男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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34話 雨とステーキと放課後の約束

 それから数日後。

 

 昼休みになっても、窓の外では雨が降り続いていた。

 

「今日も雨か」

 

 大輔が自分の席から窓の外を眺める。

 

「梅雨だからね」

 

 近くにいた瑞葉が答えた。

 

「林間学校の日くらいは晴れてほしいよな」

 

「それは俺も同感だよ」

 

 雨天時は館内活動へ変更されるが、せっかく山まで行くなら、予定どおり外で活動したい。

 

「叶多君、大輔君、瑞葉」

 

 後ろから呼ばれ、俺たちは振り返った。

 

 千夏が、七瀬さんと神崎さんを連れてこちらへ歩いてくる。

 

「今から食堂行くんだけど、一緒に食べよ」

 

「ああ。俺たちも行くところだった」

 

「じゃあ決まりね」

 

 千夏は慣れた調子でそう言った。

 

 最近は、昼休みになるとこうして一緒に食堂へ向かうことが増えている。

 

 俺たちにとっては、すでに珍しいことではなかった。

 

「今日、期間限定のステーキ定食があるらしいよ」

 

 七瀬さんが淡々と付け加える。

 

「ステーキ?」

 

 大輔が勢いよく振り返った。

 

「うん。数量限定だって」

 

「それを早く言ってくれよ。売り切れる前に行こうぜ」

 

「まだ昼休みになったばかりだろ」

 

「限定を甘く見るな、叶多」

 

「廊下を走るなよ」

 

「分かってる。早歩きだ」

 

「大して変わらないじゃん」

 

 千夏が笑う。

 

「水瀬君は?」

 

 神崎さんが教室内を見回した。

 

「先生に呼ばれてたよ。あとから食堂に来るって」

 

 瑞葉が答える。

 

「じゃあ、席を取っておかないとね」

 

「今日は雨だし、混んでそう」

 

 千夏の言葉に、俺たちは教室を出た。

 

 教室を出るとき、近くにいた男子たちがこちらへ視線を向けていたが、特に声をかけられることはなかった。

 

 食堂へ着くと、予想どおり入口付近から多くの生徒で混み合っていた。

 

 中庭や外のベンチが使えないため、普段は外で昼食を取る生徒たちも集まっているらしい。

「うわ、やっぱり混んでる」

 

 千夏が食堂内を見渡す。

 

「先に席を取った方がよさそうね」

 

 神崎さんが言った。

 

「七人で座れるところ、あるかな」

 

 瑞葉も空席を探すように視線を巡らせる。

 

「奥の方、少し空いてる」

 

 七瀬さんが食堂の奥を指した。

 

「じゃあ、行ってみよう」

 

 俺たちは人の間を縫うようにして奥へ進んだ。

 

 ちょうど食事を終えた生徒たちが席を立ち、七人で座れそうな長机が空く。

 

「ここなら全員座れそうだね」

 

 千夏が鞄を椅子へ置いた。

 

 俺たちもそれぞれ荷物を置き、直樹の分の席も確保する。

 

「ここあ、席を見ててもらっていい?」

 

「うん」

 

 七瀬さんは素直に椅子へ腰を下ろした。

 

「ステーキは私が買ってくるから」

 

「お願い」

 

「お金はあとでね」

 

「分かってる」

 

 七瀬さんは自分のスマートフォンを軽く持ち上げる。

 

「俺は弁当だから、ここに残るよ」

 

「じゃあ、叶多君も席お願い」

 

「ああ。直樹が来たら、ここだって伝えておく」

 

「俺たちは限定ステーキを確保しに行くぞ」

 

 大輔が券売機の方へ身体を向ける。

 

「大輔君、私たちを置いて先に行かないでよ」

 

「急がないと売り切れるかもしれないだろ」

 

「まだあるって」

 

「その油断が命取りになるんだよ」

 

「ただの昼食でしょ?」

 

 瑞葉が苦笑する。

 

 千夏たちと大輔が注文へ向かい、俺は七瀬さんと一緒に席へ残った。

 

 俺は鞄から弁当箱を取り出し、机の上へ置く。

 

 七瀬さんは券売機の列を眺めていた。

 

「大輔君、すごく楽しみにしてるね」

 

「肉と限定って言葉が揃ってるからな」

 

「分かりやすい」

 

「七瀬さんもステーキにしたんだろ?」

 

「うん。せっかくだから」

 

「千夏たちの分も残ってるといいな」

 

「もう列に並んでるから、たぶん大丈夫」

 

 いつも通り淡々とした口調だったが、ステーキを楽しみにしていることは伝わってくる。

 

