神は巫女の頭に宿る   作:榊 雅樂

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十九話 体内

「……っ、やっぱ無理」

 

 千夏は差し出していた右手を引っ込めた。

 

「お兄ちゃんと仲直りしやな……」

 

『そうか、それは残念だ』

 

 黒い生き物がそう言った途端、辺りの雰囲気がガラッと変わる。何か、圧を感じる。その場から逃げ出したくなるほどの、強い圧。

 

『ならば、力ずくで見せるまでさ』

 

 ニヤリと笑い、千夏にジリジリと近づいていく。

 

「いやや……来やんといて……。お兄ちゃん…………」

 

 

「まったくお前は。言うにしてももう少し言い方があるだろう」

 

「ごめん」

 

「謝るのは(わし)にではないだろう!」

 

 当主に怒鳴られると、爽玖はバツが悪そうに目を逸らした。いや、もはや顔ごと逸らした。

 

「爽玖はバカだね。昔もこんなことなかった?」

 

「え、あったの?」

 

「うん、爽玖が千夏のことを煽って、それで怒っちゃって。止めるの大変だったよ」

 

 そんなことを言って、飛希は懐かしげに笑った。

 

「しかし、一体どこに行ったんだろう」

 

「じきに日も暮れる。探しに行くぞ」

 

 空を見上げると、日が傾き、薄紫色に染まっていた。

 このままでは夜になってしまう。そうなる前に、飛希たちはどこかへ行ってしまった千夏を探しに、村へ行った。

 

 女性陣は危険ということで、神社のほうで待ってもらっている。

 

 村へ行ったものの、子どもたちももう帰る時間のため、外に出ている者は少なかった。

 

「あ、すみません」

 

 碧仁は道を歩いていた女性に話しかけた。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「千夏を見かけませんでしたか?」

 

「千夏様ですか? いえ、見かけてないですね……」

 

 女性に言われると、碧仁はそうですかと力なく答え、礼を言った。

 

 その後も何人かに行方を聞いたが、誰も見かけたと言う者はいなかった。

 

「村には来ていないのかな」

 

「まずい、さっきより日も沈んどる。はよ探さな……」

 

 大人たちが焦っている中、一人終始無言な者がいた。爽玖だ。

 ずっと下を向いて、暗い表情をしている。

 

「……爽玖」

 

「……千夏ってさ、怒ると冷静になろうと一人になるんよ」

 

「…………この辺りで一人になれる場所は、森か?」

 

 当主が呟くと、皆の視線が村の奥にある森へと移された。その森は木々が生い茂っていて、昼でも薄暗いような場所。

 

 ただ、今は日がほぼ落ちきっているような状態。そんな森は、足元も見えぬほど暗いだろう。

 

「そんなこと言っとる場合ちゃうな……」

 

 

 森は予想通り真っ暗で、前も後ろもほとんどわからない。だが、幸いにも今は石火矢がいる。

 徳彦に手のひらサイズの炎を出してもらい、辺りを照らしてもらう。

 

「千夏ー」

 

 全員で呼びかけるが、返事はない。

 

「もっと奥に言っちゃったのかな……」

 

 それでも何度も呼びかけるが、やはり返答はない。と、そんな時、茂みがガサガサと言う音を立てた。

 

 その方へ炎を向けると、そこには狼のような生き物がいた。しかし、ただの狼ではなく、どこか異様な雰囲気を纏っていた。

 

「……“念”か」

 

「今は相手してる暇はない。でも……」

 

 村人に被害が行ってしまうかもしれない。そう思ったら、素通りもできない。

 

 何もできないでいると、爽玖が少し前に出てきて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……なあ、お前の体内(なか)、誰がおんねん」

 

 彼の発言に、誰しもが驚いた。

 

「まさか、誰かが喰われたとでも……!?」

 

「……喰う、とはまたなんかちゃうよな。お前、何したん?」

 

 爽玖が睨みつけても、狼の“念”は何もしないし何も言わない。ただ、互いに睨み合うだけ。

 

『……ふっ、あはははは!』

 

 突然、“念”が大きな口を開けて、声高らかに笑い始めた。

 

『ふむ、まさか気づかれるとはな』

 

「……!」

 

『そうだ、私の中にはたしかに人間がいる。それも、爽玖(お前)によく似た小娘がな』

 

「……はあ?」

 

 “念”の言葉に、爽玖は怒りの表情を見せた。しかし、それは爽玖だけではない。この場にいる出水の人間全員である。

 

「ならば、今ここでどうにかせねばな」

 

『良い、存分にやろう。そして貴様らにも私の養分となってもらおうか』

 

 まず、先陣を切ったのは出水家当主。“念”の周りに氷柱(つらら)のような水を出し、手をぐっと握り、全て放つ。

 

 しかし、“念”はそれを軽々と避け、後ろ脚に力を込め、一瞬で当主との間合いを詰めた。彼はそれをすんでのところで避け、爽玖と目を合わせる。

 

「龗ノ龍……」

 

 爽玖が呟くと、水が現れ始める。龍が形成されるまでの数瞬の間、碧仁と徳彦がそれぞれの能力の球のようなものを“念”にぶつけた。

 

 しかし、それは大した攻撃にはならなかった。飛希も牽制するが、ほとんど効果はない。

 

 龗ノ龍が形成され、爽玖は人差し指を上から下へ動かす。

 

「『昇り龍・落』」

 

 龍は天高く昇り、ある程度行くと下へ向かって急降下した。そのまま大口を開け、“念”を食らう。しかし……

 

『ぬるいなあ』

 

 “念”が呟くと同時に、龗ノ龍は内側から弾けた。

 

「……は?」

 

 全員が目を見開いたまま固まった。あの龍が、得体も知れぬ存在によって、壊されたのだ。全身に鳥肌がたつ。

 

 ––––駄目だ、これとこれ以上戦っては、駄目だ……!

 

「撤退するぞ!」

 

「はあ!?」

 

「爽玖! はやく行くぞ!」

 

 碧仁が慌てて爽玖の腕を引っ張る。しかし、爽玖はその場を離れようとしない。

 

「でも千夏が!」

 

「あれと戦えばお前も死ぬぞ! 早くしろ!」

 

 当主の命令で、全員がその場を走って離れた。

 

『……ふむ、逃げてしまったか。まあ良い。また来るだろう』

 

 

 その後、神社にいた望緒たちに事の顛末(てんまつ)を話すと、爽玖たちの母親は膝から崩れ落ちて泣き出した。

 

 飛希の横で、爽玖は何も言わずにそれを見ていた。

 

 

「……さっくん、風邪ひくよ」

 

 望緒は水辺にずっと佇んでいる爽玖を見かねて、話しかけた。

 

「……」

 

 しかし、爽玖は何も答えない。

 

「……誰も、さっくんのこと責めてないからね。こんなことになるなんて、誰も––––」

 

「なあ」

 

 彼女が話す途中で、爽玖は話を遮った。

 

「望緒はなんでよくここに来とったん?」

 

 彼の発言に、望緒はビクッと反応する。なんでと聞かれるとはまったく思っていなかった。その上、彼の異様な雰囲気で言葉が出ない。

 

「え、なんでって……」

 

「そもそも、なんで霊力あんの?」

 

 振り向いた爽玖の目は、恐ろしかった。月明かりに照らされた逆光の中、青い瞳が光っていた。

 

「……え?」

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