俺たちゃ翔陽天空騎士隊~第二次サマイルナ大戦空戦記   作:クワ

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翔陽のお偉いさん

 数日後のある朝、(わず)かな気配を悟り薄く目を開く。

 まだ日は地平線にすら差し掛かっていないのだろう、窓からは月明りのみが入ってきていた。

 

 パタン

 気配の元は音の立たないようトビラを締めて出かけたようだ。

(ベアトリクスだろう)

 部屋をゆっくりと見回すと、やはり彼女がいない。

 海は再び寝入ろうともがくも睡魔は一向にやってこない。

 仕方なしにズルズルと寝床を這い出し部屋の外に出ると、下の階から小さな魔灯(まとう)のともしびが漏れていることに気付いた。

 

「誰かいるのか?」

 手すり際まで近寄り明りの主に目を向けると、ボンヤリとした光の中に紅茶片手にノワルドが新聞を読んでいた。

 ノワルドは海の気配を感じ取ると、視線を上に向けて確認をし、軽く目くばせをした。

 

(......)

 それに応じるように海は階段を降り、ノワルドへ近づいた。

「海君、昨日は迎撃に出ていたかい」

「はい、二騎程落としました」

「はは、上等上等」

 ノワルドは小さく微笑んだ。

「まだ、夜明け前だからね......大きな声は出せないな」

「そうですね」

 つられてこちらも微笑んだ。

 

「昨日、FM一九九のエスコートが長かっただろう」

「あ、何故でしょう、空母は無かったとの話でしたが」

「これだ」

 ノワルドは無造作(むぞうさ)に新聞を投げてよこす。

 

 海はそれを受け止め、新聞に目を走らせながら小さく驚きの声を上げる。

 新聞にはこう書いてあった。

 

 プロイデンベルクの皇帝ルードヴィヒは、スチューザンでの爆撃騎の消耗を重く見て理由を尋ねた。

 

「何故、ここまで落とされている」

「何分、戦闘騎が海を越えて戦うことが想定外なのです」

「想定外?」

「はい、そもそも我が帝国の航空騎は陸軍の侵攻を補助するために存在......」

「ご(たく)はいい、航続距離(こうぞくきょり)を伸ばすのだ」

「は、しかし」

「しかしではない、発動機を改良するなり新しい騎体を製造するなりするのだ!」

「......承知いたしました」

「差し当たっては蓄魔石を大きくするなり数を増やすなり対策を取れ」

「それでは重量が」

「なら増魔石の方を増やせ」

「......はっ」

 

 海は新聞を綺麗に折りたたみノワルドへ返した。

「まるでその場で聞いていたような書き方をしていますね」

「フッ、気にするな」

「ただ、これが事実だとすると、とても厄介ですね」

「ああ、そうだな......それと......」

「はい」

「これを読んだか」

 

 ノワルドが新聞をめくり、再びよこしてきた。

 そこに書いてあるのは、ヴァイツホーフェンの孫娘がユサリアの騎士と戦闘中に負傷したと書いてあった。

(まさか、あの時の)

 

「あの男爵の魔法障壁はかなり固いがユサリアの騎士が頑張ったのだろうか」

 ノアルドのおどけながらも人を見透かしたような口ぶりに海は答えを窮して答えずにいると、ノワルドは寂し気な笑いを浮かべ言葉を紡ぎ出した。

 

「サウスプシャーのスプライトディーバの工場の再建はかなりの時を必要とするだろう」

 海は昨日の舞い上がる砂埃を思い出す。

 

 海はひとつ気になった点を聞いてみることにした。

「ノワルドさんは、昨日は迎撃していたのですか」

 ノワルドは海をまじまじと見つめ「ああ」とだけ答えた。

 

(もしかしたら見ていたのか)

 

「そうだ、翔陽から戦闘騎隊が来るのをしっているか」

「いえ」

「そうか、何か知っているかもと思ったが」

 ノワルドは残念そうな声を発した。

 

(翔陽でも二つの前線を維持するのに航空騎隊の余裕があるとは思えないが......)

 ノワルドは海が思考を始めたことを察し、「政治的な思惑があるのだろう」と付け加えた。

 

 キィー

 鈍いトビラの開く音が、ペンション内に響き渡るもなおも思考を進めていると、ベアトリクスの金切り声が耳の中にこだました。

 眉間にしわを寄せて声の方を見やると、向こうも同じく眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいた。

「ノワルドさん、また......」

「ああ、またな」

 後ろから悪態をつく声が飛ばされるも、振り返ることなしに部屋へ戻った。

 

 一カ月ほど過ぎたある日

「今日もいい天気だが、また定期便が来そうだな」

 

 窓に視線を投げかけて海がそう呟くと、ダリーがもの知り顔で会話に入ってきた。

「今日は迎撃無いですよ」

「なぜ?」

「今日は引っ越しの日ですよ」

「ああそうか、そうだった」

 ダリーに指摘されて海は記憶を揺り起こした。

 

 一週間ほど前

「ダリー・中岡、お見事だね」

「ありがとうございます」

 海の言葉にダリーが反応した。

 先ほどの空戦で、ダリーと佐那はそれぞれ二騎ずつ落としていた。

 

