一般転生オリ主「黒鞭って歴代個性の中でもずば抜けてるよな」 作:まだら模様
供養になります。
キャラ崩壊、ストーリー崩壊などの可能さもございます。
ご注意ください。
死ぬとは思っていなかった。
いや、正確に言えば——死ぬことを意識する間もなかった、という方が正しい。
影縄繋(かげなわ けい)の最後の記憶は、横断歩道の白線を踏み出した瞬間だ。青信号。自分の番。別に急いでいたわけでも、ぼうっとしていたわけでもなかった。ただ普通に、コンビニで買ったおにぎりの袋を片手に、次の角を曲がれば家だな、などと考えながら歩き出しただけだった。
そこへ、来た。
猛スピードのトラックが。
赤信号を無視して。
視界の端に巨大な鉄の塊が映り込んだ次の瞬間には、もう繋の意識は暗転していた。痛みすら感じる間がなかった。おにぎりがどこかに飛んでいったことだけは、なぜか妙にはっきり覚えている。ツナマヨだった。好きだったのに。
それが、影縄繋という人間の二十二年間の終わりだった。
気がつくと、繋は白い空間に立っていた。
床も天井も壁も、全部が均一な乳白色で、どこまでが境界なのかもわからない。自分の影すら落ちていない。上下左右の感覚はあるのに、足元に何があるのかはよくわからない。とにかく立っている。それだけが確かだった。
(……死んだ?)
驚くほど冷静に、繋はそう思った。
パニックにならなかったのは、あまりにも現実感がなかったからか、それとも元々そういう性格なのか。たぶん両方だろうと自分でも思う。コンビニ帰りに死ぬというのは流石に想定外だったが、状況を把握することの方が先だという判断が、本能レベルで働いた。
「影縄繋様」
声がした。
低く、落ち着いた、性別不明の声だった。どこから聞こえているのかもわからない。空間全体が発声しているような、不思議な響きがある。
振り返ると——あるいは振り返ったつもりで向き直ると——そこに人影があった。
白い装束をまとった、年齢不詳の人物。顔は穏やかで、目は細く、口元には微笑みとも無表情ともとれる微妙な表情を浮かべている。手には何やら厚みのある帳面を持っていた。表紙に「命籍」と金文字で書いてある。
「はい」と繋は答えた。
「此度は誠に申し訳ございませんでした」
神様——おそらくそういう存在だろうと繋は判断した——は、帳面を胸の前で抱えたまま、深々と頭を下げた。九十度以上ある。かなり本気の礼だ。
「……えっと」
「手違いでございます」
「手違い」
「はい」
「神様が手違いを?」
「はい」
返ってきた答えはあまりにも簡潔だった。弁解も説明もなく、ただ「はい」の一言。繋は少しの間、その答えを咀嚼した。
「……もう少し詳しく聞いてもいいですか」
「もちろんです」
神様はすっと顔を上げ、帳面を開いた。ぱらぱらとページをめくる手つきは、どこか事務的で淡々としている。役所の窓口みたいだな、と繋は思った。
「影縄繋様の寿命は、本来であれば本日ではございませんでした。天寿を全うされる日まで、まだ五十八年と四ヶ月、十七日のご予定でした」
「五十八年……」
「はい。それが——担当者の確認ミスにより、誤って今日の日付に死亡フラグが立ってしまいまして」
「死亡フラグ」
「運命上の処理でございます。結果として、本来は明日事故を起こすはずだったトラックの運転手が、今日の貴方様の前を通ることになりました」
繋はしばらく黙って、その説明を聞いた。
整理する。つまり——自分が死んだのは、神様側の入力ミスのせいだということだ。Excelを間違えたら人が死んだ、みたいな話が、宇宙の管理システムで起きた。それが自分に直撃した。
「……担当者は?」
「厳重注意処分の予定でございます」
「そうですか」
「はい」
繋は深呼吸した。してみたら、ちゃんと息が吸えた。死んでいるのに肺が動いているのは不思議だったが、今はそこにツッコむ余裕はない。
怒る気もそんなに湧かなかった。湧かない、というより——怒ったところでどうにもならないことは明白だったし、既に神様が謝っている。これ以上何を言えるというのか。ツナマヨのおにぎりは惜しいが、それは神様に言っても仕方ない話だ。
「それで」と繋は言った。「謝罪は受け取りました。それで、俺はどうなるんですか。成仏、ですか?」
「いいえ」
神様はまた帳面をめくった。
「本来の寿命まで生きるはずだった貴方様を、このまま成仏させることはできません。手違いによる死亡の場合、原則として補償が発生します」
