テーマ:「竜の世界」に関する仮説
良い子も悪い子もこんばんは。蛇足というおまけに降臨したバーサーカーだ。
このコーナーでは少々「メタ視点」を交えつつ、「キャスターが目指した、竜の世界とは何だったのか」を俺なりに考察していこうと思う。
結論から言えば――それは「人間不在の、『モンスターハンターシリーズ(カプコン)』のような世界」だ。
身も蓋もない話だが、俺はそうだったのではないかと考えている。ああ、これ以降はモンハンのネタバレも含んでしまうことになるので気をつけてくれ。
もちろん、
この世界において、神話伝承の生き物たる幻想種は「神秘」の中でしか存在することができない。竜は空想の生物に過ぎず、いつしか神秘の衰退した「人間の世界」を生きることが出来ず――「世界の裏側」に追いやられることとなった。
一方でモンスターハンター世界における竜たちは、どれほど超常的に見える力を使っても、その根本は「地に足のついた生物」だ。
現実・現代の生態系から考えれば、「火を噴き、空を飛ぶ、恐竜と同じかそれ以上に巨大で強靭な生き物」なんてものは存在しないように思うが――「モンハンの世界」では、それらが理屈付けられ、生態系の中に実存している。
誰にも、何にもはばかることなく。
しかしあの世界は、けっして「楽園」などではない。
考えれば考えるほど、モンハン世界は滅茶苦茶に生物へ厳しい。
例えば、モンハンの「顔」である飛竜、リオレウスやリオレイアを例として考えてみよう。
高い飛行能力と多様な環境に対する適応力を持ち、強力な火炎のブレスを吐き、爪には出血性の猛毒を持ち、生半可な攻撃を寄せ付けない強靭な甲殻を備えた肉食生物……文句なしの頂点捕食者と言っていい。
令和の地球における自然の頂点捕食者といえば、タカやワシのような猛禽類、クマのような大型哺乳類、海ならばシャチや大型のサメといったところだろう。
だがリオレウス級の飛竜と比べると、さすがに分が悪すぎる。
比較として適切かは分からないが、ヒグマに戦車をぶつけるようなものだ。いや、戦車は飛べないしもっとタチが悪いかもしれないな。映画版だと最新鋭の特殊部隊がどうにもできないレベルだからな……
ともかく、そんなわけで
局所的には頂点かもしれないが、総合的に見ればせいぜい中間がいいところだろう。
ライゼクス、ティガレックス、ディアブロス、ナルガクルガ、エスピナス。
飛竜種に限っても、リオレウスと同格、あるいは局地的にはそれ以上の脅威となるモンスターがわんさかいる。海竜や獣竜種を含めればその数はさらに増す。
単純な食う/食われるだけでなく、縄張り、繁殖地、資源、環境そのものを巡って、リオレウス級の怪物ですら無数の競合相手に囲まれているわけだ。
それどころか、マガイマガドやイビルジョーのように、彼らですら獲物、あるいは攻撃対象になり得るほど危険なモンスターも存在する。
特にイビルジョーは、常に飢えて獲物を求め、大型モンスターすら強靭な顎で咥えて振り回すような暴力の塊だ。
更には「亜種」や「希少種」、「歴戦の個体」「二つ名持ち」「ヌシ」といった更に強力になった個体だっている。リオレウスとリオレウス希少種にどれだけの力の差があるかなんてことは、歴戦の狩人であればよーくご存じだろう。
だが、それでもまだ「頂点」には程遠い。
クシャルダオラ、テオ・テスカトル、オオナズチ――それこそ我々の世界における「上位の竜種」じみた、ほとんど超常的と言って差し支えない力を持つ「古龍」たち。
リオレウスたち通常の「竜」とは隔絶した力を持つ、災害の化身めいた存在たち。
何がアレって、天候を操作するだの地形を書き換えるだの、現実離れした「神秘」めいた力を持ってんのに「生物です」って言ってるんだぜ?
