ホワイトルーム3期生の遠坂先輩   作:アルラトゥ

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第1話

 

 「綾小路くん、君に中間テストに備えた勉強会で、教師役をお願いしたいんだ」

 

 放課後の教室。オレはDクラス1のイケメンでコミュ力強者、平田洋介から勉強会の教師役を頼み込まれていた。

 4月末の小テストで遺憾ながら95点とクラストップの点数を取ってしまったオレに目をつけるのは理解できるし、それが当然だろう。

 しかし……。

 

 「悪いが、人に勉強を教えたことがないから上手くできるか分からない。他を当たってくれないか」

 「勿論僕もできる限りでサポートする。綾小路くんの力があれば、皆で赤点回避もできると思うんだ。どうか頼めないかな……」

 「…………」

 

 その時──

 

 「話は聞かせてもらった!!!!」

 

 ズドンと教室の扉を勢いよく開け、遠坂先輩が現れる。

 

 「え、と、遠坂先輩……?」

 「話は聞かせてもらったぞよーたん!」

 「よ、よーたん?」

 

 平田に向かって言ってるのでよーたんとは平田のことなのだろうが、なんとも珍妙なあだ名を付けたものだ。

 これまでもみやびん、ふーたん、なずなん、いくとん等誰のことか全く分からないあだ名で人を呼んでるのは知っていたが、とうとうクラスメイトにまで魔の手が及んでしまった……すまない平田。

 

 「え、えっと……ご要件はなんでしょうか、遠坂先輩」

 「勿論君達の勉強会のことさ! 清隆くんを頼りたくなるのはよく分かるとも。しかあぁぁし! 清隆くんとのデートの時間が少なくなるのは清隆くんのかっこよくて尊敬できて唯一無二の先輩である素晴くんが容認しない!」

 

 デートじゃないので訂正してもらえませんか。平田が先輩とオレをそういう関係だったの……!? と頬を赤く染めて見ているんですが。

 

 「そこで! この俺が君達に勉強を教えて差し上げようじゃないか!」

 「え……? 遠坂先輩が?」

 

 それは……ありなのか? 悪いわけではないと思うが……。

 

 「いや、そんな……悪いですよ。先輩にご迷惑おかけするわけにはいきません」

 

 平田……お前は本当に良い奴だな。迷惑かける側のこの人にそんなこと言うなんて……。

 

 「迷惑なんてとんでもない! 俺はただ『愉悦』に浸りたいだけだからさ、楽しませてくれるならそれが俺へのメリットだよ」

 「しかし……」

 「はい決まりー! じゃ早速明日から教室でやるので参加する子は教室で待つように! それじゃ、バーイ!」

 

 嵐のように訪れ、嵐のように去って行く。それが遠坂素晴という人間だった。

 

 「……アハハ、遠坂先輩はいつも元気だよね」

 「悪いな平田、あの人は言い出したら止まらない人だ」

 「謝らなくていいよ。遠坂先輩が凄い人なのは分かっているから、遠坂先輩が勉強を教えてくれるのは凄くありがたいことだからね」

 「……一応言っておくが、あの人はあくまで自分の為に勉強会をしたがってるだけだぞ」

 「それは……『愉悦』に浸りたいって部分?」

 

 遠坂素晴という人間を一言で表すなら、『愉悦の狂信者』だとオレは思う。

 遠坂素晴の行動原理には、常に自身が楽しめるか否かが行動指針になっており、それ以外で判断するのは極稀だ。

 自身が楽しめることなら何でもする。逆に楽しめないものには興味が無く、次から次へと自身が楽しめる行為を探し求めるある意味で貪欲な性格でもある。

 

 そして遠坂先輩は、自身が良ければそれで良いという究極のエゴイストでもある。他人はあくまで玩具に過ぎず、楽しめるなら人で遊ぶことすら躊躇いを持たない。

 オレに対して親身に接するのも、それが遠坂素晴に取って楽しいことだからなのだろう。

 

 「……確かに、良くも悪くも噂通りの人なんだとは思うね。でも……」

 

 平田はそこで言葉を切り、辺りを見回す。残ってる生徒はオレ達2人以外誰もいない。

 

 「どうした?」

 「いや……その、できれば内緒にして欲しいんだけどね? 実は──遠坂先輩には、憧れてる部分もあるんだ」

 「え?」

 

 衝撃的な言葉が、平田の口から飛び出してきた。

 遠坂先輩に憧れている? そんなバカな……あの変人に憧れる人間が、それも平田が……?

