「じゃあどうするってんだ。俺が行くのが一番早いだろ」
『早いよ。たぶん、それが一番早い』
山田は否定しなかった。
『でも、最善じゃない』
「最善って、お前な」
『前にも言っただろ。君に戦場なんかで命を削ってほしくない』
「ホモかよ」
『だからホモじゃねえって……茶化すな、友よ』
その声は、笑っていなかった。
『僕は、君を単なる戦力として数えたくないんだ』
「……」
『君は、うちの社員だ。僕の友人だ。使い潰していい資源じゃない』
「あ、あの!」
平の声が、震えながら割り込んだ。
「今の、あかやさの社員さんが手動で操作してるんですよね?」
『そうだね』
「だったら、それ、社員さんによる契約外破壊行為ですよね?」
通話の向こうの山田と、目の前の佐藤が、同時に息を呑んだ。
『あ』
「あ」
『おいおいおいおいおい黙って聞いてれば何だお前!
ていうかあの時の定時クラッシャー勇者か!』
平は、息を吸った。
声は震えていた。
けれど、言葉は間違えなかった。
「もしもし、お世話になっております。勇者コールセンターグループ、株式会社勇者派遣の平真です
御社所属のアスタロト様が、現地侵略チームの判断を超えるB+級兵器を手動操作し、契約対象外の民間区域へ破壊行為を行っています。
こちら、御社の“あかるくやさしい段階的滅亡”方針、および魔王業務倫理規定に抵触する可能性があると考え、ご連絡しております」
『オイ馬鹿やめろお前ェ!』
アスタロトが叫ぶ。
『やめろ! その電話を!』
平は、応答を待った。
窓口が返す。
『お問い合わせありがとうございます。あかるくやさしい魔王業をあなたにコーポレーション、コンプライアンス統括窓口です』
『お問い合わせを受理いたしました。ただいま操作ログを照会しております』
『やめろ! やめてくれ! おねがいします!』
『操作ログを確認いたしました。担当者アスタロトによる手動操作を検出』
『待ってください! 今止められたら、今期評価が!』
『契約対象外民間区域への破壊行為を確認』
『破壊ノルマが未達なんです!』
『魔王業務倫理規定第六条、および段階的滅亡ガイドライン第十二項に抵触する可能性があります』
『僕だって、僕だって!』
『緊急停止プロトコルを実行します』
『動け! 動けよワールドブレイカー!』
ゴーレムの眼窩に宿っていた赤い光が、黒く濁り、ふっと消えた。
巨体が、膝をつく。
世界を壊すはずだった兵器は、ただの巨大な置物になった。
平は、モニタを見て、受話器を握ったまま、ようやく息を吐いた。
佐藤は、まだ立ち上がりかけた姿勢のまま、何もしていなかった。
――しばらくして。
通話の向こうで、山田が小さく息を吐いた。
『……ありがとう、平さん』
佐藤は、ゆっくりと椅子に座り直した。
それから、今度は誰の命も削らない声で、柔らかく笑った。
「……しょうがねえな」
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その後。
あかやさからは、後日、正式な謝罪文が届いた。
件名は、『第4世界破壊プロジェクトにおける不適切な兵器運用についてのお詫び』。
本文には、アスタロトのエリアマネージャー職からの降格、当該ゴーレムの全面使用停止、ならびに同型機の廃棄が、妙に丁寧なビジネス文書で記されていた。
山田はそれを読み終え、黙ってファイルに保存した。
勝った、とは言わなかった。
そして、勇者コールセンター株式会社の関係者は、第4世界で執り行われた追悼式典に参列した。
ゴーレムと魔物の犠牲になった兵士たちの名が、一人ずつ読み上げられる。
第4世界では、遺体が残らなかった者のために、空の棺を並べる風習があるらしい。
白い布のかかった棺が、広場にいくつも並んでいた。
平は、何も言えなかった。
坂口は、「ウチの格好、こういう式には合わないから」と、広場のいちばん後ろに立っていた。
高橋は、駆動音を抑えて、喪に服していた。
佐藤も、何も言わなかった。
