俺たちゃ翔陽天空騎士隊~第二次サマイルナ大戦空戦記   作:クワ

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荻野とホウィットマンと秋子

 作戦の日の早朝。

 

「大尉どちらまで」

「発動機の試運転も兼ねて訓練飛行だ」

「行ってらっしゃい」

 

 カールの地での自爆予定との事なので、その地に急ぐ。

「……」

 スチューザンの地から海上に出てカールの大地に差し掛かるころ、遠目に見える建物から爆発音が聞こえ、スゥ―っと黒い煙が上がった。

 

(あれだな)

 海は爆発のあった方へ針路を変更しさらに進む。

 

 しばらく進むと四騎の航空騎がこちらに向かっているのを見つけた。

 荻野騎と三上騎、あとは芹沢騎と坂田騎だ。

 

「三上」

「秋川、後は頼んだ」

「荻野さん、道中気を付けてください」

「あとは、俺らに任せてください」

「ああ、みんな、最後までありがとう」

「荻野隊長、行きましょう」海の言葉に目で頷く。

 

 スチューザンの天空のキャンパスは雲一つない青空が広がり、ノワルドが迎えに来てくれたのを容易に発見できた。

 

「ノワルドさん」

「ああ」

 

 ノワルドの視線は荻野にそそがれて、また荻野の視線もまたノワルドに向けられている。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 順次、着陸が終わると、ノワルドが宿舎へいざなう。中にはベアトリクスとソフィアが静かな佇まいで座っていた。

 

「荻野さん、ここがホウィットマンの宿舎です。彼の備品はそのままですので好きに使ってください」

 ホウィットマンの事は三上を通じて知っていたようで、備品を一瞥すると再び視線をノワルドに戻した。

 

「私の戸籍は、もう翔陽にはありません……」

「聞いている、酷いことだ」ノワルドは少し顔を歪めた。

 

「申し訳ないが、君は今日からホウィットマン准尉だ」

「はい、覚悟しております」

「よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 事の経緯をノワルドから聞いていたのであろう、ベアトリクスとソフィアがおずおずと話しかける。その視線からは同情的な感情を感じ取ることができた。

 

「ノワルドさん、私は戻ります。それから荻野隊長も……」

「私はホウィットマンだよ」前の荻野は寂しげに笑った。

 

 海はその足で三上に連絡を取る。三上は待っていましたとばかりに電話に出て喜びの声を上げる。

「なぁ秋川、じきにおもろいお客さんが来るで」

「何だよ、藪から棒に」訝しむ海を尻目に三上は会話を続ける。

 

「後な、俺、ハンナと結婚するねん」

「えっ」

「えっじゃない。ハンナなぁポートマルに小さな店買ったんや。あっ俺も金出したで」ポートマルは翔陽とスーズルカが以前戦争をしたときにスチューザンの仲介で講和条約を結んだ場所だ。

 

「それは、おめでとう」海の優しい声掛けに、三上はガラに無く照れた声を出した。

「もう、指輪も買ったんや」

「気ぃ早いな」

「でも、まだ渡せられへん。何か緊張して次回に持ち越しになったんじゃ」

 

 電話口の後ろから三上を呼ぶ声が聞こえた。

「あっまずい切るで」ガチャンと勢いがある音が海の耳をつんざいた。

 

 とはいえ、海の中ではいいことが立て続けに起こったことで心が晴れやかになったことは確かである。

 そうこうしている内に夜の帳が下りて……。

 

「気分転換に散歩してくる」スカーレットの問いを適当に受け流し外へ出る。

 今日は色々ありすぎて簡単には眠れそうにない。

 

 夜空を見上げながら基地内を歩いていると、小さな煙が上がっているのが見えた。

「何だ? さては夜食だな」そう思い近づいてみると……。

 

「あれっ、隊長?」

「荻野隊長!」海が驚きの声を上げるも、荻野は振り向きもせず「ホウィットマンだ」 と小さく言った。

 

「ホウィットマンさん」ためらうように言葉を絞り出す海に対し、荻野はゆっくりと振り返り「さんはいらんよ……今の私は准尉だよ」と自分に言い聞かせるように口を開いた。

 

「すみません」

「それもいらんよ……いや、必要ありません……だな」自虐的な言葉を吐いて、視線を元に戻した。

 

 海が荻野の視線の先を確認すると……。

(……写真を焼いている……)写真には見覚えがある……奥さんの写真だ……。

「……未練を断ち切らなくてはなりませんから……」

 

 海は何と声をかければよいのかわからずに、ただその場に立ち尽くしていた。

 

 商船護衛でパーセフォニーが今度こそマカダスカルを往復し、スチューザンへ戻ってきた数日後。

 

「さてと、今日のおやつは何買ってくかなぁ」チビ助たちのお土産を考えているその時、何やら女性の切実な声が聞こえてきた。

 

 声の方に視線を向けると、遠目からでも翔陽の服を着ているのが分かった。

(言葉が通じないのかな)

 そうあたりをつけると助けようと駆け足で向かう。

 

 必死にお願いする赤子を連れた女性が必死に頼みごとをしているのだが、やはり言葉の壁で門番の兵士が困惑しているようであった。

 

「どうしました」

 門番に声をかけると、助かったとばかりに安堵のため息をはくと鉄兜が気持ち垂れ下がった。

「あなたの国の人の様ですが言葉が分からないのです」

「わかりました、私が対応しますよ」

 海は門番から言葉を引き継いで優しく女性に話しかけた。

 

「ご婦人、どうなされました?」海は女性の顔を見ながら、何かしら引っかかるものを感じた。

 