 

 「……あの人を?」

 「今の綾小路くんが何を思っているのか分かっちゃうくらい顔に出てるね……。うん、そうだよ」

 「…………その、理由を聞いてもいいか?」

 「理由か……。勿論、1つでも赤点を取れば即退学のこの学校で満点を取り続けられる頭の良さや、どんなスポーツでもすぐにエースになれる程の身体能力は凄いって思って憧れているけど、それだけじゃなくて……。自分の意志を貫く力、かな」

 「自分の意志を貫く力?」

 「うん。実は僕、以前に一度遠坂先輩と会話したことがあるんだ」

 

 それは……意外という訳ではないな。あの人は暇があれば外で何かしらやってることが多いから、部活終わりに遠坂先輩に会うこともあるだろう。

 しかし、それがどうして憧れる理由になる?

 

 「対したことではないんだけど、ちょっと困っていたところを遠坂先輩に助けてもらってね。その時にお礼を言ったら、『俺が楽しいと思ったからやったことだから、お礼を言われる理由はない』って笑顔で言われたんだ」

 「…………」

 「そんなことを言われると、僕もどう言葉を返したらいいか分からなくてね……。代わりに、どうして僕を助けたんですかって尋ねたら、『だって困ってる姿も助かって喜ぶ姿も見ていて楽しいからさ』って言ったんだ」

 

 平田は当時を思い返して少しだけ苦笑しながら続けた。

 

 「その時は正直、変な人だなって思ったよ。でも、後から考えてみると……遠坂先輩って、誰かに褒められたいとか感謝されたいとか、そういうこと全然求めてないんだよね」

 「…………」

 「だからかな。あの人を見てると、自分がどう思われるかじゃなくて、自分がどうしたいかで行動してるように見えるんだ」

 「少なくとも、人の評価を気にして行動するタイプではないな」

 「僕はいつも、周りのことを考えてしまうんだ。みんなが嫌な思いをしないようにとか、誰かが困らないようにとか。そうやって考えるのは嫌いじゃない。でも時々、自分が何をしたいのか分からなくなることがある」

 「…………」

 「だからこそ遠坂先輩を見てると凄いと思うんだ。あの人は誰に何を言われても、自分のやりたいことをやる。周りから変人扱いされても全然気にしない」

 「それは単なる自己中心的なだけじゃないのか?」

 「そうかもしれない。でも、僕にはできないことだから」

 

 平田は窓の外へ視線を向けた。

 夕日に照らされたグラウンドでは運動部の生徒達が練習をしている。

 

 「自分の意志を貫くって、簡単なようで難しいんだよ」

 「…………」

 「綾小路くんもそう思わない?」

 

 突然話を振られ、オレは少しだけ考える。

 自分の意志を貫く。確かに言葉にするのは簡単だ。

 だが現実には周囲との衝突がある。責任や代償も発生する。

 それら全てを無視して進める人間は少ない。

 そして遠坂素晴という男は、その少数側の人間だ。

 

 「……まあ、珍しい人間ではあるな」

 「だよね」

 

 平田は嬉しそうに笑った。

 どうやら同意を得られたと思ったらしい。

 だがオレの評価は平田とは少し違う。

 

 遠坂先輩は意志が強いのではない。周囲の評価や常識に対する執着が極端に薄いだけだ。だから平然と好き勝手に振る舞える。

 普通の人間なら躊躇することも、あの人は躊躇しない。善意も悪意も関係なく、ただ自分が楽しいかどうかだけで行動する。

 それはある意味、誰よりも自由な生き方だった。

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