激重感情ドロドロ恋愛脳エルフがお送りします。

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逆雨

例えばヴァンパイア。

それは、人の血を啜り永らく老いず、十字架とニンニクと銀の弾丸や木の杭、そして陽の光によって塵となる架空の化け物。

 

と、思われていた。

魔界、と仮称される世界とこの地球は繋がりを持ってしまった。

魔界では、地形、天候気候、動植物のどれをとっても奇妙でなものばかりか、特筆すべきは高度に発展した文明があるところか、魔界の全貌が掴めていない昨今において学者方がひいこら概算した魔界という星の直径は、太陽に等しいとかなんとか、そんな世界に住まう文明は、我々の文明を遥かに超えており。皆目見当もつかない魔力なる力と術を使い、発展した次第。

 

して、そんな文明に我々地球人類が敵うはずもなく、相手方(仮称魔族)から持ちかけられた和平交渉と文化交流に呆気にとられながら頷いた。些か失礼だか、魔族を仮に核爆弾と置き換えて考えれば我々の動揺と安堵が感じ取れるだろうか。

 

そんなこんなで宇宙人と交流を始めた日本には、外国人観光客と同じくらい魔族が来日するようになったり、逆に魔界へ観光に行くのが流行したりした。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

パスポートをとって、カバンに着替えと充電器やカメラ、歯ブラシや剃刀といったものまで詰めておく。

 

「こんなもんかな?」

 

部屋の電気やガスの元栓を閉めたのを確認して、荷物をしょって玄関の扉を開ける。

仕事に一段落ついて、まとまった休みが取れたので話題に絶えない魔界に行ってみることにした。

どうやら、向こうでは1名、魔族さんを現地のガイドとして付けて観光するのが義務となっている。魔界は人間が生きるには厳しすぎる自然だ。魑魅魍魎が蔓延っていて魔法をかけなければ簡単に死んでしまうとのことだ。

 

電車に乗って空港へ行くが、飛行機に乗るわけじゃない。

魔界へ行くには、ゲートなる魔力を用いたワームホールを通って行くのだが、政府と魔族側で考えた結果、空港の傍に置くと決めたらしい。

なので、フライトしてビーフorチキンとかいう概念はない。

一瞬だろう。

ゲートを潜る前に、ガイドさんとあって魔法をかけてもらう。

魔族自体、街でもそれなりに見かける機会があるが、背がめっぽう高くて見た目も整っている。女性が多いなと思い調べてみると、どういう訳か女性しか居ないらしい。そもそも雌雄という概念がないのだろうか?不思議生物だと思うと同時にあちらからもそう思われて居るのだろう思い、可笑しくてちょっとフフと笑ってしまった。

不思議に思ったのかガイドさんがコテっと首を傾げるのを見て、今思ったことをそのまま伝えたら、「確かに男性というのは不思議ですね。この文化交流において1番魔族の目を引いたのがそれですもの。こう……目を離せない、魅力あります。これは人間さんでも同じでしょうか?」と、言われたので一度考え直してみる。

魔族。魔王が統べる魔界の世にて多様な種族が混在して、総称として魔族と呼ぶが、各々種族名があるのだろう。目の前にいるガイドさんはエルフなる種族らしい。エナメル糸のように細く滑らかでいて淡い金貨のように煌めく髪や白磁のような艶やかな肌を見るにどこかの国のお姫様みたいで漫画やアニメから飛び出してきたキャラクターのような気がしてこうして直接触れ合ってもまだ、液晶を挟んだような薄い膜が私と彼女の間にあるのを密かに感じている上で、それ含め魅力的だとも思うと伝えて見た。

すると、驚いたように目を丸め、うんうんとうねったかと思えば頬を少し赤く染めた。

 

「では、そのように致しますね」

 

言葉の意味が分からなかったが、私の伝えた言葉が感覚を伴ってよく伝わったのだと思い。とりあえず頷いておいた。

 

ガイドさんが魔法を使ってどうやら私を保護膜のようなもので包んだらしい。

あらゆる危険からわたしを護る。と、さながら王子様のような言い草でまた笑ってしまいそうになったが眼差しが真剣そのものだったため、お願いします。と、丁寧にお辞儀した。

 