しかし、モンハンの世界では彼らでもまだ「古龍の一種」であり、古龍全体のスケールで見れば下の方でしかない。
無論、これはクシャ・テオ・ナズチが弱いという意味ではない。現代基準なら文句なしの災害だ。
だが、あの世界の上限はあまりにもおかしい。
古龍ではないにもかかわらず、古龍級生物とされるラージャンがいる。
希少種や特殊個体の中には、古龍と渡り合い、時に撃退するものすらいる。
そして古龍の中にも、さらに上位の災害、超大型古龍、禁忌の龍が存在する。
つまり、古龍であることは確かに強大さの証明だ。
だが、古龍であるだけでは頂点の保証にならない。
アマツマガツチ、アン・イシュワルダ、ナルハタタヒメ、ガイアデルム、ゴグマジオス、ダラ・アマデュラ……単独で生態系どころか地域一帯を破壊しうる、いわゆる「ラスボス級」の大型古龍たちが、更にその上にいる。
だが彼らも安泰ではない。古龍すらも喰らわんとする古龍、ネルギガンテやオストガロアなんてのもいる。
古龍ではなく飛竜に分類されるが、桁違いの危険度を持つアカムトルムやウカムルバスがいる。甲虫種でありながら、超巨大古龍に匹敵する大きさ・破壊規模の
ならば古龍ではどうかというと――地脈に集められた莫大な生体エネルギーを糧に生まれた、「古龍の王たらんとする者」ゼノ・ジーヴァがいる。
更に更にその上には、ゼノ・ジーヴァの成体であり、「古龍の王たる者」と称される赤龍ムフェト・ジーヴァがいる。
地のエネルギーを吸い上げ、自己修復を繰り返し、周囲の生態系すら作り替える未曽有の存在だ。
そして、その存在を許さぬかのように現れた神域の龍、煌黒龍アルバトリオンがいる。
赤龍ムフェト・ジーヴァが地のエネルギーを吸い上げ、生態系すら作り替える「古龍の王」ならば、アルバトリオンはそのような巨大な力そのものを許さぬかのように現れる黒き災厄である。
赤龍と煌黒龍の関係は、もはや一地域の縄張り争いではなく、星の規模での勢力圏争いと呼ぶべきものとなっている。
更に海には、不滅の心臓を持つとされ、海域全てを赤く染め上げる程の力を持つ大地の化身、グラン・ミラオスがいる。
そして、真なる頂点に「禁忌の龍」――黒龍ミラボレアスが君臨する。
……ここまで来て、ようやく「基本的には誰にも脅かされない側」と言えるだろう。
ミラボレアスを尋常な生物と言っていいのかは非常に怪しいが、まあうん。
あと、この辺りは俺が「多分こうじゃね?」とつけた序列なので、実際の所は分からないけどな。「黒龍より
若干脱線したが……つまり何が言いたいのかというと、これは単なる「モンスター強さランキング」の話ではない。
モンハン世界では、生態系ピラミッドそのものが異常な高さと密度を持っている、という話だ。
「こちら側の世界」における頂点捕食者の基準で考えてみてほしい。
ヒグマやグリズリー級の大型肉食獣でさえ、あちらでは「自分より上位の捕食者に狙われる心配をしなければならない中型動物」になりかねないんだぜ。怖すぎない?
キャスターが望んだ世界は、竜が生物として成立する世界。
しかし、それは「竜なら幸せ」という意味ではないはずだ。
竜同士にも階層がある。
古龍級にも階層がある。
災害級にもさらに上がいる。
頂点のつもりでも、別の場所では中層に落ちる。
雄大にして強大すぎる大自然に、「悪意」は存在していない。
そこにあるのは、途方もなく圧倒的な――むき出しの暴力だ。
生態系の圧力、強者の暴力という、徹底的な環境の理不尽だ。
その中に「平穏」を求めることは、困難を極めると言っていい。
モンハン世界の人類が「生き延びている」ことが、どれだけ凄まじいことかって話だよ。
そういう意味では、「知恵比べ」中にパラニールが抱いた懸念は正しかったと言えるだろう。
何故なら、モンハン世界の生態系は単に「捕食者が強い」だけでなく、「回転率が異常に速い」と考えなければ辻褄が合わないからだ。
アプトノス、アプケロス、ポポ、リノプロス……そういった、生態系の中では「下位」の草食系モンスターですら、「こちら側」の大型家畜や大型草食獣に匹敵、あるいはそれ以上のサイズで、しかも多くは群れで暮らしている。
ケルビやガーグァのような比較的小型の連中でさえ、現実基準では十分に逞しい野生動物だ。
だが、こちら側の常識で考えれば「そこまで成長するのに何年かかるんだ」と言いたくなるサイズを、大型肉食竜たちは惜しげもなく喰らう。
どう考えても餌資源が足りなくなるように思うが、そうはならない。
つまりそれは、
・植物の成長が異様に早い
・昆虫や小動物も大型化・高繁殖している
・草食竜の成長速度が速い
・卵や幼体の生存数も多い
・捕食圧が高い代わりに、個体群の回復も早い
・死体・排泄物・抜け殻・古龍由来物質などがすぐ環境資源に還元される
という、生態系の回転率が現実より何段階も速い世界になっている可能性が高いってことだ。
簡単に言えば――
Q:何故アプトノスはあんなに食われまくってるのに絶滅しないの?
