その日の夜、望緒は昼間のことが気になってしまい、なかなか寝付くことができなかった。
もう何十分も布団の中でモゾモゾと動き回っている。
「寝れない……」
動き回るのに疲れたのか、目を擦りながらムクリと起き上がる。
ボーッとしていると、ふと外から虫の声が聞こえてきた。静かな中で聞いていると、とても心地いい。
「……ちょっと外に出てみようかな」
そう呟いて布団から出る。真澄たちは寝ているため、起こさないようにとできるだけ音を立てず外に出た。
戸を開くと、ふわっと涼しい風が流れ込んできた。少し葉や木の匂いを含んでいて、とても良いものだ。
空気を一通り味わったあと、望緒は空を見上げてみた。向こうでは見ることはあまりできなかった美しい星々が光り輝いている。
「これだけあると、どれがどの星とかわかりにくいなあ」
でも、中でも知っているものはよくわかる。中でも、北斗七星なんかは、すぐに見つけられた。
「八下、今頃何してるんだろう」
精神世界は、暇ではなかろうか。いくら景色を変えられたとて、見るだけではすぐに飽きてしまいそうなもの。
––––お父さんに会いたいとか思ってたりするのかな。
「望緒」
そんなことをぼんやりと考えていると、後ろから男性の声がした。振り返るとそこに居たのは、飛希だった。
「寝れないの?」
「うん、なんか今日は全然。飛希は?」
「僕も一緒。外に涼みに来たら、望緒がいて」
「そうなんだ」
そこで一度会話が途絶える。二人が何も言わずに空を眺めている間も、虫は求愛のために声を上げる。歌い続けている。
「……今日、僕の家のことを話したよね」
「うん」
「あの時、望緒も石火矢の一員だからって話したけど、実はもう少し違う理由なんだよね」
そう聞いた望緒の頭には、疑問符が浮かんだ。石火矢の一員だということが理由でないとしたら、理由は何なのだろうか?
「僕は––––僕たちは、望緒を“家族”だと思っているから、話したいって思ったんだ」
「……!」
その言葉を聞いて、望緒は目を開いた。その時、彼女の瞳が僅かに煌めいたような気がした。
「え、えー、なに? 急に」
口ではこんなことを言っているが、内心喜んでいるのが目に見えてわかる。
飛希はそんな様子の望緒に微笑みかけた。
「ふふ、ちょっとね。僕に妹がいたらこんな感じだったのかなーとか思ってみたり」
その発言に、望緒はピクリと反応した。わかるかわからないか、本当にそんな僅かな動き。
「どう、なんだろう。––––私は、弟しかいなかったから」
飛希はそれを聞いて若干目を開く。今まで自分の話は全くと言っていいほどしてこなかった彼女が、少しであっても、初めて家族について話したから。
「……ねえ、少し、少しさ、昔話してもいい?」
震えた声。否定されるのが怖いのだろう。しかし、望緒の心配とは裏腹に飛希は優しい微笑みで頷いた。
「あのね……私、親から疎まれてたんだよね」
「親から……?」
「うん。……どこから話そうかな」
少し迷った末、望緒はゆっくりと語り出す。
ある年、一組の夫婦の元に女の子が生まれた。それが望緒。夫婦は男児を望んでいたが、可愛らしい赤子を前にしたら、そんなことは気にしなくていいかもしれない、そう思うようになった。
彼女は一般的な子供と同じく、可愛がられて育てられた。笑顔の絶えない家庭––––そうだったはず。
望緒が生まれてから五年ほどが経過した。彼女の母親はまた妊娠し、いよいよ出産という時。生まれたのは、夫婦二人が望んだ、男の子であった。
初めは望緒に弟が生まれただけ、それだけのはずだった。しかし、彼女の弟––––
昔から望んでいた性別の子供が生まれ、舞い上がり、大して望んでいなかった性別の子である望緒が、眼中に入らなくなった。
弟に関しても、自分だけに構ってもらい、自分が一番として育てられたため、親が疎ましく思っている望緒のことを、かわいそうな人間と思うようになった。血の繋がった姉だというのに。
そんなある日、望緒は
「あのね、お母さん……私、誕生日なんだけど……」
そう言っても、母親は冷たく彼女を見るだけで、「おめでとう」などとは言ってくれなかった。
その時、望緒の中で何かが崩れる音がしたのを、彼女は鮮明に覚えている。
◇
「––––っていう感じで、家で空気みたいな扱いされてたから、
おどけるように言ってみせるが、表情はつらそうである。
「そう、だったんだね……」
どう声をかけたらいいかがわからない。つらい過去があるというのはわかってはいたのだが、親から疎ましく思われるなど、想像できなかった。
他人から疎ましく思われるのは、日常茶飯事だが。
「……ごめんね、困らせるつもりはなかったの。話したかっただけだから」
「いや、こっちこそすぐに気の利いたことを言えなくてごめんね。ただ……」
そこまで言って、飛希は右手で望緒の頬を撫でる。
「
「……ううん、嬉しい。すごく」
二人に和やかな空気が流れる。そんな中、冷たい風が二人を包み込んだ。
「うぅ……さむっ」
「最近涼しいからね。さすがにそろそろ入ろうか。風邪ひいちゃったら大変だし」
「うん」
そう言って、二人は家の中に入り、各々の部屋の布団で眠りについた。