得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第12話

 

 

 

「……ありますねぇ。山一つぶん」

「足りるか?」

「……足りてしまいそうです」

 

 ミューは崩れ落ちそうな脱力を感じながら渋々と頷いた。一縷の望みをかけてクロウに提案してみる。

 

「魔鉱石がこれだけの量あればひと財産だと思うのですが、私に傅かれながら優雅な生活を送る気はないのですか? こう言ってはなんですが、そちらの方がきっと、クロウさんも私も幸せになれると思うのですが」

「それ、楽しいのか?」

「楽しいです楽しいです。楽しさ以外の感情を何も感じられなくなるまでなんとたったの一週間です」

「そうか。おれはそれよりも、迷宮に行きたい」

「そうですか……」

 

 ミューはため息をついて、目の前の魔鉱石の山を見つめる。

 禁足域、第五階層。

 ここは数日前までクロウの仕事場、つまり魔鉱石の採掘場として魔鉱石の壁がせり立っていた場所であり……現在は精悪樹(トレント)の出現に伴って盛大に崩れ、魔鉱石が山となり積み重なっている場所だった。

 

「……というかクロウさん、こんなサイズの魔物を倒せるほどとは思ってませんでした」

「おれだけで戦ったわけじゃない。エウーリアがいなければ、おれは逃げていたな」

 

 ここまでの道中、クロウは通りすがりに頻出する魔物を拳の一振りで鎧袖一触にしてきていた。

 故にクロウの強さは理解しているつもりのミューだったが……天を衝くほどに巨大な樹の残骸を目にしては、眼を見張ることしかできない。

 

「ここはもう、前向きに考えましょうか。変なところに転移してしまったとしても、戦力的には問題がないということで」

「そうだな。……うん?」

 

 クロウは首を捻り、ミューに聞いた。

 

「待て。もしかしてミューもついてくるのか? おれだけを迷宮に送り込んでくれればそれでいいと思うんだが」

「……へ? 何言ってるんです?」

「駄目なのか?」

 

 クロウの言葉に、ミューはため息をついて言葉を返した。

 

「……やれやれです。理解していただきたいものですね……クロウさんが迷宮に転移したいというのなら、必然的に私もついて行ってクロウさんのお世話をすることになります。当たり前ですよね?」

「う……む?」

「逆に言えば、私を置いていくつもりでしたら、そもそもクロウさんを転移させることはありません。だって私にとってはなんの得にもなりませんし。どうしてもクロウさんが迷宮に行きたいのでしたら、私によるお世話を受け入れる義務があるわけです。当然ですよね?」

「……わ、わかった」

 

 クロウが勢いに押されて頷くと、ミューも安堵のため息をついた。

 人格的にはともかく、クロウは頼り甲斐……というか戦闘力だけには申し分がない。ならばとりあえずは文句もなし。

 ミューは少々考え込み、クロウに提案する。

 

「……ではさしあたり、準備をしましょうか」

「いや、そんなことよりもすぐに」

「迷宮へと転移する前に準備くらいしても損はありません。それにメイドの労働環境を整えるのはマスターの務めです。そうですよね?」

「……だが、おれは金とか持ってないぞ」

 

 ミューの迫力に押されクロウは頷いたが、実際、金は無い。貯金になどまるで興味がないのだ。寝ぐらには手に残った小銭が積み重なっているが、そう大した金額にはならない。

 クロウがそう説明すると、ミューは呆れたように言った。

 

「何を言っているのですか。あるではないですか、ここに」

「魔鉱石か?」

「違いますよ。……この魔物の残骸です。この樹が何千年ものかはわかりませんが、枝の一本でも売ればそれなりの金額になるのではないですか?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 五日間、クロウとミューは精力的に動いた。

 一抱えもある太さの枝を折り、市場に舞い戻って競りにかけるとあっさりと売れた。金額にすればクロウが半年、働いたほどになるだろうか。

 