A:それ以上に生まれて成長しているからだと思います。というか、そうするしかない。
さらに言えば、巨大な草食竜が大量にいる生態系は「彼らが食べる植物」の基礎生産が相当強くないと維持できない。
「こっち側」でも、シカ程度の草食動物が増え過ぎただけで森林がボロボロになって、土壌流出や生物多様性低下に繋がる……なんてくらいだ。
ある意味、草食動物は肉食動物よりも環境改変能力が強いと言えなくもない。
恐らくモンハン世界は、土壌の栄養循環が速い上に、大型植物や巨大菌類、巨大昆虫が多く、死体がすぐ分解・再利用される……といったように、「サイクルの土台」そのものも強靭に出来ているのだろう。
捕食圧の高さも、当然あるだろうがな。
一個体の生存は非常に厳しいが、種としてはものすごい生産力で持ちこたえている世界。
下位生物が高速で生まれ、育ち、食われ、死に、また生まれることで、巨大な上位存在を支える世界。
マクロな視点で見れば「種の絶滅には遠い」かもしれないが、それってほぼ「弱者の個の否定」に他ならないよな。
弱いやつは死に方も選べねェ、とはよく言ったもんである。
……ゲームじゃ「ほとんど攻撃してこないザコ」「生態ムービーで犠牲になってるやつ」代表たるアプトノスだが、令和の地球でアレを倒せる肉食獣がどれだけいる?
俺は多分、ゼロに近いと思う。
相対的に弱くとも、あの大きさの「竜」なんだぞ。
尾の一撃で、ランポスくらいなら絶命させられる力を持ってるんだぞ。
そんな生物がわんさかいる世界に、いきなり「こちらの生命」が組み込まれてみろ。外来種問題どころじゃないぜ、マジで。
――人間がいない自然は、平穏とは限らない。
竜の世界は、弱者の楽園ではない。
自然の循環は、個体の幸福を保証しない。
だがそれでも、パラニールは言葉だけでダルグレインを止めることはできなかっただろう。
モンハン的な竜の世界がどれだけ過酷でも、そこにあるのは基本的に自然の圧力であり――「作意」は無い。「悪意」はない。
食う。
縄張りを守る。
繁殖する。
移動する。
環境を変える。
弱い個体が淘汰される。
強い個体も、さらに強い存在に呑まれる。
いくら暴力的であったとしても、意図を以て「誰かの尊厳を奪ってやろう」「兵器として使い潰してやろう」という輩は存在しない。
ダルグレインにとって、それは決定的な違いだったと思う。
彼が憎んだのは、それこそ――「自分たちの命に、他者の都合で価値を貼られたこと」であり、「悪意ある制度と目的によって、生き方を奪われたこと」に他ならない。
弱ければ死ぬ。
強ければ生きる。
群れが弱ければ滅びる。
判断を誤れば死ぬ。
過酷極まりない世界だろうと、それは彼の感覚では「公平」に近い。
一方、人間の世界はそうではなかった。
彼らは生まれる前から役割を決められていた。
生き物として競争に参加する前から、兵器として設計されていた。
死に方まで人間に決められていた。
「合理的な悪意」の方が、遥かに耐えがたいと考えたわけだ。
まあ、今思うとキャスターの目論見が達成された場合、「既に世界の裏側にいた、ファヴニールのような高度な思考能力を持った竜はどうなんの? そいつらが消えるわけではなくない?」という問題もあるっちゃあるんだが……
ただ、俺がパラニールならこうダルグレインに反論するだろう。
「悪意がなければ、苦しみは軽くなるのか」
「悪意がなければ、失われる命は問題ではないのか」
「悪意がなければ、弱い者が常に踏み潰される世界を肯定してよいのか」
――とね。
しかし、キャスター的なマクロな視点に立つと、「それこそが剪定を逃れる世界の条件だろう」と言うのかもしれない。
捕食者が強くなる。
草食動物はより大きく、速く、硬く、群れるようになる。
植物もより早く育ち、毒や棘や巨大化で対抗する。
虫も巨大化し、分解者も強化される。
生態系全体が、互いに圧をかけ合いながら進化し続ける。
