神は巫女の頭に宿る   作:榊 雅樂

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八十話 親の心子知らず

「結界……?」

 

 望緒は小さく呟く。彼女の言葉で、皆も異変に勘づいたようだ。

 

 外に出ると、風宮の屋敷に灰色の結界が張られているのがわかる。

 ここは神社ではないため、結界も何も張られていないはずだ。それに、このような色の結界は、どの家系にも有り得るはずがない。

 

 しかし、望緒はこの色に違和感を覚えていた。“灰色”は、どこかで見た事があるような気がする。

 

 色そのものはどこでも見かけるが、この空間で見る灰色というのは、どうも言葉にしがたい不快感があった。

 

「ねえ、もしかして、これって“念”が関わってたりしますか……?」

 

 飛希が、恐る恐る口にくる。そこで、望緒もハッとした。

 

 この不快感は、“念”によるものだ。灰色は、“念”が持っている色と同じ。そこから、形容しがたい不快感に繋がっているのだろう。

 

「なるほど、それはあるかもしれん」

 

 そう口にする風宮の当主が結界に触れようとすると、バチィッと大きな音を立てて、彼を拒んだ。

 全員が驚愕し、困惑する。

 

「なんだ、何がどうなっている?」

 

 他の当主も触れてみるが、結果は同じだ。

 

「ねえ、八下」

 

「……何?」

 

「これってさ、た(・)だ(・)の(・)“(・)念(・)”(・)だと思う?」

 

 望緒の問いかけに、八下は何も言わなかった。この沈黙は、肯定とみなして相違ないだろう。

 彼女は大きく足を踏み出す。八下はそれに気がつき、望緒の左腕を掴んだ。

 

 望緒は振り返り、八下の顔を見る。彼はまるで、「行くな」とでも言いたげな表情をしていたが、そんな彼に、望緒は優しい笑みだけを浮かべ、また歩き出した。

 

 彼女の左腕を掴んでいた彼の手は、力なく解けた。

 

「望緒……?」

 

 結界に向かっていく彼女を、飛希は困惑しながら見つめている。それは、他の者も同じ。

 

 結界に恐れることなく進んでいく望緒を、制止しようとする者もいたが、彼女はそんなことを気にせず、突き進んでいく。

 

 結界が文字通り目の前まで来たところで、望緒は脚を止めた。少しの沈黙のあと、ゆっくりと手を差し出し、結界に触れた。

 またあの大きな音が聞こえる––––

 

「……え?」

 

 真澄は、思わず声が漏れる。望緒の手が、結界をすり抜けていたからだ。

 結界は、彼女が通過することを拒んでいないようだった。

 

 望緒はそれがわかると、何も言わず結界の外へと出た。そして、ゆっくりと振り向く。

 

「この結界は、大(・)人(・)だ(・)け(・)を拒みます」

 

 その言葉に、場がどよめく。彼女の言わんとしている意図が、全く掴めなかった。

 

「私たち子どもは、通ることができるんだと思います」

 

「なぜだ!?」

 

「……この結界は、火夜のものです。––––そうでしょ、八下」

 

 全員の視線が一気に八下の方へと向けられる。彼は俯きがちに一つ頷く。

 

「待って待って、わかんないよ。なんで火夜がここにいるの? その子は死んだんでしょ? あの祠にあったものはなんだったの!?」

 

 朝陽は取り乱したように、望緒に説明を求めた。

 

「さっき、飛希が言ってましたよね。『“念”が関係してるんじゃないか』って。これは、私のただの憶測ですけど、多分、この結界は火夜の“念”が創り出したものだと思います」

 

『なぜ結界を見ただけで、そんなことがわかる』

 

 闇戸の問いかけに、望緒は苦笑して、

 

「さすがに、結界を見ただけじゃわかんないよ。ただ、さっき風宮の当主が結界を通れなかったところを見て、火夜なんじゃないかなって」

 

 その説明を聞いたところで、誰も何も理解できない。そこで、八下が説明を付け加えた。

 

「あいつは、大人が嫌いなんだ。自分勝手で理不尽な理由から、自分を不浄なものと見なしたことで、嫌いになった。多分この結界はその感情がモロに出てるんだ……多分だけどな」

