得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第11話

 

 

 

 

「酷い目にあいました……」

「大変だったな」

「誰のせいですかね?」

 

 ミューは地面に座り、ようやく安心してため息をついた。

 場所はクロウの寝ぐらの掘っ建て小屋である。ミューにしつこく首輪をつけようとしてくるチンピラをとりあえず殴り飛ばし、静かな場所を求めて寝ぐらに帰ってきたのだ。

 

 クロウが茶を出すと。ミューはそれをひどく微妙な視線で見つめた。すたすたと無言で外へと出て行き、数分で戻ってくる。手にはいくつかの野草を抱えており、そして数分後、クロウの目の前には、嗅いだこともない香りのする液体が注がれた器があった。

 

「どうぞ。少し苦味がありますが、気分を落ち着けるはずです」

「……! 味がするぞ」

「評価の基準が味があるかないかなのですか……?」

 

 本当に自分の選択は間違っていないのだろうか、この人を頼って未来はあるのだろうか。もういっそのこと封印するなら、もう少しまともなマスターに反応して封印が解けるようにしておいて欲しかった、とさめざめ涙するミューに、クロウは器を突き出しながら聞いた。

 

「うまいな。もう一杯くれ。あと、ミューに聞きたいことがあるんだ」

「あ、はい。なんですか?」

 

 少しだけ気分を持ち直したミューが茶を注ぎながら聞き返すと、クロウは一息つきながら問いかけた。

 

「それで、どうやって移動するんだ?」

「……あー、ええと、はい。それですか」

 

 ミューが微妙な表情で器を差し出すと、クロウは案外と気に入ったのだろう、二口で飲み干すと、もう一度器を突き出しながら首を捻る。

 

「どうかしたのか?」

「……その前に。クロウさんの事情について詳しく教えていただけませんか? 何が何でどうなってるんです?」

「ああ、そうだな」

 

 クロウは今度はちびちびと器を傾けながら、自分のことを説明する。

 禁足域から地上に出入りしようとすると跳ね返されてしまうこと。その原因は、自分が『人間ではない』からのような気がなんとなくすること。

 若干の手間を要しながら説明が終わると、ミューは少しの間考え込み、静かに口を開いた。

 

「私に提案できる方法は二つです」

「二つもあるのか」

「ええ。……ただ、実行できるかは別ですが。まず一つ目……」

 

 ミューが指を折る。

 

「とりあえず死んでみるのです」

「……。……?」

 

 ただただ理解の追いつかない表情をするクロウに、ミューはしたり顔で滔々と説明した。

 

「『人間ではない』からクロウさんは迷宮に潜れないのですよね?」

「……そうだと思うが」

「ではいっそのこと、もっと人間から離れましょう。具体的には、死んでから『物』として境界を越えるのです。それなら流石に、迷宮もクロウさんを拒絶しないのでは? それでも弾き出されるようならもうホラーですよ」

「なるほど……! ……。……?」

 

 クロウは納得して深く頷いたが、ふと気付いたことを聞いた。

 

「でも、それだともしかして、おれは死ぬんじゃないだろうか」

 

 ミューはチッチッチと指を振る。

 

「そこで私の出番というわけです……。私がクロウさんの身体を迷宮に運び込み、そして蘇生させます。これで万事OKです」

「おお……! それだ……!」

 

 身を乗り出さんばかりのクロウは、『今すぐやろう』と言わんばかりの気配を醸し出している。だがミューはそんな少年を押し留めた。

 

「待ってください。ですがこの方法には、致命的な欠陥があるのです」

「なんだ?」

「私が蘇生魔法を使えないことです」

 

 今度こそクロウは、異常者を見る目でミューを見た。『なんだコイツ』という感情が無表情の向こうから透けて見える。

 だがミューは慌てず、静かに説明を続けた。

 

「『今は』という話ですが」

「……ふむ?」

 

 クロウがちょっと考えてから座り直すと、ミューは言葉を続けた。

 

「私の能力はですね、魔導具の能力を取り込むことなのですよ」

「魔導具……あれとかか?」

 

 クロウが指差したのは、その辺の床に転がっている灯りである。魔石や魔鉱石を入れれば光が灯るのだが、よく考えたらこの掘立て小屋の中が明るくなったところでクロウには何もすることがなかったので、ただただほったらかしにされているのだ。

 ミューは頷き、それを手に取った。

 

「……かなり単純な構造ですね。魔力を光に変換する……これなら」

 

 そして次の瞬間、ミューの頭の上に光る『!』が出現した。

 

「おお、凄……うむ……うむ?」

 

 賞賛しかけてから『何これ』という想いに囚われたクロウはちょっと黙ったが、ミューは得意げな表情で頭上の『!』をぐいっと仕舞い、ぺらぺらと喋りだした。

 

「ご覧のように、私は魔導具の機能をカスタマイズして実装することができます。つまり、蘇生そのものの能力でなくとも、それに類する能力を持った魔道具があれば、私がその能力を弄ってクロウさんを蘇生できるということです。蘇生の魔導具などというとほとんど神器のようなものですが、これなら大幅に実現性が増すでしょう?」

「む……なんだか知らないがそうかもしれない」

「心当たりはありますか?」

 

 ミューの問いに、クロウは悩んでから答えた。

 

「親方の店にある、魔物の心臓を生きたまま引き摺り出す魔導具とかは役にたつだろうか……?」

「何それ怖っ……なんでそれが役に立つと思いました?」

「だって、それを使えば綺麗に心臓を抜き出せるんだ……」

「だから何なんですか……? 拷問以外にそれが役立つシチュエーション、あります? というかクロウさん、本当にそれ、自分に使われたいのですか……? あの、悪いことは言いませんからそれはやめときません?」