 しばらくすると、ステーキ定食を載せたトレーを持つ生徒が近くを通り過ぎた。

 

 大きめの皿には、食べやすく切られた肉と付け合わせの野菜が盛られている。

 

 温かいソースの香りが、こちらまで漂ってきた。

 

「おいしそうだな」

 

「うん」

 

 七瀬さんが通り過ぎる皿を目で追う。

 

 そのとき、食堂の入口から直樹が入ってきた。

 

 周囲を見回したあと、こちらに気づいて軽く手を上げる。

 

「遅くなってごめん」

 

「先生の用事は終わったのか?」

 

「うん。委員会の書類について確認されただけだよ」

 

 直樹は空いている椅子へ鞄を置いた。

 

「みんなは?」

 

「期間限定のステーキ定食を買いに行ってる」

 

「教室でも話題になってたね」

 

「数量限定らしいぞ」

 

「まだ残っているかな」

 

「さっき並びに行ったばかりだし、たぶん大丈夫だと思う」

 

「じゃあ、僕も行ってくるよ」

 

 直樹が券売機へ向かう。

 

 入れ替わるように、千夏たちがトレーを持って戻ってきた。

 

「まだ残ってたよ」

 

 千夏のトレーには、ステーキと白いご飯、スープが載っている。

 

 神崎さんと瑞葉も同じものを選んだらしい。

 

 大輔は満面の笑みを浮かべながら、自分のトレーを机へ置いた。

 

「見ろ、叶多。限定ステーキだ」

 

「おお、ちゃんと買えたんだな。思ってたより豪華じゃないか」

 

「だろ?」

 

 大輔は満足そうに笑った。

 

「列に並んでる間も、ずっと楽しみにしてたよ」

 

「大輔君、ステーキのことしか話してなかったからね」

 

 千夏が七瀬さんの前へトレーを置いた。

 

「はい、ここあの分」

 

「ありがとう」

 

 七瀬さんはすぐにスマートフォンを操作し、千夏へ代金を送った。

 

「送ったよ」

 

「早いじゃん」

 

「忘れないうちに払った方がいいから」

 

「ちゃんとしてるなら、自分で並べばよかったのに」

 

「席を守る人も必要だったでしょ」

 

「それはそうだけど」

 

 神崎さんが二人のやり取りを見ながら腰を下ろす。

 

「冷める前に食べましょう」

 

 全員が席へ着き始めたところで、直樹も料理を受け取って戻ってきた。

 

「水瀬君もステーキにしたのね」

 

 神崎さんが直樹のトレーへ目を向ける。

 

「うん。まだ残っていてよかったよ」

 

「限定だもの。せっかくなら食べてみたいわよね」

 

「神崎さんも同じなんだね」

 

「ええ」

 

 神崎さんはわずかに表情を和らげた。

 

 直樹が空いていた席へ座り、これで全員が揃った。

 

「じゃあ、食べようか」

 

 瑞葉の言葉に合わせ、俺たちはそれぞれ箸を取る。

 

 大輔は待ちきれない様子でステーキを一切れ口へ運んだ。

 

「うまい!」

 

「声大きいって」

 

 千夏が笑う。

 

「いや、これは声出るだろ。思ってたより柔らかいぞ」

 

「大輔君、おいしそうに食べるね」

 

 瑞葉が楽しそうに笑う。

 

「期待してたよりうまいな」

 

「大輔君、今日いちばん生き生きしてる」

 

 七瀬さんが淡々と口を挟む。

 

「七瀬さんはどう?」

 

「おいしい。並ばなくて済んだ分、さらにおいしい」

 

「それ、味と関係ないじゃん」

 

 千夏が呆れたように返した。

 

 俺も弁当箱の蓋を開ける。

 

 今日は鶏そぼろ、炒り卵、絹さやを載せた三色そぼろ丼に、きんぴらごぼうと浅漬けを添えてきた。

 

 瑞葉がこちらを覗き込む。

 

「三色そぼろ丼?」

 

「ああ。今日は簡単に済ませたんだ」

 

「これで簡単なんだ……」

 

 千夏まで身を乗り出した。

 

「鶏そぼろも自分で作ったの?」

 

「もちろん。鶏そぼろは作り置きしてあったから、朝は炒り卵と絹さやを用意して詰めただけだよ」

 

「その『だけ』の基準がおかしいって」

 

 神崎さんも俺の弁当へ視線を向ける。

 

「三色がきれいに分かれていて、見た目もいいわね」

 

「ありがとう」

 

「味もいいんだよ」

 

 大輔が、なぜか得意そうに言った。

 

「大輔が自慢することじゃないだろ」

 