この構図は、まさに「赤の女王仮説」……つまり、「他の生物種との絶えざる競争の中で、ある生物種が生き残るためには、常に持続的な進化をしていかなくてはならない」という仮説的な世界に他ならない。
単なる弱肉強食ではなく、全生物が停滞せず走り続ける世界。
それこそが編纂事象として相応しいだろう――と。
セイバーは「竜の世界においては、頂点に立つ竜たちは変わらず停滞し続けることになる。それでは剪定から逃れられない」と考えた。
確かに「こっち基準」の竜ならそうかもしれないが――「モンハン世界」においてその反論たりうるのが、アルバトリオンとムフェト・ジーヴァ、そしてネルギガンテだ(大団長の角度で)。
つまり、モンハン世界では「頂点に立った竜」すら、必ずしも止まれない。
赤龍が世界を作り変えようとすれば、煌黒龍が現れる。
古龍が力を集めれば、滅尽龍が喰らいつく。
王が現れれば、それを許さぬものが来る。
ハンターがいなくとも、必ず「調和」を行おうとする何かが現れる。
それこそ、「抑止力」として。
もちろん、そこに「環境を守ろう」などという目的意識は無いとしても。
ここで少し、「縄張り」について考えてみよう。
さっきもアルバトリオン関連で出た話題だな。
『ワールド』以降のモンハンでは、モンスター同士の「縄張り争い」がかなり分かりやすく描かれるようになった。
あれも、あの世界の異常さを示す要素だと思う。
現実の生物にとっても、縄張りは重要だ。
餌場、繁殖地、巣、水場、安全な休息場所。
そういった資源を他個体に奪われないようにするため、多くの生物はマーキングや威嚇、鳴き声、ディスプレイによって自分の領域を主張する。
ただし現実では、いきなり殺し合うことは少ない。
怪我をすれば狩りも繁殖もできなくなるからだ。
多くの場合、戦う前に「ここは俺の場所だ」と知らせ、衝突そのものを避けようとする。
だがモンハン世界では、そもそも一体一体の必要資源がデカすぎる。
あの巨体を維持するための餌場。
休息地。
巣。
水場。
繁殖地。
それらを、「こっちの大型獣」より遥かに大量のリソースが必要になりそうな奴らが奪い合う。
そりゃあ、縄張りも重要になる。
縄張りや餌場を失うことは、そのまま死に近づくことだからな。
頂点捕食者であっても、自分の居場所を守れなければ押し出される。
押し出された先に、さらに強いモンスターの縄張りがあれば終わり。
そう考えると、モンハン世界の「縄張り争い」は単なる怪獣プロレスではなく、あの世界の生命が常に生存圏を奪い合っていることの象徴なのだろう。
勿論、人間も含めてな。
ここが、「こっちの世界」の竜種とは大きく違う。
「こちら側」の竜は、基本的に尋常な生命ではない。
神話、伝承、土地、概念、神秘と結びついた一個の異常存在だ。
そもそも数も少ない。
同格の竜が同じ森で餌場を取り合う、みたいな状況自体があまりない。
だから、竜種にとっての場所は「縄張り」というより、「領域」や「伝承の舞台」に近い。
だが、キャスターが目指した世界では話が変わる。
竜が神秘ではなく、生物として実存する世界。
それはつまり、竜たちが餌を求め、巣を作り、繁殖し、地脈や資源を奪い合い、互いの縄張りを侵す世界でもある。
神話の孤高は、生態系の密度に置き換わる。
竜は伝承の中で一匹だけ君臨する怪物ではなく、同じ世界で他の竜と場所を奪い合う生物になる。
それはたぶん、キャスターにとっては望ましいことだったのだろう。
なぜなら、縄張り争いとは「止まれない」ということだからだ。
頂点に立った竜でさえ、自分の居場所を守り続けなければならない。
支配した土地は、守らなければ奪われる。
奪った資源は、使わなければ腐る。
勝ち取った頂点は、次の挑戦者を呼び寄せる。
そこに「停滞」はない――と。
ただ、ここまで考えて一つの疑問が生じた。
――そもそもモンハン世界において、ホモ・サピエンスはどうやって「そこまで進化した」んだ?
まさか人間だけは創造論的に生まれた、なんてわけがない。
現実の地球よりも遥かに過酷な大自然を、人類へ至る前段階の類人猿たちはどうやって生き延びた?
