8月17日。
朝から何度も時計を確認していた。
今日は、待ちに待ったバイクの納車日だ。
昨日は夏祭りから帰ってくるのが遅くなったが、それでも朝は思ったより早く目が覚めた。
着替えを済ませ、必要なものを確認する。
財布、スマートフォン、免許証。
それから、ヘルメットとグローブ。
忘れ物がないことを確認してから家を出た。
向かう先は、以前バイクを購入した店だ。
電車を乗り継ぎ、最寄り駅から少し歩く。
店が見えてくると、自然と足が速くなった。
ガラス越しに何台ものバイクが並んでいる。
その中に、見覚えのある一台があった。
ブラックソーン・モーターサイクルズのハウンド250。
俺が選んだバイクだ。
店へ入ると、以前対応してくれた店員がこちらに気づいた。
「槻山さん、お待ちしてました」
「こんにちは」
「今日は納車ですね」
「はい」
案内されるまま、店の奥へ進む。
そこには、すでに準備を終えたハウンド250が置かれていた。
店で何度も見た車体のはずなのに、今日は少し違って見える。
もう展示車でも、購入を検討している車体でもない。
これから自分が乗るバイクだ。
「こちら、最終確認まで終わっています」
店員が車体の横へ立つ。
「納車前点検も問題ありません。まずは操作関係と、簡単な注意事項を説明しますね」
「お願いします」
ハンドル周りから順番に説明を受ける。
スイッチ類、メーター、燃料、各部の確認方法。
教習所でも習った内容と重なる部分は多いが、自分の車体となれば聞き方も変わってくる。
「慣れるまでは、特に低速時の扱いに気をつけてください」
「分かりました」
「それと、新車なので最初のうちは無理に回しすぎない方がいいですね」
店員の説明を聞きながら、一つずつ確認していく。
最後に必要な書類を受け取り、説明が終わった。
「では、こちらがキーです」
差し出された鍵を受け取る。
「ありがとうございます」
手の中に収まったキーを見る。
それだけなのに、ようやく実感が湧いてきた。
本当に、自分のバイクを買ったんだな。
「せっかくですし、写真撮りますか?」
「写真ですか?」
「納車の日に撮る方、多いですよ」
「ああ、じゃあお願いします」
スマートフォンを渡し、ハウンド250の横へ立つ。
店員が何枚か写真を撮ってくれた。
「こんな感じです」
「ありがとうございます」
画面を確認すると、まだ少し見慣れない自分と、その隣にハウンド250が収まっている。
悪くない。
「それじゃあ、気をつけて乗ってください」
「はい」
ヘルメットを被り、グローブをつける。
車体へ跨がり、両足で支える。
教習車とは違う。
車重も、ハンドルの感触も、シートの高さも。
すべてが少しずつ違っていた。
キーを差し込み、エンジンをかける。
低い排気音と振動が足元から伝わってくる。
思わず、口元が緩んだ。
クラッチを握り、ギアを入れる。
店員に軽く頭を下げてから、ゆっくりと発進した。
店の前の道へ出る。
教習所では何度もバイクに乗った。
それでも、自分のバイクで公道を走るのは今日が初めてだ。
信号で止まり、周囲を確認する。
青に変わってから、慎重に発進する。
まだ操作に慣れているとは言えない。
それでも、走っているだけで楽しかった。
しばらく走っているうちに、最初の緊張も少しずつ薄れてきた。
発進や停止の感覚も、教習車とは違うが扱いづらいわけではない。
むしろ、こうして走っていると少しずつ自分のものになっていく感じがする。
そのまま真っ直ぐ帰るつもりだったが、途中で少しだけ寄り道することにした。
交通量の少ない道へ入り、以前から知っている河川敷の近くまで走る。
適当な場所を見つけてバイクを停め、エンジンを切った。
急に静かになる。
ヘルメットを外し、改めてハウンド250を見る。
店の中で眺めていたときよりも、外に出た今の方がずっと格好よく見えた。
「……買ったんだよな」
誰に言うでもなく呟く。
スマートフォンを取り出し、ハウンド250の写真を一枚撮る。
そのまま久我さんとのメッセージ画面を開いた。
『納車された』
写真を添えて送る。
返事はすぐに届いた。
『お、来たか。いい面構えだな』
『気に入ってるよ』
『ならいいじゃねぇか』
久我さんらしい言い方に、少し笑う。
『久我さんのは?』
『もう少し』
『納車されたら見せてくれ』
『ああ』
少し間を置いて、もう一件届く。
『揃ったら走り行こうぜ』
『いいな』
『場所どうする?』
『最初は近場でいいんじゃないか?』
『だな。いきなり遠くまで行く必要もねぇだろ』
『じゃあ、少し乗り慣れてから決めよう』
『それでいい』
どうやら、初めてのツーリングもそう遠くはなさそうだ。
そこでやり取りは途切れた。
俺はスマートフォンをポケットへ戻し、もう一度ハウンド250へ目を向ける。
教習所で走っていたときは、免許を取ることばかり考えていた。
けれど、実際に自分のバイクを手に入れてみると、その先の方が楽しみになってくる。
再びヘルメットを被り、バイクへ跨がる。
今度こそ家へ帰ることにする。
エンジンをかけ、ゆっくりと発進した。
家へ着く頃には、店を出たときほどの緊張はなくなっていた。
敷地へ入り、用意していた場所へ慎重にバイクを停める。
エンジンを切り、スタンドを出す。
ヘルメットを外してから、少し離れた場所へ立った。
自宅の前に、自分のバイクがある。
さっき河川敷でも実感したはずなのに、こうして家に置いてみるとまた違って見える。
「……いいな」
自然とそんな言葉が出た。
まだ乗り始めたばかりだ。
このバイクの感覚を掴むには、もう少し走った方がいいだろう。
それでも、今日からこいつで好きな場所へ行ける。
そう考えるだけで、少し気分が上がる。
荷物を持って家へ入る前に、もう一度だけハウンド250を振り返った。
免許を取って、自分のバイクを手に入れた。
けれど、本当に楽しみにしていたのは、その先だ。
自分のバイクで、知らない場所へ走っていくこと。
その第一歩が、ようやく始まった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
コンテスト応募用の新作『新作ロボゲー「ヴァンガードフレーム」で傭兵生活を始めます』の執筆に集中するため、こちらの更新を少しの間お休みします。
再開までしばらくお待ちいただけると助かります。
新作も現在投稿中ですので、ロボットやゲームものに興味がありましたら、ぜひ読んでみてください!
「新作ロボゲー『ヴァンガードフレーム』で傭兵生活を始めます」
ハーメルン版:https://syosetu.org/novel/421272/
カクヨム版:https://kakuyomu.jp/works/2912051605247206307
※ハーメルン版・カクヨム版ともに同内容です。