「補償」
「転生でございます」
繋の眉がわずかに動いた。
転生。
その単語は、繋にとってまったく馴染みがないわけではなかった。むしろ逆だ。二十二年間、それなりにオタクとして生きてきた繋にとって、「転生」は馴染み深い概念の一つだった。異世界転生もの。ハーメルンやなろうで何作も読んできた。主人公が死んで別の世界に生まれ変わる、あれだ。
「転生先は」
「貴方様の記憶にございます世界への転生が可能でございます。ご希望があればお申し付けください」
「……俺の記憶にある世界」
「はい。フィクションの世界であっても、存在する並行世界への接続は可能でございます。貴方様が詳細に把握されている世界であれば、概ね対応可能です」
繋の頭の中で、いくつかの「世界」が浮かんだ。
そして——ほぼ反射的に、一つの単語が浮かんだ。
個性。
ヒーロー。
緑谷出久。
僕のヒーローアカデミア。
「……ヒロアカって可能ですか」
「ヒーローアカデミア世界ですね。はい、可能でございます」
「その世界に転生する場合、なにか……チート的なものはもらえますか。補償って言ってましたよね」
一瞬の間があった。神様は帳面をもう一度めくり、何かを確認するような素振りを見せた。
「転生補償として、一つの能力付与が可能でございます」
「一つ」
「はい」
繋は考えた。
真剣に、考えた。
ヒロアカの世界で一つ能力をもらえるなら——何がいいか。オールフォーワン? 強すぎる、話が終わる。OFA本体? 緑谷のものだし、なんか悪い気がする。数字系の超個性? 強いけど自分のものという感じがしない。
そして繋の思考は、自然と一点に収束した。
黒鞭。
OFAに内包された歴代継承個性の一つ。5代目・大柳龍一の個性。
捕縛。吸着。立体機動。打撃。防御。応用。
緑谷が感情の昂りで暴走させていたあの黒い縄が——繋には、ずっと気になっていた。
「……OFAの歴代個性の中に、黒鞭っていう個性があるんですけど」
「はい」
「あれ、もらえますか」
神様の手が、わずかに止まった。
「黒鞭は、現在ある人物に継承される予定となっております個性です。個性の付与は可能ですが、その場合——その人物から継承の権利を移譲することになります」
「緑谷出久から、ということですか」
「そうなります」
繋は少し黙った。
緑谷出久——原作の主人公。黒鞭を原作でどう使っていたかも、繋は知っている。感情制御に苦しみながら、少しずつ習熟していった。でも彼にはOFAの他の個性もある。浮遊も、煙流も、透過も、危機感知も。黒鞭が一本抜けたところで、彼の物語は変わらない——とは言えないかもしれないが、致命的ではない。
「……緑谷に何か不都合はありますか?」
「OFAの個性は本来七つ存在します。一つが欠けた状態になりますが、OFA本体の機能に支障はございません」
「彼の物語は、大きく変わりますか?」
「それは——世界の分岐によるため、断言はできかねます。ただ、OFA本体を保有する人物の命運には直接影響いたしません」
ならいい、と繋は思った。
緑谷の命に関わるわけではない。彼はちゃんとヒーローになれる。俺が一つ借りても——いや、奪っても——彼の本質は変わらない。
「わかりました。黒鞭をお願いします」
「……承知いたしました」
神様は帳面に何かを書き込んだ。その筆致はやはり淡々としていたが、繋には少しだけ——本当にわずかに——その所作が「これでよかったのだろうか」という迷いを含んでいるように見えた。
「付与にあたり、一点だけご説明があります」
「はい」
「黒鞭はOFAのエネルギーによって増幅される個性です。貴方様が使用される場合、そのエネルギー基盤はございません。個性そのものの出力は、貴方様自身の鍛錬によってのみ向上します」
「つまり、素のスペックで使う、ということですか?」
「そうなります。初期出力はかなり限定的なものとなる可能性があります」
繋は頷いた。
それでいい。むしろ——それがいい。
最初からなんでもできる個性なんて、面白くない。黒鞭が本当に「何でもできる」個性になるかどうかは、自分次第だということだ。
「転生後の記憶は?」
「前世の記憶は保持されます」
「転生先の年齢は?」
「ご希望があれば調整可能ですが、推奨は対象世界の主人公と同年代——約四歳からの転生でございます。個性発現前の時期から鍛錬を積むことが可能です」
