■アマテラス艦内
朝。
⸻
いつも通りの朝だった。
⸻
整備員達は格納庫へ向かい。
オペレーター達は艦橋へ向かい。
食堂では朝食の準備が始まっている。
⸻
ただ一人。
⸻
いつも通りではない人物がいた。
⸻
■セラーナ・カーン
⸻
走っている。
⸻
だが、相変わらず足は遅い…。
⸻
珍しい。
⸻
かなり珍しい。
⸻
両手には紙の束。
⸻
しかも妙に真剣な顔をしている。
⸻
■整備員A
「セラーナさん?」
⸻
呼び止められても止まらない。
⸻
■セラーナ
「これをお願いします」
⸻
紙を一枚渡す。
⸻
■整備員A
「はぁ…」
⸻
■セラーナ
「格納庫入口へ」
⸻
■整備員A
「え?」
⸻
■セラーナ
「重要です」
⸻
そう言い残し。
⸻
次の区画へ消えていく。
⸻
⸻
十分後。
⸻
アマテラス艦内。
⸻
食堂。
艦橋。
格納庫。
医務室。
居住ブロック。
⸻
あらゆる場所に。
⸻
同じ紙が貼られていた。
⸻
⸻
■帰還者取扱説明書
ブライト・ノア編
⸻
・急に仕事を始めます
・放置すると更に仕事をします
・疲労を自覚しません
・休憩を拒否する場合があります
・定期的な監視が必要です
⸻
推奨担当
ミライ・ノア
⸻
⸻
■食堂
⸻
ブライトが紙を見ている。
⸻
無言。
⸻
その隣で。
⸻
ミライも見ている。
⸻
無言。
⸻
少し離れた席では。
⸻
ジョブがコーヒーを飲みながら読んでいた。
⸻
肩が震えている。
⸻
⸻
レイジは普通に感心していた。
⸻
■レイジ
「分かりやすいな」
⸻
■ブライト
「分かりやすくて困る」
⸻
⸻
ベルトーチカは視線を逸らした。
⸻
笑ったら負けだと思った。
⸻
もう負けていた。
⸻
⸻
■ブライト
「誰が作った」
⸻
⸻
全員。
⸻
同じ方向を見る。
⸻
⸻
食堂入口。
⸻
セラーナが手帳を見ながら立っていた。
⸻
真剣な顔。
⸻
非常に真剣な顔。
⸻
■セラーナ
「おかしいですね」
⸻
■ブライト
「何がだ」
⸻
■セラーナ
「居住ブロックに貼った分が見当たりません」
⸻
■ブライト
「誰か剥がしたんだろう」
⸻
■セラーナ
「困ります」
⸻
⸻
そして手帳へ何か書き込む。
⸻
■セラーナ
「追加印刷します」
⸻
⸻
ブライトは額を押さえた。
⸻
⸻
■ジョブ・ジョン
「良かったな」
⸻
■ブライト
「何がだ」
⸻
■ジョブ
「艦内全員がお前を心配してる」
⸻
⸻
ブライトは言葉を失う。
⸻
⸻
確かにそうだった。
⸻
だから余計に困る。
⸻
⸻
食堂の奥では。
⸻
整備員達が説明書を読みながら頷いていた。
⸻
■整備員A
「なるほど」
⸻
■整備員B
「参考になるな」
⸻
⸻
ブライトは聞かなかった事にした。
⸻
⸻
その頃。
⸻
セラーナは艦橋へ向かっていた。
⸻
まだ貼っていない区画がある。
⸻
⸻
■セラーナ
「急がないと」
⸻
⸻
本人だけが気付いていなかった。
⸻
今。
⸻
アマテラスで最も監視が必要なのは。
⸻
ブライトではない。
⸻
⸻
セラーナ本人だった。
■第5巻 あとがき
ここまで『機動戦士ガンダム:残響』第5巻『帰還座標』を読んでいただき、本当にありがとうございました。
第5巻で描きたかったもの。
それは、
「帰るとは、どういうことなのか」
でした。
姿が戻れば、帰還なのか。
声が届けば、帰還なのか。
そこに存在していれば、それで「帰ってきた」と言えるのか。
この巻を書きながら、何度も考えました。
そして結局。
この物語なりの答えは、とても単純なところへ辿り着きました。
⸻
帰る場所があって。
待っている人がいて。
その人から、
「お帰りなさい」
と言ってもらえること。
⸻
たぶん、それが帰還なんだと思います。
ブライト・ノアという人は、長い間、戦争を見続けてきた人です。
一年戦争から始まり。
何度も戦場へ立ち。
何度も若者達を送り出し。
それでも、人類が同じことを繰り返す姿を見続けてきた。
だからこそ、この『残響』という物語の中で、彼にはもう一度「帰る」ということを経験してほしかった。
英雄としてではなく。
歴史の証人としてでもなく。
ただ一人の人間として。
そして最後に待っていたのが、ミライでした。
「お帰りなさい」
「ブライト艦長」
この言葉を書けたことで、第5巻はようやく終われた気がします。
⸻
そしてもう一人。
レイジ・イルマ。
彼は相変わらず、世界の仕組みなんて知りません。
観測だろうが。
因果だろうが。
存在定義だろうが。
そんなことは彼にとって二の次です。
「戻したかったから戻した」
たったそれだけ。
でも『残響』では、そういう人間の単純な感情こそが、世界の理屈より強いことがあります。
正しいから手を伸ばすんじゃない。
助けたいから手を伸ばす。
レイジには、最後までそんな人間でいてほしいと思っています。
⸻
そして。
エリシア。
まだ彼女は完全にこちら側へ帰ってきたわけではありません。
それでも。
「エリシア」
という名前を、自分自身のものとして口にするところまで辿り着きました。
彼女が何者なのか。
どこから来たのか。
そして、どこへ帰るのか。
その答えは、もう少し先までお待ちください。
⸻
物語はここから、さらに深い場所へ向かいます。
海鳴り。
深蒼。
観測。
残響。
これまで断片的に現れていたものが、少しずつ繋がり始めます。
ですが。
どれだけ世界が大きくなっても。
どれだけ不可思議な現象が起きても。
この作品で描きたいものは変わりません。
人と人です。
分かり合えない。
それでも知りたい。
届かない。
それでも手を伸ばしたい。
『機動戦士ガンダム:残響』は、
そんな人達の物語です。
⸻
さて。
ここまで随分と重たい話をしましたが。
せっかくブライト艦長も帰ってきました。
少しくらい、アマテラスのみんなにも休んでもらいましょう。
……もっとも。
帰ってきた直後から仕事を始めそうな艦長を、
あの観測者が放っておくとは思えませんが。
それでは。
第5巻巻末外伝――
『アマテラスの日常』
「帰還者取扱説明書」
どうぞ、肩の力を抜いてお楽しみください。
そして第6巻でも。
また、アマテラスでお会いしましょう。
――片蔵清優