不老不死なら寿命を削る禁術も無限に使えるんじゃね? 作:正義のヒーローA
「げっ、万年Eランクのエルが来たぞ」
「ホントだ……。アイツ、いつまで冒険者にしがみついてるんだろうな」
冒険者ギルドに行くと、そんな囁き声が聞こえてきた。
囁き声と言っても、普通に聞こえてくる程度の声量だ。
聞こえてても問題ないと思われているのだろう。
それだけ俺は他の冒険者から舐められてるってことだった。
しかし今の俺は上機嫌だ。
ようやく正義のヒーローへの片道切符を手に入れたのだ。
それくらいの囁き声なんぞ、なんともない。
俺はそんな周囲の囁き声をものともせず、依頼掲示板へと向かった。
「よし。今日の依頼はっと――」
俺がEランクでも出来そうな簡単な依頼を探していると、周囲の囁き声の質が急に変わった。
馬鹿にするような声音から、嫌悪感剥き出しの声音に変わったのだ。
周囲の視線の先には一人の少女がいた。
綺麗な金髪をポニーテールに結っている、どこか儚げな美少女だ。
彼女は俯きながら、何処か見つからないように丸まりながら、ギルド内に入ってきていた。
「親の七光りが来やがったぞ」
「マジじゃねぇか。あーあ、お貴族様は楽で良いよなぁ。才能なくてもAランクかよ」
「やっぱパーティーメンバーを金で買えばいいだけだからな。時代は金よ」
「ヘッ。冒険者の風上にも置けないやつ」
「おい、声が大きい。聞こえるぞ」
今度は聞こえないようにちゃんと声量を落としている。
聞かれちゃ不味いと思っているのだろう。
だが、その声はおそらく向こうに届いているはずだ。
――アリス・エレクトリア。
エレクトリア公爵家の次女であり、貴族には珍しく冒険者になった人だ。
武術や魔術の才能があれば、騎士になるのが貴族の普通だ。
しかしアリスには武術や魔術の才能がからきしなく、そのくせどういうわけか冒険者をやっている。
まあエレクトリア公爵家が代々優秀な騎士を輩出してきた家系だからというのもあるだろう。
おそらく本人がその道を完全に諦めきれなかったに違いない。
で、結果として、両親から宛がわれたAランクパーティーに当時Fランクのまま所属。
瞬く間に本人もAランクまで上り詰めたが、周囲からはキャリー女とか、寄生虫とか散々言われていた。
アリスは俯きながら歩き、依頼掲示板の前まで来ようとした。
そして俺に軽くぶつかる。
「あっ……す、すみません……」
小さな声の謝罪が聞こえてきた。
「いっ、いや……」
久しく謝られたことのなかった俺は、どう返事をすればいいか分からず、中途半端な返事しか出来なかった。
陰キャのようにキョドって狼狽えている間に、アリスは雑に依頼書を引き千切ると、受付の方へ去って行ってしまった。
……ふふ。
……ふはは。
俺は思わず歓喜した。
俺は正義のヒーローの出番なのでは?
初お仕事の時間なのでは?
俺の心の中は大歓喜だった。
早速依頼の方から舞い込んできたみたいだぜ。
ぐへへっ、待っていろよ、アリスちゃん。
俺がその心、今すぐに晴らしてあげるからね……。
そんな風にキモいことを思っていると、アリスのパーティーメンバーが遅れてやってくる。
金髪短髪の剣士。
銀髪眼鏡の魔術師。
スキンヘッドの聖職者。
この三人がアリスのパーティーメンバーだった。
パーティー名は〈銀の龍〉。
帝都に三つあるAランクパーティーの一席を担っているパーティーだった。
金髪短髪の剣士はアリスの方にガシガシと歩いて行くと、彼女を見下しながら言った。
二人の間にはかなりの身長差があった。
「おい、アリス。依頼はもう選び終わってるだろうな?」
「あっ、はっ、はい! ちゃんと選んでおきました!」
「……って、おい、アリス。何だこの依頼は」
低い声がギルド内に響きわたった。
「え、えっと……」
「何だ、と聞いてるんだ」
「そ、その……」
「この、依頼は、何だ、と聞いてるんだッ! おい、アリス! お前、俺たちがこんなショボい依頼で満足できるとか、そう思ってるんじゃねぇだろうな!」
怒鳴り声が響く。
うわっ、怖い。
最近、あのパーティーの雰囲気がどこか悪いように感じていた。
アリスを追い込んでいるというか、ただひたすら当たり散らかしているというか。
そんな風に感じていた。
揉め事の気配だ。
つまり、正義のヒーローの出番。
「すっ、すみません!」
「謝ればいいと思ってんのかッ!? あぁッ!?」
「そッ、そんなつもりじゃッ!」
「そんなつもりなンだろ! 謝ったじゃねぇか!」
アリスは泣きそうだった。
でも、泣かなかった。
それは矜持か、はたまた泣いたらまた怒鳴られると知っているからか。
おそらくそのどちらもだろう。
「チッ……。おい、行くぞ。こんな依頼、さっさと終わらせる」
剣士の言葉に続いてパーティーメンバーもギルドを出ていく。
遅れてアリスもギルドから出ていき、俺はその後をこっそり追うのだった。
***
私はパーティーメンバーに連れられて、帝都近くの廃ダンジョンに来ていた。
ダンジョンコアが壊され、完全攻略され、もう使われなくなったダンジョンだ。
資源も出てこないし、そもそも依頼の場所は違うところなはずだ。
どうしてこんなところに……?
