボス」ユラの片腕を斬り飛ばした男。幕末以前から侍系VRゲームをやり込み、ほぼ全ての流派を扱える程の剣術マニア。

 「Legend of Ronin」フツフツ(にぃ)―――それが、この男の名であった。

 

「時々お前が男なのを忘れそうになるぜ―――まぁ、どっちにしろ今は斬るがなァッ!!!」

「…!」

 

 釣り上がった口端は狂気を顔面に刻み、右手の長刀―――ハロウィンイベントの上位ランキング入り報酬「妖刀(ようとう)斬雨(きりさめ)」―――は華奢な少年の胴体を切断しようと、神速の一文字を走らせる。

 振り抜かれた凶刃を紙一重―――ではなく、寧ろ迎え撃つ様に錆びた刃が、フツフツの首元目掛けて迫り上がる。

 錆光。どこからどう見ても錆び切った鉄のなまくらであるソレは、しかしクリティカルを叩き出せばありとあらゆる物質を切断する最強の刃となる。

 通常なら運任せと捉えるクリティカルも、このレイドボスをしてみればなんて事はない。最強の剣士は自らの技量を以て奇跡(クリティカル)を叩き出し、文字通り万物を斬り捨てるのだ。

 攻撃が来ているならば回避? 馬鹿げた事を抜かすな素人が。幕末最強の剣士が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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 だが―――それが分からぬ怨敵(ライバル)ではない。

 

「喰らえ、斜め左右一文字!」

 

 物理エンジンによって再現された身体操作は、肩甲骨の可変によって振り抜かれた長刀を瞬時に対極へと置き換え、それを追う様に解き放った左手の打刀―――幕末初期のイベント1位報酬「福文守吾裂(ふくもんのかみわれざき)」―――は対称の斜め上から振り落とされる。

 その動作には、寸分の狂いも硬さも存在しない。剣技としてはあまりにも難解な動きを強制するソレを、フツフツは魂に刷り込まれているかの如く緩やかに発動させた。

 

「っ?」

 

 初見且つ難解な動作に発生する、僅かな驚き。それが錆光の動きを曇らせ―――ぱきり、と呆気なく瓦解させた。

 錆光はクリティカルを叩き出せば全てを斬り捨てる。しかしそんな無法過ぎる武器に弱点が無い訳など、有り得ないにも程があるというもの。

 この武器は両極端を地で行くピーキーブレイドだ。クリティカルを叩き出せば最強の装備、しかしクリティカルを出せなければ即座に破壊される諸刃の剣である。

 僅かでも動きがズレてしまえば、それだけで破壊出来る。難点があるとすれば、それを扱っているのが幕末最強の剣士ユラである為、常人ならどう足掻こうがそんな芸当は成せない―――という所だろう。

 

「惜しい、な。あとちょっとで天誅できたのに」

「そう簡単に天誅されて堪るかってんだ。そろそろ天誅される側に回ってみたらどうだ?」

「やだ。まだまだ、楽しみたい」

 

 瞳孔がガン開いた笑顔に恐怖を煽られる。

 これだからレイドボスさんなんて言われるんだ。流石は幕末最強のプレイヤーと言うべきか、ぽやっとしたベビーフェイスから繰り出される熱烈な幕末スマイルに、曇り無き狂気がこれでもかと塗りたくられてやがる。

 虚空に手を滑らせ、手元に顕れるは斬馬刀よりもまだ長い刀身(からだ)を持った一振り。

 

斬星竿(きりぼしざお)……ハッ、前より本気モードになるのが早いじゃねぇか」

「耐えれたら、嬉しいね」

「それで言うなら『斬ってくれたら』だろうがッ! おらさっさと天誅すっぞォ!」

 

 その攻防は、シンプルであるが故に一言で言い表せる―――『嵐』だ。

 嵐と嵐が仲良く手を取り合ってタップダンスでもしているかの様に、ファンタジー要素などというご都合主義をとことん排斥したこの幕末で、剣戟によって創られた風圧が可視化される程の激闘がそこにはあった。

 こんな事を言えば多くの幕末民から『お前何言ってんの?』とツッコまれる事請け合いな爆弾発言だが、フツフツにしてみれば本気モードである斬星竿を使っている状態のユラこそが最も戦いやすい。

 正月イベント『巌流』のイベント報酬である『斬星竿』は、幕末らしく武器そのものに『プレイヤースキルの補助をする特殊バフ』が付与されている。

 『空気抵抗軽減』―――それが、斬星竿を使うユラが本気モードだと言われる所以である。

 ただでさえ長くて扱い難い斬馬刀よりも長い斬星竿だ、普通ならば扱う事自体が至難を極めるだろう。だが、そこに空気抵抗の軽減などと言う、刀剣類を扱う上で最強も良い所のバフが付与されたとなればどうか?

 重量はそのままの癖に、馬どころか車ごと一刀両断出来る様な大太刀が瞬速で振り回されるのだ。それを天災と言わずしてなんと言う?