現実の地球では、哺乳類は恐竜時代にも存在していた。
だが、非鳥類恐竜が地上生態系の主役であった間、哺乳類は長らく小型で、夜や樹上や地中といった隙間に押し込まれていたと考えられている。
そして恐竜が絶滅した後、空いた生態的地位へ哺乳類が一気に広がっていった……というわけだ。
しかし、「モンハン世界」は言わば「恐竜が絶滅しておらず、しかもそれに似た大型生物たちが火炎、毒、電撃、環境改変能力まで持っている」魔境だ。
そんな世界で、ホモ・サピエンスにまで無事辿り着けるのかと言われると……厳しいんじゃねえか、と考えざるを得ない。
生物としての基本スペックで考えれば、人間はリオレウスどころかランポスにすら勝てるか怪しい。
というより、ランポス級でも現実にいたら普通に人間を狩る側の生物だ。
鋭い牙と爪を持ち、跳躍し、群れで動く小型肉食恐竜。
そんな連中が「序盤の雑魚」扱いされる世界で、原始人類が地上をのこのこ歩いていたら、まあ食われる。それこそ「恐竜を現代に蘇らせたら大変なことになった」某パニックホラー映画のようになるだろう。
訓練を積み、装備を整えたハンターだからこそモンスターへの対処が可能なんだ。
『ワイルズ』では禁足地において、「大型モンスターを狩る」というハンター文化を持たない人々が、どうやってモンハン世界を生き延びていたのかが描かれた。
少なくともクナファの人々は、巨大武器でモンスターを討伐するのではなく、家畜を飼い、風鈴で頂点捕食者の鳴き声を真似、脅威を遠ざける形で暮らしている。
アレは相当な「知恵の積み重ね」があってこそだろう。
つまり、人類が最初からモンスターと同じ土俵で勝負していたはずがない。
狩る前に、まず逃げる。
倒す前に、まず避ける。
武器を作る前に、まず「どこにいれば食われないか」を覚える。
だから、モンハン世界の人類が本当にホモ・サピエンスに近い進化史を辿ったのだとすれば、最初から大型モンスターと同じ土俵で勝負していたはずがない。
……ただし、あの世界の人類には、「こちら側」の人類にはなかった利点もある。
一つは、火だ。
現実の人類が火を利用するようになった経緯は、恐らく雷などによる自然火災の影響が大きかったと考えられている。
山火事で燃え残った枝を持ち帰る。
焼けた死体や木の実を見つける。
火を恐れつつ、少しずつそれを利用する。
そうやって「火を見つける」段階から、「火を維持する」段階へ進んでいったはずだ。
だが、モンハン世界にはリオレウスやイャンクックのような「炎のブレスを吐く」竜が珍しくない。
ゲームでは描写されないが、ハンターがブレスを回避したらその炎は消えるわけじゃないだろう。
後ろの方で木に当たり、延焼を起こしていてもおかしくない。
つまり、あの世界では「火災」が現実よりもずっと身近だった可能性が高い。
縄張り争いで、飛竜がブレスを吐けば森が燃える。
草原が焼ける。
小型モンスターが逃げる。
焼けた死体が残る。
炭になった木片が残る。
火のついた枝が残る。
それはもちろん大いに危険だ。
火を得る前に、ブレスに巻き込まれて自分が丸焼きになる可能性の方が高いだろう。
だが、それでも「火に触れる機会」は増える。
自然界における雷火よりも、ずっと頻繁に、ずっと分かりやすく、火が目の前に現れる。
そう考えれば、モンハン世界の原始人類は、現実の人類より早く火を利用し始めた可能性がある。
もう一つは、素材だ。
モンハン世界では、骨塚から竜骨が採れる。
ゲーム的にはただの採取ポイントだが、原始人類の視点で考えれば、とんでもない話だ。
こちら側の人類は、石を割り、木を削り、骨を加工して道具を作った。
だがモンハン世界では、そこらの骨塚から「竜骨」が出てくる。
竜の骨だぞ?
多分、現実の鹿や牛の骨とは素材としての格が違う。
竜骨を棍棒にする。
尖らせて槍にする。
割って刃にする。
甲殻片を盾にする。
牙や爪を投槍の先につける。
それだけで、原始人類の武器性能は一気に跳ね上がるはずだ。
勿論、リオレウスのような強敵を倒せるのはだいぶ先の話だろう。
ランポス単体でもまだまだ厳しい相手だ。
だが、ケルビやガーグァ、小型草食動物、幼体、負傷した個体ならどうだ?