「でも、本当のことだろ。何回かおかずもらったけど、毎回うまかったし」

 

「私も何度かもらってるけど、本当においしいよ」

 

 千夏もそう続ける。

 

「僕も同感だよ」

 

 直樹が頷き、瑞葉も小さく笑った。

 

「叶多君のお弁当、どれもおいしいからね」

 

「そこまで言われると、少し気になるわね」

 

「里穂も今度もらえば?」

 

「叶多君がいいと言うなら、いただいてみたいわ」

 

「もちろん。気になるものがあれば言ってくれ」

 

「今度、また何か作ってよ」

 

 千夏が軽い調子で言う。

 

「いいよ。何が食べたい?」

 

「本当に?」

 

「ああ。何人分か作るくらいなら大した手間じゃないからな」

 

「さすが叶多君。話が早い」

 

「でも、学校に持ってくるなら弁当に入れやすいものにしてくれよ」

 

「じゃあ、何がいいかな」

 

 千夏が楽しそうに考え始める。

 

「水瀬君は、どんな料理が好きなの?」

 

 神崎さんが何気ない調子で尋ねた。

 

「僕?」

 

「ほかに水瀬君はいないでしょう」

 

「そうだね。和食が好きかな」

 

「和食なんだ」

 

「うん。煮物や焼き物も好きだし、味噌汁があると落ち着くんだよね」

 

「水瀬君らしいわね」

 

 神崎さんは少しだけ表情を和らげた。

 

「神崎さんは?」

 

 瑞葉が尋ねる。

 

「私は洋食も好きだけど、和食もよく食べるわ」

 

「里穂、ラーメンも好きだよね」

 

 千夏が横から口を挟む。

 

「別に隠してないけど、今言う必要あった?」

 

「意外性あっていいじゃん」

 

「ラーメンを食べるくらい、普通でしょう」

 

「何味が好きなの?」

 

 大輔が尋ねる。

 

「味噌」

 

「俺は豚骨だな」

 

「俺も豚骨が好きだよ」

 

「お、叶多も分かってるじゃん」

 

「何をだよ」

 

「豚骨の良さを」

 

「大げさだな」

 

 千夏が笑う。

 

 そのまま好きな店や駅前のラーメン屋の話になり、会話は放課後の過ごし方へ広がっていった。

 

「みんな、放課後ってどこか寄ったりする?」

 

 千夏が俺たちを見回した。

 

「私は本屋に寄ることがあるかな。あとは雑貨屋を見たり」

 

 瑞葉が答える。

 

「瑞葉らしいね」

 

「千夏たちは?」

 

「駅前で服を見たり、気になる店に寄ったりかな」

 

「新しい店ができると、千夏はすぐ行きたがるからね」

 

 神崎さんが言う。

 

「気になるじゃん。里穂だって普通についてくるでしょ?」

 

「毎回ではないわ」

 

「でも、限定って書いてあると弱いよね」

 

 七瀬さんが淡々と付け加える。

 

「ここあに言われたくないんだけど。今日も限定ステーキ頼んでるじゃん」

 

「おいしそうだったから」

 

「理由が素直だな」

 

 大輔が笑う。

 

「大輔君は?」

 

「俺はゲームセンターとか本屋だな」

 

「本屋に行くんだ」

 

 千夏が意外そうに目を瞬く。

 

「漫画を買いに行くんだよ」

 

「やっぱり」

 

「その反応、何だよ」

 

「大輔君が参考書を選んでる姿は想像できないから」

 

「俺だって必要なら買うぞ」

 

「必要になってからじゃ遅くない?」

 

 瑞葉が苦笑する。

 

「直樹は部活だろ?」

 

「ああ。部活がある日は、そのまま体育館へ行くよ。休みの日は駅前の本屋に寄ることもあるけどね」

 

「バスケ部だもんね」

 

 瑞葉が言う。

 

「練習が長引く日は、ほとんど寄り道できないけどね」

 

「水瀬君は毎日忙しそうね」

 

 神崎さんが言う。

 

「もう慣れたよ」

 

「叶多君は?」

 

 千夏がこちらへ顔を向ける。

 

「バイトがある日は、生徒会が終わったあとそのまま店へ行くよ。ない日は買い物して帰ることが多いかな」

 

「買い物って、やっぱり食材?」

 

「ああ。夕飯や次の日の弁当に使うものを見て帰る」

 

「高校生の放課後って感じがしないね」

 

「そうか?」

 

「でも、叶多君らしいかも」

 

 瑞葉が小さく笑う。

 

「バイトって、毎日あるの?」

 

「平日は火曜と木曜だけだよ。土曜日は長めに入ってるけど」

 