 目を白黒とさせるクロウに逐一指示を出したのはミューだ。

 というよりも最終的に、買い出しに関してはミューが行い、クロウは頷くだけのイエスマンと化していた。掘っ建て小屋で路上生活に近い暮らしを送ってきたクロウには、健康で文化的な暮らしを送るにあたって必要なものなど何一つ思い当たらなかったのだ。

 

 世話になった人への挨拶もした。……もっとも、親方に事情を告げただけなのだが。迷宮へ向かうと告げても冗談だと思われたのか、生返事が帰ってきただけだった。

 とりあえず仕事は当分の間休業と告げたので、問題ないだろう。

 

「……なんだろうな。魔物と戦うより疲れるぞ」

「はいはい。……一応確認しますが、クロウさんに預けた非常用荷物の中身には問題ありませんね? 最低限の食物や水、あとは……」

「大丈夫だ。全部持ってる」

 

 クロウの声は投げやりだった。この五日間、買い物に勤しんだりミューのお世話を受けたりと今までになく忙しない生活を送っていたクロウは、微妙に辟易としていた。

 二人とも軽装だ。クロウは背に小さな包み……ミューに渡された荷物を背負い、ミューに至っては手ぶらである。

 

 だが、たったそれだけの持ち物で迷宮に挑むということではない。

 ミューの固有技能(メイドスキル)である収納魔法により、買い込めるだけ買い込んだ品物やクロウの寝ぐらにあったもの、また転移魔法で使い切れずに余る大量の魔鉱石など、様々な品物を持ち込むことになっているのだ。

 

 ミューはゆっくりと周囲を歩き回り、数カ所に目をやり小さく頷くと、歩き回るのをやめ、クロウの元へ戻ってくる。

 

「大丈夫、問題ありません。魔法陣を描き終わりました。問題なく転移魔法が発動するかと」

「そうか。頼む」

 

 クロウがそう言うとミューは頷き、その辺に落ちていた一欠片の魔鉱石を手に持った。

 

「では、その前に仮契約を。……ええと、私が詠唱するので頷いてください」

「頷くだけでいいのか?」

「はい。それで契約魔法が完成するので」

「おれは魔法が使えないんだが……」

 

 クロウは首を捻りながらも了解した。

 

「では。……【あなたは契約を望みますか?】」

「【ああ】」

 

 ミューの手に持つ魔鉱石が、僅かに魔力の燐光を漏らす。驚くクロウを尻目に、ミューは言葉を続ける。

 

「【ミュールリーハを従者とすることを望みますか?】」

「【ああ】」

 

 燐光が少しだけ強くなる。ミューはさらに続ける。

 

「【主人として対価を与えることができますか?】」

「【ああ】」

「【この契約に真摯であれますか?】」

「【ああ】」

「【ならば────】」

 

 魔鉱石が燐光を発しながら、ほろほろと崩れる。ミューはクロウの目を見ながら言った。

 

「【────この契約が公正であることをここに宣言します。私はあなたの望む限り、あなたのものとなりましょう】」

「あ……【ああ】」

 

 そう答えた瞬間、魔鉱石は強い光を発して弾け、溶けるように消えた。放たれた光は空中を彷徨い、やがてクロウとミューの二人に吸い込まれた。

 

「……おおー」

「ひとまずはこれで仮契約が成立、と。クロウさんを転移魔法で運べます」

「どうしておれが魔法を使えたんだ?」

「そうですね、何と言えばいいのか……クロウさんが魔法を使ったというより、クロウさんに魔法を使ったのですよ。性質上、あまり強力な契約ではないですが、ひとまずはこれで問題ないかと」

 

 ミューはそう言うと、小さく笑って言った。

 

「では。これからよろしくお願いしますね」

「ああ、よろしくな」

 

 ミューは頷いて、詠唱を開始する。山と積まれた魔鉱石が鳴動し、仮契約の時と同様に、しかしそれをはるか上回る規模で魔力の燐光が溢れ出し、風を逆巻きながら空間を震わせ、満ち、溢れる。

 

 そしてミューの澄んだ声が途切れ、燐光が急激に膨張したその瞬間────クロウとミューは未知の領域へと移動していた。

 

 

 

 

 

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