 

「では、結界の外にその火夜の“念”がいると言うんですか?」

 

 日向の問いかけに、八下は頷いた。その後ろにいる藤花も、酷く驚いた顔をしている。

 

「大人を拒み、子どもだけを通す目的はなんだ? そもそも、この結界が張られているのは、ここだけなのか?」

 

「それを今から確かめに行きます」

 

 望緒の発言に、皆が騒然とした。

 

「おま、何言って––––」

 

「誰がなんと言おうと、私は行きます。火夜が何を思ってこんなことをしているのか、確かめたい」

 

 真剣な表情で言う望緒に対し、制止しようとした爽玖を含めた全員が口を噤んだ。

 

「火夜が話のできる状態かは、わからないけど……」

 

 戦える人員は、できればいて欲しい。しかし、大人が結界を出れない現状、子どもたちだけで行くのも危うい。

 

 もちろん、大人たちは彼女を止める。特に真澄に至っては、絶対に行くなと言うぐらいだ。

 それでも、望緒は行くと言い切る。

 

「……」

 

 そんな時、飛希が結界の外に足を踏み出した。その行動に、誰もが驚く。

 

「僕も行くよ」

 

「飛希……!」

 

「ごめんね、母さん。望緒が行くって言ってるのに、ここで待ってるのは忍びないんだ」

 

 そう言って、飛希は望緒に優しい笑みを浮かべた。そんな彼の背中を、誰かが強く叩く。

 

「いたっ!?」

 

「よしっ、なら俺も行く。闇戸も来れるらしいで」

 

『我のところに結界はない。どうやら、我は拒まれていないようだ』

 

 神がいる、それだけで心強いことなどない。望緒の表情は明るくなる。

 それに続き、千夏も結界の外に出てきた。彼女は、望緒に抱きつく。

 

「みんなが頑張るんなら、私も頑張りたい。戦力になれるんなら、とことん使って」

 

「千夏……」

 

 小さく名を呼ぶ望緒は、千夏を抱擁している腕に力を込めた。

 

「僕たちも行きます」

 

 加えて、日向と藤花も出てきてくれた。藤花は日向の着物の袖をキュッと掴みながら、震えた声で話す。

 

「わ、私ははっきり言って、戦力にはなれません。でも、自分だけ残ることはしたくない……。日向が、皆さんが全力で戦える場を作れるよう、がんばりたい、です」

 

「僕も戦力になれるかはわかりませんが、藤花が援護してくれる分、やれる範囲で、全力で」

 

 二人の心強い言葉に、望緒が礼を言いかけると、

 

「ちょっとちょっと! あたしを忘れちゃあダメだよ。みんなが頑張るんなら、あたしも頑張らせて。詳しいことはあんまわかってないけど、やらないといけないんならやるよ」

 

「朝陽さん……!」

 

 協力に感動しているが、真澄たち大人は全力で止めに入る。

 

「待て待て、何勝手に決めてるんだ。許せるはずないだろ!」

 

「大人たちが出れん今、俺らが行かなどうするん」

 

 爽玖の返しに、碧人はぐうの音も出なかった。

 

「しかし、相手の目的がわからん以上、そう易々と行かせるわけにもいかん」

 

「それを今から確かめに行くんですよ」

 

 風宮の当主に、日向が返す。

 

「そんな危険なこと、させられるわけがない! なんとかして、この結界を抜け出す方法を––––」

 

「それをしてる間に、村に被害が行っちゃったらどうするの?」

 

 光雅の話を、朝陽が遮る。

 

「村に被害が出るかどうかはわからないじゃない……!」

 

「母さん、心配してくれてありがとう。でも、それで村に被害が出たら、元も子もないよ」

 

「っ……」

 

 そんなこと、大人たちは重々理解している。しかし、それ以上に、子どもたちが大切なんだ。

 

「ならせめて、これを持って行って……」

 

 そう言って真澄が手渡してきたのは、石火矢の授与所で渡されている、ただの御守り。それを、そばに寄ってきた望緒と飛希、二人の手を同時にとって握らせる。

 

「必ず、必ず帰ってきて」

 

「「……行ってきます」」

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