荷物を持ってゲートをくぐった。追ってガイドさんもゲートから出てくる。

魔界は地球との接触があまりにも衝撃的でいて魅力的だったのか、ゲートをくぐっ魔界側まも対して日本と変わらない風景になっていた。

ただ、違いがあるとすれば圧倒的に魔族が多い。当たり前のことだが、この通りを歩けばいやでも人間の背の低さを感じる。

聳え立つビルを見ようにも、通りすがる魔族さんたちの好奇の目線と被る。

目が合うとたちまち話し掛けられる。

日本から来たの?観光?どこを観に行くの?何歳?彼女とか居る?お姉さんが案内してあげよっか?などなど、矢継ぎ早に言われるものだから目を回してると、ガイドさんが前に出てボソッと魔族さんにいうと「それは残念」と、歩き去っていく。

さっきなんと言ったのかと問うと、曖昧にはぐらかすので更に気になるが、ガイドさんはこれも仕事のうちだという。

 

不意にさっきの通りすがりの魔族さんと、昔街中で話しかけてきた青年と重なる。彼いわく稼げる話があるらしい。もちろん断ったが、さっきのもそういう類のものだったのだろう。

 

当初は街を見て回ろうとしたが、話し掛けられる続けるせいで疲れてしまった。

それを見ていたし、追い払ってたガイドさんが提案してきた。

「このままだとキリが無いので少し早いですがお昼ご飯にしましょう」

賛成すると、ガイドさんがタクシーを捕まえてお昼ご飯の店へ向かった。

そこはバーの併設されたレストランで、チェス盤のような白黒の床と赤いワインのような色の座席、壁面には絵画で天井にはファンとランプが吊り下げられている。

 

ガイドさんと向かい合って座ると、メニュー表を渡される。

目を引くのはドラゴンステーキ。

もはや決まったようなものだが他も見る。

海竜のソテー、玉泡果のリゾット、フライドフライテイルのハンバーガーなる物。どれもこれも垂涎ものだが、ドラゴンステーキを注文した。ガイドさんも同じものをと。

料理を待つ間、少し気になっていたことをガイドさんに聞いてみる。

このメニュー表もそうだけど、さっきの通りすがりの人たちといいどうしてこうも日本語が使えてるの?それも流暢に。

ああ、ふふふとにこやかに笑うと、

「頑張って覚えたんです。この街はゲートのある場所ですから魔族の中でもゲートの向こうである日本が特に好きな魔族が多いんです。まあですから、言葉に関してはほとんど気合いで学びました。魔法かなにかだと思いました?」

好きこそ物の上手なれというが、そんな簡単なことじゃなかっただろう。現に好奇心のみでここにきたが、言語に関して目立った忠告がなされなかったので忘れていたが魔族の間で使われる言語も確かに存在する。ただ、魔力を用いた発声方法になるため、完璧に発音するには人間には難しいらしい。

それでも、ちゃんと向き合ってくれている魔族さん達に忍びなく思う気持ちがあるので、ガイドさんにお願いしてひとつだけ魔族の言葉を教えてもらった。

そんなこんなで料理が到着する。

テーブルの上に料理を並べてくれるウエイトレスさん。

「ご注文は以上でよろしかったですか?」

頷く。

「ではごゆっくりどうぞ」

そう言って下がろうとするさんウエイトレスさんに私は魔族の言語でありがとうに値する言葉を伝えた。

すると、ウエイトレスさんの顔がぱあっと明るくなり少しこちらに踏み寄ってまじまじと目を合わせてくる。どうしたのだろうかと思っていると、ガイドさんが言葉を投げかける。上手く聞き取れなかったが、少なくともありがとうではなかった。ウエイトレスさんはムッとした顔でガイドさんをみたがヒラリとこちらに目を向けてニッコリ微笑んでから帰って行った。

「これも仕事のうち」

そうガイドさんは私の疑問を見透かした上で言う。ではと、それについてのありがとうを伝えて見た。

すこし恥ずかしいので続けざまにはぐらかす。

「それじゃ、冷めないうちに食べましょうか」

ぎこちなく頷いたガイドさんを尻目にステーキを堪能する。肉厚でジューシー、柔らかく噛むほどに脂が瑞々しく滲むが、重さを感じさせないスッキリとした脂で歯切れもいい。香りはナッツのような熟成香とワインからくる酸味のあるソースとの調和。付け合せのマッシュポテトとも、ハーブ入りのクリームチーズとも合う。正しく絶品だ。さっきのことを忘れて舌鼓を打っていると、ガイドさんの視線が私に固定されてることに気が付いた。手はステーキへ、目線だけ元から別の生物みたいに、私を見つめている。

 

ふと、ネットで有名なダクト飯なる極貧飯を思い出した。

あれの場合、料理屋の排気口から流れ出る美味しそうな香りを吸い込みながら、それをおかずに白米を食べるというものだったが、ガイドさんの場合、私をステーキの付け合せにしているような。そんな妄想が頭を過ぎる。