「しかしながら敵の直掩隊がギリギリまで帰らないので、いいポジションから攻撃しづらくなったなぁ」

 海が軽く頭を掻くとみなから小さな笑いが生まれた。

「こちらの天空騎士の皆さんもがんばって引き付けてくれていますし」

「そうだね」

 

 事実、華やかな格闘戦に憧れて入った戦闘騎乗りは多く、敵味方お互いに旋回している合間を縫って一撃離脱で爆撃騎隊を屠っている我らは重要な仕事ではあるが、変わり者の天空騎兵の集まりなのかもしれない。

 

 飛行場に着陸をし、整備兵に愛騎を預けてピストまで来ると、頭の回転が速そうな、立派なスーツを着こなした翔陽人が声をかけてきた。

「秋川大尉、待っていたよ」

「私はまだ中尉ですが......」

「すぐに大尉昇進の辞令(じれい)が下るだろう」

 年齢は中年ほどの翔陽人は微笑を絶やさずにそう答えた。

 

(どう反応したらいい? 真実かどうかも分からないし、大体この人が誰なのかということすら分からない)

 海が難しい顔を浮かべていることで、何を考えているのか察した翔陽人は源口(みなぐち)と名乗った。

 

(源口......源口......どこかで聞いたような)

 なおも難しい顔を続ける海に対し、源口は笑いながら背中を叩いてきた。

「うっ」

 不意を突かれた海の驚いた表情を覗き込みうんうんと頷くと「今にわかるよ」と大声で伝え、笑いながら去っていった。

 

「隊長、あのおっちゃんは誰だい」

 遠慮ないスカーレットの質問に、海は首を横に振った。

「何だい、それ?」

 訝しみながら言葉を続けるスカーレットに対して海は「いずれ分かるだそうだ」と困った笑顔を浮かべながら伝えた。

 

 三日後

「おいおい、本当かよ」

 海の驚く声に周囲が反応する。

「ん、隊長どうしたんだい」

 雑誌を読んでいたスカーレットが開いたページにしおりを挟みながら声をかけてきた。

 

「スカーレットは三日ほど前にピストで見た中年の男性を覚えているか」

「ああ、翔陽の人だろ」

 あっけらかんと答えを返す。

 

「あの人が、すぐに大尉になるって言ってきたんだが、もう辞令が来た」

「そいつはおめでとうございますだね」

 こっちの反応もお構いなく茶化しを入れてニヤッと笑った。

 

「我が隊は艦上騎だから移動でもあるのか」

「可能性はあるんじゃない」

 しおりを除けて、雑誌を読むために視線を落とした。

 

「他に連絡などないのかい」

 雑誌をめくる紙の音が聞こえてくる。

「あ、今魔法通信がきた」

 スカーレットの視線を一瞬感じたが、すぐに結論が出てこないと思ったのか、再びページをめくる音が響く。

 

「書いてある内容によると、まず翔陽の航空騎隊が増援で来るとの事だ」

「噂になっているやつね」

 スカーレット的に興味が出てきたのか、雑誌を読むのを中断し、次に来る言葉を待ち構えた。

 

「派遣されてくるのは、陸軍の第五飛行師団と海軍の第十一航空艦隊だそうだ」

 陸海軍とも航空隊の方面軍を派遣するということは、政治的にも軍事的にもまた魔法科学的にも帰することがあるのだろうことは、容易に想像がついた。

 

「翔陽の軍はワイド島を間借(まが)りするってなっている」

「ワイド島?」

「ああ、避暑地(ひしょち)と聞いていたんだが」

 

 海が首をかしげると、スカーレットは噴き出しながら悪態をつき始めた。

「隔離されているんだろ」

「まあ、それが一番理由としては適切......」

「魔探に興味津々すぎるんだよ」

「はは......」

 否定できない。

 

観測武官(かんそくぶかん)を通じて魔探を使った迎撃システムが伝わったんだろうね」

「常に優位な位置から攻撃できるしな」

 腕を組んだスカーレットが頭を上下して話を引き取った。

 

「戦略上サウスプシャーとポートヘルの南に位置するのもあるんじゃないかな」

 海がにこやかに声をかけるも、スカーレットにとって何か引っかかりがあるのか、両手を肩まで上げるジェスチャーをしたかと思うとそのまま無言で出て行ってしまった。

 

 翌日

 太陽の光が黄色からオレンジに段々と変わり始めた頃、海は他の隊員たちを集め、今後の説明を始めた。

「忙しい所、集まってもらい申し訳ない」

 みなの視線が海に集まる。

「我が隊はクィーンエレインの修繕(しゅうぜん)が終わるまでの期間、ワイド島へ移動となった」

「それは、何時からですか」

 ダリーが心配そうに問いかけてきた。

「おおよそ半月後との事だ」

 

「......」

「他の暁星隊もみな移動になる」

「訓練も兼ねるのですか」

 佐那の問いに海は「おそらくは」と答え、自身の頬を軽く撫でた。

 