山田が、小さく頭を下げた。
エーデルガルドは、ルダと、泣いていた。
「間に合わなかった命は、戻らない」
山田の言葉は、誰に向けた言葉でもなかった。
「だから、次に間に合わせる仕組みを作るんだ」
帰りの転移陣の前では、ノマエさんが黙ってアメを配った。
誰も、すぐには包みを開けなかった。
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――そして、日常が戻ってきた。
慌ただしくて、
胃が痛くて、
電話が鳴り響く。
世界を、
勇者たちを、
次こそ守るための、仕事の日々が。
……が。
「あのさあ」
「なんスかダーヤマ社長。悪い企みですか?」
「いや全然悪くないよ。あのね、うち、コールセンターの割に受電ばっかりじゃない? 架電業務を始めようと思うんだ」
「……バカじゃねえの?」
「む、友よ。バカとは心外だな。僕は賢者だぞ」
「今回の件、こっちからアプローチできてれば、もっと被害が減ったとか考えたんだろ」
「それもある」
山田は、モニタに残った通話ログを見た。
「でも、それだけじゃない。助けてくださいって電話できる人はまだいい。
問題は、電話をかける前に倒れる人だ。電話番号を知らない人だ。そもそも、自分が助けを求めていいと知らない人だ。そういう人は、気づいてないだけで、居る」
「……」
「だから、こっちからかけるんだよ」
「勇者相手に営業電話かける気か。迷惑業者じゃねえか」
「違うよ。困っている人に、必要な時だけ連絡するんだ」
「どうやってだよ。怖えよ」
「宣伝する。同意を取る。規約も作る。保存期間も決める。未成年は保護者同意。監視じゃなくて、安否確認のシステムだ」
「……仕事が増えるな。しかも、増え方が指数関数のやつだ」
「まあね。でもさ、これが鳴るまで仕事が始まらない会社じゃ、救えない人たちがいるとは思わない?」
山田がこんこんとヘッドセットを叩く。
「拙も、そのように業務が進むのは、理想的だと思います」
ルダが口を挟んだ。
「ただし、名称は考慮が必要です。『監視』という語は、利用者心理に悪影響を及ぼします」
「おーっほっほっほ!それでは『いつでも健やか勇者コール』というのは」
「「「却下」」」
「あれェーッ!?」
「……でも、私だったら、持ちたいです」
平が、小さく手を挙げた。
「あの時、私、通話を切らなかったから助かりました。でも、もしスマホを落としてたら、声も出なかったら、きっと誰にも見つけてもらえませんでした」
「平さん……」
「だから、見張られてるんじゃなくて、見つけてもらえるなら。私は、嬉しいです」
山田の視線が、モニタの端で止まった。
警戒世界情報。
第67番世界、危険度上昇。
そして、その世界には、つい三十分前に案件を割り振った新人勇者の識別番号が、安全を示す緑色に点滅していた。
まだ、電話は鳴っていない。システムも、異常は検知していない。
けれど、山田の目には、その緑色がひどく頼りなく見えた。
緑色のまま、三分間、座標が動いていなかった。それだけだが。
「……友よ」
「……はあ」
佐藤が、深くため息をつく。
山田はヘッドセットを装着し、発信ボタンに指を置いた。
「勇者コールセンターです。こちらからお電話しました。今、お困りですね?」
一拍。
通話の向こうで、勇者が息を呑んだ。
『……助かった!』
そうして、『勇者コールセンター株式会社』の業務は回っていく。
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その日、勇者コールセンター株式会社の通話ログには、初めて、折り返しでない「発信」の文字が記録された。
受信ではなく、発信。
たった一行増えただけの業務履歴を、山田はしばらく眺めていた。
そして、胃を押さえながら笑った。
仕事が増えた。
それでも、間に合った。
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