状況が分かっていなかった。
私は思わずパーティーリーダーのケンに声を掛けた。
「あの……ケンさん」
「あァ? 何だよ?」
「ええと……ここ、依頼と違う場所なんじゃあ……」
金髪短髪剣士――ケンは立ち止まり、振り返ると、こちらに向かってニヤリと笑った。
「そうだな」
「……あの、一体、どういう……」
「分からねぇか。分からねェよなァ」
ケンは嗜虐的な笑みを浮かべ、こちらに躙り寄ってくる。
怖い。
本能的にそう思った。
瞬間。
ケンは思いきり私のお腹を蹴り上げた。
「ぐぅっ!」
いきなりお腹を蹴り上げられ、私は一瞬宙に浮かび上がり、そのまま地面に膝をついた。
「なっ、何を……」
「ハッ! まだ何も分かってねぇ顔してんな!」
ケンは懐から短剣を取り出すと、手元で弄びながらしゃがんで、視線を合わせてきた。
「お前は嫌われてたんだよ、家族からな」
「……え?」
「俺たちは依頼を受けてたってわけ。お前の足を引っ張って、最後には殺せ、とな」
「……一体どういう」
理解が追いつかなかった。
意味が分からなかった。
「楽な依頼で助かったぜ。小娘一人、嬲って殺すだけだもんな。貴族ってほんとチョロくて助かる」
お腹が痛い。
まだジンジンしている。
でも、それよりも、ケンの語る真実の方がショックで、それどころではなかった。
「お前の父親は言ってたぜ。無能は不要だ、って」
「…………」
「で、お前を鍛えてみて、それでも芽が出なかったら殺して良いってさ。お前の父親が言ってたんだよなァ」
「……嘘です」
「嘘じゃねぇ。何なら依頼書でも見てみるか?」
そう言ってケンは蹲る私の前にヒラヒラと一枚の紙を見せた。
そこには父からの依頼が書かれていた。
――ケンの言った通りだった。
「ま、俺たちはそんな、元よりお前を鍛えるつもりなんてなかったわけ。若い娘を嬲るのが大好きだからなァ!」
絶句した。
みんなから憧れられるAランクパーティー。
その一席に身を置く〈銀の龍〉の実体がそんなだったなんて。
「いいな、その絶望した表情。そそる、そそるぜ」
「……外道が」
「――は?」
私が悪態をついた瞬間、空気が一瞬にして冷えた。
ケンの様子が一瞬にして変わった。
「おい。もう一度言ってみろ」
「……外道が、って言ったんです」
「外道。外道外道外道、外道、ねぇ……。で? 俺たちが何だって?」
私は黙った。
何も言えなかった。
本当に、心から、怖かった。
ガタガタと、歯が噛み合わずに鳴り続ける。
「おい、俺たちが、何だって、聞いてるんだよ」
「…………」
「何か言えよゴラァッ!」
ザクッ。
肉が引き裂かれる音が聞こえた。
直後、激痛が襲ってきた。
「うっ、うあぁあぁああああああああああああああああぁっ!!!」
痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
右手を見る。
短剣が突き刺さっていた。
涙が溢れてきた。
何で、何でこんな目に遭わなきゃならないんだ。
私が何をしたっていうのか……。
もう嫌だ。
逃げたい。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。
――ああ。
そうか。
いっそのこと、死んでしまえば――。
死んでしまえば、この苦しみからも――。
ふと、思い出す。
子供の頃の記憶だ。
剣を振るうだけで楽しかった。
剣を褒められて、嬉しかった。
そこには笑顔があった。
ただ、笑って暮らせれば、それだけで良かったのに――。
私にとって、笑顔とは、剣を振ることだった。
剣を振れば、楽しくなれた。
嫌なことも忘れられた。
でも、いつからだろうか。
剣を振るのが嫌になったのは。
死にたくない。
まだ、死にたくない。
もっと笑っていたかった。
もっと楽しいことが待っているはずだった。
涙が止まらなかった。
生きたい。
生きたい生きたい生きたい。
誰か――。
助け――。
瞬間。
