「朝ですよ。朝ごはんもできてますから起きちゃってください」
ゆっくりと瞼を開けると、ふかふかとした寝床には洞窟の入り口から鮮やかすぎない朝陽が差し込んでいる。
耳をくすぐる柔らかい声は、クロウの枕元すぐそばから聞こえた。
「……」
寝ぼけ眼のまま体を起こすと、ミューは手に持った冷たい水で濡らした布を差し出し、クロウが顔を拭っている間にいかなる手際かクロウの服装を整える。
目覚め始めた空腹に訴える匂いにふらふらと起き上がり食卓へと向かうクロウの椅子を用意し、座ったクロウに甲斐甲斐しく給仕する。
「朝は一日の活力ですからね。しっかり食べてください。あっ、そのスープどうですか? 珍しい薬草を見つけたので乾燥させて持ち込んでおいたのですよ」
「……うまい」
ほとんど意識のないままに感想を述べるクロウだったが、実際美味かった。鼻に抜けて来る、どこか異邦を感じさせる香りがミューの言う薬草の香りなのだろう。堅パンもスープに浸して食べると、ガシガシとした食感が和らぎつつも噛みごたえを残し、妙に美味く感じる。
「ふふふ、寝ぼけているクロウさんは素直で可愛らしくて怠け者で本当に私好みのマスターですねぇ。日中はなかなかお世話させてくれませんし。……お茶はいかがですか?」
「……のむ」
すっかり好物になったお茶をゆっくりと飲み干し、ようやくクロウははっきりと目を覚ました。二、三度頭を振るってミューを見る。
「……おはよう」
「はい、おはようございますクロウさん。いい朝ですね」
「ところでここ、こんなんだったか?」
クロウは昨日から拠点にしている洞窟をぐるりと見渡す。
この洞窟にたどり着いた昨日のうちにミューが収納魔法から取り出した敷物やらテーブルやら並べていたのは記憶にあるのだが……今では壁には細々とした小物がかかり、天井にはいつの間にやら小さなランプが取り付けられ、全体的に雰囲気が明るくなっている。
少なくとも既に、今までクロウが寝床にしていた掘っ建て小屋よりも居心地がよく、生活感があることは確実だった。
「夜の間にちょこちょこと手を加えていたのです。なかなかでしょう?」
「すごいな」
別にクロウにしても不満があるわけではない。ひとしきり感心してからミューに聞く。
「今日は何をしようか」
「そうですねえ……」
ミューは思案しながら言う。
「私としては、まず生活環境を整える方向性でいいと思うのですが。割と立地の良い場所に拠点を置けたとは思いますが、それでもやはりもともと人の暮らしていた場所ではありませんし。上の階層に行くための境界を探すのにも、それなりに時間がかかるでしょう?」
「どこにあるのか分からないからな……」
境界の『扉』は巨大だが、それでも階層全体から見れば米粒のようなものである。すぐに探し当てることができるようなものではない。
「差し当たり、そうですね……クロウさんには『扉』の探索がてら、この周辺の魔物の掃討をお願いしてもいいですか? 魔物が近寄って来ないとも限りませんし。……というか人が主食だったり火を噴いたりする魔物とか普通にいますよね? 放置しておけば逆に寄って来るかもしれません」
「わかった」
クロウは頷いた。『扉』を探し当てることはともかくとして、魔物をぶん殴って屠ることはクロウにとってルーチンワークのようなものである。
洞窟から出て周囲を見渡した。洞窟のすぐ前は草原となって開けており、陽光が差し込んでくる。だが数十mも進めばすぐ近くには森が展開しているし、河も流れている。クロウの冷静かつ鋭敏な推測、いわゆる勘によれば、魔物がわんさか生息しているに違いなかった。
とりあえず肩慣らしに森にでも突っ込もうかと決め、クロウはミューに声をかけた。
「じゃあ行ってくる」
「あ、ちょっと待ってくださいクロウさん。一応確認しますけど、魔物を倒すときにどうすればいいのか、覚えていますか?」
と、そのまま歩き出そうとしたクロウをミューが呼び止めた。
クロウは首を傾げてから答える。
「……負けない?」
「それは確かに一番重要なのですが。……魔晶を取ってくることを忘れないでください。私の動力源として必要ですし、それにこれから上の階層に移動していくにも、換金性の高いものを貯めていった方がいいはずです」
「わかった」
おそらくは心臓でも抉って来たらよいのだろう。
そう理解したクロウは魔物を狩りに出かけていった。
そして五分後。帰ってきた。
「あれ、どうしました?」
「すまない……たぶんおれには向いてない」
鎮痛な表情を浮かべるクロウのその手には、爆裂四散した、かつて魔物だったものが引き摺られていた。
◇◇◇
「なんですかこれ……うわあぐっちゃぐちゃ」
「なんだか、ここの魔物は柔らかい気がするんだ」
クロウの口からは言い訳が漏れていたが、ミューはそれを疑おうとはしなかった。おそらく本当なのだ。ここの魔物が弱いというわけではなく、クロウがこれまで相手をしてきた禁足域の魔物が強すぎる、という意味で。
だが問題の本質はそこではない。
確かに、クロウの拳により大穴の空いた魔物の身体は、ほとんど原型を失いかけている。しかし、本質的にはそれとさほど関係ないのだ────肝心の魔晶がどこにあるのかさっぱり分からない、という問題は。
「あっ、ありましたよこれ! ここ!」
「ふむ……」
しばらく悩んだのち、魔晶を見つけ出したのはミューである。ミューが指差す先にクロウが適当に手を突っ込むと、そこには艶々とした魔晶が握られていた。
「おお、これが」
「ですが……これはクロウさんには厳しいですね」
ミューが難しい表情で呟く。
魔晶は魔物の心臓らしき箇所にあった。
が、よく考えてみると、初めて見た魔物の心臓の位置など知るがわけない。一体一体、魔物を倒すたびに心臓の位置を手探りで調べながら魔晶を採取するのだろうか?
どう考えてもやってられない。あまり現実的とは思えなかった。
クロウは不思議そうに問いかけた。
「なんでミューは分かったんだ?」
「私は魔力が見えますから。でもそんなこと、普通の人には……。……あっ。あぁー……!? もしや、これが用途だったのですか……!? 親方さんの持ってた『魔物の心臓を抜き出す魔導具』!」
愕然とするミューにクロウが問いかける。
「ミューがついてくれば、魔晶がどこにあるのかわかるんだよな?」
ミューは悔しがりながら答えた。
「はい。……でも、だからといって私がクロウさんの狩りにずっとついていくのは、流石に効率が……。親方さんのところから
意識せずとも自然にアウトロー寄りの思考が思い浮かぶようになってきたことへと愕然とするミューを尻目に、クロウはしばし思案していた。
それから、ぽつりと言う。
「ふむ……それなら、なんとかなるんじゃないか」
いまいち人目に触れていないようなので、投稿時間をちょくちょくいじってみます。