火で追い込み、竜骨の槍で突き、落とし穴に落とし、群れで石を投げる。
そうすれば、「絶対に無理」とまでは言えなくなる。
つまり、モンハン世界の人類は、敵が多すぎる一方で、環境から得られる技術的ボーナスも異常に大きい。
さらに言えば、動物だけでなく「植物も大きい」モンハン世界だからこそ生き延びられる余地はある。
巨大樹があり、巨大なキノコがあり、太い根があり、樹冠が何層にも重なっている。
地上ではリオレイアやアンジャナフが闊歩していても、樹上、樹洞、根の隙間、岩棚、洞窟まで同じ連中が自由に入り込めるとは限らない。
実際ゲーム中でも、屈んで匍匐前進で進まないと入れない、大型モンスターが入ってこない「植物の中」のようなエリアがあるしな。
現実の霊長類だって、樹上生活によって地上の捕食者から逃れてきた部分がある。
なら、植物まで巨大化したモンハン世界では、むしろ「地上の怪物たちとは別の階層で暮らす」余地が現実以上にあった可能性もある。
大きくなることだけが進化ではない。
寧ろ、大きくなれば消費するエネルギーも増えてしまう。
小さいまま、隠れ、拾い、覚え、教え、道具を作る。
巨大生態系の隙間に入り込むこともまた、立派な適応だ。
あの世界に人間だけでなく、アイルーやチャチャブーといった「独自の文化を持つ獣人族」が複数いることが、その傍証と言えるだろう。
ついでに言えば、あの世界の人類祖先を苦しめたのは捕食者だけではなかったはずだ。
それは、感染症と寄生虫である。
ゲーム中ではあまり描かれないが、冷静に考えてみろ。
あの世界は生物がデカい。草食竜もデカい。肉食竜もデカい。古龍に至っては環境災害クラスだ。
なら――そいつらの血、糞尿、死骸、肉片、粘液、抜け殻、卵殻、巣材に群がる微生物や寄生虫だって、相応にヤバいはずだ。
巨大モンスターの皮膚を突破して血を吸う虫。
高熱や毒や瘴気の中でも生きる菌。
死骸を一気に分解する微生物。
複数のモンスターを渡り歩く寄生生物。
宿主の活動性を異常に上げ、狂暴化させる何か。
実際にキュリアなんて例もあるしな。
あれは「キュリアの影響でモンスターが狂暴化する」という意味では、相当分かりやすい災厄だった。
つまり、原始人類があの世界で生きるということは、竜に食われないよう逃げるだけでは済まない。
死骸を漁れば病気になる。
水場を使えば寄生虫をもらう。
生肉を食えば腹を壊す。
虫に刺されれば熱を出す。
フルフルベビーやギィギのような、即座に命に関わるような奴らだっている。
だが、ここでも話は同じだ。
過酷だからこそ、知識が要る。
火を通す。
水を煮る。
腐った肉を避ける。
薬草を覚える。
毒消しを作る。
寄生虫の多い部位を捨てる。
死骸の処理法を決める。
病人を群れの中心から離す。
危険な虫を覚える。
これらはすべて、文化の芽だ。
モンハン世界で料理や薬がやたら重要なのは、単なるゲームシステムではなく、世界観的にも当然なのかもしれない。
あの世界で「焼く」「煮る」「薬草を使う」「解毒する」という技術は、狩猟技術と同じくらい命に関わる。
強大な自然は、弱者を殺す。
だが同時に、弱者に学ぶ理由を与える。
感染症と寄生虫すら、人類を滅ぼすだけではなく、火と料理と薬と衛生を発明させる圧力になったのかもしれない。
もう一つ、脱線ついでに考えられる説がある。
そもそも、モンハン世界の人間は本当に「こちら側」のホモ・サピエンスと同じ生物なのか?
「人間はサルから進化した」とよく言われるが、これはだいぶ雑な言い方だ。
人間とチンパンジーのようなサルは、かなり昔にいた共通祖先から分岐して、それぞれ別方向に進化した存在だ。
つまり、モンハン世界の人間も同じように進化を辿った……筈だが、モンハン世界において有名な「サル」といえば――「金獅子」ラージャンだ。
その見た目は猿に近い牙獣種だが、発達した前脚で岩盤を砕き、怒れば金色に輝き、電撃を操り、飛竜など歯牙にもかけない古龍級生物だ。
ここで重要なのは、「猿型の生物がそこまで行ける世界」だという点。
現実の霊長類は、樹上生活、器用な手、立体視、社会性、道具使用などを発達させ、その一つの果てとして人間に至った。
だがモンハン世界では、猿型の進化先がもっとおかしい。
一方では、筋力と闘争性とエネルギー操作を極限まで伸ばし、古龍級に届きうるラージャンのような怪物がいる。
もう一方では、身体能力ではなく、言語、火、道具、罠、集団戦術、文化へ進んだ人間がいる。
つまり、あの世界の人類は「現実のホモ・サピエンスがそのまま放り込まれた存在」ではなく、モンハン世界の異常な進化圧の中で成立した、別種の人類なのかもしれない。
