機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第6巻 プロローグ 「見えない潮位」

地球。

 

海は静かだった。

 

だが、その静けさは正確ではない。

 

 

波は動いている。

 

風もある。

 

時間も流れている。

 

 

それでも——

 

“わずかに遅れているものがある”。

 

 

 

■セイラ・マス

 

海岸線に立つ。

 

視線は水平線の先にある。

 

しかし彼女が見ているのは海ではない。

 

 

「……また少しずれたわね」

 

 

誰に向けた言葉でもない。

 

確認でも、疑問でもない。

 

 

ただの“認識”。

 

 

 

■マルク

 

少し離れた場所。

 

携帯端末を確認している。

 

 

「おかしいですねぇ〜」

 

 

波高計数値。

 

潮位変動。

 

海流補正。

 

全て正常。

 

 

だが。

 

実測値だけが一致しない。

 

 

マルクは端末を軽く叩く。

 

 

「0.3秒ズレてますねぇ……」

 

 

「海が遅れるなんて、

聞いた事ありませんよ」

 

 

困ったように笑う。

 

だが、

その視線だけは笑っていない。

 

 

再測定。

 

誤差継続。

 

 

「機械故障なら、

まだ助かるんですがねぇ〜」

 

 

 

■エリシア・マス

 

少し後ろにいる。

 

靴のまま砂に立ち、

波を見ている。

 

 

『お母様』

 

 

 

■セイラ

 

振り返らない。

 

「なに?」

 

 

 

■エリシア

 

『この海……静かすぎる』

 

 

 

■セイラ

 

わずかに目を細める。

 

 

「静かに見えるだけよ」

 

 

「本当は、ずっと動いている」

 

 

 

■エリシア

 

海を見つめたまま。

 

 

『でも……何かが止まった気がする』

 

 

 

■セイラ

 

少しだけ間を置く。

 

その沈黙には意味がある。

 

 

「止まってはいないわ」

 

 

「“揃ってしまっただけ”」

 

 

 

■海

 

波が一瞬だけ遅れる。

 

それは物理的な停止ではない。

 

 

“意味の欠落”。

 

 

 

■マルク

 

端末から顔を上げる。

 

 

「……今のズレ、

また増えましたねぇ」

 

 

誰へ向けた言葉でもない。

 

 

だが、

その声には僅かな緊張が混じる。

 

 

「これは整備じゃ

直せそうにありません」

 

 

 

■エリシア

 

その瞬間、

胸の奥に小さな違和感が走る。

 

理由はない。

 

説明もできない。

 

 

ただ——

 

『……さっきと違う』

 

 

 

■セイラ

 

「そうね」

 

 

「あなたのほうが、

正しくなっている」

 

 

 

■エリシア

 

振り返る。

 

 

『正しいって、なに?』

 

 

 

■セイラ

 

初めて視線を合わせる。

 

その目は優しいが、

揺れない。

 

 

「世界に触れることよ」

 

 

 

■エリシア

 

その言葉を理解しきれないまま、

海を見る。

 

 

だが海はもう、

さっきと同じには見えない。

 

 

 

■ラプラス(遠隔)

 

応答なし。

 

通信ではない。

 

記録でもない。

 

 

ただ“検出できない揺らぎ”だけが増えている。

 

 

それは異常ではない。

 

 

定義以前の状態。

 

 

 

■マルク

 

端末を見つめたまま、

小さく呟く。

 

 

「世界のほうが、

壊れ始めてますかねぇ……」

 

 

冗談のような口調。

 

 

だが、

誰も笑わない。

 

 

 

■エリシア

 

小さく息を吸う。

 

 

『お母様』

 

 

 

■セイラ

 

「なに?」

 

 

 

■エリシア

 

少しだけ迷ってから。

 

 

『わたし、ここにいていい?』

 

 

 

■セイラ

 

すぐには答えない。

 

その沈黙は拒絶ではない。

 

 

世界の重さを測っている時間だった。

 

 

 

「いいわ」

 

 

 

■セイラ

 

「もう、ここにいるのだから」

 

 

 

■海

 

波が一つ、

形を変える。

 

それは偶然ではない。

 

 

“揃い始めたものの反応”。

 

 

 

■エリシア

 

その言葉を聞いて、

少しだけ肩の力が抜ける。

 

 

『うん』

 

 

 

■セイラ

 

その様子を見て、

何も言わない。

 

ただ海を見る。

 

 

 

■マルク

 

静かに端末を閉じる。

 

 

「……嫌な潮ですねぇ」

 

 

 

■海

 

遠くで、

わずかな遅れがもう一度起きる。

 

それは誰にも認識されない。

 

 

ただ世界だけが知っている。

 

 

 

■機動戦士ガンダム:残響⑥

 

■プロローグ「見えない潮位」 END

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