「クィーンエレインの航空隊は暫定的だったじゃない」

「そのことは良く分からないんだ」

 ケイトの回答を求める言動に、海は言葉を濁した。

 実際に海レベルでは分からない事が多く、軍事機密で答えられないのではなく知らないといった方が正しいのだろう。

 

 そんな海のこともお構いなしに今度は夏子が声を荒げる。

「クィーンエレインの修理って、実際いつ終わるの」

「それも分からない」

 海はバツが悪そうに答えた。

 

「クィーンエレインのあの様子では時間がかなりかかるんじゃない」

 ケイトが再び発言している時、不意にノワルド達が部屋に入ってきた。

 

「悪い悪い、声が聞こえたものでな」

 ノワルドはソファーにドカリと座り、呆気にとられた海たちを尻目にスキットルをちびりちびりとやり始める。

 その隣にソフィアがちょこんと腰を掛け、ベアトリクスはソファーの背もたれに体重をかけ目と耳をこちらに向けている。

 

「ワイド島に移動だって?」

 赤ら顔のノワルドは軽い口どりで声をかけてきた。

 

「はい、詳細は不明ですが移動は決まりました」

「どんな航空騎隊が来るんだい」

 ノワルドの質問に、警戒心を抱きながらも海は話してよさそうな範囲の話題を話し始める。

 

「陸海軍ともに方面軍を出してくるとは思ってもいませんでしたが、戦闘騎を中心に爆撃騎、攻撃騎、偵察騎、水上騎などあらゆる航空騎が来るものと思われます」

「艦隊もくるのか」

「恐らくは、Bボートが商船を根こそぎ刈っていることを考えますと護衛の船は来るとは思われます」

 

 ノワルドは海の答えをスキットルに目を落としながら聞き、聞き終えるとスキットルを口に運んだ。

「陸軍は北と中央の二方面で戦っているのでは」

「そうよ! 翔陽陸軍に航空兵力の余裕はないでしょうに」

 ソフィアがその話題に触れるとベアトリクスも一緒になって海に話を振ってきた。

「そこまで大軍を派遣する訳では無いでしょう」

「でしょうね」

「メインは海軍だと思われます」

 

 今のスチューザンでは、リゾースの問題で水上騎が全然足りておらず、カールとの海峡での戦闘で海上に不時着するも助けに行けずに見殺しにしてしまうケースが多々あった。

 小型のボートでは墜落場所まで時間がかかるということもあるが、それよりもプロイデンベルクの引き上げてきた航空騎に攻撃されることが多く、被害がばかにならないという問題がある。

 

「翔陽は水上騎大国ですから持ってきてくれると沢山の命を無駄に散らさなくて済みますね」

 ソフィアの願望に近い言葉を聞いていると輝いて見える先進国のこの国にも色々な課題があるのだろうと考えさせられた。

 

「そういえば、航空騎のリゾースの話をしていましたが、今は戦闘騎を主に生産しているのでしたっけ」

「そうよ、次いで爆撃騎――水上騎の余裕はないわ」

 答えの分かっている質問を海がソフィアに向かって投げかけると、まるで言葉をブロックするかの如くベアトリクスが弾き返してきた。

 

「余裕が無い? 産業革命以降トップクラスの工業国じゃないの」

「隊長、最近のプロイデンベルクの爆撃で結構工場がやられているんですよ」

 ダリーの耳打ちにベアトリクスは「戦闘騎はパイロットが足りない位余裕があるし、爆撃騎もロブアの新型四発騎(よんぱつき)、レッドローズの量産が始まっているんだから」

 

「新型? デヴォンシャーじゃないのか、ほらFハンドレの」

 海の問いに対しベアトリクスは勝ち誇ったような笑顔を浮かべ、海に解説を始めた。

 

「それは三年ほど前の騎種、で新型はスチューディッシュのアキレウスではなくてスプライトディーバと同じチャールズスロイのラナーエンジンなの」

「アキレウスエンジンは悪いのか?」

(あまり悪い噂を聞いていないが)

 

「そうではない、ラナーのエンジンとしての性能が良すぎるのだ」

 ノワルドの話の通りラナーは傑作の発動機だが、あまりに万能的すぎて生産数を遥かに上回る需要があり、やむを得ず他社の発動機を積んでいる個体もあるという話は聞いていた。

「ラナーは生産が足りていないと聞いていましたが......」

 ノワルドは海の問いにウィンクを持って返し「目途はついているとのことだ」と付け加えた。

 

「ヒッポグリフにはしないのですね」

 暁星についているヒッポグリフは爆撃騎用に作られたためかラナーに比べると出力が高い分大きく、また信頼性も十分でなかったゆえに搭載機が少なく比較的余っていたため、同じようなアロンダイトⅧと共に翔陽に回してもらえた経緯がある。

 

「爆撃騎に使う分には問題ないかと思いますが」

「君の言いたいことは分かるが、何分ラナーエンジンの整備性や部品の調達のことを考えるとラナーに軍配が上がるようだ」

 

(翔陽の発動機『名誉(めいよ)』はどうなったのだろうか)

 ふっと浮かんだ答えの分からない問いを頭の中で何度も反復させていた。

 

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