ラージャンが、猿型進化の暴力ルート。
人間が、猿型進化の文化ルート。
そう考えれば、あの世界で人類が生き延びた理由も少し見えてくる。
人間は弱い。
だが、弱いなりに現実のホモ・サピエンスよりずっと早く、ずっと強く、「文化を武器にする」方向へ追い込まれたのだろう。
……ここまで考えて、結論はこうなった。
モンハン世界において人類はどうやって発生したのか。
正直最初は、「いや無理じゃね?」と思わざるを得なかった。
なんせ、周囲があまりにも強すぎる。ランポス級ですら原始人類から見れば立派な死神だし、リオレウスなんぞ空飛ぶ山火事である。
だが、逆だったのかもしれない。
モンハン世界という過酷すぎる大自然だからこそ、知恵が要る。
火が要る。
道具が要る。
群れが要る。
言葉が要る。
記録が要る。
そして、それを次の世代へ渡す文化が要る。
巨大な植物が、隠れ場所と食料を与える。
火を吐く竜が、火災と炭と焼け跡を残す。
縄張り争いをしたモンスターたちが、鱗や牙や骨を落とす。
古龍災害が土地を壊し、同時に空白地帯を作る。
大型モンスターの死骸が、骨塚となり、道具の材料となる。
強大な自然は、弱者を殺す。
だが同時に、弱者が這い上がるための材料もばら撒く。
そう考えれば、人類や獣人種の発生は、モンハン世界にとって異物ではない。
むしろ、あの異常な自然圧の中で生まれた、れっきとした自然現象の一つなのだろう。
牙を伸ばす者がいた。
甲殻を厚くする者がいた。
毒を得る者がいた。
空を飛ぶ者がいた。
地中へ潜る者がいた。
そして、その中に――小さいまま、火を拾い、骨を削り、群れで学び、文化を作る者がいた。
それだけの話だ。
だが、これはキャスターの思想にとって最大の皮肉にもなり得る。
奴は「人間の世界」を終わらせ、竜が生物として成立する世界を望んだ。
神秘ではなく、生態系として竜が在る世界。
人理に追いやられることなく、幻想種が当然のように息をする世界。
だが、もしその世界が本当にモンハンめいた苛烈な自然であるなら――その過酷さの中から、また「人間的なもの」が生まれるかもしれない。
弱者はただ食われるだけではない。
逃げる。隠れる。拾う。覚える。教える。道具を作る。
そしていつか、牙でも爪でも甲殻でもなく、「文化」を武器にして世界へ立つ。
ホモ・サピエンスの発生もまた、自然現象の一つである。
アイルーやチャチャブーのような獣人種の文化もまた、自然の中から生まれたものだ。
ならば、キャスターがどれほど人間を排したところで、自然そのものが再び「ヒト的なもの」を生み出す可能性は残る。
竜の世界は、人間を否定するための世界だった。
しかし本当に竜の世界が停滞せず、あらゆる命が走り続ける世界であるならば。
その果てに、人間に似た何かがもう一度走り出すこともまた、避けられないのかもしれない。
また、比較対象として「第七異聞帯」ミクトランにおいて繁栄した「人間ではない霊長」、ディノスについても軽く考察したい。
ディノスは南米異聞帯の「知性を持った恐竜」で、身体能力・寿命・知能が非常に高く、水と太陽光があれば生きられるため食事の必要もない。
皮膚に葉緑体に近い組織を持ち、光合成のようにエネルギーを得るため、高度な知性活動を維持できる――そんな存在だ。
「生き残るために喰らい、殺し合う」ことが罪であり悪とするならば、彼らはまさに「善」に近い。
少なくとも、捕食と競争の業からはかなり遠い、完璧で理想的な生物と言えるだろう。
しかし、皮肉にも彼らは「完璧であるがゆえに失敗した」。
ディノスは生存に必要なものが少なすぎ、執着も薄く、文明を発達させようという意思も弱い。
危機や欲望や不足がないため、能力は高いのに「使う理由」がない。
即ちそれは「停滞」であり、先が見えないということ。
いくら優れていようとも、それは「剪定」の条件に他ならない。
キャスターは第六異聞帯の事を知っていた以上、この第七異聞帯のことも「観た」だろう。
故にこそ、キャスターが理想とする世界は、
「完全な生物を作ってはならない」
「争いを消しすぎてはならない」
「不足を消しすぎてはならない」
「変化圧を失った生命は、強大でも止まる」
「止まれば、消えるのみ」
――と、いう感じになったのだろう。
そういう意味では、この聖杯戦争が「竜の物語」とするならば……主人公は、もしかしたらタラスクではなくファヴニールだったのかもしれない。
善悪の話ではなく、「竜の世界が剪定を逃れるための推進力」という観点に限れば、主人公適性を持っていたのはファヴニールだったのかもしれないということだ。