「私は、荻野の妻秋子と申します。夫の荻野は、こちらに荻野がいるとお伺いしております」

(荻野って隊長の事だよなぁ)

 海は出来るだけ感情を出さずに微笑みながら「荻野さんのご職業は」と知らない風を装って尋ねた。

 

「海軍航空騎のパイロットをしております」

 海は少しばかり思考する仕草を見せて「私はすべて把握している訳ではありませんので確認してまいります、お待ちいただいてもよろしいですか」と話した。

 

 兵隊に荻野の事は伏せて事情を話し、かつての荻野の宿舎へ向かう。

 

 海はどうしたものかと思考を巡らせているうちに、三上のおもしろいお客さんという言葉を思い出し、風呂敷を広げてこちらに片付けさせるやり方に腹が立ったが、同時に荻野のために何かしてあげたいという気持ちも湧き上がってきた。

 

(隊長に直接来たことを話したら会わないだろう)

 どうやって誤魔化そうか考えている時、ふと三上が店を開いたことを思い出した。

 

 宿舎に着くと、ホウィットマンを呼んできてもらうよう言付けをした。

 

 しばらくして。

 

「ああ、あなたか」そう言ってホウィットマンが出てきた。

 

「三上がポートマルに店を開いたそうなのですが、何やら贈り物を送ってきたみたいで門外にあります。私個人では他人の物を勝手に搬入してよいか判別出来かねますので取りに行ってもらってもよろしいですか」

 

 そう言って自分の宿舎へ戻る振りをしながら、距離をとりつつ密かにホウィットマンを追いかけた。

 門の近くまで来ると流石に気付いたのかホウィットマンの足が止まる。と同時に秋子夫人の目から涙がこぼれ、それを不思議そうに見る門番たち。

 

(まずい、皆の好意でせっかくホウィットマンになったというのに、無駄になってしまう)

 とっさに考えたホウィットマンは門番に「戦死した友の奥さんだ」と誤魔化し許可を取って基地内の少し離れた木の下まで歩いた。

 

「あなた、あなたが戦死したと聞いて……でもよかった、この子が手紙に書いた……」そういう秋子の言葉を遮り「私の今の名前はホウィットマンです」と寂しく答えた。

 

 固まる秋子に「荻野 秀行は戦死しました……今はもう居ないのです……忘れてください」

 

 振り返り煤けた背中を見せたホウィットマンに対し、秋子は後ろから抱き着いた。 ホウィットマンの背中越しに赤子のぬくもりが伝わる。

 

 ホウィットマンは立ち止まり「その子は、男の子ですか、女の子ですか?」と優しさが含まれる声で尋ねた。

 

「男の子です」そういう秋子に「それは良かった、荻野も嬉しいでしょう」と言ってその場を去ろうとした。

 

 秋子はホウィットマンの背中を掴む。

「……」

 ホウィットマンは立ち止まり後ろを振り返ったその時「ホウィットマンさん、私と結婚していただけませんか」と秋子は涙を見せた。

 

「しかし、それでは……」言葉を選ぶホウィットマンに秋子は「私も夫に先立たれちゃいましたから」と切なげな微笑みを浮かべた。

 

 ホウィットマンはしばらく考え込み、困ったような、嬉しいような複雑な笑顔を浮かべて「分かりました、喜んで」と言うのと同時に秋子は赤子を器用に抱きかかえながら両手で顔を覆い涙を流した。

 

 母につられて赤子も一緒に泣き始めて、大きな声が周囲に響く。海は結果に満足し三上に電話をかけるためその場を後にした。

 

「三上ー」三上に電話をかけると、何のことだかおおよそ悟ったらしく「ゴメンよー」と笑いながら謝ってきた。

「上手くいったぜ」そう語る海に「ああ、良かった。お前に任せた甲斐があったわ」としみじみと答える三上に海は怒る気を失ってしまった。

 

「お前の方は上手くいったのか?」

「何のことだ?」

「すっとぼけるな、店とハンナさんの事だ」

 ごまかし笑いをする三上に、「こんな話してると、くしゃみしてるかもなぁ」と軽く毒づいた。

「かもな」

 

 まだ、日が高い中、必死に掃除をしている女性がいる。

「お店はある程度終わったから二階を掃除しなくっちゃ」

 

 長く綺麗なブロンドの髪を荒く束ねたその横顔は、薄汚れていてもかなりの美人だというのが容易にわかる。

 トントントン階段を上り切り部屋に入ったその瞬間。

 

「クシュン」

 可愛いくしゃみが出た。

 

「埃っぽかったからなぁ」ハンナは鼻がムズムズしていること気が付きハンカチを探し出した。

 

「どこに置いたかしら、この引き出しだったかな?」

 ガラララと引きずる音を出して引き出しは開く。

 

「何かしら?」ハンナは引き出しの中に小さな箱が入っていることに気付いた。

 

(あっ――)

 何気なく開封した箱の中を見てハンナは固まった。

 

(指輪)

 それはまだ誰も使っていないことを主張するようにまばゆく輝きハンナの目を魅了する。

 

「ダメダメいけない、勝手に着けちゃダメ」

 そうひとり呟くと、箱を元有った場所に戻し、静かに引き出しを閉めた。

 

 一方海たちは。

 

「と、そういう訳だ」

「ホンマよかった」今にも泣き出しそうな声を出す三上につられて海もしんみりとしてしまう。

 

「じゃあ、また」

「おう」

 

 これが三上との最後の会話になるとは、この時は思いもよらなかった。

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