四歳。
緑谷出久が個性を持てないと気づく少し前。ヒロアカの物語が本格的に動き出すまで、まだ十年以上ある。
「四歳でお願いします」
「かしこまりました」
神様は帳面を閉じた。そのまま深く一礼する。
「重ねて、此度の件お詫び申し上げます。どうか良い転生を」
「……一つだけ聞いていいですか」
「はい」
「担当者って、どんなミスをしたんですか? 具体的に」
神様は一瞬沈黙した。
「……月と日の入力を逆にしてしまったようです」
「月と日を」
「はい」
「……それだけですか?」
「……はい」
繋は深く息を吐いた。
「厳重注意じゃなくて、もっとしっかり怒った方がいいと思いますよ」
「……善処いたします」
それが、影縄繋の前世最後の言葉だった。
目が覚めると、天井が低かった。
木目の天井板。白熱灯のあたたかい光。畳の匂い。
どこかで風鈴が鳴っている。
繋は自分の手を見た。
小さい。
驚くほど小さくて、柔らかくて、ふにふにしていた。赤ちゃん——ではなく、幼児の手だ。指が四本しかないように見えたが、よく確認すると親指が手のひらに埋まっているだけで、ちゃんと五本ある。
「けいちゃーん、起きたー?」
引き戸の向こうから、若い女性の声がした。
すぐに引き戸が開いて、エプロンをつけた女性が入ってくる。三十代くらい。黒い髪。目が細くて、口元が優しく上がっている。
繋の母親だと、直感でわかった。
「おひるごはんできたよ、来られる?」
繋は頷こうとして——自分の体が思ったより言うことを聞かないことに気づいた。首が重い。体幹がない。四歳児の肉体というのは、これほどまでに不自由なものなのか。
(……ここがヒロアカの世界かどうか、まず確認しないと)
思考だけは二十二歳のままだった。それが少しだけ可笑しかった。
よたよたと立ち上がりながら、繋は自分の個性のことを確認しようとした。
あるか、ないか——それは体の感覚でわかった。
ある。
確かに、ある。
体の中心のどこか、臍の少し奥あたりに——何かが、ある。眠っているような、圧縮されているような、けれど確かにそこに存在している何かが。
黒鞭だ。
繋は小さく息を吸い、意識をそこに集中させた。
そして——
びゅっ。
右手の手首から、黒い縄が飛び出した。
長さにして五センチほど。太さは爪楊枝くらい。びよよんと一瞬伸びて、すぐに引っ込んだ。飛び出した時間は、一秒にも満たなかった。
それだけだった。
繋は自分の手首を見た。
(……なるほど。これが「初期出力は限定的」ということか)
全然怖くない。使える、という事実だけが確かにある。あとはもう、鍛えるだけだ。
「けいちゃん? どうしたの、ぼーっとして」
母親が不思議そうに繋の顔を覗き込んでいた。
繋は口を開いた。四歳児の舌と口の形に慣れていなくて、少し発音がもたついた。
「なんでも ないよ」
「そっかー。じゃ、ご飯食べよう」
「うん」
母親に手を引かれながら、繋は廊下を歩いた。
窓の外に、空が見えた。ヒロアカの世界の空だ。個性を持つ人間が八割を超えた世界。プロヒーローが存在する世界。そして——UA高校がある世界。
ここから十数年後、自分はあの場所を目指す。
黒鞭一本で、頂点を目指す。
「けいちゃん、また難しい顔してる」
「……してない」
「してるよー。そんな顔、四歳の子がする顔じゃないって」
繋は黙った。
何も言い返せなかった。二十二歳の中身が四歳の顔でしていた表情が、母親には「難しい顔」に見えたらしい。至極当然のツッコミだった。
(……ちゃんと四歳らしく生きないと、不審に思われる)
それも課題だな、と繋は思った。
個性の鍛錬と、四歳らしい演技。
二足のわらじで、新しい人生は始まった。
その夜、布団の中で繋は天井を見上げながら、静かに考えた。
黒鞭の可能性について。
あの五センチの縄が、いつか十メートルになる日を想像した。壁を掴んで、ビルの間を飛び回って、敵を縛り上げて、仲間を引き寄せて——無限に広がる、黒い縄。
「歴代個性の中でも、黒鞭ってずば抜けてるよね」
誰かに言ったわけでも、誰かから言われたわけでもない言葉が、頭の中で響いた。
捕縛に吸着に打撃に立体機動に立体強化に。
なんでもできる個性。
でも今は五センチしか出ない。
(……やってやる)
繋は目を閉じた。
眠る前の最後の思考は、明日の朝、どこで黒鞭の特訓をするか、だった。