 

「どうかしましたか?そんなに見つめられたら私、穴が空いちゃいますよ?」

 

ガイドさんがハッとして周囲を見渡すなか、アハハと笑いかけた。「すみません不躾に……ちょっと考え事をしてました。」と、言うのでこんな美味しい料理を前にして出来る考え事はとても大切な考え事だと思います。邪魔してすみません……と、言っては見たがでも、と続ける。猛禽類みたいな目線で食べられちゃうのかと思いました。なんてね。で締める。

するとガイドさんが図星突かれたみたいにギョッとするので、ちょっと怖くなった。

 

 

少しして黙々と皿を空にしたて、一息。

アイスコーヒーを追加で注文して、ゆっくりステーキを消化している。

ガイドさんは先程のことを気にしているのか気まずそうに紅茶を啜っている。

なので、こちらから話題を振ってみることにした。

「ガイドさんはなぜこの仕事を?」

あ、いえ、少し気になっただけです。ともいう。

ガイドさんは先程のことの雪辱が済んでいるかどうかを確かめるようにゆっくり、言葉を選んで語り始めた。

その内容は、概ねこのようなものだった。

曰く、地球と繋がったとき、その文化の面白さにこころが踊った。

交流において地球へ行くには魔族一人一人が地球にとって危険であるため、複数の試験を設けそれをクリアした魔族のみと定められている。

その中の一つの試験に落ちてしまい。

途方に暮れていたが、観光ガイドのアルバイトがあることをしり、次の試験まで勉強しつつバイトしつつでやりくりしてみようと始めた。

 

今回の私がアルバイト初のお客であるのだと聞いていたが、なんの滞りなく接してれいるのはそもそも地球文化に関心があることに由来するのだろう。ガイドさんならきっと次の試験に合格できますよ。だなんて無責任な言葉は吐けない。だから、緊張してるんですか?と、からかってみた。「これとそれとは違うんです」と、恥ずかしそうに口をすぼめていうものだから、これはいぢわるだったかな。反省する。

私は良い人でないから、いぢわるを隠すように「日本へ行ったら何がしたいですか?」と、呼応して小声で「まずはご両親に挨拶を……」

私の予想と彼女の羅列した言葉が確実に分離していたため、頭に入ってこなかった。

すみません。聞きと取れませんでした。

と促す。

またまたハッとして、「東京!寿司!たこ焼き!富士山!」と捲し立てた。ザンバラに切られた髪を彷彿とさせるようなデコボコさが、いかにも外国から来る観光客を想起させ、予め断っておくと忍者は居ませんよ?というと、ガーンとした面持ちが大層子供っぽくて、じんわりと私の心を染めた。

カランとアイスコーヒーの氷が音を立てて落ちて下段の氷と互い違いにか噛み合わさった。重心軸がずれてポールダンスのように回ってゆれた。

 

ああ、そろそろ店を出ますか。

「そうですね。では先に宿に荷物を預けてしまいましょう」と、宿へ向かった。

宿は観光地の近くにある。観光地は大層不思議だ。地球のどこへ行っても観られる景色ではない。

逆さまに降る雨を想像して欲しい。その場所は海抜より低く、窪んだ土地であるのも相まって水が下る場所だ。雨季になると、土地に溜まった水が掴みあぐねた風船みたいにゆらゆらと空に登っていくのが観れるという。

絶好は夜、地面に散りばめられたスポットライトが夜桜のようにそれを照らす。どう想像しても我々の実感を伴わない妄想は今夜目の当たりにするのだから別のことを考えていたい。

ただ、なにを考えようにもチラチラと視界に映る妄想は暗に私の期待を指し示している。

 

予めガイドさんから着く頃には日も暮れ始めるだろうと伺っていたので考えがひっきりなしに頭を巡るものだから車窓を愉しむ余地は残されておらず寝てしまった。

 

目の裏に今まで見てきた雨が、耳には傘を打っている音。足元は冷たく。遠くの信号機の光がこそかしこの雨粒や水溜りに映って、雨の香りが鼻腔に馴染む。傘を逸らして、空を見あげれば、夜の天蓋をマダラに染める雲が、極わずかに向こうへ流れるのを立ち止まって眺めている。「○○さん……」僅かに微睡んだ。

 

「○○さん!」

 

