地球。
海は静かだった。
だが、その静けさは正確ではない。
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波は動いている。
風もある。
時間も流れている。
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それでも——
“わずかに遅れているものがある”。
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■セイラ・マス
海岸線に立つ。
視線は水平線の先にある。
しかし彼女が見ているのは海ではない。
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「……また少しずれたわね」
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誰に向けた言葉でもない。
確認でも、疑問でもない。
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ただの“認識”。
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■マルク
少し離れた場所。
携帯端末を確認している。
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「おかしいですねぇ〜」
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波高計数値。
潮位変動。
海流補正。
全て正常。
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だが。
実測値だけが一致しない。
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マルクは端末を軽く叩く。
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「0.3秒ズレてますねぇ……」
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「海が遅れるなんて、
聞いた事ありませんよ」
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困ったように笑う。
だが、
その視線だけは笑っていない。
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再測定。
誤差継続。
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「機械故障なら、
まだ助かるんですがねぇ〜」
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■エリシア・マス
少し後ろにいる。
靴のまま砂に立ち、
波を見ている。
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『お母様』
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■セイラ
振り返らない。
「なに?」
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■エリシア
『この海……静かすぎる』
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■セイラ
わずかに目を細める。
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「静かに見えるだけよ」
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「本当は、ずっと動いている」
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■エリシア
海を見つめたまま。
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『でも……何かが止まった気がする』
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■セイラ
少しだけ間を置く。
その沈黙には意味がある。
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「止まってはいないわ」
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「“揃ってしまっただけ”」
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■海
波が一瞬だけ遅れる。
それは物理的な停止ではない。
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“意味の欠落”。
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■マルク
端末から顔を上げる。
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「……今のズレ、
また増えましたねぇ」
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誰へ向けた言葉でもない。
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だが、
その声には僅かな緊張が混じる。
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「これは整備じゃ
直せそうにありません」
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■エリシア
その瞬間、
胸の奥に小さな違和感が走る。
理由はない。
説明もできない。
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ただ——
『……さっきと違う』
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■セイラ
「そうね」
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「あなたのほうが、
正しくなっている」
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■エリシア
振り返る。
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『正しいって、なに?』
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■セイラ
初めて視線を合わせる。
その目は優しいが、
揺れない。
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「世界に触れることよ」
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■エリシア
その言葉を理解しきれないまま、
海を見る。
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だが海はもう、
さっきと同じには見えない。
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■ラプラス(遠隔)
応答なし。
通信ではない。
記録でもない。
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ただ“検出できない揺らぎ”だけが増えている。
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それは異常ではない。
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定義以前の状態。
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■マルク
端末を見つめたまま、
小さく呟く。
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「世界のほうが、
壊れ始めてますかねぇ……」
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冗談のような口調。
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だが、
誰も笑わない。
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■エリシア
小さく息を吸う。
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『お母様』
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■セイラ
「なに?」
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■エリシア
少しだけ迷ってから。
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『わたし、ここにいていい?』
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■セイラ
すぐには答えない。
その沈黙は拒絶ではない。
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世界の重さを測っている時間だった。
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「いいわ」
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■セイラ
「もう、ここにいるのだから」
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■海
波が一つ、
形を変える。
それは偶然ではない。
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“揃い始めたものの反応”。
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■エリシア
その言葉を聞いて、
少しだけ肩の力が抜ける。
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『うん』
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■セイラ
その様子を見て、
何も言わない。
ただ海を見る。
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■マルク
静かに端末を閉じる。
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「……嫌な潮ですねぇ」
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■海
遠くで、
わずかな遅れがもう一度起きる。
それは誰にも認識されない。
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ただ世界だけが知っている。
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■機動戦士ガンダム:残響⑥
■プロローグ「見えない潮位」 END