「ふむ。なら、心あたりはないな」

 

 残念そうに首を振るクロウに、ミューは『そうですか……』とばかりの沈痛な表情を浮かべ、そして内心でガッツポーズをした。

 敢えて無理筋の提案をしたつもりが、予想以上にクロウの食いつきが良く後には引けなくなっていたのだ。だが、これなら本命に移れる。

 

 こほん、とミューは咳払いをして、滔々と語り出した。

 

「では、二番目の方法。こっちは王道です。転移魔法を使いましょう」

「……なんかよくわからんが、どうやるんだ?」

「お忘れですか? 私の能力を」

 

 ミューは胸を張ったが、クロウは疑うように言葉を返す。

 

「でも、おれはそんな魔導具になんて心あたりはないぞ」

 

 だが、ミューの返答はクロウの想像とは違っていた。

 

「そうですか? 身近にあるではないですか」

「なに?」

「だって、これまでも通ってきたでしょう? ……この“禁足域”の階層を繋げる扉も、転移魔法を宿した魔導具です。私ならそれを解析できます」

「おお……!?」

 

 俄然テンションが上がってきたクロウの期待に追い打ちをかけるように、ミューは言葉を続けた。

 

「というかもう、解析済みです」

「おお……!」

「ですが……」

 

 ミューはそこでわざとらしくため息をついた。

 

「おそらく、クロウさんを転移させること自体には問題無いのです。それでも二つ、問題が残っています」

「なんだ?」

 

 ミューは指を一本立てた。

 

「まず、扉に刻まれた転移先の情報を参照できない以上、おそらくはランダム転移になります。転移してもどこに出るのかは分かりません」

「ふむ。それはまあいいか」

「これは大きなデメリットで……良いのですか!? それで!?」

 

 驚くミューに、クロウは泰然と語る。

 

「だって、もしおれがいま迷宮に入れたとしても、どこにいけばいいのか全然わからないのは一緒だしな。なら大したことないんじゃないだろうか」

「おおう……」

 

 手強い。雑さも一周回って、もはや器がデカくすら見える。

 ミューは表情を引き攣らせた。

 

 はっきりと言えば────ミューは、迷宮なんぞに潜りたくない。何故、自分からわざわざ未知と危険に飛び込んでいくのか意味不明である。

 そんなものに賭けるより、メイドを侍らせながら日々をリッチに優雅に過ごすのが人間の本懐ではないのか。それこそが生きる意味ではないのか。そのチャンスが目の前に転がっているというのに、このクロウという少年は自分からその栄光を捨て去ろうというのだ。

 

 ミューからすればあり得ない判断だ。……だが同時に、ミューは知っている。人は変わる────時間さえあれば。

 このクロウという少年を、メイドが側にいなければ不安で夜泣きしてしまう程度に堕落……中毒……違った、夢中にさせてみせる。そうすれば迷宮に行きたいなどという妄言を吐き出すこともなくなるはずだ。

 

 故に必要なのは……時間稼ぎである。

 

 ミューは指をもう一本立てた。

 

「ですが、もう一つのハードル。これが実は、非常に解決が難しいのですよ。……転移するための魔力が足りません」

 

 ミューがそう言うと、クロウは首を傾げた。

 

「む……魔力が足りないというのは、どのくらいだ?」

「そうですねぇ……」

「この魔鉱石だとどのくらいだ?」

 

 クロウがその辺に転がっていた小さな魔鉱石を渡してくる。ミューはそれをしげしげと眺め、クロウに聞いた。

 

「あの、クロウさん。これ、貰ってもいいですか?」

「ん? いいぞ」

「ありがとうございます。では……」

 

 ミューはその小さな口を開けて、はむ、と魔鉱石を噛んだ。クロウが眼を丸くしている前で、口の中でころころと転がす。

 

「メイド、というのは……石を食べる生き物なのか……?」

 

 戦慄とともに問いかけてくるクロウに、自分の行動が一般的旧人類(ヒューマン)からすれば異常であることに気づいたミューは慌てて首を振った。

 

「魔力を補給しているだけです」

「歯が硬いんだな……」

「これは口の中で直接、魔力に精製変換しているのでよ。流石にこの硬さを噛み砕くのは無理ですから」

 

 ミューはそんなことを言いながら魔鉱石を飲み込み、クロウに告げた。

 

「かなり薄味でしたから……この魔鉱石の換算だと、随分な量になると思います。それこそ小さな山一つくらいの量でしょうか?」

「山一つ……」

 

 ぼうっとするクロウに、ミューはここぞとばかりに勢い込んで言った。

 

「クロウさん……私も手伝います。これから一緒に魔鉱石を貯める生活に入りましょう! 長い時間をかけて主従の絆を育み、その果てに栄光を掴むのです。安心してください……その頃にはきっとクロウさんも、私があーんしてあげなければご飯が喉を通らない、見違えるほど立派なマスターになれているはずです!」

「それは立派なのか?」

「誇りに思えるようにしてあげますよ……!」

 

 ミューは勝利に酔いしれていた。

 だが、そうして悦に入っているミューの耳に、絶望的な言葉が聞こえる。

 

「あるぞ」

「えっ?」

 

 ミューはクロウをまじまじと見つめ、そして恐る恐る聞いた。

 

「あのクロウさん。……もう一回、どうぞ?」

「だからあるぞ、魔鉱石。山一つぶん」

「……えっ?」

 

 

 

 

 

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