あぁ。声にならない覚付いた声を捻りだす。

「はい。着きましたよ」

目が、怠け者なので擦って起こす。

「気持ち良さそうに眠っていらしたので、荷物は既に運んで置きましたよ」

微笑み混じりのその顔をまだ寝ぼけている私は、母と見間違えた。

間違いと分かっているものだから、口にはしないが、しばらく会っていない母へ顔を見せに行かないとと、ふらつきながら起き上がった。

ガイドさんはペットボトルの蓋を開けて渡すので、ありがとうと発音できたか曖昧な言葉で受けってゆっくり飲み込む。

 

 

雨だ。逆さに雨が降っている。待ちに待ったそれが目の前にある。

途端に目が覚めて流れていくそれが面白くて、手をかざす。「ちょうど先刻から降り出しましたね」ガイドさんが補足する。

それを厭わない、というか厭う余地のない私はガイドさんを急かした。はいはいと笑いながら「この石畳の先で照らしておりますから、行きましょうか」と、手を差し出してきた。

その意図が判らず、なぜと言葉に出さず首を傾げると、「転ぶと危ないですから、ささ」半ば強引に手を繋がれた。

その手は白磁のようだから冷たいものだと思っていた。でも、しっかりと暖かい。それがわかったからなのか、少しガイドさんの白い肌が赤らんでいるような気がした。

 

逆さまに降る雨というものは、私の想像という白黒の塗り絵を綺麗に彩ったように補完した。

美しさが感嘆を促して、つい魅入ってしまう。

それでいいのだと、肯定するように繋いだ手が暖かく優しく握られている。

 

何時まで見ていたか分からないが、花火大会を途中で抜け出すことが出来ないように、ずっとみてしまう私を察したのか。真っ当に、体が冷めて風邪をひく、お風呂へ入りましょう。と私を引いて宿へ立ち戻った。

用意が良いもので、浴場の脱衣所へ着替えは既に置いて居ますと私を引き連れる。

宿は日本の旅館をそのままそっくり持ってきたような造りで、進む内に見覚えのある藍染めの''ゆ''と書かれた暖簾が見えた。

そのまま引っぱられて暖簾を潜るのだから、焦って引っ張り返した。

どうしました?といった顔。

「いえ、あの、普通湯屋というものは男女で別れているものでは?」

「ここは魔界ですよ?お忘れになったので?」

有無を言わせぬ力強い返事だった。

あの昼前にみた猛禽の目だった。

 

 

服をゆっくりゆっくり脱いでいく。

振り向きはしないが背中からガイドさんの目線が飛んでくるのを感じる。

あの宝石のような瞳からこうも鋭い線が飛ぶものだと、どこかこの状況を切り離した私が密かになじる。

全て脱ぎ終わったが、恥部だけは手ぬぐいで隠す。ガイドさんの方へ直視しないよう向き直る。では、と、引き戸を開いて促す彼女も、手ぬぐいで隠しては居るものの、溢れそうなほど実ったそれが手ぬぐいを押し退けて主張している。うん。直視しないよう気を付けよう。豪に入れば郷に従え、ここでは混浴が基本なのだ。

そこで異性に欲情しようなど恥の恥だ。

 

さてと、檜桶と風呂椅子を積み上がっている処から持ち、鏡の前に座り身体を流す。

していると、ガイドさんが艷った顔を綻ばせて(その時の私から見たらそう見えた)、「洗いっこしましょうか」と、頭が痛い。頭が順繰りに、走馬燈のように否定や肯定を精査する。

ただ、どこの国でも無言は肯定のようだ。

シャワーで頭の先からお湯を掛けられ、シャンプーを揉んで泡立てている。

泡で頭を母みたいになでられた。

いいこいいこといったふうに洗われていくものだから、邪な考えを巡らせていた私は恥じた。

高級なヘッドスパ、行ったことは無いがこんなふうだろうか、されるがままに洗われていた。

穏やかになったものだから、少し気になったことを聞いた。そういえば他の宿泊客を見ていませんね。「ああ、今日は貸切のようです。こちらに着いた時聞いてみたのですが、他は居ないと言われました」

鏡越しに話す彼女は声が上擦っている。

泡を洗い流された。

次はコンディショナーを手に馴染ませる彼女。

湯けむりが少し際立った。

思考か逸れて、こんな感覚が表裏する。

ここは魔界というが、このように美しいく優しい人々が住んでいる。どこを歩いても見渡してもどこか地球への親愛を香らせる。

この湯けむりの中に置いてもひときわ心地よい。湯船に浸かれば極楽だろうか。

世にいう天国とは正しく此処のことだろう。

いつの間にか身体中泡だらけだった。

ザバンと桶から湯を掛けられ流されたので、ありがとうと伝えた。

「どういたしまして。では、私の番ですね」

そう言って隣りに座った。

ああ、思い返す。最初彼女は洗いっこといった。そういう事か。なるほどなるほど。

 

