神は巫女の頭に宿る   作:榊 雅樂

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六十五話 天の永久性

 八下は汗のかいた顔を上げ、火夜を見据える。こんな状態の自分では、どうにかできるとも思えなかった。

 他の者の救援を待つか。そんなことを考えていると、また火夜が襲いかかる。

 

 痛みに耐えながらも何とか避けるが、かなりギリギリ。片腕を失った状態では、バランス感覚もおかしい。

 

「頼むから落ち着いてくれよ……!」

 

「落ち着けるわけないだろ! お前が力なんてもの与えなかったら、僕は生まれなかった! こんなに苦しまなくて良かった!」

 

 自分一人で全部を背負えば良かったのに。火夜はあの書物を読んでから、ずっと考えてきた。しかし、どこかわかってもいた。たった一人で“念”など裁き切れないことなど。

 書物には八下が与えたとしか書かれていなかったが、もしかしたら、人間たちの方から手伝いたいと申し出た可能性だってある。

 

 だが、そんなことは関係ない。人間たちから言っていたからといって、今の火夜の苦しみが消えるわけでもあるまい。

 

 だから、火夜は何度も何度も襲いかかった。そのうちに、八下のもう片方の腕が、風の刃によって切断された。次は片脚。彼はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。もう何か抵抗する体力も気力も無かった。

 

「惨めだね」

 

「……だな」

 

 八下は聞こえるか聞こえないか微妙な声で、賛同の言葉を言った。もう、全てを諦めているような、そんな目で。

 

 どこもかしこも血だらけで、逃げることも出来ない。だから、火夜は最後の脚を切り落とした。八下はもう声を上げることもなかった。このままでも時期に死ぬだろうが、それでは火夜が満足できない。

 

 ––––首切ろ。

 

 火夜はそう思い立ち、右腕を左上から右下へ振り下ろし、八下の首を切り落とした。その瞬間、足音が聞こえてきた。

 振り返った先には、救援に来た出水たちだった。

 

 火夜は焦る。焦った末、八下の首を持って逃げ出した。いくら首だけとは言え、五キロはあるというのに、火夜は子どもとは思えぬ速さで駆けて行く。

 

 随分と山の奥まで来ただろうか。火夜はどうするべきか、少ない頭で考えるが、首を埋める以外の考えが何も浮かばなかった。しかし、この頭を埋めている時間があるとは思えない。それに、手でそんなにも掘れるはずがない。

 

「どうしたら……あ、なんだあれ……」

 

 一筋の光、いや、裂け目と言うべきか。中に見えるのは、見慣れない空間。そう、望緒が元住んでいた空間だ。火夜はそれを見てニッと不気味に笑う。

 遠くから声が聞こえた。追っ手がすぐそこまで近づいているのだ。

 

 火夜は慌ててその裂け目に割って入る。が、裂け目が細く、身体全ては通れなかった。焦る火夜の目に入ったのは、廃れた神社。見た瞬間、あそこだと思った。

 頭部を上へ放り、風を上手く操って廃れた社の中へ入れた。

 

 火夜は「よし」と小さく呟く。すると同時に、裂け目が狭まってきていることに気がついた。このままでは身体が分断されてしまうと気づくと、すぐさま上半身を引っこ抜く。

 彼が抜け出すと、裂け目は一瞬にして閉じてしまった。

 

「追いついたぞ、火夜!」

 

 後ろを振り向くと、すぐ傍まで水の刃が迫っていた。火夜はその瞬間、もう逃げることはできないのだと悟った。

 目を閉じ、身体が切られるのを感じる。そして、その死体は燃やされ、遺骨は山奥に建てられた祠へと封じられた。

 

 

「––––っていうのが、俺と火夜の過去」

 

 望緒は何も言わなかった。いや、言えなかった。想像を絶するものだったから。何より、火夜も八下も、どちらも悪いわけではないということが、余計にそうさせている。

 

 火夜は身勝手な()の被害者、八下は身勝手な()()の被害者だ。

 

「……八下の頭部がある神社って、もしかして……」

 

「……お前が、ここに来るきっかけの神社だ」

 

 望緒は目を見開いた。まさか、あんな廃れた神社に頭部が、それも神の頭部があるなど、誰が予想できるだろうか。

 

 八下を元に戻すには、そこへ行くしかないが、望緒が行き方など知っているはずもない。

 

「なんとかしてそこに行けば……?」

 

「戻れる。……でも、戻るのが怖い。下手に上げられるのは嫌だ、何が起きてるのかわからないのも嫌だ」

 

 彼は人間たちの身勝手のせいでこんなことになってしまった。人間不信のようなものになっていても、さほどおかしなことではない。

 

「戻りたくない、でも、戻らずにいて、俺っていう存在が忘れられるのもつらいんだ……」

 

「なら、私が(八下)の永久性を象徴するから、語り継いでいくから……だから、泣かないで」

 

 望緒の言葉に、八下は目を見開いた。そんなことを言われるとは思っていなかったから。「戻ろう」と言われるのではないかと、心臓を跳ねさせながら話していた。

 彼女の真剣な眼差しに、涙がとめどなく溢れていく。

 

 戻りたくない、でも忘れられたくもない。それはわがままかもしれない。しかし、それ程追い詰められているというのもまた事実。

 これまで八下という存在が忘れられたことはないが、今の人々は八下が存在()()ということしかわからない。それ以上も以下もないのだ。

 

 これからその記憶さえも薄れていく可能性など、十分にあるだろう。だからこそ、望緒は象徴すると、語り継いでいくと言った。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 望緒は泣いている八下の頭を撫でる。泣きじゃくる子どもをあやすように。

 彼は涙を落ち着かせながら、口を開く。

 

「ごめん、俺のわがままに付き合わせちゃってるな」

 

「そんなことない!」

 

 八下の発言に、望緒は思わず強く否定した。彼はびっくりしたらしく、目をぱちくりとさせる。

 

「あ、ごめん、つい……。でも、本当にわがままだなんて思ってないの。私も八下のおかげで今があるし、幸せだよ」

 

「……ははっ、そっか」

 

 そう言った彼の顔は、困ったようで、でも嬉しそうな、そんな表情だった。

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