神は巫女の頭に宿る   作:榊 雅樂

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四十二話 穢れた火と見なす

 風宮の神社、本殿内にて。

 

「最近、“念”の出現率が増加している」

 

 風宮の当主が腕を組みながら、そう発言した。その言葉に、周りの空気が重くなる。

 

「死人こそ出ていないものの、このままではいつ村に被害が出るかわかりませんな」

 

 日向の父も、そう言いながら大きな木の箱を床に置いた。大きいと言うよりかは、長いと言うべきか。

 

 箱を開けると、そこに入っていた物は、誰かの脚。足先の形から見て、右脚であろう。これは恐らく、八下のもの。

 千年も経っているというのに、状態は非常に良い。生きている時と何ら変わりない状態だ。

 

 横には彼が使っていたであろう、指貫(さしぬき)が畳まれて置いてある。

 どこか、ちぎられたような、切られたような、そんな跡が見えた。

 

「ふむ、やはり何も変わりはなさそうだ。一先ずは安心だな」

 

「しかしながら、なぜこんなにも状態がよろしいのか。これも八下様の特別なお力か……」

 

 八下が今どうなっているかは、望緒しか知らない。話だけならば、飛希たちも知ってはいるが、実際に話せるのは彼女だけ。

 

 彼の脚が生きている時と何ら変わりないのは、彼がまだ首の皮一枚で生きているから。彼が霊力の繋ぎを断ち切ってしまえば、それも無くなる。

 

「とはいえ、ここのところは“念”が増えている。八下様の加護が消えかかっている証拠だ」

 

 雄太郎の発言に、風宮の当主の眉がピクリと動いた。

 

「はっ、それは石火矢(きさま)らのせいかもしれんな」

 

「なんだと?」

 

 雄太郎が言葉を返した時点で、周りの空気は一気に悪くなる。

 

 桐子は止めようかとも思ったが、何の権力も無い人間では、何も言えないことなどわかっていたため、着物の裾を強く握ることしか出来なかった。

 

 また、真澄は暗い顔で俯き、徳彦は彼女を引き寄せることしか出来ない。

 

「そうだろう、火は清いが穢れやすい。八下様がいらっしゃった時は清い(もの)だったとしても、いらっしゃらない今では、貴様らなど穢れでしかない」

 

「お前……!」

 

「そもそも、嫁に一般人を選んだのが悪い。だから子に赤髪が遺伝しなかった、だからあんなにも弱いんだ。それに加え、あんな気持ちの悪い瞳に……」

 

 その発言で、真澄の目に涙が溜まった。徳彦は俯きつつも、閉じた口の中で歯を食いしばった。

 

 

「あのクソジジイ……!」

 

 外で聞いていたのは、日向と飛希。何か大変なことが起きないか心配で見に来たのだが、予想的中。険悪な空気になってしまっている。

 

「こうなったら乗り込んで––––」

 

 入ろうとする日向の腕を、飛希が掴んだ。その表情は、とても暗いものだった。

 

「いいよ、行かなくても」

 

「ですが……!」

 

「いいの。他人の親にこんなこと言っちゃうのもあれだけど、僕らが行ったところで何も変わらないよ……」

 

 その言葉で、日向は何もできない、してやれない自分の無力さを強く実感した。

 二人は口論が続く本殿を後にし、社務所に戻った。

 

 

「あれ、飛希……と、日向さん? どうかしたんですか……?」

 

 社務所に戻ってきた飛希たちの表情を見て、望緒は心配になり、様子を伺ってみる。

 

 二人はすぐには答えなかった。ただ、気まずそうに下を向いているだけ。しかし、不意に日向がふうっと呆れ交じりのため息をつき、口を開いた。

 

「藤花、()()だ」

 

「え……また……? 飛希さん、申し訳ありません」

 

 藤花が驚きと困惑が混じったような表情を浮かべた後、飛希に深々と頭を下げて謝った。

 

「いえ、気にしないでください。……藤花さんたちが悪いわけじゃないですから」

 

 飛希がそう言っても、藤花も日向も表情が晴れることはなかった。

 

 ––––どういうことだろう?

 

 こんな空気の中、全く状況が掴めていない者が一人いた。望緒だ。

 また風宮の当主が何かやらかしたのだろうと想像はできるのだが、その肝心な内容がわからない。

 

「……あ」

 

 そんな中、飛希が何かを思い出したかのように、声を出した。

 

「望緒は何も知らなかったね。説明するよ」

 

「……いいんですか」

 

「うん、望緒にも石火矢の一員として知っておいてほしいから」

 

「……わかりました。では、今日は客もほとんどいないので、一度裏で話しましょうか」

 

 日向に言われ、他三人も裏に入って、畳の上に座った。

 

「あの、話って具体的にどんな……?」

 

「うーん、どこから話そうか……。まず、風宮が石火矢を嫌っているのは知ってる?」

 

「あ、うん……」

 

 なんとなくではあるが、知っている。初めて風宮の者たちに会った時、彼ら––––とは言っても当主と次期当主ぐらいなものであるが、視線がとても冷たかったのを覚えている。

 

 初めのうちは望緒が自分に向けられた視線かと思っていたのだが、後から考えてみれば、目線はこちらを向いてはいなかった。

 そこから、彼らが嫌っているのは自分だけではないのではないか、そう判断したのだ。

 

「嫌ってる理由なんだけどね、まあなんというか……僕と母さんが主な原因というか……」

 

「え、どういうこと?」

 

「母さんが一般の出だから……」

 

 そう言った飛希の声は、とても小さいものだった。

 

「……? それの何が……?」

 

「私たち四家は基本的に格式高い家柄の人たちと結婚するんです。いわゆる政略結婚っていうものを」

 

「……だけど、父さんと母さんはそうじゃなくてね。村人である母さんとこの石火矢の子息である父さんがその、恋に落ちちゃって」

 

 ここだけ聞くと、とてもロマンチックなお話。しかし、これは綺麗でかわいい幸せな御伽(おとぎ)(ばなし)の世界じゃない。

 

「別にそこまではいいんだ。ただ、そこから結婚して、子どもを産んだ。僕が産まれた。石火矢の象徴である赤髪と黄色の瞳を持たない、僕が」

 

 その言葉で、望緒はハッとした。

 

 たしかに、爽玖も日向も自身の父親と同じ髪、瞳の色をしている。しかし、飛希は全く違う。顔立ちはどこか徳彦に似ていても、髪や瞳の色は真澄と同じ黒。

 パッと見ただけでは、石火矢の人間だとはわからない。

 

「それだけでも良くないことなのに、僕の不注意で()()()()になっちゃったし」

 

 飛希は左目を隠した面に左手を当て、泣きそうな目をした。

 

「……でも、出水の人たちは特に何も言ってなかったよ?」

 

「ええ、まあそうでしょうね。あそこは“水”ですから」

 

「えーっと?」

 

「水はいつだって清いもの。もし火が穢れてしまったら、自分たちが清めてやれる、そう考えているので、まああまり気にしていません」

 

「でもそれ、ちょっと古い考え方じゃない? 今のご当主はそういう考えかもしれないけど、次期ご当主は特にそういったしきたりや習俗は気にしてないし……」

 

 藤花に言われ、日向はたしかにと小さく呟いた。

 三人が話している間、望緒は静かに手をグッと握った。巫女袴にシワができるほどに。

 

 もし、もし自分に何かできたら、何か助けになることができたら、彼らはどれだけ苦しまずに済むだろうか。

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