ど、どうしよう。他人の背中。それも女性の身体を洗ったことなんてない。

まずは髪か?覚束無いながら泡立ててできるだけ優しく触ってみる。

金貨のようだといつか喩えたが、今度はシルクのようだと喩えようか。ツヤハリのある髪はずっと触っていたいと思うくらい、指通しのよく、手に絡みつく。撫でるごとにキラキラとラメのような光が乱反射して万華鏡でも覗いているかのようだった。

夢中で髪を洗って流して洗って流した。

他人の髪を遊ぶように扱ったことを棚に上げていいのなら、楽しかったと言っておこう。これも反省だ。ふと、鏡を覗くと目が合った。気が付かなかったが、どうやら彼女はまた私を恐ろしい目で見ていた。吸い込まれるような瞳は宝石のようだが底の見えない井戸のようでもあった。口の端がつり上がって、しっとりとした唇を舐め上げた舌。ご馳走を前にしたかのようで、場に合わぬ動作に怖くなる。

蛇に睨まれた蛙と言いましょうか、微動だにできません。

「もちろん体もしっかり洗ってくださいね」

湿気を帯びてねっとりという彼女は蛇なのだ。

日本という井戸の中で、大海を知らずにいる私を食らう蛇なのだ。なんて思い始めている自分に気がつく。否定しようと、否定しようと、これまでの彼女を並べてみる。朝、ゲートをくぐる前、そう致しますという彼女。昼前、子供っぽく見えた彼女。さっき、あの景色を見て静かにただ隣りで手を握っていた彼女。

あれ?デート?デートしてない?おれ?

いや、ただ観光しに来ただけで、ガイドさんも案内してただけで、にしてもかなりデートじゃないか?というか、さっき転ばないために手を握っていたなら立ち止まって見ている間は離しても良かったじゃん。あれ?あれ??

スポンジを泡立たせて、背中に添える。

スルスルと肌をなぞるように動かすが、思考はそれどころじゃない。

突然ガイドさんが振り向いてきて、手首を掴まれる。握っていたスポンジを奪って首を振る。

「これは要りませんから、手で擦って洗ってください」さも当然。当たり前といった具合でそう言われたものだから思わず首を縦に振ってしまって、私の頷きを確認したら鏡へ向き直った。今また鏡をみたら恐らく目が合うので、彼女の背中を手で擦って石鹸を広げていく。

例えばローマの或はエジプトの王女さまの召使いになった気分だ。背中を辛い終わったら右手を差し出された。腕から指先にかけて、なぞって行くと手首、指の間を丁寧に洗い、終わったら、左手。

次は、、自分の心臓が高なっていくのが、痛いほど鼓動しているのが分かる。鏡越しに目が合って、ゆっくりと彼女は振り返って、いや、身体ごとこっちを向いた。口を、ぷっくりとした可愛い唇が言葉を紡ぐ。何を言ったのか定かじゃないが、前を洗えとそう言われたのだろう。心音が言葉を遮るのだから。私が悪い訳では無い。

 

手を肌に触れるか触れないかの距離で、浮かべて、何時、触れるかを考えている。

間後ついた私の態度に痺れを切らしたのかヒラリと彼女は嗤う、私の両の手首を掴まれて、手のひらをあのたわわに実った果実へ押し付けられる。なんの抵抗なく沈む手のひら。同時に包まれる暖かさと、正月につく餅のような弾力が触覚から流れて頭を痺れさせる。こう洗うのよと、言外に示すように、私の手を使って彼女は肌を洗っていく。

全身くまなくなぞった所で私はもう湯船に使っていないのにのぼせてしまった。

ふらっと重心が崩れた折り、ガイドさんにもたれかかってしまっのだが、彼女はそんな私を正面から抱き留めた。ふふふと笑う声からはもうあの母みたいな微笑みは連想できない。じゅるりと舌なめずりが聞こえた気がする。

 

「のぼせちゃったのね。じゃあ、湯船はお預け。お部屋で横になりましょう。私と一緒に」

 

逆さに落ちる雨はまだまだ止まない。

お姫様のように抱えられた私は、首をしなだらせ、逆さまに空を見上げる。

 

するとどうだ?

 

正しく雨は空に降っていた。




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