神は巫女の頭に宿る   作:榊 雅樂

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五話 もう一つの役割

 数日後、順調に働いていると、望緒は参拝客から話しかけられた。

 

「望緒ちゃん、なかなか様になって来たんじゃなあい?」

 

 話しかけてきたのは、おっとりとした老齢の女性。ここの常連客だ。

 

「ほ、ほんとですかっ!」

 

「ええ、背筋も前より少し伸びてると思うわ」

 

「へへ」

 

 日々意識していることに気がついてもらえるのは、嬉しい。望緒は素直に受け取り、照れながらも喜んだ。

 

「あ、こちら、御守りです。お納めください」

 

「ありがとう。それじゃあ、またね」

 

「はい!」

 

 望緒が明るく返事をすると、女性は会釈をして鳥居をくぐった。

 すると、入れ違いで、今度は白髪《しらが》の男性がこちらへ来た。とは言っても、望緒の方ではなく、飛希の方。

 

「飛希、徳彦(やすひこ)は?」

 

「え、ああ……事務室だよ」

 

 男性はそうかと一言だけ言い、事務室がある方へ向かった。

 

「––––あの人は? あと、徳彦って?」

 

「あの人は父さんの父、つまり僕の祖父。徳彦は父さんの名前だよ」

 

「え、そうなの!?」

 

 初めて知る二つの事実に、望緒は大きな声で驚いた。

 

 飛希の祖父も白い袴を着ていた。が、真っ白ではなく、光沢のある素材で紋章が縫われている袴だ。

 

「お爺さんがどうして?」

 

「多分、手伝いに来たんじゃないかな。一族の方が忙しいとはいえ、ここで働いているはいるから」

 

「へえ……ん?」

 

 そこで望緒はひとつ疑問に思った。数日前、望緒が初めてこの神社に来た時、他に働いている人はいないのかと訊いた。

 そして、飛希はそれに「いない」と答えた。のに、今「働いてはいるから」と言った。確かに言った。

 

「ここで働いてる人は二人だけじゃないの?」

 

 望緒がジロリと見ると、飛希は少しビクッとし、言葉を濁した。

 

「あー……、なんて言うか、しょっちゅう来るわけじゃないから、いないようなものかなって…………」

 

「実の祖父なのに!?」

 

 この言葉にも、飛希はいやあと言うだけで、なにも否定しなかった。

 この様子だと、あまり祖父のことが好きでは無いのかもしれない。

 

「嫌いなの?」

 

「ある点では嫌いかな」

 

「?」

 

 言葉の意味が理解出来ず、望緒の頭にはてなマークが浮かび上がる。

 

「あ、と、飛希くん!」

 

 鳥居の方から大きな声が聞こえてきた。二人が振り向いてみると、よくここに来る男性が、全力で走ってきているのが見えた。

 

「え、どうしたんですか!?」

 

「や、徳彦さんたち、いる……?」

 

 男性は台に手をつき、息を切らしながら言った。

 

「……呼んできます! 望緒、ちょっとその人落ち着かせてて!」

 

「え!? あ、うん!」

 

 

 しばらくすると、飛希が徳彦と祖父を連れて走ってきた。

 

(まさ)()さん、どうしました?」

 

 徳彦が落ち着いた男性に駆け寄り、話を聞いた。

 

「あ、あの……“念”どもが暴れていて!」

 

「! わかりました、すぐ行きます。飛希、ここを離れないでね」

 

「わかった」

 

「???」

 

 望緒はわけがわからないままだったが、それを訊くことが出来る雰囲気ではなかったし、徳彦と祖父は男性と共に神社を後にした。

 

「え、なに? どういうこと?」

 

「ごめん、説明してなかったね。……この空間が、望緒が元いた空間では生きられないと判断した者を連れてくるっていうのは、説明したよね?」

 

 飛希の発言に、望緒は大きく頷いた。

 

「それの他に、ここには別の役目がある」

 

「役目?」

 

「望緒たちの空間の負の感情を、引き寄せる役目」

 

 その言葉に、望緒は目を見開いた。

 

「え、何それ。そんなのいる?」

 

「そっちは、ただでさえ負の感情が漂いまくっている。それを少しでも減らすために、ここが存在してるんだ」

 

「さっきあの人が言ってた“念”って言うのは?」

 

 望緒が訊くと、飛希は目を伏せて、それから薄く開いて、話し始める。

 

「そっちから集まった恨みや妬み、(そね)(ひが)み。それが念と呼ばれる。一つ一つは大きくないし、たいして強くもないんだけど、放っておくと大変なことになるんだよね……」

 

「大変なことって?」

 

「集まるんだよ」

 

「集まる?」

 

 問い返すと、飛希はひとつ頷いてから、また話し出す。

 

「小さな個体が集まって大きくなる。大きくなると何が面倒って、変幻自在に姿を変えれちゃうことなんだよね」

 

「? 追いかけると逃げられるからめんどくさいってこと?」

 

「いや、自我を持ち始める」

 

「自我!?」

 

「そう、動物で気を逸らさせたり、人間の子どものフリをして害をなす。そういうことが起こってしまう」

 

 “念”は、望緒が想像していたよりも遥かに恐ろしいものであった。

 

 それは人の恨み妬み嫉み僻みが集約してできたものであり、無くなることはない。ただただ清めて、害を減らすことしかできないそう。

 

「どうやったら倒せるの?」

 

「四家の力を使うんだよ」

 

 そこで、望緒は初めてここに来た時のことを思い出した。

 

「それを使えば、清めることが出来る」

 

「なら、安心?」

 

「うん、少なくとも、(これ)が無くなることはないからね。でも、人死にが確実にないとは言えない」

 

「……」

 

 望緒のいた空間でも、そういった感情から他人に危害を加えてしまう人は少なくなかった。

 それが、こっちでも害をなす存在であるということに、彼女は少なからずショックを受けている。

 

「––––別に、望緒が悪いわけじゃないんだから、そんな顔はしないでよ」

 

 考えていることが顔に出ていたのだろう、飛希は優しい笑みでそう言った。

 

 

 無事に清めることが出来たらしく、二人は無傷で帰ってきた。

 

「あれ、雅人さんは?」

 

「ある程度案内してもらったら、帰ってもらった。危険だからね。安心させるために鳩も飛ばした。大丈夫だよ」

 

 徳彦が言うと、望緒も飛希も安堵の息を漏らした。

 

 しかし、これから彼女たちの前に“念”が出ないとも限らない。望緒は、最悪の想像で鳥肌がたった。

 

 ––––怖いなあ。

 

 そんな言葉が、心の中で呟かれた。

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