二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める 作:おじさん
巨大な化け蜘蛛の脅威が去り、スギの伐採場には元の活気が戻っていた。
木こりや物流を担う商人たちがせかせかと忙しなく立ち働き、至る所で荒々しい大声が上がっている。
「うわぁ! 凄く逞しい馬ですね!」
木材が乗せられた巨大な荷台を引く馬を見て、ミリアが驚きの声をあげた。
盛り上がった筋肉と、手入れの行き届いた綺麗な毛並みを持つ馬が三頭がかりで、荷台に山と積まれた長大な丸太を引いている。
馬たちは背中から白く泡立った汗を流し、体内の熱を外に逃がしながら、力強く大地を踏みしめていた。
「へえ。馬で港町まで丸太を運ぶのかな!? すっごい大変じゃん」
アレンの素朴な疑問に、ゼノスが少しあきれた様子で答える。
「ここへ来る途中で、大きな川を渡っただろ? 船着場まで馬で引いて、そこからは水流に乗せて港町まで運ぶんだよ」
「なるほどなぁー。意外と人間も賢いな」
アレンは一体どの立場から物を言っているんだ?
「よし。木こりのおっちゃんたちの山小屋に行って、遺跡のこと何か知らないかきいてみようぜ!」
思い立ったらすぐ行動のアレンが、忙しそうに行き交う木こりたちを器用に交わしながら、太い丸太で組まれた頑丈な小屋へと駆けていく。
ミリア、ゼノスもそれに続いた。俺も苦笑しながら後を追いかける。
「すみません!」
ノックしたあと、間髪入れずにアレンが小屋の扉を元気よく開いた。
中では屈強な木こりが二人、湯気を立てる茶を飲みながら休憩している最中だった。
「うん? なんだ? 冒険者のガキか?」
「はい! 蜘蛛のモンスターの討伐に加わっていた者です」
ずいっとアレンを押し退けて前に出たミリアがハキハキと答えると、むさ苦しい木こり達の顔がパァッと綻んだ。
「おぉ、あんたらがあの化け物を倒してくれたのか! 本当に助かったよ」
「とんでもないです。伐採場が再開できてよかったです。ところで──」
ミリアが小屋の中にズカズカと踏み入れて、木こりに近寄る。何か人にモノを頼んだり聞いたりするとき、三人の中で一番人懐っこくグイグイ行くのはミリアの役目だ。
「──この辺りで、『遺跡』がありそうな怪しい場所を知りませんか?」
ミリアのストレートな問いに、木こり達は顔を見合わせた。
「うーん……遺跡ねぇ。どこか、あるか?」
「あそこはどうだ? 『大断裂』のとこ」
大断裂?
「そこは、どんな場所なんですか?」
後方で聞いていたゼノスが興味を惹かれたように尋ねた。
「ここからさらに奥の深いスギの森の中に、地面に底の見えない巨大な亀裂が入った場所があるんだ。俺たちはそこを『大断裂』って呼んでる」
「落ちたら絶対に戻ってこれないぐらい深い崖だ。俺達木こりも、あそこには不気味で近寄らないようにしてるんだわ」
なるほど。いかにも怪しい、何かがありそうな場所だ。
「ありがとう! ちょっとその『大断裂』を見てくるよ! もしすっげぇお宝の遺跡があったら、おっさん達にも礼をするからな!」
「はっはっはっ! 期待せずに待ってるよ」
アレンが調子に乗り、木こりはガハハと笑って返した。
彼らから『大断裂』までの道のりと目印を聞き出し、小屋を出る。
「どうします、師匠? 急いで足を進めれば、夕方には『大断裂』にたどり着きそうですが」
ゼノスが太陽の位置を確認しながら尋ねてきた。
「いや、よくわからない場所で夜を迎えるのは危険だ。野営は避けよう。今日はこの伐採場の安全な脇で休んで、明日の早朝から万全の態勢で出発する」
「オッケー! じゃ、俺とゼノスで、森の入り口で夕食のおかずをとってくるわ!」
アレンが張り切り、ゼノスと共に弓と剣を持って駆けていった。
「頼むぞ」
見知らぬ土地での冒険を前にした、高揚感と静けさが入り交じる夕暮れ時。
新大陸の豊饒な自然は、恐ろしいモンスターを育む一方で、俺たちの腹を満たす極上の恵みも与えてくれる。
俺とミリアは竈の準備をし、二人の戻りを待つことにした。
#
赤い炎をあげる薪に、鹿のスペアリブから脂が落ちて、ジュウッと白い煙が上がる。
途端に、空気が香ばしくなった。
大きな鉄網の上に、解体した鹿のスペアリブが所狭しと並んでいる。
俺は旧大陸から持ち込んだ調味料で作った『秘伝の甘辛いタレ』を、ハケを使って順番に分厚い肉に塗っていった。
表面がテカテカと艶やかに光り、滴る脂とタレが火の熱で融合して、暴力的な旨味の塊へと変わっていく。
旨味が凝縮した液体が、熱い薪にポタポタと落ちる。
ジュジュウと鳴り、今度は周囲の空気が脳を溶かすほど甘く、濃厚な匂いに包まれた。
赤焼けの空が、ゆっくりと飴色へと変わっていく。
俺の隣では、ミリアが鹿肉の切れ端を使ったシチューを作っていた。