タラスクは「守護」の竜であり、正直に言うならば「世界そのものを剪定から逃がす推進力」としては不足している。
奴は「安定」側の存在だ。
編纂事象を保護する存在には向いているが、剪定されそうな世界に強制的な変化圧を与える存在ではない。
一方、ファヴニールは「物語を動かす活力」そのものと言っていい。
ヒーローの物語は悪役ありきだ、悪役がいなければヒーローは動かないし物語を作れない……みたいな言説があるが、ファヴニールはまさに「世界を停止させない混沌」で、悪役だ。
彼自身が走り続ける。
周囲も走らざるを得なくなる。
奪われまいと強くなる者が出る。
倒そうとする者が出る。
利用しようとする者が出る。
逃げ延びる者が出る。
新しい技術、新しい群れ、新しい竜殺し、新しい悪竜が生まれる。
まさに、「赤の女王仮説」的にはピッタリの存在だろう。
――今だから話せることだが。
聖杯戦争序盤の「宍道湖でのライダーとの戦い」において、ライダーが
俺の「不死」のカラクリを知った読者諸君は、その後ランサーの分霊やルーラー戦などでの耐久力を見て、「何故あそこで逃げる必要があったのか?」「ネゼミアを逃がす必要があるのは分かるけど」みたいに思ったかもしれない。
しかし、実はあの場面においてライダーは「俺を殺せる可能性があった」のだ。
その後のライダーの内面描写だとか、実は奴が
勿論、当時の俺がそれを全部理解していたわけじゃない。
だが、「嫌な予感」ってのは当たるもんだねえ。
閑話休題。
勿論、「竜の世界」においてファヴニールが頂点に立ったままではいけない。
彼が絶対的な王になってはいけない。
彼が勝ち切ってはならず、いずれどこかで眠りにつくか朽ちなければならない。
負けうる悪竜、追われる悪竜、奪うが奪われもする悪竜だからこそ、世界に変化圧を与える存在なんだ。
欲しいものがある。
制限を受け入れない。
敵を作る。
変化を起こす。
勝っても負けても周囲を変える。
要は、「主人公とは必ずしも善人である必要はない。主人公とは、世界に対して『このままでは嫌だ』と言える存在である」……ってところかね。
面白いのは、キャスター陣営……キャスター・リンドヴルムとダルグレインは、どちらも「竜の世界」を作ることが目標であったが、厳密には「同じ思想ではなかった」ということだ。
キャスターは停滞と祈りを嫌った。
ダルグレインは悪意と人類を嫌った。
二者は同じ陣営にいて、同じ計画を進めていたようで、実際には同じものを憎んでいたわけではなかった。恐らく、両者ともそのズレを分かった上でお互いを利用し合っていたんだろうが。
だからこそ、己の野望が潰えたキャスターはそのまま消えるしかなかった。
あいつは最期まで、祈りなき「竜の世界」を諦められなかったから。
けれどダルグレインは、生き残る余地があった。
彼が本当に欲しかったのは、竜の世界そのものではなく――自分たちのような命が、二度と悪意によって踏みにじられない未来だったからだ。
故に、アルヴェイルの説得は届いた。
ダルグレインはパラニールの元に向かい、自分が為すべきことを為すことを決めた。
人間の悪意ある世界でもない。
竜だけが走り続ける魔境でもない。
完全すぎて止まった世界でもない。
学び、備え、悩みながら、それでも生きていく……そんな世界を作るために。
キャスターの望んだ「竜の世界」は実現することは無く、消えて散った。
しかし、その問いは完全には消えていない。
世界は平穏であればよいのか。
走り続けることは悪なのか。
自然に悪意がなければ、それは許されるのか。
知性はまた同じ過ちを繰り返すのか。
自然そのものに、善悪はない。
自然淘汰は正義ではない。
進化は救済ではない。
竜の世界も、人間の世界も、それ自体で善なるものではない。
ならば、どうすればいいのか。
残念ながら俺にも、それは分からない。
きっとそれを知るものは、全知全能の神だけだろうが――
「進化論」の世界に、きっと「創造主」は存在しちゃいない。
神様が答えをくれないなら、自分たちで探すしかない。
祈っても救われないなら、走るしかない。
止まれば消える世界なら、なおさらだ。
――Gott ist tot。
神が死んだ、この世界で。
これにて『Fate/Draco―蛇竜王戦線―』は、本当に完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
もし本作を楽しんでいただけましたら、評価や感想をいただけると嬉しいです。