 

「せー、のっ!」

「っ、まだ」

「何度でも弾いてやるよ!」

 

 天災に抗うのは、同じく天災であった。

 『返し刀』。緻密な身体操作により、相手の力をそのまま流し返す特殊技能―――要するに、某鬼畜忍者アクションだったりに存在した『弾き』である。

 圧倒的な長さにものを言わせ、触れるもの全てを断ち切る竿の運動エネルギーなどものともせず、それら全てを尽く弾いて、弾いて、弾きまくる。

 唐竹も、一文字も、袈裟も、逆袈裟も、突きも。目視する事も叶わぬ斬撃の全てを、幕末に―――否、ユラに最適化された肉体が自動的に行動し、防ぎ切ってみせた。

 

「っ!」

 

 ぐらりと、重心が戸惑う様に後方へ傾く。この瞬間、初めてユラの体勢が崩れた。だが、それでも抗いは残る。

 『返し刀』を用いた福文守吾裂を、ユラはあろう事か斬星竿の柄で福文守吾裂の鍔を押し出し、その本身を宙へ投げ出させた。

 しかし、だ。如何に足掻こうとも武器はまだある。度重なる弾きによって蓄積され、遂に実り花を咲かせた隙だ、幕末の古参たるこの男がそれを見逃す筈も無し。

 言葉よりも、感情よりも、その行動が先駆ける。

 斬雨をくるりと翻し、鞘へ舞い戻らせるまでに僅か0.5秒。その行動が、再びユラの表情を変えた。

 

 ハロウィンイベントのランキング入り報酬『妖刀・斬雨』。元ネタは言わずもがな、南総里見八犬伝に登場する、抜けば水気を放つと言われる名刀・村雨である。

 斬星竿の時も言った様に、幕末のイベント報酬である武器には必ず何らかの特殊能力が付与されている。斬雨の場合は、『抜刀速度の上昇』である。

 長刀なのに抜刀速度の上昇なのか? という疑問はあるだろう。だが、そんな疑問は実際にそれを見れば即座に消え失せる。

 『空気抵抗軽減』という強力無比な能力がある斬星竿ですら、元の鞘にはまるで納まっていない。それは何故か?

 無論、即座に取り出せれば抜刀などというモーションを排して斬れるから、という理由はあるだろう。だが、おそらくは違う。

 斬星竿の『空気抵抗軽減』は、おそらく本身が顕になってこそ発動するものなのだろう。刀身が鞘から解き放たれ、それを振るう瞬間に至るまでに脅威を発揮するのだ。

 つまりは、抜刀の速度こそ他の長刀と一緒であり、実戦で用いるにはあまりにも遅過ぎるのだ。

 ただでさえ己が五体をゆうに超える一振りだ、『空気抵抗軽減』があるとは言え、無駄に長い時間を要する抜刀などしていれば、いかなレイドボスとて無駄な隙が生まれる。

 

 ―――だが、斬雨は違う。それを扱うフツフツもまた然り。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 腕ではなく腰を引き、刀ではなく体で斬る。親指を滑らせる様に鯉口を開き、身体の正中線を逸らす様に流れて前へ。

 北辰一刀流と浅山一伝流を学び、その上で独自の技と理合を開眼した幕末の剣客、日比野雷風によって創始された流派―――神刀流居合。

 長刀ではなく太刀を用いて放つ筈のソレを、フツフツは長刀で以て―――最強の首斬りを為す。

 

「―――天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「――――――やっぱり、楽しい!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 崩れた体勢? だからなんだ。

 手が長刀で塞がってる? それがなんだ。

 そんなもの―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フツフツは無所属だが、基本的に幕末のプレイヤーは身の安全の意味やイベント報酬の旨みもあり、必ずどちらかの陣営に所属する。それはレイドボスであるユラとて例外ではなく、彼は維新側に所属しているプレイヤーだ。

 幕府側と維新側、どちらか片方に所属する事で陣営は異なり、味方も変わる。また、所属する陣営によってプレイヤーは特殊な恩恵を受けられるのだ。

 幕府側は刀剣系のステータス上昇。これにより、こと剣戟において幕府側は、維新側よりも多少は優位に立つ事が出来る。

 対して維新側は刀剣系のステータス上昇こそ無いが、その代わりに『銃器の使用』が可能だ。要するに火縄銃やリボルバーといった、幕末時代の銃火器が使用出来るのだ。

 維新側であるユラがリボルバーを使えるのは、誰もが知っている事実。だがその威力は、他のプレイヤーとはもはや比較するまでもない。

 なんせレイドボス、幕末最強の男だ。()()()()()()()()()()()()()()()()など、彼以外に出来るプレイヤーは存在しない。

 

「がっ…!?」

「やっぱり、楽しい…! ずっと、ずっと!」

「こんっのキューティフェイスがァっ!!!! 大人しく斬られろってんだよ!!!!」

「まだ、やろ?」

「人の両手両足撃ち抜いといてヌケヌケとよォ…! イイぜやってやろうじゃねぇかベイビーが!!!! またあの時みたくその片腕ぶった斬ってやらァ!」

「いいね、それ!」

 

「まーたやってるよ天災共が」

「漁夫の利狙ってんのに全然収まる気しないんですけど???」

「漁夫れる訳ねぇだろバカかお前」

「嵐と嵐が仲良くタップダンスしてるよ! 恐ろしいね!」

「メガロドンとキングジョージが戦ってるの間違いだろ」




・フツフツ兄
『辻斬・狂想曲:オンライン』こと『幕末』が発売された当時からやり込んでいる古参プレイヤー。名前の元ネタは言わずもがな柱間大好きなあの人。フツは古来の『ものを斬る擬音』の事で、ある人曰く『フツ』と『フル』は同義らしい。
レイドボスさんことユラの全力に付き合える上に、過去に一度だけユラの片腕を斬り飛ばした事があるという、幕末屈指の伝説を残した。が、それが原因でレイドボスに目を付けられてしまっている。
現状ただ一人、ユラのリズム感に適応して普通に会話する事が出来る上、受動的な彼が自ら関わりにいく唯一無二の人物。それもあって、ユラとはフレンドの間柄。
長年やり込んだが故の味変を求め、シャンフロに手を出そうとしている事をレイドボスに報告したら一層しつこく絡まれる様になった可哀想な人。
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