野草の香草を使って鹿特有の臭みを消し、森で採れた根菜をゴロゴロと放り込んでコトコトと煮込んでいる。鍋からはとろみのある温かく優しい湯気が立ち上っていた。
「師匠! もう我慢出来ないんだが!」
食欲を限界までそそる、スペアリブの凶暴な香りに当てられ、アレンがゴクリと大きな音を立てて唾を飲み込む。
普段は食い意地を見せないゼノスすらも、無言で網の上のスペアリブを血走った目で凝視していた。
「よし。火の通りも十分、そろそろいいだろ。皿を出せ」
「待ってましたぁっ!」
アレンが竈門の前に素早く並び、木の皿を俺に突き出す。俺はこんがりと焼け焦げのついた大きなスペアリブを、気前よく三本、皿に乗せた。
「あっちぃ! 美味っ!? 肉汁がすげえ! このタレ、最高だな!」
アレンは熱さに顔をしかめながらも、行儀悪く骨に直接かぶりつき、口の周りをタレだらけにして野生的に肉を貪った。
「師匠……」
ゼノスも無表情のまま、スッと俺に皿を突き出す。俺はゼノスの皿には、スペアリブを四本のせた。
「師匠! 俺より一本多いじゃないか!」
肉の数に敏感なアレンがすかさず食ってかかる。
「ゼノスのはアレンのより一回り小さいサイズだからな。トータルの肉の量は変わらない」
「本当かよ!」
鹿シチューの調理を終えたミリアも、お玉を持ったまま皿を持って俺の前に立った。俺はミリアの皿に、形の良いスペアリブを五本のせた。
「ずるい!」
更にアレンから悲痛な文句が飛ぶ。
「ミリアは料理を頑張ったからな。労働への正当な対価だ」
「俺だって鹿を追いかけて仕留めるの、めっちゃ頑張ったのに!」
「仕留めたのは俺の矢だろ」
ゼノスが肉を齧りながら冷静に突っ込みを入れる。
騒がしい弟子たちを眺めながら、俺もスペアリブを一本手に取って齧り付いた。
……うん。野性味あふれる鹿の赤身の弾力に、特製の甘辛いタレが見事に絡み合い、噛めば噛むほど濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。我ながら完璧な火加減だ。
俺たちは焚き火の周りの丸太に腰掛け、スペアリブにかぶりつき、ミリアが作った心温まる鹿肉シチューを啜りながら、ゆっくりと夜の食事を楽しんだ。
「美味えなぁ……! 昔から、ミリアの作るシチューは最高だな」
アレンがシチューのおかわりを要求しながら褒めると、ミリアは「えへへ」と嬉しそうに恥ずかしがった。
「そういえば、お前ら三人は同じ村の出身だったよな」
「はい」
俺の問いに、何か懐かしいものを思い出すように、しんみりとした声でミリアが答えた。
「どんな村だったんだ?」
「南部連邦の国境近くにある、本当に普通の小さな農村ですよ。どの家も、細々と小麦と野菜を作って暮らしていました」
「何故、冒険者に?」
俺が率直な疑問をぶつけると、三人が顔を見合わせた。一瞬、焚き火の炎に照らされた彼らの顔に、年齢に似合わない『暗く、重たい影』が落ちたような気がした。
「……俺が、二人を誘ったんだ!」
すぐに、アレンが明るい声を出して照れ隠しのように鼻を擦った。
「ずーっと畑仕事ばかりで、先が想像できる退屈な人生より、何が起るか分からないワクワクする毎日の方がよくないか!? って言ってさ」
「三人とも、村の中では魔力がある方だったので、『私たちでもいけるかも……!』ってなったんです。実際、旧大陸の南部連邦の周辺では、それなりに通用してましたから」
随分と昔の遠い記憶のように、ミリアが懐かしそうに語った。
「で、すっかり自分たちの実力に調子にのって新大陸に来たら、あっさりゴブリンの群れにボコボコにされちゃったんだけどな!」
アレンが自虐的に笑い飛ばす。
なるほど、若者らしい無鉄砲な理由だ。だが……俺の目には、アレンが語った『退屈な人生が嫌だったから』という言葉が、どうにも建前の虚勢のように聞こえてならなかった。
……国境近くの農村、か。
旧大陸において、国境付近の村がどういう末路を辿ることが多いか、俺は嫌というほど知っている。深く詮索するのは野暮というものだろう。
「あの時、師匠と出会わなければ、俺たちは今頃死んでいたかもしれません」
ゼノスは空になったシチューの器に視線を落としながら、ポツリとつぶやく。
「俺は死んでないって!」
「アレンが一番危なかったわよ! 一番前に出てた前衛だもの」
「アレンが最初にやられてたら、俺は迷わずミリアを連れて逃げてたな」
「なんだとテメェ……!!」
珍しくゼノスが軽口の冗談を言い、アレンが分かりやすく怒ってみせた。ミリアがクスクスと笑う。
やがて、伐採場に深い夜の闇が降りてきた。
薪の爆ぜる音と、遠くで鳴く夜鳥の声だけが響く。
「明日は早い。もう休むぞ」
俺の言葉に三人が頷く。
残った火の始末をし、期待と緊張を胸に抱きながら、早めの眠りについた。