顎に衝撃を受け、目の前がチカチカと明滅する。
顎が蹴り上げられたことを悟った。
その時はすでに、私は宙を舞っていた。
ドサリと、背中から地べたに落ちる。
――来ないよね。
うん、こんな廃ダンジョンに誰かが来るはずもない。
そもそも来たとしても、相手はAランクパーティーだ。
瞬く間に一緒に殺されることになるだろう。
涙はもう枯れてしまった。
泣くことすら、諦めてしまった。
「あーあ。コイツ、もう泣かなくなっちゃったよ。ツマンネ」
ケンは呆れたように言った。
それから今度は背中に背負っていた大剣を鞘から引く抜くと、言った。
「そんじゃあ、殺すか」
――ああ。
死にたくないなぁ。
せめて、最後くらい、笑っていたかったなぁ……。
私はゆっくりと目を閉じて――。
「がふっ!」
鮮血が舞った。
ビタビタと、鮮血が顔にかかった。
「…………え?」
私は目を開いた。
死んでない……?
というか、この血は一体……。
視界に飛び込んできたのは、縦に真っ二つに引き裂かれているケンだった。
彼の表情は驚きで固まっている。
まるで、ありえないと物語っているようだった。
「す、すまん……。ちょっと道に迷っちゃって……」
情けない声が聞こえてきた。
ダンジョンの暗がりの方からだった。
目を凝らすと、そこには石仮面を被った男が立っていた。
ケンが死んだことを悟り、傍観していた他のパーティーメンバーは一瞬にして戦闘態勢に移る。
流石はAランクパーティーだ。
この切り替えの速さは、伊達ではない。
しかし――。
「――〈絶死〉」
男が言った瞬間、魔術師の上半身が吹き飛んだ。
――絶死。
聞いたことがある。
それは、おそらく、古い言い伝えの中にしか残っていない禁術だ。
確か、それは――自分の寿命を削って相手を確実に殺すという、禁呪だったはず……。
「ぐふっ」
その時だった。
仮面の男が血を吐いた。
ボタボタと仮面の隙間から血が零れ落ちていく。
「な、んで……」
どうして私のために。
私なんかのために、寿命を削ってまで戦ってくれるのだろうか……。
私の掠れた声は、仮面の男に届いたらしい。
「何でって、決まってるだろ」
「……え」
「困ってる奴がいたら助ける。当たり前のことじゃないか」
至極当然のことのように、彼は言った。
――もしかして。
――もしかして。
彼は、ずっと、自分の寿命を削って人を助けているのだろうか。
だとしたらそれは――悲しいことだ。
私には彼のその生き方が、どこか悲しいことのように思えた。
「――〈絶死〉」
再び男は唱えた。
聖職者が死んだ。
「がはっ!」
また血を吐いた。
「……あの」
私は思わず口を開いていた。
「ん? どうした?」
そういう男の口調は軽いものだった。
今、寿命を削ったばかりの口調では、決してなかった。
「……死ぬのが、怖くないんですか?」
聞いていた。
寿命を削ってまで、助けてくれた人に聞く事ではなかった。
でも、私は気になってしまったのだ。
さっきまで、私は死に怯えていた。
死ぬのが怖いと思っていた。
だから――そんな軽々しく寿命を削ってしまう男に、思わず聞いてしまったのだ。
男は一瞬考えた後、言った。
「怖いさ」
「……じゃあ、どうして……」
「どうしてってなぁ……だって、アリスちゃん、死にそうだったじゃん?」
その言葉はとても軽々しく発せられた。
しかし、私はその言葉の温かさに涙が溢れ出てきた。
死にそうだったから。
ただそれだけの単純な理由で、人のために命を削れる人がいるなんて。
「あっ、そろそろ俺、行かなきゃ! じゃあね!」
男はいきなりそう言うと、ダンジョンの暗がりの中へと消えていった。
残された私は、寂しさと、悲しみと、怒りと、温かさと、感謝と、そんなものがグチャグチャになって――。
「うっ……うわぁああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああぁん!!」
大泣きしてしまうのだった。