「じゃあ、放課後に誘っても来られない日があるんだ」

 

「前もって分かっていれば、店のシフト次第では調整できるよ」

 

「それなら、今度みんなで駅前に行かない?」

 

 千夏が軽い調子で提案した。

 

「何をするんだ?」

 

「まだ決めてないけど、買い物したり、何か食べたり」

 

「ずいぶん大ざっぱだな」

 

「細かいことはあとで決めればいいじゃん」

 

「俺は絶対行く」

 

 大輔が誰よりも早く手を挙げる。

 

「私は構わないわ」

 

 神崎さんが先に答える。

 

「予定が合えば、私も行きたいな」

 

 瑞葉も頷いた。

 

「僕も都合が合えば」

 

 直樹も穏やかに頷いた。

 

「まだ日程も決まってないよ」

 

 千夏が笑う。

 

「決まったら空ける」

 

 大輔が即答した。

 

「その熱意を勉強にも向ければいいのに」

 

「こう見えて、ちゃんと勉強してるんだぞ。俺、十七位だからな」

 

「意外とできるよね」

 

「意外って、ひでえな」

 

 大輔が不満そうに眉を寄せると、千夏が楽しそうに笑った。

 

「じゃあ、予定が決まったら連絡するね」

 

 千夏がそう言ってから、不意に首を傾げた。

 

「というか、私たちってまだ全員で連絡先交換してなくない?」

 

「そういえば、そうだね」

 

 瑞葉がスマートフォンを取り出す。

 

「学校で毎日会うから、あまり気にしてなかったな」

 

「でも、放課後に集まるなら交換しておいた方がいいでしょ」

 

「それはそうだな」

 

 俺もポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 大輔と直樹の連絡先はすでに登録しているが、瑞葉たちとはまだ交換していない。

 

「じゃあ、グループ作るね」

 

 千夏が手早く画面を操作する。

 

 全員で端末を見せ合い、順番に連絡先を登録していく。

 

「全員入った?」

 

「入ったよ」

 

 千夏の問いに答えると、すぐに新しいグループが画面へ表示された。

 

「名前どうする?」

 

「『聖凰いつメン』とかどうだ?」

 

 大輔が得意げに提案する。

 

「そのまますぎない?」

 

「分かりやすくていいだろ」

 

「まあ、分かりやすいからいっか」

 

 千夏がそのままグループ名を『聖凰いつメン』に変更した。

 

「よし。これでいつでも予定を決められるね」

 

 千夏が満足そうにスマートフォンを置く。

 

 その横で、大輔は自分の画面を見つめたまま固まっていた。

 

「どうした?」

 

 俺が尋ねる。

 

「女子四人の連絡先が一気に増えた……」

 

 大輔が感慨深そうにつぶやく。

 

「だってすごくないか? 入学してから一番の成果かもしれない」

 

「大げさだな」

 

「叶多だってうれしいだろ?」

 

「まあ、うれしくないとは言わないけど」

 

「ほら、同じじゃん」

 

「お前ほど顔に出してないだけだよ」

 

「いいだろ。素直に喜んでるんだから」

 

「別に隠さなくてもいいんじゃない?」

 

 千夏が楽しそうに笑う。

 

「そうだね。喜んでもらえるなら、私もうれしいかな」

 

 瑞葉も柔らかく微笑んだ。

 

「連絡先を交換しただけだけど、男子にとってはそれなりに大きなことなんでしょう?」

 

 神崎さんの言葉に、大輔が大きく頷く。

 

「喜ばない男子なんていないだろ」

 

「まあね」

 

 七瀬さんはスマートフォンへ目を落としたまま答えた。

 

「でも、画面を見つめすぎ」

 

「感動を噛み締めてるんだよ」

 

「そう」

 

 七瀬さんは淡々としていたが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

 そのとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 

「もうこんな時間か」

 

「話してると早いね」

 

 瑞葉の言葉に頷き、俺たちは残っていた昼食を食べ終える。

 

「放課後の予定が決まったら、グループに送るね」

 

 千夏がスマートフォンを持ち上げた。

 

「ああ。バイトのない日なら参加できるよ」

 

「俺はいつでも空けるからな」

 

「大輔君は本当に楽しみなんだね」

 

「当たり前だろ」

 

 大輔が迷いなく答えると、また小さな笑いが起こった。

 

 俺たちはそれぞれ片付けを済ませ、七人揃って食堂を出た。

 

 窓の向こうでは、相変わらず雨が降り続いていた。

 

 けれど、教室へ戻る俺たちの足取りは、食堂へ来たときよりも少しだけ軽かった。

 

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